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これが、彼の最期 3

          4


 呪霊刀はこれほどの物だったのか。

 岩風は「バネ脚」の一撃で折れた肋骨の痛みに顔をしかめながらも秋人と「鎧」の戦いを見ている。

 魔法装具。

 貴重である。このようなものを「流人(サーヴァドラ)」に与えるのはどうか、という意見もそれはあった。しかし、秋人たち『魔術室預かり「特任執行係」』はその性質上、独立性を高める必要があったから、いきおい装備は高級なものにならざるを得ない。

 性質。それはよく言えば威力偵察いりょくていさつ、だがその実態は「トカゲのしっぽ切り」をする必要性だ。

 彼ら一人に独断専行どくだんせんこう、という罪を着せてすべてをほうむる心づもりである。


 「帰還社」は一枚岩と言うわけではない。それどころかどの支部が最も「うまみ」のある部分を手に入れるか、見えない綱引きがここ半世紀ほどは続いていた。「魔法」の存在を表沙汰にせず、いかに金銭を引き出すか。

 日本国内だけでも大阪支部は消滅し、今は関西支部として神戸に本拠ほんきょが置かれている。世界を裏から動かしてきた、などとはおこがましくて到底とうてい言えないが、「帰還社」は民間軍事会社以前は、特殊な情報網を持つ謎の組織として歴史の裏側で暗躍あんやくしていたことは事実である。

その中でも最も危険な役割を押しつけられてきた特任処理係三班は、一騎当千たるべく魔法装具を所有している。

 しかし、これほどのものだとは思っていなかった、のがエリート部隊を指揮してきた岩風の本音である。


 刀より銃の方が強い。

 真理であろう。

 真理のはずだ。

 だがこと呪霊刀とその所有者に限って言えば、それは「真」ではないらしい。その剣の冴えは今や超絶の域にまで達している。

 達人と言っても様々だ、理解できないことのランク付けなどできるはずもない。しかし、その中でも今の秋人はまさに、鬼神のごとき。


 「鎧」の攻撃は矢継やつぎばやだ。その速度、重さ、変幻自在へんげんじざいさ。

 右、左、下、上。

 手と足に生えた鉤爪は長さが三〇センチほどもある。いわゆるコンバットナイフと同じ程度だ。その上切れ味、粘りは最高の炭素鋼をはるかにしのぐ。だが、呪霊刀の切断魔法の前ではボール紙のおもちゃと同じだ。

 蹴り、突きをあるいはかわし、あるいは切りつける。

 爪の切れ端、装甲の欠片カケラが宙を舞う。しかし、欠けた端から装甲は復活する。


 上下が入れ替わる。裏表が入れ替わる。左右が、守りが、攻めが、どちらも決めきれない。

 獣のように四足で低い姿勢になった「鎧」は、ぐるる、と地獄の底から漏れ聞こえてくるような声を立てるが、秋人はどこ吹く風だ。

――やれる。

 鎧の動きは理解した。

 速さは対処できる。

 技と呼べるほどの物はない。

 ある意味では先ほどまでの、グリーンの巨人の方が厄介とも言えた。あそこには搭乗者の意思が介在していた。その意志は獣のごとき今の動きよりもあるいは読みづらい。

――化けて出るなよ。

 秋人はすっと前に出る。

 恐れを知らぬ「鎧」は両腕で切りかかる。

 秋人の振るう刃は両腕の爪を難なくかいくぐり、首を落とす。ボトリと落ちた頭部には一切〈〉かえりみみることなく、秋人は頭のあった空間バイタルスペースへとその身を滑らした。そのまま唐竹割からたけわりに「鎧」を断つ。

 巨大な胴部は七〇センチの長さしかない「もっとも扱いやすい刀身」では一刀両断とはいかない。むしろマグロ職人のように刀を振るうと、「鎧」を五枚おろしにさばいて胸甲をはぎ取った。

 どう、と鎧はつんのめって前のめりに倒れる。

――やったか?

 しかし。

 「鎧」は身を起こした。無論今ので決したという確信はなかったが、それでもここまで元気だとは。歯車とネジで出来ている地上機械の常識から考えると、駆動系などは無茶苦茶に破壊されているのだろうとしか思えないのに、未だ元気なものであった。

 裂かれた装甲の隙間からは少年の幼い顔が見える。

 幼いが、獰猛どうもうだ。

 緑の巨人のように体内で動くのではなく、意志のみで動かしているのだろう。無表情に、ただ激しい敵意を持つ瞳だけが秋人をにらみつけていた。

 躊躇ちゅうちょはない。この少年をほふれば巨人は止まるだろう。エンリリナ嬢との「交渉」はそのあとすればよい。できれば、の話ではあるが。

 しかしこの悪鬼に殺されるよりかはだいぶましだ。


 必殺の一刀を振るおうとした秋人は次の瞬間体をこれ以上は無いというところまで低くした。その上空を高速で何らかの飛翔物体が交差する。

 「鎧」の背中から伸びた分銅のようなものが彼の肉体を砕こうと噴出されたのだ。その数は四本。自在に動き回るワイヤーでつながれた分銅が秋人を襲う。

 しかし今の秋人にその攻撃は無意味だ。

 一刀両断。四本が交差する一瞬を見切ると、一振りで全てのワイヤーを断ち切った。

 時間稼ぎにもならない。

 悪あがきだ。

 だが、それは時間稼ぎになったのだ。時間にしてほんの一呼吸。

 鎧の不利は何一つ変わらない。頭部も胸甲も元には戻っていない。攻撃を重視するために回復は後回しにする。この「鎧」は、そういうモノだ。

 しかし、回復したものがもう一つあった。


「ふざけんじゃねえええ!」


 AKMを構えた「帰還社」のエリート部隊員たちだ。正確にはそのうちの四名。

 その中の一人は片腕をもがれた男だ。血みどろのまま片手で拳銃を保持している。痛みは既に脳がシャットアウトしているのか、あるいは戦闘前に投与されたアンフェタミンの作用なのか、蒼白な顔に苦痛の表情は無い。

 銃を乱射する。

 秋人のことなどはお構いなしだ。敵の「鎧」が割れて、中身がむき出しなのだ、今を置いて名誉挽回めいよばんかいの時はない、そう判断した彼らはオートで銃弾をぶっ放した。

「馬鹿が!」

 岩風が発したその言葉は銃声にかき消された。


          *


 秋人は間一髪横っ飛びに跳ぶと、身を伏せた。呪霊刀で遮蔽膜しゃへいまくを作る。弾丸の入射角にゅうしゃかくが浅ければ薄い皮膜ひまくではあるが耐えられるだろう。

 問題はそこではない。

 あいつらがあそこまでバカだとは!

 秋人の顔に焦燥しょうそうが浮かぶ。

 あと一歩、あと二秒もあれば彼は勝利し得たはずだ。だがしかしその機会は失われてしまった。


 時間にすればほんの五秒といったところだろう。

 しかし響き続ける銃声の轟音は無限のようにも秋人には感じられる。

 銃声が止む。

 静かだ。

 秋人は遮蔽膜に「のぞき穴」をあけて、外の様子をうかがう。

 ミンチになったのは果たして少年か、隊員か、どちらだろうか?

 意外だった。

 鎧も、隊員も立っていた。

 何事も起きないのか?

 銃弾が効かないのは想定内だ。見えないだけで、「鎧」の防御壁は健在だからだ。だから、隊員たちが鎧に鏖殺おうさつされる、その確定的な未来を彼は想像していたのだ。

 だが起こったことは彼の想定外だった。


――まさか、「通った」のか?銃弾が。

 それもまたありうる。魔法装具の能力について実証実験をしたことはないのだから。

 だが、違う。

それは、違ったのだ。

 隊員たちは立っている。

 しかし、自立しているわけではない。

 水底にそよぐ海藻みたいに、ぶらぶらと揺れていた。

 よく見ると、つま先立ちをしている。

 完全に空中に浮遊している者もいた。

「?」

 バリスティック素材のヘルメットに、穴が開いていることに気付いたのはその次の瞬間だ。

 穴が開いて、そこに何かが侵入している。


 何か。

 一人の隊員がぷらんと横を向いた。

 棒だ。両端が鋭く尖った金属の棒が秋人の瞳に映った。

 彼の祖母が座椅子に座って使っていた木製の編み針、そのくらいの太さと長さを持っている鉄針が隊員の頭部を串刺しにして、更に空中にとどめ置いているのだ。

 まるで、昆虫採集の虫に刺したピンのように。

 血が、ぽたりと金属の針の先端に伝って、落ちた。

「なんだ?何が起こった?」

 呪霊刀の作用にもかかわらず、秋人の身体が緊張に強張こわばった。


 むくりと、リリナがその身を起こした。



       5


 

 緊張に強張ったのはほんの一瞬だ。すぐに秋人は呪霊刀を「刀」に戻すと、八双に構える。顔の右に刀を立てておく構えだ。何があろうと即座に対応できる構えである。

 それは正面に立つ「鎧」のみならず、真後ろから来るかもしれない「敵」の攻撃に備えての物だった。

 「鎧」は動かない。

 先ほどまで目をむいてこちらをにらんでいた悠太はまぶたを閉じている。気絶しているように見えた。それに応じて、鎧の両腕もだらりと垂れている。鎧も小休止するのだろうか。


 それともこの『針』を操作しているからだろうか?

 しかしどうも様子がおかしい。

 この針には、見た目以上の悪意を感じる。

 戦いの意思を結晶化させたような黒い鎧とはまた別だ。そう、この針は、人を殺すことを楽しんでいる。そんないやあな気配が紛々(ふんぷん)と匂った。


「羽生!」

 エリート部隊の一人が叫ぶ。

「こちらに来い!前衛に当たれ!」

 つまりは肉の盾になれ、という意味の命令を発するが、秋人は動かない。

抗命こうめいするかーっ、貴様―!」

 隊員のいら立ちは本物だ。命がけだから当然だろう。今死んだ四人を除いた四人が背中合わせに円陣を組んで、飛来してくる「何か」を探っている。秋人が来れば生き残る可能性はぐっと上がる。

 しかしそういう訳にもいかない。

 こちらはこちらで手いっぱいである。動けばその隙を見逃すような敵であるのなら苦労はしないのだが。

 プラプラと、死体を吊り下げていた針がやがて、ぐるりと一回転すると、スポッと抜けた。真ん中にマッチ箱を縦半分にしたような箱があるが、見れば見るほど編み針に似ている。しかしその針はすいっと自身が開けた穴から這い出ると、なめらかなを描いて四本が編隊を組んで円状に回りだす。

 重力を感じさせない、完全に自由自在な動き。

 どさっと、死体は支えを失ってコンクリートの上にくずおれた。まるきり、糸の切れたマリオネットそのままだ。

 やがて針のダンスはその速度を上げると――、一切の予備動作なしで爆発するように別れた。

 月光を反射する鋼の冷たい金属はまるでレーザービームのように四つの軌跡を描く。

 一つは秋人に。

 一つは隊員たちに。

 一つは悠太に。

 そして残る一つは、リリナへと。


 秋人は見事叩き切った。

 隊員たちは反応した。銃をむなしく撃った。

 一発たりとも当たらずに、針は四人を赤い血で縫い付けるように何度も貫通した。何度も何度も。

 一体いつの時点で彼らは絶命したであろうか?それでもなお針に貫かれ続ける四人は、互いの身体で体を支え合い、一つのオブジェのようにもたれ合いながら立っている。


 鎧の装甲は針を半ばまで食い込ませて、そこで止めた。

 止めたが、悠太は目を覚まさない。

 「移動エネルギー」、最初の一撃を喰らった装甲ではあったが、その後追加されていく推進力に、じわりじわりと装甲は侵食されていく。その針の先には、悠太のむき出しの頭部があった。


 そしてリリナは――

「くッッ!」

 少女は両手を広げて魔法の障壁を展開し、それで鉄針を受け止めている。

からめ取った。

 それでもなおきのよい魚のようにリリナの作り出した力場から逃れようともがく針を、リリナは暴れ馬をなだめるカウボーイのような手の動きで制御している。

 自分一人を守っているのではない。そうではない。

 彼女が守っているのは駿介であった。

 針は彼女を狙わず、小太りな青年を狙っていた。だが。


「ど、どうして俺を?」守るのだ?とある意味当然の疑問に、一筋の血を流した少女は汗をかきつつなんでもないことのように言った。

「捕虜を殺されるなど、リリンボン家の恥だ」


 ぎゅん。

 空気が密集するのに伴って風が起こり、鉄針がくしゃくしゃに折り曲げられ、カツンとコンクリートの上に落ちた。

 魔法装具?

 そうではない。

 中央にある四角い箱は、中に人口精霊を入れ込んで、半オートで飛行滑空を行うための「れもの」だ。

 これは。

 ぞくり、と少女の背中に粟が立つ。

 関東平野の熱帯夜の中、寒気を感じた。

 ――本物の魔法使いの仕業しわざだ。

 そして、いた。

 そいつは、いた。

 隣のビルのふちに立ち、大きな月を背に、黒装束の死神が、笑っていた。



       6


 正確には、髑髏のマスクを着けた男が笑っていた。

 黒づくめの装束に黒いロングコート。頭巾をかぶり顔にはマスク。口元だけが剥きだしである。

 暑くないのかね?

 と秋人が思ったのもつかの間、髑髏の男はそのロングコートを広げる。鉄針がさらに、今度は十二本飛び出してきた。

 一人頭一本でも厄介な針が四倍に増えるというのか?

 冗談じゃないな。

 秋人は自身と「鎧」を目がけて飛んでくる鉄針の軌道を読むと、「鎧」へと駆け寄る。

 かつてエリート部隊がしようとした人間の盾を、今度は自分が悠太に対して行おうというのだろうか?

 半分正解だ。

 鉄針が鎧の装甲を貫こうとしたその一瞬、達人刀はぞり、と一なぎ。ただの一刀で五本の鉄針を断ち切った。装甲を打ち破るための一瞬の停止、そのまたたきがあれば命なき武器など恐るるに足りない。

 だが、秋人は腋の下に汗をかく。

――問答無用で殺しにかかる、か。しかもこの殺しの道具、よく出来てやがるぜ。

 たとえば、銃であってもそこには射手の肉体が介在している。銃口の向き、目や腕の動きから、今の秋人ならば銃弾を避けたり切断したりするのはさほど難しいことではない。

 しかしこの鉄針は持ち主とは無関係に動く。それは予想不能だ。そしてこの速度!ある意味においてこれは超音速で飛んでくる狙撃手(スナイパー)の弾丸と同じだ。

 気付いた時には死んでいる。

 だがこの髑髏男は最初にデモンストレーションのようにエリート部隊の四人を殺した。それが無ければ「鎧」を着込んでいる少年はともかく、自分が避けえたかどうか。


 殺しを楽しんでいる?猫がネズミをいたぶるように。

 かも知れない。

 だが、と違和感を覚える。

 だがそれだけだろうか?

 快楽殺人者であるのならむしろ楽な相手だ。だがそうではない。何か意図が――、と。そこで気づく。

 「鎧」が最初に受けた鉄針が装甲を貫きかけ、今や搭乗者の皮膚に届かんとしていることを。

 ほとんど無意識だ。

 秋人は「鎧」の胸甲に切っ先を突きこんだ。

 鉄針が開けた穴を通して、針の中枢を切り落とすしか方策はない。

 そしてそれは成った。そのくらいはできる。

 だが。

 刀に押しこまれた鉄針が額の皮膚を裂く。威力はないから頭蓋骨を滑ったが、その裂かれた痛みで少年は正気に戻る。今の状況がどうなっているのか、気絶していたに等しい悠太の記憶は飛んでいる。

 目の前にあるのは、装甲をほとんど貫いている刀を持ったもじゃもじゃ頭の血走った男の眼である。


「!」


 悠太のとった行動はある意味当然だと言えよう。

 彼は、右手の鉤爪で、秋人の胸を貫いた。

「む」

 と秋人は一声発すると、大量の血を吐く。

 びしゃびしゃと装甲をなしている「鎧」の力場の上に血が伝わった。


 おいおい、と思う。

 だが不思議と自分のしたことへの後悔も、少年への怒りも沸いては来ない。

 ただなるほど、と思うだけだ。

 三人。

 彼がいままでに手にかけた人数である。その償いの時が来た、それだけのことだった。


――これが、俺の最期か。


 秋人の思考は、そこで途切れた。



第一部最終回、第5章「鋼翅の魔女」は金曜日(12日)より更新いたします。

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