百分の一 2
「妖蚤!」
「正解!」
次の瞬間「妖蚤」は拳を突き出した。リリナが捕らえていたゴーズ・ノーブを直接ぶん殴ったのだ。そう、「反魔法生物」の拳。リリナの魔法は霧消した。
音を立ててゴーズ・ノーブの雑巾のように絞り上げられた肉体は、立ち木へと吹っ飛ばされる。それは魔人を殺すためのチャンスをすら失ったということだ。
「妖蚤」は複眼であるから首を回すような無駄な仕草はしない。そのつるりとした目でリリナを見た。
美味そうだ、と言葉がしゃべれたらそう言ったであろう。
魔法使いの体内には魔素が複層的に充満している。その量は一般人の数百から数万倍。そしてリリナはピンからキリまである魔法使いの中でも最上級だ。
反魔法生物からしてみたら「ウニ」や「大トロ」のようなものである。
「妖蚤」は大あごを開いた。まるで笑ったように、思えた。
「ひ……」
リリナの口から悲鳴が漏れるその寸前に、
ゴスン!
素晴らしい勢いで大きく硬いものが夜気を裂き、「妖蚤」の複眼にぶつかる。
「ぎい!」
と「妖蚤」は鳴いた。複眼は崩壊こそしていないが、傷はついたようだ。首を巡らせて「何か」が飛んできた方を向く。
ライムグリーンとペールホワイトの巨人。
その右手には村長宅の壁に使われていた幼児の頭ほどもある石が握られていた。
「もういっちょ!」
悠太は叫ぶと振りかぶって(正確には「スリークウォーター」という投球フォームであったが)石を投擲する。
これも予定の行動だ。
「反魔法生物」がどのような特性を持つのか今の段階では分からないが、「魔法」で構成されている「聖騎士の鎧」や「竜化兵」などは触れただけで魔法が解かれる可能性がある。であるのならば攻撃は間接的にするのが良いだろう、という意味で悠太は何度かこのような攻撃を練習してきた。
しかしまさか、これほど巨大になっているとは想像の範囲外である。範囲外ではあるが、巨きな敵、という意味ではセイナス領で魔法剣士と共闘して倒した「巨大魔法兵」との経験もある。すでに悠太も歴戦の兵、と言ってよいだろう。
それに何より、このような分かりやすい「敵」と戦う方が、村人たちを相手にするよりも万倍ましだ。
悠太は正確な投擲を続ける。頭部は当然、正中線を基本として、更に指先や足先を狙う。痛みを覚えるかどうかは分からないが、嫌がっていることだけは明確に理解できた。
だとしたら、何とかなるだろう。
悠太は手甲から出した蛇腹剣で杉の巨木を伐ると、それを器用に用いて己の倍以上の身長を持つ「妖蚤」の足を払った。
どうっと倒れる巨体を「聖騎士の鎧」は大木でタコ殴りにする。そもそも二足歩行が得意そうなフォルムでもない。仰向けに倒れてしまったのは(もちろんそのように仕向けたのだが)痛かった。巨体だというのも問題だ。足音からすると相応の重さを有しているのだろう、立ち上がるための予備動作はいきおい大きく、長時間にならざるを得ないし、「聖騎士の鎧」はその隙を見逃さない。
2
「大したもんだよ」
秋人は正直な賛嘆の言葉を発する。
ゴーズ・ノーブはあんぐりと口を開けて巨人と巨鬼の戦いを眺めている。この魔人にしても予想外ということなのだろう。
「さて、ゴーズ・ノーブとやら、お前さんはいろいろ責任を取ってもらわなきゃならんぜ?」
秋人とリリナは「再生」を始めたゴーズ・ノーブに向かう。確かに恐るべき魔法量だ。見る間に銅の輝きを持つ魔法線虫が彼の肉体を形作っていく。
だが、呪霊刀一閃、ゴーズ・ノーブの両腕両脚が叩き切られる。
ずい、と突きだされたリリナの魔法の若枝が「不動金縛り」の魔法を四肢を失ったゴーズ・ノーブに掛けた。
十然たる状況であるならばともかく、この状況下であるならば魔人といえども文字通り「手も足も出ない」。
いや、己の手や足は出ずとも他人の手や足は出るのか。
ゴーズ・ノーブは目を光らせて村人たちに、村人たちの脳を支配している粘菌たちに呼びかけた。
「殺せ」と。
再び、村人たちは怒りを顔面にみなぎらせ、リリナたちに向かってくる。一度脱落させた者たちも復活してきたものか、怪我人も含めて数が増えてきている。
だが。
いまや秋人の肚は座っている。
呪霊刀が舞った。
伸びに伸びた刀身は一〇メートルほどはあっただろうか。「切断の魔法」はずいぶんと弱まったがしかし、人の肉体を切る分には問題はない。
ただ一度の動きで、その範囲内にいた村人は三十人以上、両断された。
駿介は大鉈を振るう。
狙う先は頸動脈だ。「バネ脚」は名前とは反対に滑るような動きも得意なのだ。その推進力を威力に加えて、向かってくる少年少女を蹂躙した。
目には一切の感情が無い。
迷いもないし、後悔もない。
それは道具の目だった。
それでいい。
それがいい。
「あああああああ!」
五歳ほどの女の子が叫喚をあげて裁ちバサミを彼の太腿に突き刺そうというのを、駿介は完全に見切ると、バネ脚で蹴りあげた。
顔面に爪先がヒットして、後頭部に抜けた。血と脳漿と脳みそが草むらにぶち撒けられる。
しかしこの男は揺るがない。
ぶん、と鉈を投げた。
物陰に隠れている相手がいる。
しかし意外にも、「ひい!」と隠れている相手は悲鳴をあげたのだ。
*
「妖蚤」は明らかに縮んでいる。
打撃による受傷を自身の質量と交換に直しているようであった。
それでも「聖騎士の鎧」よりか二周り以上はデカい。
デカいだけではない、軽量になったということは、敏捷になったという事でもある。尾っぽの一撃で「妖蚤」は立ち上がると、悠太を睨みつけた。感情のない複眼が、しかし怒っていることを露わにしている。
――そろそろかな?
悠太は殴り過ぎでぼろぼろに削れた丸太をほうり捨てると、自分の深奥からもう一段と魔法力を振り絞った。一日のうち一時間はきっちりやっていた特殊な呼吸法は、一般人の肉体にも魔素をより多くとどめておける。もちろん魔法使いと比べれば桁は違うが、それでもこのような芸当もできるのだ。
見よ!
「聖騎士の鎧」が変形する。頭部が出来て、姿かたちがシェイプされていく。そうだ、それは「悪鬼の鎧」に似ていた。だが、ライムグリーンとペールホワイトの輝かしい装甲はそのままに。
額から伸びた一本のたくましい衝角は二本角の「妖蚤」とは好対照と言えたろう。
優美にして剛健。
これが、これこそが。
「悠太の鎧」であった。
悠太は元騎士のサザンが落とした両手持ちの剣を拾った。二メートル半の身長を持つ「悠太の鎧」の五指が握りこむとそれは片手剣、あるいは長めの短剣のようにも見える。
悠太は、そして「悠太の鎧」は剣を担ぐように構えた。
「妖蚤」はぎしゃああああ!と吠える。
すっと「悠太の鎧」は低くなりながら走り寄った。足が長い。一歩が大きい。そして何よりその目が覚めるほどのスピードたるや!
「妖蚤」の両足が膝で断ち切られ、頸部が半ば切断される。それをさらに質量を用いて治癒しようとした瞬間、
悠太は「妖蚤」を十文字に切り裂いた。
サザンの剣はよほどの業物であったのか、あるいは使用者の技倆であろうか?
刃こぼれこそあったが、剣は折れも曲がりもせずに「妖蚤」を斬った。
斬って、殺した。
そう、斃したのだ。
「ふう――」
悠太は大きく息をついだ。
*
ゴーズ・ノーブは言葉もない。否、もちろん言葉を発しようにもリリナの魔法によって唇を震わす事さえ禁じられているのだからできない相談であったが、しかしそれでもなお言葉を失っていた。
まさか、これほどとは。
巨大化した「妖蚤」を魔法で対処することは不可能に近い。どれほどの被害が出るのか楽しみであったが、それを岩と丸太で打ち据えて、ただの鋼の剣で斬り殺すなど、想像外も甚だしい。
秋人と呼ばれるこの男にしてもそうだ、なんという黒々とした闇を飲み込んでいるのだろうか、この男は罪もない人々を斬り殺して恬として恥じるところがない。並の人間であるのならば躊躇し、躊躇した瞬間に殺されているはずなのだ、だというのにこの男は――見よ、今や川の魚に銛を突き入れるような表情でうら若き少女の心臓を貫いた。
そしてなんといってもエンリリナ。この魔法使いを彼は、若くとも一流の魔法使いだと見抜いていた。そして決して甘く見るべきではない、とも。
だが、違ったのだ。
一流?
そうではない。
超一流なのだ。
地上世界で見せた甘さはない。魔法使い特有の高慢さも取れた。それこそが最も恐ろしい部分だ。「魔法」の限界がどこにあるかは彼自身知らない。だが、「魔法使い」の限界は意外と足元にある。そしてそのことに気付いた魔法使いこそは厄介だ。大概の魔法使いはそのことに気付く前に(戦闘に倒れることもあれば、老衰の事もあるが)死んでしまうからだが、だがその分生き延びた者はそれだけで一皮も二皮も剥ける。
そこを見落としていた。
だとするのならば、地上世界で彼女を逃がすために死んでいったあの黒猩猩によく似た男は大手柄であったと言うべきかもしれない。あの時までリリナは所詮ただの天才児でしかなかったのだから。
――参りましたねえ。
正直この村が戦いの舞台になった段階でゴーズ・ノーブは勝利を確信した。なんといっても最も厄介なのはエルメタインだと睨んでいたからだ。彼女の武芸ではなく、「将」としての才能に、だ。
どれほど個々人の能力が高くとも彼らは烏合の衆に他ならない、だが、「戦乙女サラファンディーナ」の再来とも讃えられるエルメタイン姫に率いられるということとなれば、その能力は十分に発揮される、それどころかただの兵卒とて勇者に伍する戦いぶりを見せるだろう。
実際、「妖蚤」との戦い方やゴーズ・ノーブを捕らえるための魔法の使い方について具体的な策と、戦い方の案を出したのはエルメタインである。いつの日か来るであろう再戦の時を彼女は耳にした情報だけで完璧に予想したのだ。
だが(ゴーズ・ノーブにとっては)運よく彼女たちがやってきたのは、エルメタイン姫の弱点ともいうべきこの村なのだった。そして目論見通り姫君は無力化した。この状況下で、なおも彼女は旧友を抱き、その手をさすっている。
しかしなんという事だ!
こいつらは強い!強いだけではない。化学反応を起こし、単純な足し算を超えた実力を発揮している!
なるほどなるほど、想像外であったし、見識が低かったことは認めよう。
ゴーズ・ノーブは動かぬ首でうなずいた。
――とはいえ目的は達成できたわけであるし、そうだ、もう一つお土産でも持っていくか、それで満足すべきだ。
3
村長の三人の息子のうち二人までは村を出た。その時は親不孝者めと思ったものだが、今となればこの場にいた長男の不幸を悲しむばかりだ。
何が起こったのかは分からない。
分かるのはただ、祖父が作った家が焼かれ、四十二年連れ添った妻が殺され、長男と、その嫁と、孫が二人殺されたというこの事実だ。
村長は幽鬼のようにゆらりと立ち上がった。
涙は既に涸れていた。鼻を付く焦げ臭さ、血と臓物の匂い。
村長は傍らに落ちていた鍬を手に持つ。
そのままゆっくりと歩き出した。
エルメタインが見えた。
なんと美しい娘だろう。ミツセを抱きしめて彼女の手を必死でさすっている。だが村娘は微動だにしない。
ミツセはいい娘だった。小動物のように可愛らしいし、働き者で、天真爛漫だ。彼女を嫁にしたローハンは幸せ者だと村の誰もが思った。彼女が妊娠したと聞いたときは自分の娘のように喜んだものだ。
そうだ、娘のように思っていた。
エルメタインの事もだ。
彼女の母であるリスティアは近隣に鳴り響くほどの美貌の持ち主であった。そのリスティアは十二歳年長の彼の事を「お兄様」と呼んでなついてくれていたのだ。
その事がどれほど誇らしかったことか。
彼女が無くなったと聞いたときどれほど悲しかったことか。
エルメタインも実の娘だと、そう思う時もあった。
だが、違う。
違ったのだ。
村長はある種の妄念に囚われた者に特有の昏い瞳でエルメタインを見据える。
彼はいまや四十年以上に及ぶ自身の恋慕を自覚していた。
なぜリスティアを、なぜエルメタインを自分のモノにしなかったのかと、その後悔のみが胸に迫り来ていた。否、胸だけではない。その妄念は血流となって股間に凝集し、男性器を硬くさせている。
家族が、村人が皆殺しにされた?
関係ない!
俺はこの母子に恋焦がれていたのだ、それだけの一生だったのだ!
村長は、イドウンド・スグヮ・ボイスはひきつった笑顔を浮かべてエルメタインに迫る。
あるいはそれは「粘菌」のせいであったのか?ゴーズ・ノーブに聞いても、皮肉な笑みしか引き出せまい。
「エエエエエエルメタイン!」
村長は叫ぶと鍬を振りかぶった。
ざんぶ。
秋人の呪霊刀がその肉体を両断する。
二つになった上半身が滑り落ちる。その瞳とエルメタインの瞳はほんの一瞬見つめ合う。村長の顔はある種の安らぎに充ちていた。
*
「ああああああ!」
エルメタイン姫の悲鳴はいや増しに増す。
父とも慕った村長が両断されて死んだのだ。その血を顔に浴びたのだ。温かかった。
抱きしめているミツセは死んだように眠っている。いや、死んでいるのではないのか?彼女は不意に不安になって、ミツセの服を脱がせると、豊満で白い胸に顔をうずめるようにして心音を聞く。まだ、かろうじて聞こえる。本当にかすかに。
彼女は侍女を見た。
彼女の侍女は脂汗を流して魔人を押さえている。
不動金縛りを完璧にかけた今、魔法を使うことは基本的に不可能なはずだ。しかし、この魔人が何をするのか、想像を絶しているのもまた事実であった。
先ほど魔人を捕らえた「圧力の檻」は予備術式に時間がかかる。今の魔法を維持したまま新たにかけるとなればなおさらだ。
そして何より、この再生能力!
リリナが与えた損傷をこの魔人は何事もなかったかのように治してみせた。それはほとんど無限の魔法力があることを意味している。
――体内魔法炉?
まさか、と今の彼女は言えない。
そうとでも考えなければこの状況は理解できないからだ。
だが、とも思う。
だとしたら、この男は危険すぎる。こうやって押さえているだけで精いっぱいだ。交渉が通じる相手かどうかは――正直無理だろう。
リリナは秋人を見た。秋人もうなずく。次善の策だ。
首を落としただけでは無理だろう。だが、頭蓋を斬れば、死ぬだろうか?
それでも死ななければ、さて、どうした物か。
だが考えるよりも先に、秋人は動いた。呪霊刀はオリジナルの長さになり、対魔法魔法・斬撃魔法、そして完璧な刀法がその身に宿る。
もはや秋人と呪霊刀は一体の存在だ。
ずいっと踏み出した一歩とともに、滑らかに振り上げた一刀は理想的な弧を描いて魔人の頭部を真っ向から切り落とす、と、そう思えたその寸毫の時間。
「それは困るな」
地の底から聞こえるような低い声が髑髏面から聞こえた。そして背中からは「翼」が伸び出ている。
暗赤色の蝙蝠のような、さらに言うのならば翼竜のような、指の間に張った皮膜が背中から膨れ上がるように生えてきた。生えて、あっと思う間もなく彼女の不動金縛りの魔法を破壊する。
――このレベルの魔法を「奥の手」に出せるのか!
リリナは驚愕した。
彼女の「奥の手」の魔法は力強くはあるが、自身の腕の感覚とシンクロさせている、構造としては単純なものだ。だが当然ながら人間に翼は生えていない。 「翼を生やして空を飛ぶ」という物語は数多いし、そのような魔法も存在する。存在こそするが、一切実利を考えてのものではない。
飛翔の魔法も浮遊の魔法も、重力に干渉して、航空力学を用いて動くのだ。翼の揚力で浮かび上がるのはまったく魔力の無駄である。
ましてや腕を変形させるのではなく、背中から生やすとなれば、それは全く新たな存在である。現在使用している器官の延長として使うことはできない。その為の訓練が必要になるだろう。そしてその訓練に見合うリターンが期待できるだろうか?
答えは否、というべきだ。
そもそも魔法使いと言う者は合理的な存在である。合理的にならざるを得ない。科学者であってエンジニアであってインフラである彼らは、「魔法」という非合理な能力を持っているが、非合理であるがゆえにとことん合理性を追求するほかないのである。
たとえば、「涸れる」という現象がある。
これは魔法使いがある日魔法使いでなくなることを言う。
ほとんどの場合二十歳を前に起こる現象であるが、これはまったく(それまでの能力とは一切関係なく)ランダムに起こる。全魔法使いの千人に一人が「罹患」するものであり、治すことも出来ない。いや、そもそも「魔法使い」という「病」が癒えたのだ、とする研究者もいる。
リリナの母、アリアデナもそうであった。
ベン・ジーアルフから数えて先々先代の宮廷魔法使いである祖母のもとに生まれた母は早熟な天才魔法使いであった。
どれほど期待をかけられただろうか。しかしアリアデナは十六の時に「涸れ」てしまい、結局は田舎貴族であるリリンボン家に嫁ぐこととなった。
その娘がまたもや魔法使いとして生まれた、というのはなんという運命のいたずらであったことか。そしてリリナはアリアデナと比べて「デキ」が悪かった。
彼女は十歳の折に祖母の友人である「遺棄されし魔法使い」のもとへと追いやられた。通常の魔法学校はリリナにとって退屈なだけであったという部分もあるが、やはりは母リリナを棄てたのだ。
少なくとも彼女はそう理解している。
今回の騒動でリリンボン家の助力が全く得られなかったのも、リリナの三つ下の弟が成人するまでは余計な騒動に巻き込まれたくないという母の意図するものだろう。
とまれ、彼女は「遺棄されし魔法使い」から今どき流行らないほどのスパルタで魔法の技を習い、研究者としても一人前、とまではいかなくとも半人前は脱していた。
その彼女が戦慄する。
この髑髏面の男は、あり得ない存在だ、と。
翼竜の翼を広げリリナの魔法を打ち破ったゴーズ・ノーブは、先ほどに倍する速度で両手足を再生させる。その次の瞬間に、親指を除く四指が両手分八本、撃ちだされた。
おそらく音速を超えていただろう。
だがかつての自在に動く鉄針とは違い、まっすぐにしか飛ばない「指」だ、秋人も、リリナも、そして「悠太の鎧」も、歯牙にもかけない。かけないが、ほんの一瞬の目くらましにはなった。それで充分以上だ。
ゴーズ・ノーブは背中の翼をひと搏ちすると、すでに焼け落ちた村長の館よりも高く飛びあがる。ぼしゅん、と「鎧」の手甲から蛇腹剣が撃ち出されるが、一息、届かなかった。
「ははははは!いやはや予想外の展開でしたが、これはこれで私も生きる甲斐ができたと云うもの!またお会いしましょう!」
そう言うと魔人は中空高くに舞いあがり、夜陰に紛れた。
後には――
そう、後にはこの村の悪夢にも似た惨状がいまだ終わる気配も見せずに広がっているばかり。




