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暗黒竜 1

第十六章 「暗黒竜」



          1



 エルメタインは存外平気だった。

 隣で狂笑している秋人の気持ちもよくわかるが、しかし彼女の違和感だらけの人生において、この程度のことは慣れている。


 それに、そもそもこの世界が「人ならざる者」の手によって作られたのだということは、むしろ彼女の信仰と齟齬(そご)をきたさない。「神」が作ろうと、「神のような機械」が作ろうと、そこにそんなに差はないではないか、との思いがある。

 それとも『地上に棲む者ども』の心根はその事実に耐えられない何かがあるのだろうか?とすら思った。

 しかし、だ。


「なるほどお話はよく――と言うと嘘になりますが、それでもおそらくは誤解なく受け取りました。あなた方はその『でうす・えくすまきな』の部下と言うところなのですか?」


「ふむ、なかなか難しい質問だ。いや、答えとしては簡単ではある。正解は『そうとも言えるし、そうでないとも言える』だからね」

 妖精王トルメイオイハーンドゥは(しろ)い歯をうっすらこぼして姫君に答えた。

「もちろん私自身は『機械神(デウス・エクスマキナ)』そのものではない。否、どこにも本体はないと言っていい。半径五千光年のニュートリノ・ネットワーク・コンピューターの集合体をこそ『本体』と言うべきでしょうからね」


 単語の意味が分からないな、と姫君は思ったが、一切顔には出さなかった。説明がないのは、たぶん「これがものすごいことなのだ」と言うことが分かればそれでいい、と妖精王が思ったからだということが理解されたからである。


「そしてこのフォーダーンにあってニュートリノ・ネットワークと直接つながっている存在こそがこの私と妹だけなのです。他の妖精族も、竜たちも、私たちを介して限定的につながっているだけですから。末端のインターフェイスではありますが、ある意味では私たちそのものが『機械神(デウス・エクスマキナ)』だというのも、決して間違いであるというわけではないのですよ」


 そう言った途端に、エルメタインの眼前に概念図が投影される。それは螺旋状に描かれた系統樹だ。それが回転しながら彼女の視野いっぱいに広がる。それだけでは収まらない。視野いっぱいに広がって、それが回転しながらさらに無限に増殖していくのだ。

 フラクタル。

 無限、無限だ。

 無限にその系統樹は増えていく。その一枝が「妖精王」である、だが、その一枝の中にもさらに無限の枝があり、その「枝」は幾重にも幾重にもつながって重なり合っている。

 姫君はめまいを覚えてへたり込んだ。

 正確にはへたり込もうとしたところを秋人が支えたのだが。


 そう、秋人はいまや姫君を支えるだけの思慮を取り戻していた。


「そうだ、なるほど言っている意味は理解できる。だが、ならばどうして人間なんかにいいようにされたんだ?」


「そうですね、やはりそこも、まったく想像の範疇外でした。そのことだけでも、我々がこの世界を創造した甲斐があるというモノです」

 女王マエッタも魅力的な笑顔で応じる。しかし完璧な美貌は男に邪念を抱かせないものだ。してみると、完璧と見えるエルメタイン姫の美貌にもどこか瑕疵(きず)があるということなのだろう。

 そして瑕疵のない美貌の女王は、歌うように続けた。

「正確にはもちろん銀の杜は一度も侵略を受けていません。『緑の丘』にある我らの出先機関が襲われた、という意味です。そしてそのことに対して我々は『当事者の処罰』で済ませました。そのことをもって当時の人々は、『銀の杜はおそるるに足らぬ』と思ったのでしょうね」

 その結果、帝国は『銀の杜』への侵攻作戦を本格的に指向するようになった、だがその侵攻は暗黒竜ガラバグによる戦争によって頓挫せざるを得なくなった。

 「暗黒竜戦争」の終了と同時に、「妖精王」はいわゆる「ナストランジャの枷」を作ることを決定したのだ。

 音速移動の禁止。高高度への接近の禁止。瞬間移動の禁止。

 そこまでしなければ、人は、どこまでも増上慢を抑えることはできない。

 そうだ、バベルの塔を打ちこわしたヤハウェのころからそこは変わらない。ヒトの本質。

 

「……度し難い生き物、ってことか」


「ある意味においてはそうです。ですが、そこまで卑下することはありませんよ。現に人間は我々を生んだではありませんか。

「恒星間航行の果てに我々は十四件の現生知的生命体、および二十一万件以上の異星文明の痕跡を見つけましたが、地球人類のそれにまで達していた証拠は見つかりませんでした。

「もちろん地球文明の尺度で、と言う意味で話しますが、九割が旧石器時代を乗り越えられず、残りの一割も半数が金属器までは辿りつきませんでした。

「二例だけが原子分裂反応の制御に成功したようですが、二つともに熱核戦争によって滅亡していました。もちろん、現存している異星文明はそのすべてが旧石器時代のままです」

 女王の言葉は滔々と流れる蜜のように美しい。

 だがその内容の寒々しさときたら!


 拍手でもすべきなのかな。と秋人は力なく笑う。

 彼の少年時代にすでに冷戦は終わっていたが、六〇年代、七〇年代、ぎりぎり八〇年代の小説や映画、漫画には東西冷戦による最終戦争(ハルマゲドン)の恐怖が色濃く刻印されている。一九六二年のキューバ危機で核戦争が起きなかったのは、かなり『運』の要素が大きかったとはよく聞く話だ。


 そこで彼の思考は一つの可能性に行きつく。

 

「まさか、人間が、そこまで『成功』したのは、天蓋世界の住人の影響だっていう可能性が……」

「大いにあると思われます。そもそもワームホールによる時空の跳躍はあくまでも量子単位でのものにすぎません。これを原子以上のレベルで行うのは、二次元と三次元のように『次元が違う』物なのです。その上、『魔素』のようなナノマシンは過去、宇宙のどこにも自然に存在したりはしない物体です。ある意味このナノマシンこそが我々の計算を越えたといっても過言ではありません」


 そこで、妖精王は一拍置いた。


「とても、とても興味深いです。我々が計測した『深宇宙の謎』はある意味物理法則が正しいことの検証でしかありませんでした。当然理論の間違いもあり、驚くような発見もありましたが、しかしここまで桁外れのことは起きなかった。――ですから、我々はヒトに影響を与えすぎることをやめたのです。このままどうなっていくのか、その人の心こそが、人の行く末こそが、最も予想がつかない。それが我々の総意なのです」


「たとえそれが、間違いであっても?」


「たとえそれが、間違いであっても」


 秋人は何とも言えぬ顔をした。「苦虫をかみつぶす」、その比喩が最も適切であろうか?だが、その表情にはかみつぶした苦虫の魂の在りかに思いをはせるような、哀切な部分も加味されている。


 人間の行いこそが最も予測不可能な事象である。それはある意味当然のことだ。

 カオス系のふるまいは「南米の蝶の羽ばたきが中国で台風を引き起こす」ようなもので、それが事実として間違っていなくとも、帰納的な「おはなし」でしかないからだ。そしてその予想不可能さが世界に穴をあける。


 そして、だからこそ。


「俺に、俺たちに『英雄宰相バタフリン』を殺せ、と、そう言うんだな」


「はい、そうです。有無を言わさず彼を殺すことは確かにたやすい。しかし、それではこの世界のある意味がなくなってしまう。ですので、あなたにお願いしたいのです」

 そう、王は答えた。


「この介入が実験そのものを破壊する可能性は?」


「そこの計算は行っております。我々が助言する、あるいは助勢する。そこまでは問題はないのです。しかし決断は、行為そのものは人間がやらなければ何の意味もない。そして当然この提案を受け入れる、入れないも含めてあなたの自由です」

「しかし」と王は話を続ける。「あなたは受け入れるでしょう。もちろんピンダルゥの実と引き換えに、と言う意味ではありません。バタフリンはこの世界の秘密を突き止めている。そしておそらく憎んでもいる。――彼の憎悪の源が奈辺にあるのかは分かりません。しかし、彼の目的がフォーダーンの破壊にあることまでは突き止めております。あなたはここが偽物であったとしても、しかし生きているということにおいて差がないと、そう思っている。あなたはその思いを捨てられない。そう、聞き及んでいます。」


 火焔竜からもたらされた情報は、そこまで共有されているのか、と秋人は幾分皮肉な気分になる。


「ま、待ってください」エルメタインが次々に示される情報に幾分か混乱をきたしながら割って入る。

「それは言うは易し、行うは難しの典型です。バタフリンは南王国の宰相、と言うより南王国の最高権力者に他なりません。そのうえ、個人の武力もゴッサーダ子爵と同等と呼ばれる方。暗殺もまた難しいでしょう」


「いやまあそれよりも」

 秋人は困ったようにつぶやく。

「そもそも殺さなけりゃならないのか、ってことの方が疑問なんだがね」

動機も手段もないのなら、殺すなんてのはもってのほかだろう。

「話し合いで解決できないのか?」

 秋人の精神は均衡を取り戻していた。妖精の王と女王が持ち出した案件は、ショック療法ともいえる状態を作り出したのである。


「さて、どうでしょうか」

 女王は夢見るような表情を浮かべた。「我々の側も彼の者に使いを送りました。しかし結果はすべて同じ、バタフリンは我らの使いをすべて有無を言わさずに殺し、解剖し、おのれの知恵としているのです」

「話にならない、とはこのことか」

「はい」


 秋人は右を、誰もいない方を見た。左を、エルメタインを見た。それから王と女王を見て、うっすらと発光している銀灰色の天井を見上げる。


 一つ溜息を吐いた。


「その依頼、受けた」


「秋人さま!」


「ただし!」

 そこで秋人は静かな笑みを浮かべる妖精族の長たちに条件を付ける。

「この依頼は俺が受けたんだ。エルメタイン姫には関係がない。――それで、いいか?」


「もちろん。あなたの能力でしたら、決して不可能ではないでしょう。何よりこれは交渉ではない、お願いですから」

「お願い、ってーのが厄介なんだよ」

 皮肉な笑みを浮かべる秋人に、エルメタインは二回目の、しかし完全にニュアンスの違うことになった台詞を吐く。


「秋人さま!」

 その口調には、ある種の悲嘆があった。ほんのりと怒気をはらんでもいた。

「なぜわざわざそんな確認を!」

「なぜって言われても……」

 秋人はぼさぼさ頭をかく。それから無精ひげが浮かんだ顎をなでた。

「もう、あんたは降りるべきだからだ」

「降りる?」


「そう、もうあんたは降りろ。『完璧な姫君』という役からさ」


 その言葉に、エルメタインは衝撃にうち震えた。

 実際には右手の人差し指がほんの少し痙攣しただけであったが、それはまた受けた衝撃の鋭さを物語るものであった。


 「姫」という役柄を下りる。そんなことは、考えたことも――……。


 ふん、と秋人は怒ったような、しかしどこかおかしいげに鼻を鳴らし、エルメタインの意思を確認もせず、妖精王に向かって交渉を始める。


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