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花畑の追憶 1

 第八章 「花畑の追憶」 



     1


 ベン・ジーアルフの弟子たちはリリナが用いた幻術に完全に翻弄(ほんろう)されていた。宙を舞う二十ほどの白い人影、魔法の攻撃が当たれば飛散(ひさん)するが、しかしまたいずこからか復活して数は一向に減らない。


 (おとり)であることは明白だ。


 とはいえこれらがすべて囮と決まった物でもない以上、怪しいものは全て打ち落とす、という基本方針は変わらない。年若い少年たちだ。目の色を変えて標的を撃つ。

 狩猟の(よろこ)びは手段と目的を完全に転倒させていた。

 

 だが、一人の少年が魔法を全て消費しつくして昏倒(こんとう)したのをみて、これはいかん、と師匠は遅まきながら気付いた。

 魔法の貯蓄量は千差万別。個人の資質によって文字通り(けた)が違う。資質においてはリリナに劣るとはいえ、ベン・ジーアルフも西王国屈指の魔法使い、能力の低い者の事をおもんばかるのは誰だって苦手なものである。


「ええい!やめるのです!やめるのですうぅ!」

 

 ベン・ジーアルフは、弟子たちの対空射撃が完全に無駄だということにとうとう決断して、(あわ)てて声を張り上げた。張り上げても、もともと人より声の小さい男だ。初めての実戦に高揚(こうよう)した少年たちの耳に届くものではない。


「えーい、もうっ!」

 焦った宮廷魔法使いが一人一人に声を掛けようと歩き出したその時、


「攻撃やめぇい!!」

 と大音声(だいおんじょう)が鳴り響き、彼の侍従(じじゅう)たちを正気に戻した。

 声の主はザガード・ロスハング・クロフエナ(おんな)伯爵(はくしゃく)である。白銀の軽甲を身に着けた若くてハンサムな護衛を二人侍(はべ)らせて、黒と見まごう真紅のロングドレスに雪狼の毛皮を身に着けている。

 彼女もまた戦場で磨かれた者の一人だ。良き将の条件として声が大きいというのは、IT化が進んだ地上世界も、魔法が発達したフォーダーンにおいても変わることは無い。

 クロフエナは(つや)やかに輝く長い黒髪をばっと振り払い、彼女の存在に中庭にいるすべての人間の耳目を集中させた。


「ゴッサーダ殿が受傷された。今後の指揮は私が()る!」


 一瞬の完全な沈黙。それからささやき声がさざ波のように中庭全体を駆け抜けていった。

 我らが最強の城主が傷を負った、などと言うことがまずもって信じがたい。だがまあそれは良い、しかしそのような相手をいきなり出てきたこの女伯爵の指揮で捕らえられるだろうか?

「諸君らの疑問ももっともである」

 クロフエナは騎乗用の鞭を持っている。

「だが、精強なるシャボリーの衛士たちがわが指揮を受け入れてくれれば、地上世界より来た蛮族も、(けが)れし姫君も物の数ではない。傾注(けいちゅう)せよ!」


 その鞭を頭上高く掲げた。


 そのまま数秒静止する。

 キラリ、と何かが光る。

 目だ。

 ピンク色の瞳が発光しているのだ。


「見よ!ザガード家伝の秘宝、竜化兵だ!」


 咆哮(ほうこう)

 夜明け前の闇の中、中空はるかに消えゆく月光の残滓(ざんし)に黒光りする巨体がズシン、と歩を進めだ。

大きい。

 全高で五メートル強、尻尾まで含めた全長は十二メートル以上だろう。

 そう、尻尾。その魔法装具は全身を板鋼(いたはがね)の鎧で覆った二足歩行の竜の姿を模していた。

 竜の胸部にある透明な操縦席から、金色の長髪で、とろけるような美貌を持った青年がクロフエナに優雅な略礼をする。

 

 魔法装具、「竜化兵」。


 リリンボン家の「聖騎士の鎧」が「古いうえに呪われている」という好事家(こうずか)以外に知られていない魔法装具であるのとは対照的に、フォーダーン中に鳴り響く、強大な魔法装具である。

 暗黒龍ガラバグとの最終決戦である「エンミドラ会戦」の折に活躍した「八王 器」の一つであり、今現在も現役で戦場に出ている唯一の魔法装具だ。唯一であるのはそれだけでない。この魔法装具は三人一組で使用するただ一つの魔法装具なのである。

 一人は操縦、一人は口から発するプラズマ火球の砲手、そして一人は純粋に燃料源として。

 帝国末期、「魔法装具の(たくみ)」ジャランガ・ジャンゲによる作だ。

 フォーダーン最強の「存在」である轟名竜の一体にして暗黒龍ガラバグの眷属、「暴風竜ダヌエ」を討ち取った(まあ「討ち取った」といってしまうとそこは諸説あるのだが、最も控えめな説に従うとしても、大殊勲(だいしゅくん)であることは間違いない)のは、三百年以上たった今でも語り草で、子供でも知っている。

 戦場に出しただけで敵軍の戦線が崩壊したことも、一度や二度ではない。

 竜化兵に勝てる魔法装具となれば八王器のいくつか、そして伝説に語られる帝国最強の「四神器」ぐらいのものだ。

 衛兵たちは一瞬何が起こったのか理解できずに、ぽかんと口を開けただけであったが、数秒の後、大歓声が起こった。


 無敵の象徴。

 最強の具現。

 それが竜化兵だ。


 微細な稲妻が、黒曜石のように透明感のある装甲の上を走る。噴き出す魔法が装甲表面を覆って、ほぼ無限の(比喩ではない!)抗魔法と抗物理の防御膜を作っている。

 もう一度咆哮。

 それは敵に絶望をもたらす叫喚(きょうかん)であった。


 クロフエナは、高らかに勝利の笑いを上げる。


      *


 その少し前。


 ライガ・エマルは少しだけ眉根を寄せると、いつものように不機嫌な顔で牛車の牛に鞭をくれた。牛と言っても額に一本だけ太く短い角の生えたその牛は、品種改良の結果、地上世界の馬によく似ている。はるか昔に馬が絶滅しているフォーダーンにおいて、騎乗には(れい)(よう)()が、そして荷物を持ったり車を引いたりするのは多種多様な駄獣の役割であった。

 その中でもこの「一角牛」は、見た目だけでなく走力も「(エクウス)」に最も近い。軽快で(はや)い、ということだ。

 二頭立ての一角牛は不機嫌そうな「ボー」という声を漏らすと、不承不承(ふしょうぶしょう)歩き出す。


「ちょ、ちょっと待ってくれ婆さん!」


 正門の横にある通用門。とはいえ二頭立ての牛車ならば悠々と二台がすれ違えるほどの大きさの門扉(もんぴ)は、内側から大きな(かんぬき)で閉ざされている。それを開けよと、老婆は主張しているのだ。

 門の番兵は必死に一角牛のハミを持つと、とどめようとする。しかしいかに馬に似ていようと、牛である一角牛は、ねばねばとした(よだれ)を大量にたらし、番兵の手袋を濡らしていく。この涎がある種の鈍感さを一角牛に与えていた。

「なんだい、おかしなことを言うねえ。あたしゃゴッサーダ様から、いつでも通用門を通ってよいってお許しを得ているんだよ」

「それは知っているさ!だが、今は駄目だ」

 老婆は(いや)ぁあああな目をした。

 酒も入っていないのに、完全に座っている目だ。顔見知りの門番はこんな顔をしたライガがいう事を聞きやしないことを知っていた。

 だが、仕事はしなければならない。

「今はお前さんだろうが誰だろうがダメだ!あの姫様や、地上界の人間が脱走を図ろうとして大変だって言うのは分かっているだろう!」

 門番としても、ライガがまさか時間外にエルメタイン姫様とお茶会をしていたなどとは、夢にも思っていない(それはこの老婆の事を知っている人間ならば誰だってそうだ)から、かみ砕いて説明する。

「おやまあ、それは初耳」

 顔色一つ変えずそう言ってから、聞いた内容を一切頓着(とんちゃく)せず、牛に鞭をくれようとするのを、もう一人の門番が押しとどめた。

「待ってくれよ婆さん」

 こちらの方が年嵩(としかさ)だ、右目に矢傷を負って、そちらはほとんど見えていないが、それでもかつては剣士として戦場で鳴らした男である。

「さすがに今夜はあきらめてくれ。いや、もうちょっと待ってくれりゃいい。今から城主様が直々に事に当たられるそうだ、そうなりゃ、ほれ、あっという間に終わっちまうんだ。だから。な」

「冗談はよしとくれ!」

 良く響く声、屈強で鳴らした「ブンブーツ族」最後の女首長だったといううわさも納得できる迫力だった。

「金を貸していた家族が今夜、夜逃げするって話を聞いたんだ!今のこの押し問答だって惜しいんだよ!それとも何かい、ミルドさん、あんたが金貨二十枚を返してくれるって言うのかい?この間のサイコロ賭博の負け金の立て替え分も払えないアンタが!」

 噛みつかんばかりにがなり立てるライガに、「片目のミルド」は冷や汗をかきながら落ち着かせようと努力した。しかし、借金をしている立場は弱い。金のないのは首のないのと同じだ。そのことを老婆は丁寧に教育していた。

 ミルドは年若い同僚と顔を見合わせる。青年期の終わりを迎えている同僚もあきらめ顔だ。


「じゃあ、その荷車の中身だけ改めさせてくれ」

「それだけだ、すぐすむ」


 冗談じゃあない!おやめウスラトンカチ!等々と口汚くののしる老婆に対しても、さすがにこれぐらいはしなければ仕事をしたうちに入らない。

 門番二人が荷車のほろぐ。中身は、と見れば大きめの行李(こうり)が六つ置かれていた。


……そうだ、ちょうど人間が入るほどの大きさの。



        2


 地上生まれ、地上育ちの男ども三人は今いる状況も忘れ、その女性の美しさに見蕩(みと)れていた。

 (かが)やく赤い髪。(つや)やかな褐色の肌。完璧なパーツが完璧な配置をなされた顔。スタイルこそ一瞬肥満(デブ)かとも思わせたが、そう見せているのはバストが紳士物の服を内側から圧迫した結果だと気付けば、その服の下に(しま)われた胸の(おお)きさがうかがわれる。

 美の結晶。

 ひとことで言ってしまえばそれで終わりだが、この世の中に純粋な美人などという「存在」があるとは、ある意味では想像の埒外(らちがい)にあった。


「騒がしいですわね」

 エルメタイン姫はちょっとだけ塔の外で咆哮する「何か」に気を取られたが、すぐに向きなおって優雅に一礼する。

 衛兵姿ではあるが、その立ち居振る舞いは一発でその人物の人品を三人の地上世界の男たちに知らしめた。


 『これが、お姫様と言う物か』と。


 リリナの優雅さとすら比べれば頭一つ以上ぬきんでている。

 少女の優美さは、がんばって身に着けた物であることが少しだけ透けて見えるが、エルメタイン姫のそれはまるで生まれついての物のように無理のない立ち居振る舞いであった。

 男たちも慌ててお辞儀をしたが、まったく無様としか言いようのない所作であった。

 リリナは得意げだ。

 見たか知ったか、と(女主人と比較するとあまりにも薄い)胸を張る。

「では」

 と姫君は周りの者に語りかける。

「わたくしの策をお話しいたします。もし異論がございましたら、もちろん腹蔵(ふくぞう)なくお話し下さいませね」

 声まで美しいのはもはや驚くに値しない。

 凄い美人だなあ、おい、と秋人は目配せしようと相棒の方を向いて、少し驚いた。


 相棒の視線は、エルメタイン姫に釘付けであったからだ。


明日も更新いたします。

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