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赫髪の姫君 2

「え……、と?」

 二人の態度に悠太は戸惑いを隠せない。がっちりと足枷あしかせはまっている、鉄格子は堅牢けんろうだ。人間の腕力ではどうしようもない。

「いやはや、まったくこの世界(フォーダーン)は平和なんだなあと、つくづくそう思うぜ」

「同感」

 秋人の台詞に駿介は大きくうなずいた。

「大体がさー、一味揃って同じ牢屋に入れるって発想が分からん。別々の牢屋にでも入れられたりしていたら厄介極まりなかったんだがな。けどまあ、それよりなによりも」

 秋人は不敵な笑みを浮かべる。

「まさか持ち物検査だけで終わりとは思わなかったよ」

 そう言って靴を脱いだ。丈夫そうな編上げの半長靴。その中敷き(インソール)を取り出し、中底をべりべりと音を立ててはがす。

 そこから出てきたのは、歯科医が使うような金属製の器具だ。

「!?」

 悠太は声もない。

「あとは俺に開けられるタイプの鍵なことを祈るだけだ」

 秋人はそう言うと足枷の鍵穴に金属棒を三本突っ込んだ。しばらくかちゃかちゃとやる。およそ二十秒ほどだろうか、「む」という声とともに金属の響きを立てて、足枷はあっけなく秋人の足首から外れていた。

 やれやれ、という表情で秋人は鍵穴から金属棒を取り出した。

 唖然あぜんとした顔の悠太に秋人はにやりと笑ってみせる。

「こういうのが仕事なもんでね。少年は勉強してまっとうな職に就くんだよ」

 ま、それより今はここを生きて出るほうが先か、と続けると秋人は相棒の足枷に取り掛かる。これまたあっさりと外した。

「少年も、足だして」

「あ、あの」

「ん?」

「あの時は、お腹を刺してしまって、すみませんでした」

 秋人は苦笑する。

「駿介さんも、その……謝って済むことじゃないんですけど、耳を、僕が、意識が、その、あるようなないような……ホントにごめんなさい!」

「いいってことよ」

 駿介は茫洋ぼうようとした笑みを浮かべる。少年とあの鎧と、あの瞬間どちらが主導権を握っていたのかは分からないことだが、少なくとも今この場で高橋悠太という中坊に当たり散らしても仕方のないことではある。

「まあこ―ゆーことも仕事のうちなのさ……っと・出来た」

 足枷が外される。むろん足枷を着けられるのも初めてなら、外すのも初めてだが、なるほど、水面に浮上して肺一杯に呼吸した気分だった。

 とはいえまだ牢の中という状況に変化はないのだが。

「うーん、さすがに指先が届くだけだな」

 秋人は内側から牢の鍵に手を伸ばすが、さすがにそうそう上手くはいかない。そんな物だろう。ではどうしようか、と悠太が頭を働かせるよりも早く秋人が今度は左足の靴を脱ぎだす。

 中からラップで包まれた黄色っぽい何かが出てきた。

 まるで4次元ポケットだな、と悠太はつい呟いてしまったが、周りの男二人は不服そうな表情を作った。

「いやいや、悠太君、そこはダブル・オー・セブンって言ってくれよ」

「あるいはイーサン・ハントとか」

 二つともほぼ初めて聞く名前だったので少年はそう告げると、男どもは「マジか―」「いや、現役で映画やってるじゃん」「ジェネレーションギャップだわ―」と頭を抱えた。

「あ、えーと」

 困ったように少年は微笑を浮かべる。

「今度ネットで見てみます」

「……そうしてくれ。ま、そのためにも今はここから出るしかねえか」

 秋人はそう言うとその粘土をこね始めた。

「なんなんですか?それ」

 悠太はもっともな質問を投げかける。

 秋人は靴の中に仕込まれていた粘土状の物体をこねながら、牢の錠前部分をしげしげと観察する。やがて彼は名刺を縦に二枚張りつけた程度の大きさにその粘土(?)を成型すると、ぐぐっと手を伸ばして外側に張り付けた。

 それからベルトのバックルから、煙草ほどの太さを持つ金属筒を取り出した。趣味の悪いバックルだと思ったが、どうも目的はファッションではないようだった。


秋人は顔を悠太に向ける。にやりと笑った。手の中には片手に握りこめるほどの黄色い粘土が残っていた。

「これね、うん。これはセムテックスっていう、――爆弾さ」


 それから秋人は金属筒をもてあそびながら悠太に向かって、うつ伏せになって足を鉄格子の方に向けて、備え付けの小汚い毛布をかぶり、口を開けて耳を手のひらでふさげ、と命じた。

 鼓膜が破ける、あるいは破片で怪我をする可能性がゼロではないぞ、と脅しつけられては真面目にやるほかはない。

「十秒にセットするよん」

 秋人はキリリ、と金属筒をひねると、先ほどのセムテックスに押し付けた。

 ――セムテックス。いわゆるプラスティック爆弾だ。軍用の非常に強力な火薬である〈トリメチレントリニトロアミン〉を加工しやすいように可塑かそ剤と混ぜたもので、一九八八年のパンナム機爆破事件の際に、たったの二百五十グラムで航空機を落としてその(悪)名を上げた。そして破壊力の割には通常の状態では火にくべても単に燃えるだけであるから、足底に入れていても危険はない。むしろ身に着けておくのにその神経を疑うのはバックルから取り出した雷管である。中身はボタン電池と発火装置と、火薬。こちらは非常に取扱いに注意が必要だ。バックルの位置で暴発したら、死にはしないだろうが、ヘソがもう一個出来ることは確実だ。そんなものを身に着けて格闘戦ができるというのは、ちょっと神経を疑うが、それが羽生秋人という男である。

 そしてセムテックスを雷管で爆発させると――


 バキン!


 思ったよりは大きくはないが、それでも十分以上の轟音が牢内に響いた。悠太に言ったのとは逆に、仰向けに寝転がっていた秋人はむっくりと起き上ると、牢の入り口を蹴飛ばす。

 キイ、と金属のこすれる音がして入口は開いた。

「うん、上手くいったな」

 秋人は確認してからそう呟くと、足枷を手にしてさっさと牢から出る。駿介も同様だ。

「そ、その鎖は必要なんですか?」

 悠太のもっともな質問に秋人はもじゃもじゃ頭をかきながら答えた。

「これで衛兵の頭をぶん殴るんだよ。安っぽいけど兜をかぶっていたから、死なないだろ、多分」

 がんばれ!

 と駿介が悠太の背中を叩く。

 え? 

 という顔をする悠太に向かって駿介が「俺の顔をごうとした時みたいに元気良く!」秋人が「俺の腹を刺したときみたくためらわずに!」とアドバイスをした。

 期待しているぞ!

 言うと二人は顔を見合わせて笑った。

 悠太には返す言葉もない。


 牢の扉の向こうでは蜂の巣をつついたような大騒ぎが起こっているようだった。


 

    3


 ……ッキン!


 かすかな爆発音が階下から聞こえてきた。その音には決して無視しえぬエネルギーが内包されている。爆発音は良く聞いて知っているのだ、なぜなら私はあの「魔女」の弟子なのだから。

 リリナは目を閉じて床に耳をつけて音を聞いている。だからこそ、その爆発音に気付いたのだ。

――今、かな。

 しかし悩んでいる時間は無い。彼女は「んがっ」と気合をかけて上体を起こした。

 気合をかけるのも道理。

 少女の両腕は指一本一本が革のベルトに縛められて、分厚い木綿の貫頭衣に肩のところで腕組みするように拘束されているのだ。

 拘束。

 文字通りの拘束着だ。

 そして拘束されているのはそれだけではない。

 上下の歯が細い針金で縛られている。隙間は1ミリ程度しかない。水ならばなんとか入る、それだけの隙間だ。

 足には足枷。男どもがつけられていた鉄球ではなく、肩幅よりも短い鉄の棒が右足と左足を一定の幅で固定しているタイプの物だ。歩きはじめの幼児にすら追い抜かされるであろう。少しでも急げばこける、そういった足枷である。

 要は指(腕)を動かして魔法象形文字を書くのを禁じ、口を閉ざして呪文の詠唱を禁じ、足の自由を奪って反閇(へんばい)、つまり歩く(踊る、と言い換えても良い)ことによる魔法の発動を禁じた。

 この牢に入れられて、一人きりになるまでは目隠しもされていた。「ゴーズ・ノーブ」とまではいかないが、邪視もまた魔法使いの武器である。今の彼女は魔法の発動に必要な要件を何一つ満たしていない。翼をもがれた鳥も同然だ。

 モガモガ、と動かぬ口で呪文を唱えたり、クネクネ動いて魔法象形文字を書こうと努力してみたりするがすべては徒労に終わった。いかに脳内で完璧な魔法構成式が完成していても、インターフェイスが無ければ世界とは切り結べない。


 だが、だ。


 切り札は最後まで持っていろ、とは師匠の言葉だ。あの魔女は性格こそ最悪だが、いつだって正しい。

 彼女は鼻から息を吸い込むと、意を決してガツン、と寝台の角に頭をぶつけた。一度でクラりと白い光が見えたが、まだ足りない。もう一度。

 気が違ったのではない。

 ぱたた、たん。

 と白いシーツの上に血が滴った。

 少女は額からあふれる鮮血で図形を描く。


 血の魔術。


 無論額から出る血で複雑な図形を描けるはずもない。その図形とは、単純な、「円環」だった。

 円の端と端が繋がったその瞬間、その円の中から現れたのは十本のたおやかな腕だった。腕は彼女の認識と繋がり、十本の腕はリリナの口中の針金と、指の拘束を解く。当然ながら人間の指の力では外せないようになっていたはずであろうが、魔法の腕はお構いなしだ。

 それはリリナの奥の手だった。ある意味では文字どおりの。


 拘束を解かれた少女の指は俊敏に魔法象形文字を描き、足枷を外した。宮廷魔術師のベン・ジーアルフが見たら目を丸くしただろう。彼が掛けた魔法の「錠前」をまるで紙縒(こよ)りのように断ち切ったのだから。


 ふん。


 だが少女にとってこれくらいの事は何ほどでもない。

 焦るな、と言い聞かせる。自身に治癒魔法をかけて額の怪我を治し、顔面を濡らす血をぬぐう。



        *


 リリナが「門」を超えて、フォーダーンに降り立った時、コトは既に終わっていた。


 槍を構えた兵士が六名、彼女を囲む。全員が緊張の汗を流している。当然だろう、当代随一の魔女、いや魔法少女と呼ぶべきだろうか?呼び名はなんにせよ、彼女の存在は一軍に匹敵するのだから。

 少女は兵士たちを意にも返さない。その使役者を見る。

 白髪白髯を持つゴッサーダ子爵はもう一つの特徴である、黄金色の瞳で少女を射すくめた。

 その足下には秋人が組み伏せられている。駿介も「バネ脚」を外されダルマのごとくに縛り上げられていた。もとより生身の悠太は気絶しているようだ。

 「龍道」を月が半ば以上昇っている。彼女が狙っていた時間であることは確かだ。しかし、彼女が「栞を挟んでおいた」場所とは明らかに違う。

 ここは……、リリナは四方に視線を走らせる。

 彼女が立っている石畳は、四囲を頑丈そうな建物に覆われている。中庭、というにはあまりにも殺風景に過ぎた。振り向く、石造りの峻険しゅんけんな尖塔。その特徴的なシルエットは記憶にある。西王国旧宮殿。近くを流れる川にちなんでシャボリー宮、あるいはシャボリー城塞じょうさい。だがこちらの名前の方が人口に膾炙かいしゃしているだろう。

 別名、「嘆きの塔」。

 百有余年前、突然乱心した(夜ごと摂取していた強壮剤のせいとも、三歳の息子を斬り殺された妃がいれた毒によるものとも言われている)カンリス王が死ぬまでの三ヵ月の間幽閉されてからこちら、七名の王族、二十名の貴族、八名の魔法使いがこの城塞にて刑死をげている。さらに言えば今でも何名かの貴族が死ぬまでこの塔の牢獄に繋ぎとめられているのだ。

 不吉極まりないこの砦を守るのは東王国からの亡命貴族、ゴッサーダ子爵だ。五歳のころ、ウライフ山を越えてこの国に来た武人は、それからおよそ四十年の後、苛烈極まりない遵法じゅんぽう精神の塊となった。言い換えるとするならば大恩ある西王国の国体を護持するためならば、その国の第一王女一人の命などものともしない峻烈しゅんれつなる法の番人である。

 東王国の武術をくし、魔法装具である(たて)(きね)(丸太といっても良い太い木の棒の真ん中を、持ちやすく細くしたもの)を用いた技に関してはまさに達人。

 その実力は――不意をいたとはいえ秋人と駿介を簡単に組み伏せるほどのものだ。

 秋人は既に『聖騎士の鎧』を身に着けていない。移転の際に魔法装具が「停止」するのはよくあることであるからそれは驚くにはあたらない。

 あたらないが驚くべきはその手際の良さであったろう。

 まるで、最初から何もかも予想してコトに当たっているような――。

 リリナははっと気づいた。



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