第75話 vsロキ その③
ハッ!
ラブコメの波動を感じる……
金色に輝くトオル
残り少ない魔力の中、限定解除をした
もはや人間の域を超え始めている
「まさか、また暴走を…」
ロキを殺そうとするトオルの目を見てそう感じ、暴走を止めようと動き出す
宙に浮くトオルは地面に叩きつけたミョルニルを手元に引き寄せる
ゆっくりと地面に降り立ち、大きな穴があいた地面を眺める
ここにロキの死体があるはず
砂煙はなかなか晴れずにその場で視界を白く染める
「めちゃくちゃしやがる」
頭から血を流すロキが煙の中から現れる
レーヴァテインを振り抜くがミョルニルによって弾かれる
しかし、ロキの本命はレーヴァテインによる斬撃ではない
熱風のようなものがトオルを覆い、腕が燃えて焦げ始める
レーヴァテインによる温度操作
高温に熱して腕ごと燃やす
しかしそれにいち早く気付いたトオルは体に電流を流し、その場を脱する
ミョルニルは置いたままだ
ゆっくりと地面に落ちるミョルニル
トオルはロキの温度操作の届いてない後ろに回り込んでいた
後ろを振り向きレーヴァテインを振ろうとしたが、動かない
後ろに回る直前にミョルニルの重量操作を発動させていたのだ
予想外の出来事に、ロキに一瞬の隙が生まれる
トオルは磁力を操り、ミョルニルをロキを挟んで引き寄せる
背中にミョルニルをめり込ませて、トオルに近づいて行く
トオルは拳に電流を溜め、振り抜くために腕に力を入れる
ロキが目の前に迫る
トオルがやることは至って単純
拳を振り抜くだけ
それ以外に一切の小細工はない
ただ、全力で振り抜く
ロキの顔面を射抜く拳の衝撃は地面まで伝わり、空気を震わせる
衝突と同時に雷が弾け、辺りに火花を散らす
ロキは数m吹き飛び、家の塀を突き抜け、家までめり込む
しかし、ロキは起き上がる
そして最悪の事態が訪れる
予め決まっていた未来がすぐそこまで迫る
タイムオーバー
それが終わるまでにロキを倒せばトオルの勝ち、それが無理ならトオルの負け、仲間の死を意味する
そう、
トオルの魔力切れ、限定解除が切れた
髪が少しづつ黒に戻っていく、もうすぐそこの足元に転がるミョルニルを磁力で持ち上げることさえ叶わない
足下にころがるのはただのハンマー、いや、魔力が通っていない今のミョルニルはただの金槌の姿に戻っている
手につけているのはただの黒い手袋
トオルはただの高校生へと戻っていく
体がどんどん軋み出す、体に痛みが走り出す
ただの人間に戻ったと実感させるその痛み
しかしそんなものに意識は向かない
今、トオルの意識は
目の前で口の端を釣り上げるロキに向いていた
レーヴァテインが肩に突き刺さる
悲鳴を上げてのたうちまわる
絶望の始まりかのように辺りに響いて反響する
身を引きずるようにして逃げていくトオル
それを笑顔で追いかけるロキ
シャルヴィと、ボロボロのレスクヴァがロキの前に立ちはだかり、ディアナはトオルを抱えて逃げる
しかしロキの笑顔は揺るがない
シャルヴィとレスクヴァの心はもう折れていた
立ちはだかってもロキの表情すら変わらないのだ
もう自分達のことはただの石ころとしか見てないのだろう
それでも立ち向かうしか手はないのだ
レスクヴァは肉体強化の魔法で無理やり体を動かす
シャルヴィも骨を噛み砕き、魔力を補給する
ロキは笑ったまま歩き続ける
シャルヴィとレスクヴァは同時にロキに襲いかかる
「はああああああああああ!!!」
両手に構えたバットを力の限り振り回す
ロキはその全てをかわして、左手のバットを切り裂く
切られたバットを投げ捨て、右手のバットを両手で持ち、思い切り振り抜く
バットはグリップから先が消え、目の前のロキは剣を振り上げる
レスクヴァは唖然として動けない
差がありすぎる
無理だとわかってはいた
しかし時間稼ぎにもならないのか
「しっかりしろ!!」
レスクヴァを庇い、肩に剣を受ける
剣は肩を切り裂き胸まで裂く
悲鳴を飲み込み、剣を両手でがっちり固める
すぐさま腕が燃え始め、溶けだす
しかし、すぐに雷羊の祝福で回復していく
溶けては回復のいたちごっことなる
魔力量からして圧倒的に不利なシャルヴィだが、こっちにはレスクヴァがいる
新たなバットを握り締め、ロキの頭に振り下ろす
仕方なく剣を手放しバットをかわす
もうこの二人は十分時間を稼いだ
ただの人間が、北欧神話の三神をここまで足止めしたのだ
十分だ、十分すぎる
しかし、彼らはまだ続ける
シャルヴィの周りに白い魔法陣が現れる
そう、転移魔法だ
それの意味に気付いたロキは慌てて剣を奪おうと動く
しかしレスクヴァがそれをさせない
遠隔操作で温度操作を行う
再び腕が燃え始める
しかし、転移魔法は途切れない
「勝った…」
小さな呟きと共に剣がシャルヴィの手から消える
「な、なんで自分も転移しないのよ!」
レスクヴァが叫ぶ
「妹を見捨てて逃げるほど俺は落ちぶれちゃいない、それに」
「可愛い妹をこんなに痛みつけられて、何も感じないわけないよな」
溶けた腕を完全に戻し、ロキに向かって拳を構える
「ふざけてる」
ロキの笑顔はとっくに崩れていた
たかが人間にここまでされるとは夢にも思わなかっただろう
「お前ら、レーヴァテイン奪って得意になんってんだろ。舐めてる。舐めてるよお前ら」
「現実を見て死ねよ」
□■□■□■□
ある程度逃げたところで公園に隠れる
トオルは虚ろな目をしてぐったりしている
「ちょっとあんた、しっかりしてよ。ロキに勝てるのはあんただけなんだって!」
励ましの言葉をかけるディアナだが、それも逆効果だった
トオルはディアナを睨みつけて言う
「なんだよそれ、俺しか倒せない?それ皮肉か?今の俺を見て笑ってんのか?」
「違…」
「そもそも勝てるわけがなかったんだ。相手は北欧神話の三神。それに前の聖戦でトールは負けてんだろ?本人が勝てねぇのに代理が勝てるわけないじゃないか。何を夢見てたんだ俺は。馬鹿みたいじゃないか。勝てるなんて最初から…」
頬に痛みが走る
はっと我に返り前を見る
目の前では涙を流すディアナが立っていた
「私はあんたが好きだ」
突然の告白
トオルはぽかんとしたまま動かない
ディアナは続ける
「最初はあんたが能力を奪ったと思って憎かったよ。憎くて憎くていらだってた。でもあんたは私を助けてくれたり、励ましたりしてくれた。どんなに強い敵でも、あんたがただの人間でも諦めずに戦ってたじゃん」
「なのに今のあんたは何なのよ。負けを認めて、勝てないって諦めて。そんなのトオルじゃないじゃない。いつものダサいけど強気なトオルはどこに行ったのよ!私の好きだったトオルはどこに行ったのよ!!」
「あんたがトールじゃないってわかった時にはこの気持ちは確信してた。トールと思ってたときは好きだと思う気持ちに憎しみがまとわりついて変な気持ちだった。でも違うんならはっきりする」
「私はあんたが好きだ。小鳥遊 透が好きだ」
ディアナは涙を拭き、トオルをしっかり見据えてそう言った
「…悪い」
トオルは顔を歪めてそう告げる
その顔を見て一瞬フリーズするディアナ
しかしすぐさま涙を浮かべる
「悪いディアナ。俺のことを好きだと言ってくれるのは嬉しい。俺もお前のことが好きなのかもしれない」
泣きそうになっていたディアナか再びフリーズする
きっとその先は笑顔になってるんだろうが、トオルはそれを遮る
「でもさ…」
「どう頑張っても無理なこともあるんだよ」
ディアナは後ろを振り返る
そこには、返り血を浴びたロキが腕を振り上げていた
高く上げられた腕が振り下ろされる直前、トオルが動く
「守ってやれるのもこれで最後だ」
ディアナを押しのけ、前に出る
よろけるディアナの横で、トオルの心臓にロキの腕が突き刺さる
腕が引き抜かれ、力なく両膝をつき、両手をだらんと投げ出す
口から血を吹き、だらだらと溢れる
ロキは再び腕を振り上げる
トオルの血で真っ赤に染まったその腕を
振り上げ、止めて、振り下ろす
トオルには逃げる力も避ける力も、生きる力も、もう無い
ディアナも涙を流して動かない
ロキの腕はまっすぐにトオルの頭に落ちていく
『この時をずっと待っていた』
ピタリとロキの動きが止まる
上から何か落ちてくる音を聞き、ロキは上を見上げる
金色のTシャツに、金色の短パン、黄金の髪をなびかせ、まっすぐ地面へと落ちていく
ロキとそれは目を合わせる
黒くすさんだ瞳で上を見上げ、
黄金に輝く瞳はそれを見下ろす
「やっぱり来たね…」
「また遊ぼうか、【雷神トール】」
遂に登場しました
雷神トール
役者は揃った
後は終わりまで走るだけです