第62話 ウロボロス
「姫裡!!!」
思わず叫んで飛び込みかけるが、突きつけられたナイフがそれを躊躇わせる
トオルは何もできずにただそこに立ち尽くすだけだった
姫裡を巻き込んだ
普段ある日常だけは絶対に巻き込まないと決めていたのに
思わぬ形で、しかも親友達を巻き込んだ
ただの人間である姫裡達はちょっとした衝撃で死んでしまうかもしれない
シヴァに続いて姫裡まで失うのか?
頭の中ではそれだけを繰り返し繰り返し考えていた
「お前ら動くなよ、動けばこいつを殺す」
グイッと姫裡を引き寄せて少しずつトオル達から距離を取る不知火
ここでなぜ、あれほど余裕だった不知火が人質をとるまでに"追い込まれた"のか
その理由は計画が狂った。から
その狂う原因となったのが、
不知火の計画の最終目標であり、天使派閥の幹部である【ラミエル】のその強さだった
ラミエルの強さは不知火の予想を遥かに超えていたのだ
当初、ラミエルの力はシヴァから奪った《破壊神としての力》を使って五分五分だろうと予想していた
しかし、ラミエルの強さは計画を狂わせ、不知火から余裕を奪っていた
だがラミエル自体は何もしていない
いや、何もできない
ラミエル自体は全く戦闘ができないのだ
体格がいいわけでもなければ、魔力量がずば抜けているわけではない
そんな彼女がなぜ天使派閥の幹部になれたのか
それは彼女が《アカシックレコード》に接続できるからだ
アカシックレコードとは、人類が誕生してから今まで起きたどんな些細なこと、その全てが記されている一種の本のようなものだ
それこそ、昔では再現できずに闇に消えた兵器の製造方法や、その当時はありえないとされていた魔法陣など、今の技術ではできるのに昔の未発達の時代に発案されてしまったがために消えてしまったものが何億と刻まれている
極端に言えば、ただの一般人がアカシックレコードの記録を繋ぎ合わせて、世界を滅亡させるための兵器を作り出すことだってできる
それに唯一接続できるのがラミエルである
アカシックレコードに接続し、天使派閥に様々な魔法を与えたのだった
そんな恐ろしくも素晴らしい代物が適当にほったらかされるわけがない
もちろんたくさんの神や人間がそれを手に入れようとラミエルに近付いた
が、誰もアカシックレコードを奪うことが出来なかった
奪うどころか、この何の力もない幼女に触れることすらできなかったのである
それはアカシックレコードを守っているとある龍がいたからである
アカシックレコードを守護し、破壊と創造を司る龍
その力はこの世の理を超えた圧倒的なものである
もちろん干渉なんかも関係なく吹き飛ばす
不知火の能力も話にならないということだ
さらにある一定の条件を揃えなければその姿を見ることができないときた
要するに、ラミエルに近付くと頭のおかしい破壊力の攻撃が見えないところから飛んでくるというものだ
そして、話を元に戻す
不知火が人質をとり、時間を稼いでいるのはこのウロボロスの能力にある
ウロボロスの象徴である破壊と創造、その内の"破壊の力"を受けたからだ
破壊と聞けば破壊神シヴァの力を思い浮かべるが、それとは段違いの強さを誇っている
それに対抗できると思っていたのが不知火の誤算だった
不知火はウロボロスの攻撃を受けた時、その破壊の力で干渉の能力の一部を壊されたのだ
ウロボロスの攻撃を受けて能力の一部で済んだのはラッキーだっただろう
だから今、能力を治すために人質をとって時間を稼いでいるのである
(見えさえすればこっちに分がある、ピースは揃っている。後は回復を待つだけなんだが…)
不知火には時間を稼ぐという点で一つ、不安なことがあった
それは、
「私の出現ですよね?」
振り返る不知火の後ろには、長い杖を持った白髪で長身の男が立っていた
不知火は姫裡を突き飛ばし、その男と距離を取る
「いや、残念だったね。私来ちゃったよ」
ニカッと笑って不知火を眺める男
「うん。普通はね、正義側に理不尽な出来事が起きるのが主流だよね。でもさ私が思うにそれってズルくない?ね?」
突然現れたその男は周りの空気を無視してペラペラと喋り続ける
「そこで私は思ったわけですよ。こちらに理不尽が起きるなら、同じように相手側にも理不尽を与えればいいってね」
それから固まるトオル達に向かってこう言った
「人間派閥の皆さんこんにちわ。私は【クロノス】と申します。皆さんで一緒に不知火を倒しましょうね」
グッと拳を握って爽やかに笑う
それを唖然として眺める人間派閥
「あれれ、なんかおかしなこと言ったかな」
少し慌てだしたクロノス
雰囲気的にはクラス替えでクラスが変わったときの初の自己紹介で軽いボケがシラケたようなそんなどうしようもない雰囲気になっている
「これは予想外過ぎて何も言えないな」
不知火が不満そうに顔をしかめてクロノスを睨みつける
「そうでしょうね、予想外で理不尽でしょうね。ところで干渉の力は元に戻しましたか?」
「どうせ治しても意味ないだろうがよ」
半ばキレ気味に返す不知火
イラつくのは無理もない
クロノスに自分の計画を二度も邪魔されればイラつくのも頷ける
そう、クロノスはラミエルの他に、不知火に傷を与えることができる神
彼の時間魔法が不知火の弱点である
「いやね、不知火の言い分も確かにわかるよ、でもさ、ちょっとやりすぎだと思うわけだよ。自分の願いのために全世界を巻き込むなんてのは頂けないよね」
そう言って右手の杖を高く振り上げる
それに呼応するかのように不知火がクロノスに向かって走る
その表情は焦りに満ちていた
トン、
杖を軽く地面に打ちつける
それと同時に不知火の動きが止まる
焦った表情を浮かべたまま、瞬き一つせずに固まっている
「はい、注目」
ヒラヒラと手を振ってそう言うクロノス
「一旦落ち着いていいよ。今、不知火の時間を止めてるから」
突拍子もないこの急展開についていけてない人間派閥
全員目を丸くして不知火の様に固まっている
先程まで圧倒されていた状況が3分と経たない内にひっくり返ったのだ
たった一人の神の存在で
「うわぁ、みんな固まってるね。まぁいいや」
「これから不知火の計画の全貌を話したあと、彼を潰しにかかるから。心して聞いてくれ」
彼はそもそもこの次元の人間じゃない
別の軸、いわゆるパラレルワールドから来た人間だ
彼は向こうで幼馴染みが重い病気にかかっているのを何度も何度もループして見てきている
何千、何万と繰り返したんだろうな
同じループは一度も存在しなかったが結果だけは全て同じで、幼馴染みが病気にかかるというものだった
何回ものループを重ねた不知火だったがある時、偶然ループから抜け出すことができた
そこで彼は全てを理解した
そしてあの世界の理不尽を憎み、全てを壊して二人だけの世界を作ろうと思ったわけだ
「ほんと、最後だけぶっ飛んでるよね〜。なんでそういう考えに至ったのかわかんないよね」
じゃぁ次は計画の内容について話そうか
彼の最終目的は、二人だけの世界を創ること
《ウロボロス》の創世と破壊の力を手に入れ、世界を壊して作り直し、《アカシックレコード》の記録を元に、新たな世界を二人が幸せになるように作り出すというものだ
そのために手順として、
ウロボロスや、他の邪魔してくる奴らに抵抗するために破壊神シヴァの力を手に入れる
そのために人間派閥を作って聖戦に参加した
故意にグループを操作してシヴァを自分の派閥に入れたんだよ
なんでそこまでのことができるかって?
それは彼の干渉の能力のおかげ
そして実は彼、前回の聖戦にも介入してきたんだよね
その時にラミエルがアカシックレコードだと勘づいて、今回の聖戦に向けての準備を進めていたわけだ
そしてシヴァを覚醒させ、力を引き出したところでその力を奪い去る
これは無事に成功したわけだ
次にウロボロス戦に向けての準備
ウロボロスは普段その姿を見ることができない
ウロボロスを見るための条件
さらに言ってしまえばアカシックレコードに接続するための条件
それは時間を止めること
留まった時間の合間にアカシックレコードは存在し、それを守護するウロボロスもそこにいる
たぶん、彼は姿が見えるウロボロスにはギリギリで勝っちゃうだろうね
それほどまでに力をつけているんだよ不知火は
君達で勝てないのは当然
でだよ、その時間を止めるすべを持たない彼は、こともあろうに私のこの杖を奪おうとしたんだよね
ほんとびっくりしたよ
まぁボコボコにして追い返したわけなんだけどね
そこで計画が止まりどうしようか悩んでいたところにアヌビス君のアンクの存在に気付いたわけだ
いやー、あれは本当に偶然だったよ
不知火自身はアヌビス君のアンクが時間を止める能力だと気付いてなかったみたいでさ
ラッキーと思って奪ったわけだ
これですべてのピースを揃えたわけですよ
本来なら私一人でそれを止めようと思ったんですけど
彼ったら杖を奪いに来た時に私の弱点に気付いちゃったみたいなんだよね
だから攻めあぐねてたわけ
そして気付いたらこんな状況になってて慌てて駆けつけたってわけです
「さて、ここまであらかた説明したんだけど、今から君達がすべきことを最後に話そうかな」
彼の持っているアンクは能力を覚醒させるまで時間がかかる
皆には私の時間魔法を貸します
それで皆さんには
『不知火に余裕を与えないこと』
それだけです
ウロボロスの力をくらい、能力が欠けてる状態の今、多分彼の能力にはインターバルができているはずです
いかにはやくそのインターバルの長さを見つけて、ダメージを与え、余裕をなくさせる、あわよくば倒す
これに集中してください
「それじゃ、死ぬか生きるかの正念場です。気合入れてくれよー」
そう言ってクロノスは杖を地面に打ちつけた