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旅路の果て 4


          4



正師(ムラン)よ」


 長い黒髪を一つにまとめた少年が斜め前で漆黒の羚羊馬(アストー)を駆る中年男性に話しかける。

 石畳を蹴る蹄の音に負けぬように大きな声だ。だが、美声である。

 少年は他の団員とは違い、兜や面具と言った頭部を守る一切の防具をつけていない。汗止めの紐一本きりだ。そしてそのことを誰も注意できないほどに秀麗な顔だちであった。


「どうした、スハール」

「師よ、ぜひともゴッサーダ()の素っ首を私に奪らせて頂きたい」


 呵々、とユング正師(ムラン)は笑った。

「スハール剣師(アラタ)よ、確かに貴様は十五歳で我ら『亡霊騎士団(モトゥムール・ブフーコ)』の正団員となった。才気はあのゴッサーダをも上回るだろう。だが、彼奴(きゃつ)の魔法装具とガラン・ザバリの衣鉢を継ぐ武芸の冴えは決して名ばかりのものではないぞ」

「承知しております。わが剣のお師匠様であるフサイアン大正師(ク・ムラン)を奴が()ち殺したのを私はこの目ではっきりと見ましたゆえ」

「であるのならば……」 

 言いさして、ユンゲは才気(さいき)煥発(かんぱつ)たる亡霊騎士(モトゥムール・アリ)を見やる。この件においてスハールは一歩も引きさがる様子はなかった。

 ふむ、とユングは顔の半分を覆う面頬の下で思案する。

 もちろん今や武芸者として最も脂乗りきったゴッサーダと一対一で戦った場合、この少年に勝ちの目は薄い。だが、それはあくまでも果し合いであった場合である。

 戦場には「摩擦」というものがある。偶然、といってもいい。いかな名人上手といえども浮石を踏んでこければ一巻の終わりだ。それが戦場の(ことわり)というものである。

 そしてその「摩擦」は作りだせる。

 彼ら『亡霊騎士団(モトゥムール・ブフーコ)』は鉄の掟で縛られたフォーダーン最強の傭兵団である。強みは全員が「死者」であること。もちろんこれは物のたとえだ。彼らは自分も、部下も、上官でさえもその命に価値の重きを置かない。ただ依頼された内容をこなすのみ。

 各国の軍が、ルールに(のっと)ったお行儀のよい「戦争」をしかしないフォーダーンにおいて、唯一彼らのみが真の「(いくさ)」を体験し、体現しうる存在である。

 であるのならば。

 とユンゲは考える。

――この小僧っこの情念、これもまた摩擦として使えるな。

「良かろう。ゴッサーダへの一番槍、おぬしに任す」

「! ありがとうございます、師よ」

 喜色満面の美少年は張り切って羚羊馬に鞭をくれる。その様はまさに雷のごとく、若年であっても戦士、騎手としての能力に一片の疑念も生じさせないものであった。


――生も死も、所詮は薄皮一枚だけの差よ。運が良ければ死に、運が悪ければ生き残る。

 

 ユングは、面頬の下で世の常識とは反対の、そして亡霊騎士団(モトゥムール・ブフーコ)としては当然の言葉をそっと吐いた。


 激突は、もはやあと数呼吸の後だ。



          *



「僕も」

 硬い顔、そしてそれ以上に硬い声で悠太は申し出る。

 自分も、戦いに出るというのだ。


「馬鹿言わないで!」

 リリナは白い顔を紅潮させて「とんでもない!」と押しとどめる。それはそうだ、今や悠太に「聖騎士の鎧」はない。「バネ脚」もだ。ただの生身の十三歳の少年がそこにいるだけである。

「そもそも邪魔になるだけよ!」

 リリナはにべもない。

「さて、それはどうかな」

 ゴッサーダは純白のひげをしごきながら面白そうにそう言う。

 何が面白いものか、ときっとリリナはフォーダーン最強の一角にいる男をにらみつけた。子猫をかばう母猫の鋭さだ。ゴッサーダは苦笑して、それから表情を常の鋼のそれに戻す。


「冗談ではないのだ。残念ながら、な。エンリリナ嬢よ、あなたの魔力、あの塔にいた時と比べていささか精彩を欠くように見えるが、いかがかな?」

 ぐっと少女は言葉に詰まる。確かに高山病と生理はすでに治まっているが、それでもその後遺症か、あるいは昼夜関係なしの研究が原因か、正直彼女の魔力は三割減といったところだ。しかしそんなことを分かるこの男の底知れなさ、リリナは頼もしさよりも恐ろしさを感じずにはいられない。

 もちろん、この場合ハッタリなど意味がない、ということだ。


「ええ、正直。そうね」

「ふむ、だとすると私の目論見がついえた。あなたの魔法が完璧であるのなら『亡霊騎士団(モトゥムール・ブフーコ)』三十騎といえどもなんとでもなるはずであったのだがな」

「……」

「そこで、だ。私とラグア、ルギア、それに言っても聞かない不詳の弟子が――」そう言って武芸者は窓外の青年を見た「ノーギス・カリオンが前衛として打って出る。そのうえであなたには魔法による援護を願いたい。そしてあなたを守るのが――」

 その黄金の目が悠太を見据える。

 だが、恐るべき武芸者の恐るべき視線を悠太は正面から受けた。圧倒的な強者を前に、なお胸を反らして。


――この子は、いつの間に。


 あるいは自分は少年を侮っていたのではないか、とリリナは思う。


「――いい目だ。そう、この少年が君を守る。であるならば、勝利の目というものもあるのだ」

 言うと、ゴッサーダは腰の刀を少年に渡す。

 それは刀身の長さが五十センチほどの長脇差だった。

「氷?」

 鯉口を切って刃を見た少年の口から当然ともいえる単語が出た。太いつららをそのまま削ったような、細かい気泡が中に含まれている透明な刃。


「魔法装具。呪霊刀八番」


 悠太は息をのむ。

「切断の魔法、魔法破壊魔法、そして何より――エンリリナ嬢を安心させよう――その呪霊刀、真の魔法は『完全回復』だ。一昼夜に一度だけしか使えぬ魔法だが、どんな『死に方』をしても、呪霊刀が壊れぬ限りは復活できる」

「ゴッサーダ様!」「その刀をこんなちんくしゃに貸すなどと!」

 ラグアとルギアは(文字通りの意味での)「守り刀」をこんな小僧に預けるなどとんでもない!と抗議するが、しかし当のゴッサーダはどこ吹く風だ。

「ふふ、まあ、正直私もどうかとも思うがな、だが、人を見る目はこれでも確かな方だと自負しているんだよ」

 そう言うとゴッサーダはもはや双子の姉妹に抗弁を許さなかった。


「さあ、(いくさ)(いくさ)! 相手は怨敵『亡霊騎士団(モトゥムール・ブフーコ)』、実に暴れ甲斐があるというもの!」



 その、聞く者の心を奮い立たせる将の声に、それゆえに、


 なんだかうれしそうね、とリリナは戦慄を覚えざるを得ない。



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