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暗黒竜 3

 ぐっと、神機はローリングする。


 後方から飛来する「何か」を避けた。

 「竜」の口から発せられた魔法の攻撃。紫色の火炎弾だ。それが五発。四発は避けたが一発当たる。だが、神機の装甲はうす緑に発光してその攻撃を無化する。だが、さて、どれほど保つだろうか?


 ならば、攻撃は最大の防御。秋人の意思は、あるいは神機の戦闘コンピューターの意思は古くからの戦訓を正しく実行した。


 「アンフォルデ」の白い肌にほくろのような穴が等間隔に発生する。その「ほくろ」から発射される、光の箭。秋人の視覚に五つの機影が360度フルスクリーンの様相を呈して、更に雲による欺瞞の覆いを消し去って、「投影」される。一〇本の「光の箭」は彼の脳と直結し、複雑な軌跡を描いて竜へと迫る。人工精霊を搭載した誘導弾(スマートミサイル)。弾頭の大きさは缶コーヒーほどだが、その速度は音速の二倍、そして威力は戦術核に匹敵する。


 だが、黒き竜はその矢を無効化した。

 予想はできていた。魔法障壁は恐ろしいレベルの強度だ。


 しかし外れはしなかったのだ。いかに魔法の世界とはいえ、ある一定以上の攻撃は魔法力を「削る」。負荷が防御力を上回れば破壊できる道理だ。


 ならば!


 秋人は一〇の誘導弾(スマートミサイル)を竜の一体に集中させる。さらにレーザー弾幕を張りながら、その素晴らしい加速力でほかの四体を引き離そうとする。

 竜の全長は尻尾まで入れて八メートル、翼長は十五メートルほどだ。黒い表皮にルビーのように赤い瞳。すべてが同じように見える。単純に最も近くにいた一体に狙いを絞った。最高速度では圧倒的に神機、機動力もそんなに代わり映えはしなかろう。「暗黒竜ガラバグ」はもっとも巨大な竜のうちの一体であったと伝え聞くから、子供かミニチュアか、といったところだ。

であるならば、分はこちらにある!


 秋人の考えは的を射た。


 「光の箭」は、黒い竜の表面で三つ、弾ける。すべては赤い防護壁によって届かなかったが、一拍を置いて残りの七つを同時に、しかもほぼ同じ部位に叩き付けることには成功した。


 一瞬。


 動きが止まる。

 秋人は、そしてエルメタインは神機のレーザー弾幕と地上世界のどのような兵器をすら比較対象としない機動性能で、残り四体の竜を牽制しつつ、全弾命中した竜を見つめる。


――通った。


 黒い竜の防御障壁を突破した「光の箭」は、一瞬でその凶暴な熱反応を竜の肉体に叩き付ける。その中心温度は百万度を超えた。

 まるで黒板消しで消すみたいに竜の姿はかき消える。燃えるとか、爆発四散などではない。圧倒的な熱量の仕業だ。


「いける!」


 秋人は脳内でそう快哉を上げつつ急激に曲がる。彼の神経は「神機」と複雑に絡み合い、それはもはや操縦とは別次元の操作であった。自分が鳥になったような――とはいえ鳥は全身からレーザーや熱量兵器を発射したりはしないのだが。そんな気分であった。

 突発的な高Gは魔法の反作用で基本的に打ち消しているし、それでも間に合わないものは機械的に「操縦席」(カプセルといった方が正確だろう)が防御する。さもなければ彼ら二人はとうの昔に全身の骨が砕けてぺちゃんこになっていたであろう。それほどの出力であった。


   

                *



 五体あった敵機が四体になった。戦力比で二〇パーセントの減少。先ほどよりもなお簡単に「殺れる」だろう。秋人は、――正確に言えば神機の戦術コンピューターと高次元で融合した秋人の人格はそう判断を下した。

 確かにそれはそうだ。戦力の三割を失くしたら「手痛い敗戦」と呼べる。通常ならば、だが。


 だが果たして、この黒き竜は通常の相手なのかどうなのか?


 それは、勘案すべき問題であった。



         4



 そうだ、考えるべきであった。

 あまりにも最初の一体がたやすく(たお)されたことを。

 しかし誰が想像できようか?

 「黒き竜」は、斃されるごとに、神機の武装を無効化する、などと。誰が想像し得よう?


 「光の箭」は魔法の産物である。当然だ、放射線を発さずに熱核兵器とほぼ同じエネルギーを放出できる「兵器」など、通常の物理学ではありえない。

 逆に「無限に熱を吸い取り続け、一トン超の物体を一秒で零下五〇度以下にさせる」、いわゆる凍結弾もまた尋常な兵器ではないだろう。

 切断魔法の刃を数千飛ばして、相手を文字通りの細切れにするのも同様だ。

 魔法による特殊攻撃を、暗黒の竜たちはその身に食らい、斃れ、しかし次の竜には効かなくなっていた。

 

「なんてこった!」


 などと秋人は嘆かない。

 魔法攻撃が効かないのは痛いが、そこで動揺するようなことは、こと神機の操縦者にはあり得ない。 


「さて、どちらの魔法障壁が上かな?」

 

 秋人は冷静にそう判断して、最高速度で目の前の竜にとびかかる。

いわゆる特攻。だがもちろん、相打ちになる気などさらさらない。自らを高質量、高硬度の弾丸として撃ち抜くのみだ。そしてその目論見は当たった。


 薄いガラスが割れる音とともに暗黒竜の魔法障壁は破壊される。

 と同時に竜の胴体は超音速の機体によって貫かれ、衝撃波によって霧散する。


 五体の竜、四体目を撃破。予想外の事態は起こったが、しかしそれとどうしようもないとは全く違う話だ。

 白のアンフォルデと暗黒の竜は一対一で対峙した。


 違和感。


 秋人は目の前の竜が大きくなっているのではないかとの疑いを生じた。いや、間違いない。黒曜石の半透明な鱗は今やくすみ、光を透過も反射もしない、漆黒の鎧へとその質を変化させていた。だけではない、漆黒という色はフォルムさえ同じなら、人の目には微細な違いを見極めにくく映るものである、更には空中だ。他に比較になるものがあるわけではない。


 大きさが違う。


 幸いアンフォルデの記憶の中には完全な視覚データが残っているからそれと照会する。

 ビンゴだ。

 三割ほど大きくなっている。

 もはやそれは、ほんの三分前の暗黒竜のミニチュアとは違う。ある種の適応進化を遂げた存在であった。


「白のアンフォルデ、そこのお乗りなのはエルメタイン姫殿下ですよね」


 そして竜はしゃべった。

 聞き覚えのある声だ。

 そうだ、あの男。

 あの男には、確かに翼が、鳥のそれではない、蝙蝠にも似た、だが明らかにそれよりも高く、そして速く飛翔するための翼が生えていたではないか。


 そうだ、髑髏面、ゴーズ・ノーブ。


 今やどこにも髑髏の面はない。いや、あるのかもしれないが、目には入らない。だが、たまに思い出したようにまばたく漆黒の竜のその眼、その邪悪を凝らせたような瞳、そうだ、その眼にはみおぼえがある。

 

 間違えようはずもない。敵だ、敵というよりは、そう――仇だ。


 秋人の脳髄にかっと灼熱の塊が流れ込む。その塊の名を何と呼ぼう?


 神機はその灼熱に合わせて拍動するがごとくなおさら煌々しく光る。


「ハハハハハ・アッハハハハ!」 


 竜は今やその正体を隠そうともせず笑った。


「いやはやありがたい!まさか神機、『白のアンフォルデ』の能力をこうやって解析する時が来るなどとは!望んで得られることではありませんよ! まさに僥倖(ぎょうこう)! ここまで見守ってきた甲斐があるというモノ!」


 (かん)に障る物言いであった。

 だが、それは一つの事実を語ってもいたのだ。


 秋人は懸念の答えを導き出した。「魔人」はなぜ彼らを本気で殺しにかからなかったのか、についての答えだ。

「見逃してもらっていた、ってことか」

「そのようですね」


男女の会話がまさか聞こえたわけでもあるまいが、暗黒竜は絶妙のタイミングで再度しゃべりだす。


「あなたたちの行動は当然わが一族が見張っていました。いやはや最高の働きですよ。素晴らしいです。そしてもう一つ! ハザリク市では今頃『亡霊騎士団(モトゥムール・ブラーコ)』がエンリリナ嬢やあの小僧を捕らえているころでしょうね」


「なっ!」エルメタインの顔にさっと(かげ)がかざす。『亡霊騎士団』、それは剛毅(ごうき)な彼女にそのような反応を起こさせるに足る存在であったからだ。


「あなたは『亡霊騎士団』なのですか!」


 姫君の叫びを気の利く神機は外部スピーカーを用いて漆黒の竜に届けた。


「もちろん違います。あんな普通のヒトと一緒にされたんじゃ迷惑です」

 その言にはまったく亡霊騎士団こそが「こちらのセリフだ」と思うところだろう。


「我らは暗黒竜ガラバグの血をひくもの! そしてこの世界が『作り物』だと知るものでもあります」

 漆黒の竜は、オレンジがかった鮮やかな黄色の牙を見せて笑う。

 

          

          *



「少しお話をさせてもらっていいかな? わが一族のお話を」

 そういってゴーズ・ノーブであるところの漆黒の竜はしゃべりだす。


 暗黒竜・ガラバグは憂鬱であった。

 『緑の丘』を統べる「帝国」は、ある種の頂点を極めようとしていたからだ。すなわち『銀の杜』への侵攻作戦。

 妖精たちと没交渉になった「ニンゲン」たちは、彼我の能力差を忘れ、ただあさましくもおのれの欲望をかなえるため、妖精族を(かす)めとるだけに飽き足らず、大規模、本格的な侵攻の準備に取り掛かっていた。

 それは富の蓄積がもたらしたある種の「遊戯」であったのかもしれない。「出来ることはやる、やってしまう」それは人間という種の本能であるのだろうか?

 しかしいずれにせよ、このままにはしておけない。「機械神(デウス・エクスマキナ)」の出先機関である「妖精王」、その実力行使手段である「轟名竜(ヴァルハリオン)」たちは合議の末、帝国首都を破壊することを決定したのだ。

 雷霆(らいてい)竜「シザ―ヴェント」による雷と、地霊竜「ギアンデ・ギアンダ」による大地の揺動、そして仕上げに火焔竜「ユーソード」による炎で。

 法のタガが緩んでいる時代にあって、帝都二百万の人間と、皇帝をはじめとする官僚機構が滅べば、おのずと帝国は瓦解するであろう。彼ら竜の存在意義は「フォーダーンという実験装置」のメンテナンスである。大掃除をすべき時期が来た、それだけのことだ。


 しかし、とガラバグは思う。あまりにも犠牲が大きいと。


 「仕方がない」、と妖精王も認めたことではある。だが、それは真に「仕方のない」ことなのだろうか? もっと軟着陸ができないものであろうか?


 ガラバグは提言する。

 我に半年の猶予を与えよ、と。

 七柱の轟名竜(ヴァルハリオン)たちは、第二席に位置する暗黒竜の言を受け入れた。

 そして約束の半年を待たず、仰天することとなる。


 暗黒竜・ガラバグは帝国北部三分の一を領していた。その上で、帝国を、否、人間世界を滅ぼすと宣戦を布告したのだ。「我に従うものは生かす、しかし逆らうものは根絶やしだ」と。

 戦は熾烈を極めた。

 帝都は焼け落ちた。

 だが、およそ五年半における「暗黒竜戦争」の直接的な戦死者は二十万人、間接的な死者、行方不明者はおよそ百万人。

 もちろん空前絶後の(帝国建国の大英雄・ロウが斃した「魔王」の伝説を除けば)殺戮(さつりく)と破壊だ。

 だが、当初の予定より少ない。

 圧倒的に少ない。


 帝都の破壊はそれだけで終わるはずもない。

 戦乱の世の到来を意味する。

 予定ではフォーダーンを人口の半分、五百万人にまで減らすはずであったのだ。


 かくてすべての罪穢れを背負い死した暗黒竜・ガラバグだが、思わぬ裏切りがあった。

 おのれの息子、正確には分身とも呼べる半人半竜の「ゴーズ」である。彼は人間の姿かたちを持ち、そして人間の思考に沈潜(ちんせん)し、そして耽溺(たんでき)した。

 「ゴーズ」は死の淵にあるおのれの親を生かした。「嘆きの塔」の地下にある竜の首もそうであるが、ただ「生きる」だけならば竜は首だけになっても問題なく生きている。しかそれは本人(竜?)に生きる意志がある場合に限る。なぜならば轟名竜(ヴァルハリオン)ともなれば、死は終わりではなく、文字通りの新たな始まりでしかないからだ。


 だから、と「ゴーズ」は思った。だったら、殺さなければよい。と。


 暗黒竜の首の偽物を用いて人を、否、妖精族さえも欺いて彼とその眷属たちは文字通りの地の果てでガラバグを昏睡状態のまま生かし続け、その能力を次々と解析していった。


 そして十年、「ゴーズ」の寿命は尽きようとしていた。

 促成栽培、ガラバグの魔法によって人間の胎を一か月借りて産み落とされ、更に十日ほどで成人し、暗黒竜の雑用係として生を受けた「ゴーズ」は、その生まれと同じように、終わりも早かった。

 しかし彼はその能力を、血を、そして記憶を他者に、そう「ヒト」に植え付けたのだ。


 「魔人」の誕生である。


 「ゴーズ」の名を持つ魔人たちはいくつもの難事業を解決していった。「殺戮粘菌」を使い勝手良くするための品種改良。人間と魔法炉の移植は、単純に妊娠十週から十五週の間に植え付ければよい、などというノウハウが蓄積されていく。

 実際の血縁を越え、脳に直接意識を植え付けるという形の「一族」の結束は固く、秘密は守られ、「裏」の稼業を行う「特殊技能集団」として各国の要人が高く彼らを雇った。


 だがもちろん、「ゴーズ」の一族は、その目的は違う。


「始祖たる『ゴーズ』はうすうす気づいていたのでしょう。しかし彼の死後五十年、我らの一族はある仮説にたどり着きました。そして確信を得るまでにおよそ五十年。そしてその確信に証拠をそろえるのがさらに五十年。幾世代に渡る研究は一つの結論に達したのです」


 漆黒の竜は赤い瞳でアンフォルデをにらみつける。

 それから演技過剰の舞台俳優のように、たっぷりと間を取ってから、こういった。


「フォーダーンは、偽物である、と」


 秋人は唇を引き絞る。そうだ、この男も真実を知っていたのか。


「そしてわが一族の目的は変わりました。最初は世界を知ること。しかし知ってしまえばなんという事もないつまらぬ結論です。一族はそれでも結束を保ち、せめて生を愉しもうと、そう思っていたのです。――ところが、およそ百年前、惰眠を貪っていたわが一族に麒麟児が生まれたのです。その名も、」


 エルメタインは「あっ」とつぶやく。

 「あの男」の出自には謎が多い。


「その名も、ゴーズ・バタフリン」


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