思い出の村 4
*
唐突だった。
窓から侵入してきた男は、自分が今しがた破壊した窓枠に服を引っ掛けると、こけて自身の頸動脈を、ぶっつりと窓ガラスの破片で断ち切ったのだ。
血のシャワーが壁を赤く模様替えしていく。
「!」
リリナはその喜劇とも悲劇ともつかぬ光景に唖然としたが、唖然としている暇は一秒と無かった。
哀れな男の死体を踏みつけて、手斧を持った男が侵入してきたからだ。
その全身には殺意が、怒気がみなぎっている。
ガツン!
手斧は魔法の障壁に阻まれる。
人間一人の力ならばいかに剛力であっても破れない。護身用の魔法障壁が自動的に展開した。
「があっ!」
血走らせた目をかっと見瞠き、男は第二撃を加える。その様子に理性は無い。手に伝わる感じで、この障壁が破れるのか、そうでないのかぐらい分かりそうなものなのに。
だからこそ。
リリナは寒気を感じた。
その怒り狂ったヒゲ面には見覚えがあった。宵の口にワインの樽を抱えて持ってきた中年男性だ。その時の人懐っこい笑顔と今の怒りに満ちた形相は、同じ顔であってもまったく違う様相を呈していた。
――人じゃない、獣だ。
リリナの中にある最も本能的な部分が、「怒り狂った顔」に恐怖を覚える。だがその恐怖に気付いた彼女は、人間の最も新しい脳の部分を揺り起こす。
それは、勇気だ。
原始的な感情に対抗するために、彼女たち魔法使いはこの世界の仕組みを解き明かそうと研鑽を積んできた。その叡智を、彼女は勇気の「焚き付け」として使った。その焚き付けは、燃やせど尽きぬ燃料だ。
リリナは先ほど使用しようかどうか迷った酒精浄化の魔法を悠太にかける。
その時だ、もう一人。今度はフライパンを持った半白髪の太い女性が障壁を叩く。ゴワーン!と銅鑼のようにフライパンが鳴った。
その目には同じく怒りが、純粋な怒りが湛えられている。
「ん…む……」
悠太が魔法の副作用で目を覚ます。そうでなくともこの喧しい状態だ、目を覚まさない方がおかしかろう。
「おはよう」
それでも気丈に少女は微笑した。
次の瞬間。
姫様のいるはずの広間の方から、かっと炎の光が立ち上った。
6
怒り。
考えてみれば駿介は結局ずうっと怒っていたのかもしれない。
子供のような夢を追う父に怒り、従順な母に怒り、その母を殺した飲酒運転に怒り、危険運転を繰り返す馬鹿どもに怒り、手抜きの建築に――要は世の中すべてを怒っていたのだ。
だから、分かる。
怒っている人間は手におえない。
致死量に達するほどの鎮静剤を打たれたのに元気に暴れまわる奴。
心臓を38口径の拳銃で撃ち抜かれたのに米兵の首を刀で刎ねる奴。
腹を十文字に掻っさばいて内臓をフランス人に投げつける奴。
皆が皆、肉体に与えられた害毒よりも怒りを優先させる。それはほかの感情がもたらせない「怒り」だけの特性だ。
姫と同年輩の大男が大金槌を振り上げる。
「ローハン!」
エルメタインの叫びにむしろ怒りを賦活させたものか、大男はぶん、と金槌を振りかぶると彼女の頭部を狙った。狙った途端に駿介が飛び出す。振りかぶった瞬間に顎を蹴りあげたのだ。
男は自身の得物の遠心力も含めて後方へと吹っ飛ぶ、吹っ飛ばしてからその勢いのまま、鉈を振り上げた老人を空の椅子を蹴っ飛ばすことで昏倒させる、次いで扉を壊して入場してきたのは村長の次男だ、次男は木の扉で駿介を叩き落とそうとするが、魔法装具を着けた柔術遣いは股の下をくぐると、睾丸ごと恥骨を蹴り割る。
その頃には駿介の予想通り大男のローハンが復活していた。顎が砕けて顔の長さが三割ほど短くなっているが、生命に別条はない、ならばこうなる。
一時期、不良物の映画が良く撮られていたが、その時(作劇場の都合は分かるけれど)主人公に一発でのされた雑魚不良どもが延々草むらや屋上で痛そうに蠢いているのが駿介にはやはり不満であった。
現実には、戦うとはこういう事だ。少なくとも殺し合いでないのなら、「その気」さえあるのならばインターバルの後に倒したはずの人間が復活してくる。
その気。
それはいったい何なのだろう。彼が見るそれはやはり怒りであった。怒りにまかせた拳は直線的でさばきやすいが、しかしそれゆえに一発入れられれば「効く」。
難儀な話だ。
駿介は床を蹴ると宙で一回転して踵をローハンの首に叩き込む。ごきんと不快な音がして、新婚の鍛冶屋の頸椎は折れた。
「ヤバいな、火が回ってきた」
秋人は目の前の炎の壁と、背後の壁を見る。窓から多くの村人たちが侵入して来ようとしている壁だ。
「外にもうじゃうじゃいるぜ!」
「が、このまんまじゃ焼け死ぬだけさ」
「ま、嬢ちゃんたちの方が俺らより戦力的には高いしね!」
姫君は何も答えない。
そのことを肯定ととらえ、秋人は窓辺に歩み寄ると呪霊刀を伸ばす。およそ三メートル。本当の意味で物干し竿と同じ長さだ。
「せえの!」
切断の魔法のかかった呪霊刀は壁ごと、壁に迫りくる村人たちを切り裂いた。すでにいったい何人切り裂いたのか、だが、少なくともこれで血路は、文字通り血にまみれた退路が開かれた。
「お姫様、行くぞ!」
エルメタインは叫びたかったに違いない。
だがそうもいかない。
手に手に刃物や鈍器を持った村人たちが集まってきている。それもその目に異常なまでの殺気を持って。
姫殿下の棒術はまさに絶技のそれであったが、相手が自分の受傷に頓着しないのであれば、寸止めなど何の意味もなさない。
見知った人間の、今の今まで歓待してくれた人間の関節をひしぎ、歯を砕き、額を割る。
それはなんという種類の地獄であったか。
今や姫君の碧の瞳は涙にぬれ、褐色の頬をしとどに伝い、形のいい鼻は流れ出る鼻水をすすっている始末だ。それでも、そこまで行っても本当の意味での「本気」が出せない。体が拒む。小指の爪一枚分の踏込みの浅さ、その手加減は怒り狂った村人を気絶させるまでには至らない。
涙と鼻水でぐしょぐしょになった麗しの姫君は呼吸もままならない。今や見えているのかいないのか、くるりと振り向いた、その先には――
「ミツ!」
臨月の妊婦は切っ先も鋭い牛刀を振りかぶった。
その手首を後方から駿介は握ると、妊婦のひかがみを蹴って、関節を壊しながら投げ捨てる。
「げえっ」
叫んだその声はウシガエルを踏んだ時と同じような音だ。
真正面から受け身も取らずに床にたたきつけられミツセは、その出っ張ったお腹ですべての衝撃を受け止めた。スカートがまくりあがり、白い下着の股間を鮮血交じりの液体が濡らす。
その光景に、とうとう、エルメタインは耐えきれなくなった。
すとん、とうずくまる。
うずくまって、棒を捨てる。
両手と膝を使ってはいはいで幼なじみの友達のもとへといざる。もはやその両目に光は無い。ただ、何らかの義務感だけが彼女を動かしている。
駿介が、そして覚悟を決めた秋人が彼女を護る。
覚悟。
そうだ、もはや彼らに相手を気遣う余裕はない。
呪霊刀は本来の切れ味を取り戻し、村人の手を、足を、藁ででもあるかのようにすぱすぱと切り落とす。
その目に浮かぶ怒りの炎はこのような策を弄する敵に対するものか、それともこんな羽目に陥った自らに対するものか、自分自身にも判断は着かなかった。
「ミツ、ミツセ、目を覚まして、お願いだから」
幼なじみを抱きしめる姫君の姿はミケランジェロの「サン・ピエトロのピエタ」もかくやという美しさである。
「大丈夫、私のリリナは凄い魔法使いだから、赤ちゃんだってきっと大丈夫。大丈夫だよ」
無論、死者を甦らせる魔法などない。
「お願い、目を開けてよ、お願いだから」
その願いは天に通じたのか。
ミツセはエルメタインの膝の上で目をゆっくりと開けた。目と目が合う。トロンとした瞳の焦点が合うと、姫君の涙にまみれた笑顔があった。
あった。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い顔が。
「があああ!」
ミツセは姫君の喉笛に噛みつこうとする。普通の状態の女性が、皮膚を噛み破れるかといえばなかなかそうはいかないだろう。だが、極度の興奮状態にあるミツセの咬筋は姫君の皮膚を食い破り、重要な動脈に届かんとした、その刹那。
あともう少し、ほんの数ミリ口を閉じるだけの事をミツセはできない。
それどころか、指の一本に至るまで動くことはできない。
不動金縛りの魔法。
「姫さま!」
可憐な黒髪の少女。
リリナだ。
ライムグリーンとペールホワイトの巨人の右腕に腰かけて、少女は右腕を掲げて三角形に切り取られた壁から直接魔法をかけている。「聖騎士の鎧」は左腕から伸びる蛇腹状の剣を手甲に収納した。一般家庭の壁など薄っぺらな紙と大差ないし、炎の障壁など、物の数ではない。
そして少女の右手に握られているもの。
まるで今しがた折ったように見える木の枝だ。
魔法の若枝。
秋人によって失われたが、道中ずっと懐に入れて魔法を循環させていた「魔法の若枝」はいま彼女の手に戻ったのだ。
「リリナ!」
エルメタインはすがるかのように彼女の忠実な侍女に叫びかけた。
リリナも応えて「聖騎士の鎧」の腕からパッと降りると、駆け寄った。
「彼女を、ミツセを助けて!お願い!」
リリナは緊張する。
唇をかんだ。
広間は地獄のありさまだ。血と肉片がばらまかれ、それらの中で未だ元気な十数人の村人は、リリナの魔法によって体の周りに目には見えないが、鋼鉄よりもなお強靭な自分の姿を模した檻が形作られているのだ。
その「檻」越しに覗くミツセの目は血走り、カテコールアミン類の作用で瞳孔が散大している。未だに闘争を続けよと脳が命令を下している状態なのは間違いなかった。
――なんなんだろう、これは?
幻術ではない。幻術で「暴れさせる」ことは確かにできるが、それは恐慌を引き起こさせるという意味で、こうやってピンポイントに人を襲わせることはできない。
ましてや憎悪を引き起こすことなど不可能だ。
おとぎ話の中では秋人が胸に埋め込んでいる『勅令』は人の心をも操ったというが、それはある種の催眠、洗脳能力だろう。それならば理解できる。
地上世界において、米ソ冷戦華やかなりし頃、アメリカ合衆国は鉄のカーテンの向こう側において「ブレインウォッシュ」という人の思想を完全に書き換える技術が完成していると思いこんだ。
アメリカ中央情報局(CIA)はその技術を物するため「MKウルトラ計画」を発動させた、LSDや向精神薬といった薬物、外科手術、電気ショックといったもろもろの手段を用いて犯罪者、医師、軍人、妊婦、精神病患者の「認識」を変えようと実験を繰り返した。しかしそれは旧石器時代の脳外科手術のようなもので、壊すことはできても再構築できるものではない。
真偽のほどは定かではないが、殺人事件十九件の罪で起訴されている暗黒街の顔役ジェイムズ・「ホワイティ」・バルジャーはこの「MKウルトラ計画」に獄中で参加し、懲役の減免を受けたのだが、虫も殺せない性格の自分がこの術後、殺人が「平気」になったのだ、と語っている。
そしてもちろん東側にもそのような技術は存在しなかった。洗脳とは、長い時間をかけて少しずつ完遂していくものなのだ。それが結果的に人を変えることはあるかもしれないが、あくまで結果的、であり、共産主義がキリスト教に端を発する一種のカルトであることを考えれば、それは「回心」、あるいは「転び」というべきものが近かったであろう。
ことほど左様に精神を支配するというのは難しい。
魔法はただでさえ人体内部を「どうこう」するためには「抗魔法力」をひしがねばならないのだ。
人を殺すのには脳の神経を一本断線させたり、心臓の動脈を止めたりすれば事足りるはずなのに、大げさな外傷を伴う破壊魔法が大手を振るう理由がこれである。
一長尺(約二メートル)離れた場所から脳の血管なり神経なりを切ることは、その五倍の距離から人間を縦に両断するのとほぼ同じ魔法量を必要とする。そしてその相手は動いてはいけないのだ。だとすれば、それは「攻撃」手段としてあまり役には立たない。
そして裏返せば、人の肉体を「どうこうする」治癒魔法は一対一で行い、しかもその距離は手で触れられるほどであるのが望ましい。
必要な魔法量も壊すそれとは比較にならないのである。
そう考えてみれば秋人の操る「皇帝の鎧」の能力の超絶さが理解できるだろう。
そして、リリナの苦悩も。
――今この場で、この女性を治すことが最適な判断だろうか?
不動金縛りの魔法は部屋の中にいる者たち全員を動けなくしたが、しかし村人たちは未だ次々に襲い来る。
確かに、「聖騎士の鎧」の参戦は激烈な効果をもたらした。なにせ魔法の武器以外では傷一つ負わせられない。防御を考えなくてよいのだ。そうなれば相手に対して気遣いもできると言う物である。
悠太はぐっとかがみこんで、アマレスのようなタックルを仕掛ける。しかもそれは五人をいっぺんに、だ。蛇腹剣を腕の延長のように使って、五人全員をホールドすると、放り投げる。
二、三メートルの高さから地面に叩きつけられた男たちは、無言のまま突っ伏す。
振り返って右手に二人、左手に三人の首を指と指の間に挟んで頸動脈を絞める。神経を使う作業をしかし「聖騎士の鎧」は楽々とこなした。
数秒の後に男たちは「落ち」る。
秋人も駿介もほっと一息を付く。気を抜くことはできないが、それでも一安心だ。後は――とそこで気づいた。
「おいおい、後はどうすりゃいいんだ?」
秋人は思わずひとりごちる。この村から逃げ去る?
それはできない。この村は姫様にとって思い出の村だ。無視するわけにはいかない。それは姫様が許すまい。
だが、どうすりゃいいんだ?
魔法なのだろう、そのくらいは見当がつく。だが、そこまでだ。そこから先は想像がつかない。「悪い魔法使いを倒す?」それでいいのなら楽なんだが……。
秋人はエルメタイン姫を見た。
姫は、泣きながら少女に詰め寄っていた。
まるで、年相応の小娘のように。
7
「何をやっているのです!早く」
主人の言葉に少女はとにかくここは従おう、従うべきだ、と思い直し、麻酔の魔法で妊婦の意識を失わせる。
憎悪に歪んだ表情筋がふっとゆるむと、姫君の幼なじみは白目をむいて意識を失った。
ほっとする。
不動金縛りの状態では治癒魔法はほとんど効かない。麻酔の魔法が効いたのは僥倖だ。戦場において昂奮した兵士に麻酔魔法が効かないことがあるのだと、彼女は師匠から聞かされていた。
『効かなければどうするんです』
『そりゃ、そのままやるんだよ』
それはあまりにぞっとしない。
リリナは「魔法の若枝」の先に緑の光をぽう、と灯す。
治癒魔法の前にミツセの身体を走査する。それと同時に人工精霊を作り上げることが出来るのが「魔法の若枝」の功徳だ。
「?」
走査の結果にリリナは不審な顔をする。
なんだ?これは?
妊婦の身体を調べたことは一度しかないし、それも正直ほんのわずかな時間だ。だから彼女は正確なことが分からない。しかしこれは…なんなんだ?
だが、彼女の不審より彼女を覗きこむ姫殿下の顔にこそリリナは危機感を抱いた。
ミツセのお腹の子は心臓が動いていない。羊水もかなり流れ出ている。今すぐ分娩させてその上で母子に魔法をかけるしかない。ここが病院ならば、あるいはせめて静かな場所だったならば、リリナは決断していただろう。
だが、時間差で足の遅い、小さな子供たちや、脚の悪い老人たちが手に手に鎌やまきざっぽうを持って集まってきていた。
そうだ、彼女たちを殺すために、だ。
「ちょっと待ってよ!」
悠太の声は悲鳴に近い。自分より小さい子供や老人に暴力を振るえるタイプでないことは百も承知だ。
何が起こっているんだ?
「早くミツを!」
姫様が責め立てる。
どうする?
そもそもこの場を収めるためにこの女性を救うことは何の因果関係もない。――いや、考えるな、姫様の命令じゃないか。その事に何の違いがある、姫様に言われたことをすればよい、自分の意志などそれより後のことだ。
彼女は首を振り、自らの職分を全うしようとしたその時だ。
「うわっ!」悠太の声が再度響く。
リリナは顔を上げて前方を見た。
息をのむ。
先ほど、農業用フォークでエルメタイン姫を突き刺そうとした少年が立ち上がったからだ。
駿介に蹴りあげられて昏倒し、そのまま放っておかれていた。放っておかれて、火炎瓶の揮発油がかかったのだろう。
その頭部は火傷、というより炭化していた。皮膚が焼け落ち、筋肉がむき出しで、更にその筋肉も焦げていた。目玉も沸騰して卵の白身のように白く濁って、起き上がれたのが不思議なくらいだ。現にリリナは頭部を炎になめられても微動だにしない少年を死体だと思い込んで、「不動金縛り」を掛けなかったのである。
だから動いた。
それは(悠太はきっちりとビックリしたが)、驚くことではない。
だが、その少年の鼻と口から垂れているオレンジ色の「何か」は明らかに「何事か」の中心にあった。
驚くほど鮮やかな赤とオレンジの粘液は最初、炎の色なのだと思った。血液などおよそ人間の中にある色彩とは思えない、ネオンカラーのような鮮やかさであった。
それは明らかに少年の体内から流れ出ていた。粘度は高い。鼻をすするようにそのオレンジ色の「何か」は一度少年の体内に潜って、それから「ひゃあとてもかなわない」とでも言うように意外なほどの素早さでもう一度あふれ出てきた。
目を押しのけて。
耳から、鼻腔から、口から。
鮮やかなオレンジの粘液がびっくりするほど大量に這い出てくる。
――危険だ!
ほとんど無意識に、少女は魔法の若枝を少年に向ける。
炎の魔法ではない。「燃焼」の魔法。
超高温の「火種」と、それに酸素を与える竜巻の魔法を組み込んだ複合魔法だ。不可視の焼却炉を作り上げる魔法であると言えた。
次の瞬間には少年の肉体を高熱が襲う。轟々と竜巻状の渦を巻いて、熱は一瞬の後に今度は肉体に着火する。そうなれば人体など蝋燭と大差ない。ほんの数秒で少年の身体は半ばほど炭化する。
そうだ、炭化した。
だのに。
「キイイイイイイイイイ!」
少年は叫んだ。
発声器官などとうに焼け落ちているというのに。
あまつさえ、歩く。歩きながらも燃えだして、一歩ごとに火を噴きだしながら体が砕けてゆく。
その時全員が気付く。
これは、もう、人間ではないのだ、ということに。
ミツセの鼻腔から、オレンジ色の粘液がタラリ、と流れて出てきた。
今年中に次章をお届けいたします。
 




