第79話 vsロキ その⑤
トールは目を見開いたまま、自分の状態を理解することもできずに目の前のロキを見つめる
「あんまり見つめないでくれよ」
ロキは爪の生えた腕を振り上げる
我に帰り、飛び退こうとするが、体が動かない
咄嗟に腕で防御しようとする
が、
どちゃっ
防御しようと掲げた右腕はロキの爪によって三分割され、音を立てて地面に落ちる
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
気絶必至の痛みに悲鳴を上げて、転げる
そこで違和感に気付いた
腹部に違和感
そう、腹が抉れて穴が空いている
「はは、うるさいよトール。近所の人達に迷惑だ」
ロキは笑顔を絶やさず、爪についた血を拭い去る
なぜだ、
なぜ一瞬でこうも簡単にひっくり返される
前もそうだ
そうだ、前回の聖戦でもこっちが優勢だった
あと一歩というところで逆転された
オーディンと二人で戦っていたんだぞ
なぜ、どうやって、おかしい
何が起きた、あの状態で
おい、何だ、何なんだ
呼吸もままならない状態のまま考えを巡らせて行く
酸素が足らずに頭がうまく回らない
軽い錯乱状態に陥っている
すがるように辺りを見渡す
可能性を、
この状況を打破できる可能性を…
少し離れた先にトオルの姿を見つける
倒れたまま動かない
服は真っ赤に染まっている
絶望の淵に追いやられたと思っていたトールだが、さらにその奥へと追いやられる
無理だ、不可能だ、負ける、死ぬ
ダムが決壊したように負の感情が流れて溢れる
止まらずにどんどん溢れてくる
その中に溺れて行く
『あんたがあいつを巻き込んだんでしょ。ボケっとしてないであんたが助けなさいよ』
ふと声が聞こえた
目の前だ
気付くと目の前には見たことあるやつが立っていた
「お前………」
「あんたが死ぬのは構わないけど。能力は返してよね」
地面を這いずるトールの目の前にしゃがみ、ん、と言って手を差し出す
トールは笑った
絶望の淵で可能性を見つけた
それも二つ
「トオル…は生きてるんだな?」
「一応ね」
「そうか」
差し出された手のひらに何かを置いて、トールはトオルに向かって這って行く
「…さぁて」
「私が相手になるわよ」
ディアナは手のひらのヘアピンで髪を止める
「ローマのディアナか」
ロキは腹立たしそうに眉間にしわを寄せる
「限定解除」
そう、ディアナは小さく呟いた
緑の魔法陣が三つ並んで展開され、一つになるように重なって行く
完全に重なったところでディアナに変化が起きる
みどりの光がディアナを包み、体の周りに鎧を作り上げる
エメラルドグリーンを散りばめた白銀の鎧
ドレスのようにも見えるそれは、光を浴びて美しく反射し、綺麗な緑を映し出す
「久しぶりね」
自分に能力が戻っているのを確認するように手を握る
おもむろに背中に手を伸ばし、背中でクロスしている鞘から二本の大剣を引き抜く
刀身は2mほどの長さで幅は30cmほど
薄い緑に煌めく二本の大剣をそれぞれ軽々と片手で振り回す
「トールを操って私の能力を奪ったのはあんたよね。これはその仕返しであって、別にあいつらのためなんかじゃないんだからね」
若干頬を赤らめつつそっぽを向いてそう言うディアナ
トオルは私を庇って攻撃を受けた
私のことを思って庇ってくれた
頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなった私にトオルは言った
もう指一本も動かせない体で、
蚊の鳴くような声で
「お前は生きて、仲間を救え」
こんな状況でも人のことを考える
なのに私は自分が悲しくて動かなかっただけだ
トオルのその言葉に私は気付かされた
お前は生きて、仲間を救え
少し他人行儀な感じがしないでもないその言葉に苛立ちを覚えつつもディアナはその言葉で決心がついた
「お前『も』生きて。でしょ?あんたが死んだら戦力が減るっつーの!」
そう言って笑って見せた
トオルは死なない
だって私が守るんだから
私がトオルを救うんだから
トオルが私を守ってくれたように
トオルが私を救ってくれたように
限定解除発動の魔法陣が消え、ディアナは剣を構える
「久々に暴れられるわ」
ボコッとディアナの足元のアスファルトが盛り上がる
その亀裂から吹き出るようにしてツタのような植物が天に向かって伸びて行く
「これは…」
ディアナを覆うようにして伸びるツタを眺め、身構えるロキ
アスファルトの亀裂は周りに広がって行き、そこからどんどん草木が溢れ出す
周りを森のように変えて伸び続ける
「だらァッ!!!」
ロキの周りにも生えた木に紛れて、ディアナはロキに近付き大剣を振るう
一瞬早くそれに気付いたロキは後ろに下がってそれをかわす
ディアナは振り抜いた大剣の遠心力を利用して、もう片方の大剣を振るう
再び後ろに下がろうとした時、足元の草が伸びロキの足に硬く縛り付く
「!?」
思わず足がもつれて尻餅を着く、そのすぐ上を大剣が音を立てて振り抜かれる
ロキは思わず鳥肌が立った
足の草を無理やり引きちぎりディアナから距離をとって、木の影に隠れる
(思ったよりやり辛いな)
辺りをキョロキョロ見回すディアナを警戒しながらトールをさがすロキ
めんどくさい相手に律儀に相手してやる必要もない
ここはトールをさっさと殺して…
ドスッ
背中から胸に何かが突き出てくる
これは
「枝か…?」
血を吹き出しながら、後ろを振り向くと周りの木から枝が伸び、ロキの背中を貫いていた
特に焦ることもなく枝を破壊して回復魔法をかける
強くはない
だが面倒だ
眉間にシワを寄せてディアナを睨む
しかし、ディアナの姿は消えていた
(あいつどこに行って…)
ガクンとロキの視界が下がる
「おっと、」
思わず木に手を着く
しかし、ズルリと体は地面に倒れる
「??」
手をついた木が突然倒れる
その向こうにはディアナの姿があった
ロキからディアナまでの木は消え失せ、あるのは気を知った後のような切り株だけ
ディアナはこっちを見据えたまま近付こうとしない
ロキは立ち上がろうと腕に力を入れるが
それは叶わなかった
なぜか、
力が入るはずの腕が横に千切れて落ちていたからだ
それに両足も、太ももの真ん中から先が綺麗さっぱり消えている
どうなっているんだ
意味がわからない
困惑するロキに答えを出すように、ロキの頭上を二本の大剣が飛んで行く
(まさか…投げたのか…?)
飛んでくる大剣を見事に受け止め、ディアナはその大剣を片手で振り上げる
ロキの中で血が引いて行くのがわかった
回復魔法を左足だけに集中させて、生えてきた左足で地面を蹴り飛ばす
その瞬間、大剣が薄い緑の光を放って飛んでくる
ロキのいた地面を的確に切り裂いて、森の奥へと消えていく
どれほどの力で投げればこんな芸当ができるのだ
そもそも大剣を片手で投げるとはどういうことだ
両足を元に戻したロキはぎこちなく立ち上がる
(第二波が来る)
すぐさまディアナに見えないように木の影に隠れながら辺りを走り回る
途中途中ディアナの動きを確認しながら、一定の距離を保って走り続ける
そこで見つけた
よろよろと立ち上がるトールの姿を
思わず口の端が釣り上がる
ディアナはこいつのせいで動いてる
こいつが死んだとなればあいつの心も折れるはず
ディアナがこっちに気付けていないなを確認し、一気にトールに近付いて行く
トールがこっちに気付く暇もなくトールに襲いかかる
「あは」
トールの首めがけて手刀を振るう
これでトールの首が落ちて死…
手刀は完全にトールの首を捉えたが、感覚がなく蜃気楼でも貫いたかのようにすり抜ける
トールはその場でゆらゆらと消え、かわりに二本の大剣を振り上げるディアナの姿が現れる
「ば、馬鹿な…」
振り下ろされた大剣は、肩からロキを真っ二つに切り裂く
血が吹き出る暇もなくもう一本の大剣を横薙ぎに振るい、胴を二つに分断する
四つの肉塊となったロキは、嫌な音を立てて地面に落ちる
「これで私たちの勝ちよ」
ロキに向かってディアナはそう言う
勝利宣言を




