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堕ちてきた少女 2


 どうするか?

 つい先日十五歳になったばかりの少女は思案する。


 気絶の魔法は防御には適している。対象者を電撃によって昏倒こんとうさせる魔法は護身には最高と言えた。しかしそれは防御まもりの場面においてのはなしである。

 人を気絶させてなおかつ後遺症を残さない、そういった絶妙のさじ加減は対象の人間、あるいは獣においてそれぞれ違う。その細かい量を計算したうえで自動的に迎撃するの魔法式によってではなく、自律演算する使い魔、「人工精霊」の仕事だ。だが、人工精霊を作り出すのは相当の魔法量を消費する、それは地上世界で行うにはあまりにも燃費が悪すぎる。

 だから、彼女は人工精霊の代わりに自身の脳の一部を自動演算回路として使っている。これなら相手に無害な一撃を与えることが出来る。


だが、それは足かせにほかならない。


 この「魔法」はリリナから一定以上離れることはできない。鎖を握った飼い犬のように、あるいはへその緒でつながれたままの母子と言った方が正しい比喩だろうか?そういう意味では駿介の持つテーザー銃と全く相似と言える。

 テーザー銃は人の動く意思を剝奪はくだつするほどの痛みを電気ショックという形で与えるのだが、撃ちだされた電極と銃身は電線でつながっている。魔法と科学、元になる技術思想は違っても、収斂しゅうれん進化の結果としてリリナと駿介、二人が同じものを互いに持っているというのは不可思議な話である。

 ただし、どちらも護身用だ。

 その用途においては効果範囲が比較的狭い、という条件は別に欠点ではない。ないが、攻撃には向かないという点も同様だ。


――完全攻撃用に魔法を変えるべきか?


 リリナはそのことを思案していたのだ。

 だが魔法使いとして最高の教育を受けてきた彼女の攻撃魔法は「戦争」用であり、基本的に対多人数用。もし本気で使用すればこのあたり一帯は蜂の巣になり、対象者はひき肉になるよりもなお悲惨な最期を迎えるだろう。


 それはさすがにぞっとしない。


 繰り返すが彼女は歴戦の戦士ではない。

 では何者か?


 「西王国」第一王女の筆頭侍女ひっとうじじょである。


 侍女長が殺された今、彼女こそが王女殿下第一の部下だ。イザとなれば「やる」覚悟はある。だが、その覚悟を今ここで発揮はっきすべきか否か、計りかねていた。

 計りかねたまま、かつっと草原狼の革で出来た靴底がビルの壁面をとらえ、そのまま蹴って空中を舞う。


 迷い。


 それはこの場面では持ってはならないモノだ。

 右手に持った若枝が新たな敵の存在を知らせる。正確には新たな魔法装具の発動を知らせたのだが、この場合敵と見て間違いはなかろう。

「二人目か」


――しゃらくさい。


 緑がかった灰色の瞳が、ネオンサインを反射して美しくきらめいた。

 魔法の若枝を空中で走らせる。

 それはなんという集中力であったことか。

 滑空の魔法を行いながら、中距離用の「比較的」穏当な攻撃魔法を発動する。その上で滑空魔法をやめると同時に空中舞踏魔法くうちゅうぶとうまほうに切り替える。それらをひとつながりの挙動で行う。並の魔法使いではできない相談だ。むしろ曲芸的と彼女の師匠などは渋面じゅうめんを作るだろう。


 だが。

 彼女のその高等技術をあざ笑うかのように、鋭利な何かが飛来する。

 それは魔法の防御膜を意に介さず切り裂き、正確無比にリリナの「魔法の若枝」を切断した。


「な……!」

 今まで描いてきた魔法象形文字が霧消する。攻撃魔法は彼女の魔力のみを消費して発現することなく無に帰した。


 「魔法の若枝」は便利な道具だ。

 魔力そのものを貯めることもできるし、その中にいくつかの魔法を内蔵もできる。もう一人の自分と言ってもいい。特に魔法象形文字を描くときには必携の「筆記具」だ。この若枝がなければ「魔法象形文字を書く魔法」を一文字一文字発動しなければならない。それだけのことをしていたならば、彼女ほどの手だれでも時間は十倍かかる。

 一度に一つしか作れないし、作る際には「肌身離さずに十二日間持ち続ける」のが必要条件なのだ。魔法の若枝はかけがえのない魔法使いの一部である。


 それが今両断された。

 月の光に輝いて闇に白々と浮かぶV字型の鋭利な刃物は、彼女の若枝を切り裂くと大きなカーブを描いて投じた者の手元に戻ってきた。

 危なげなく受け止めた武器は瞬時に姿を変える。

 長さおよそ七〇センチほどの刀。

 それを片手に持ってもじゃもじゃ頭の男は彼女を見つめる。


 彼我の距離およそ三〇メートル。


 男が立っているのは解体途中の複合商業ビルの最上部だ。鉄骨が防護幕から突き出ているその姿はさながら巨獣のむくろのようにも見えた。


 男、羽生秋人は無表情でリリナを見据みすえる。

 地上四〇メートル、露出ろしゅつした鉄骨の上だというのにその姿は端然たんぜんとして小揺るぎ一つしない。


 ブーメランから直刀に変化した今の武器が、魔法装具であることは間違いない。とリリナは判断する。しかし変化したそのことが魔法装具の本質なのか、それとも特性の一つでしかないのか、今の段階で判断はつかない。

 だが一つ、決定的に理解できたことがある。


――どうやら私は誘い出されたってことね。


 リリナはこの瞬間相手の意図に気付いた。待ち伏せ。最も古くからある兵法ひょうほう。つまりそれだけ効果的なわなと言うことだ。

 憤懣ふんまんやるかたない、が、そこは認めなければならない。あのぴょんぴょん跳ねるだけが能の小太りの男は目標を誘導する役、目の前のこの男が「カタを付ける」役割ということだ。


「まんまと、か」


 少女は苦笑しつつも考える。

 この場所で、この男を(小太りの男の事も忘れてはなるまい)対処するためには何が必要か。しかも魔法の若枝なしで。

 決断まで一瞬だった。

 そう、覚悟を決めたのだ。


 殺す、その覚悟を。


 少女の目にあおく冷たい炎が灯る。呪文を唱える小ぶりな紅い唇が笑みのような形を作った。

 細くたおやかな指先、その形の良い爪にオレンジ色の光が集まりゆく。

 リリナと秋人、視線がからみ付く。

 次の瞬間、リリナの爪からオレンジ色の光線が発射された。

 両手分、十本。

 秋人の身体ではなく、その周囲に着弾(?)した光線は鉄骨といわずコンクリートといわず、問答無用に直径五ミリほどの穴を開けて貫き、そのまま四〇メートル下のアスファルトに降り注ぎ、地中を三メートルほども穿うがった。 

 しかし。

 秋人は無傷だ。

 無傷どころかリリナの攻撃の終わった隙をついて距離を縮める。


「!」


 少女はこの夜初めて戦慄した。


 羽生秋人の持つ魔法装具は「呪霊刀」。

 刀と名がついているが、先ほど見せたようにブーメランにも、槍にも、バールのような物へも変化するのだが、そこが本質ではない。

 この刀は、持った人間を達人へと変える。

 そこにこそこの魔法装具の恐ろしさがある。

 刀を持てば刀の、槍を持てば槍の、最高の使い手に早変わりができるのだ。もちろん秋人自身も普段から節制と運動(朝のランニングと週二回のジム通い)を心掛けてはいるが、それ以外の努力は必要ない。先ほども難なく光線を弾いた。無論光速以上で動けるわけではない。彼女の指使いから軌道を計算して避け、避けきれない分は魔法破壊魔法の付与された刃で弾いたのである。


 対魔法使い専用兵器。


 それこそが羽生秋人の魔法装具である。


 ぶん、と白刃がリリナの首筋を狙う。慌てて少女は身をそらしてかわした。正確に言えばそのように誘導された。この美しい少女の運動神経が悪ければ、秋人は寸前で刃を止めたことだろう。生け捕りにしなければならないのだ。まったくハンデ戦である。 

 リリナはかわしてそのまま不自然な速度で後方に吹っ飛ぶ。

 ほう、と秋人は観察する。羽生秋人の持つ性格は呪霊刀の特性にぴったりと合う。呪霊刀の最も良き使い手は冷静であることだ。やる気があり、熱血で、思い込みの激しい人間は呪霊刀が内蔵しているプログラムと齟齬そごをきたし、その性能の半分も引き出せない。だが秋人には正直この仕事に対してやる気と言う物が欠如している。その虚無性は呪霊刀の「容れ物」として最高の性能を引き出すことになる。それは皮肉と呼べるだろうか?


 だが秋人にその皮肉を笑うような感傷の持ち合わせはない。

 

 それ故に、彼は冷静な観察者に徹する。

 少女は今までの優美な滑空から魔法による移動手段を変化させたのだということに気付いた。飛翔、というには動きが雑だ。ある種のワイヤーアクションを思わせる一方向への急加速。もちろん現行のどんなドローンにも不可能な自在の機動(マヌーバ)である。


 少女は急速旋回する。


 秋人は後方を取られた。無論、良くない状況だ。良くないから彼は無造作に足場から一歩前に進む。その先には、何もない。

 自由落下する髪の毛の先を光線ががした。間一髪。だが自由落下してそのまま地表に叩きつけられてはたまらない。秋人は手を伸ばすと鉄筋をつかみ、鉄棒の要領で一回転して体勢を立て直す。

 少女は追ってきた。


 ――そうだ。


 いいぞ、と思う。

 気位きぐらいの高い人間の特性は間違いを認めないことである。気位が高くて、更に性能のいいオツムを持っていれば、多少の失敗も頑張ればリカバリーしてしまう。つまり、罠に落ちたとて罠ごと食いちぎればむしろ効率的であったという強弁も(おもに自分相手に)成り立つ。

 そこが狙い目だ。もし逃げられたならば、これは厄介である。探し出して、監視して、弱ったところを狙うしかない。

 もちろん普段彼が行う職務の99パーセントは監視であるから、そうなったところで問題はないし、そうやって今のところ職を維持してきたのだ。困ることなどありはしない。

 しないが、簡単に終わるのならばこれ以上ありがたい話はない。


 ――残業代も出ないことだし。



         *


 

 なんという事だ!


 リリナは自分の頭をはたきたい衝動にかられていた。調子に乗って深追いしたうえ、地表の「飼い犬」に恐れを抱いた。まさに業腹ごうはらという物だった。

 空中舞踊の魔術は夏天の大祭のときに「妖精王」役として集中的に練習して以来だから、およそ一年ぶりに使う魔法だ。

 しかし腕前はびついていない。様々なものが露出したビルの中、落下しながら猿のように彼女を狙う男の動きを紙一重で避けている。あちらの得物えものが刀である以上、あまりこちらから近づく必要はない。目視こそしなければならないが、よく狙って光矢を放てばいいのだ。距離を取れ、彼女は自分に言い聞かせる。それだけで優位性は高まる。

 しかし右に左に、上に下にと目まぐるしく鉄骨やロープを、あるいは男の刃をかわして飛び続けるのは集中力を極度に使わざるを得ない。魔法の若枝を失ったのはいかにも痛かった。

 ブーメランを光矢で撃ち落とす。その次の瞬間。


 目の前に、

 一畳ほどの透明なガラス窓。

 突っ込んだ。

 破壊音。


 幸いなことに自動防御膜の魔法が発動したからかすり傷ひとつ負わずに済んだ。固い外壁にやわらかい内側を持った繭、術者が失神していても有効な防御機構である。窓ガラス一枚では衝撃とすらいえない。 

 しかし。


 集中力が途切れている。


 そのことにリリナは気付き始めた。そして気付いたと同時にそれへの対処を迫られる。腰のポーチに収めてある「ピンダルゥの実」を一つれれば、とも思うがそんな暇は与えてくれるはずもなかった。


――逃げるか?

――私が?


 怒りと焦燥しょうそうが十五歳になったばかりの少女の脳髄のうずいを灼く。


 それは無駄な思考だ。そのことを、羽生秋人はよく理解している。


「そろそろ仕上げだな」

 秋人は窓枠に片手でぶら下がりながら、無感情に呟いた。


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