第40話 shadow dance
「随分と面白い冗談だな」
低く笑いながら、憤怒を司る悪魔【サタン】は高橋を睨む
「冗談?それこそ笑わせるなよ?お前らじゃぁ話にならねぇよ。いいから泣き叫びながらルシファーを呼べ」
満面の笑みを浮かべ、悪魔達を見下す高橋
「かっかっか!面白い、実に面白い。周りの見えない若造が、現実を教えてやる」
サタンはスッと右手を上げる
それに呼応するように身構える高橋
重心を低くし、なるべく速く虚栄の魔槍を振れるように構える
虚栄の魔槍の切っ先には紫の焔が揺らいでいる
サタンは上げた腕をスーッと下に下げる
ズブ…
高橋の視点が下がる
(これは…!)
埋もれている
"影"に。
ゆっくりと、確実に埋もれている
抜け出そうにも抜け出せない
既に足首まで埋まってしまった
「影を操るのか!」
足掻いても埋まっていくスピードが早まるだけ
沼に沈んでいくように下へ下へと沈む
「ちょっと!何これ!?」
後ろでディアナが叫ぶ
どうやらディアナ達も沈んでいるようだ
「フッ、さすが悪魔だな。さっきのセリフは撤回しよう。だが!」
紫の焔を飛ばそうと虚栄の魔槍を振りかぶる
しかし、振り抜けない
「な!?」
見ると、床からいくつもの黒い手が生えて、虚栄の魔槍を掴んでいる
高橋はもう、膝までどっぷり沈んでいる
「この聖戦、降りてもらうぞ。人間」
サタンはポケットからスイッチを取り出し、押す
同時に、ディアナ達がいる教会のドアの上の照明に光が灯る
薄暗い教会の中に、高橋の影がはっきりと映し出され、奥に向かって長く伸びる
何か、まずい
虚栄の魔槍を縛る手は消えている
虚栄の魔槍を両手で持ち直し、大きく横薙ぎに振る
切っ先から焔が飛び出し、サタンに向かって突き進む
「もう遅い」
スルスルとサタンは地面に沈む
自分の影に沈む
インドラとレヴィアタンも焔を楽々かわす
放った焔は誰も焼かず、空間を焼いている
「くっ…!バランスが悪い!」
高橋は既に太ももまで影に沈んでいる
バランスを保つことも難しい体勢で再び虚栄の魔槍を振ろうと構える
しかし、高橋の影に異変が起きる
高橋の影がボコッと盛り上がると、影からサタンが現れた
左手にはハンドガンが握られている
サタンに向かって虚栄の魔槍を振ろうとするが
「遅い」
サタンは高橋の影に銃口を向けて引き金を引く
放たれた弾は床にめり込む
「ぐ…は……」
突然口から血を吐き呻き声をあげる高橋
「影というものは、光に照らされた表のものの裏である。表裏一体というように、体が傷つけば影も傷つく。逆もまた然り」
「ワシは影に干渉出来るのだよ。残念だったな、若き人間。ここまでだ」
銃口を高橋の影の頭に向ける
「じゃぁな」
パン…
容赦なく引き金が引かれ、弾丸が放たれる
しかし、高橋の影には当たらない
「ん?」
サタンが顔を上げると
ディアナが高橋の頭を蹴っていた
横から蹴りこまれ、地面に頭をぶつける
「ほんと、世話が焼けるわね」
軽く息を荒らげながらディアナが高橋を見下す
「ふむ、頭を蹴って影をずらしたと…。だがお前は動けないはずじゃ…」
「無理矢理抜け出したわよ…。代わりに沈んでもらったけど」
そう言って後ろを指差す
そこには首まで沈んでいるアヌビスがいた
はたから見れば生首が置いてあるように見てる
かなりホラーだ
アヌビスはディアナを恨めしそうに睨んでいる
さしずめ土台にして這い上がったってところか
「今度はアタシが相手よ!」
そう叫んで走り出す
サタンとの間合いを詰め、拳を振るう
しかしかわされる
それでも拳を振るい続ける
しかしかわされ続ける
「お前は影を使うまでもない」
涼しい顔で拳を交わすサタン
外見の割に素早い動きだ
本来ならここでキレるであろうディアナなんだが…
ディアナは笑っていた
「油断したな…!!」
能力を使う
雑草を生やす能力を。
初めはクソみたいな能力だと思っていたけど
全ての力には応用が利く
アヌビスを見て気付いた
(アタシの能力舐めんなよ!!)
サタンの顔に、目に、雑草を生やして視界を塞いだ
「ウグッ!!?」
突然の出来事に呻き声をあげ、よろめくサタン
その目の前には、悪魔顔負けのドス黒い笑みを浮かべるディアナが立っている
ニタァと笑ったディアナは腰を落とし、呼吸を整え、最高の一撃を放つ
「ぶっ飛べええええええええええ!!!」
ふり抜いた拳は顔の真ん中を捉え、サタンは大きく吹き飛び、壁に叩きつけられる
ことはなく、壁にできた自分の影に吸い込まれるように沈んで衝撃を回避した
そして、次の瞬間にはディアナの目の前に立っていた
とどめに……
パァン…
1発の銃声が鳴り響き、ディアナがうずくまる
「やってくれるな…」
顔をさすりながら、うずくまるディアナを睨みつけるサタン
「まさかお前にここまでやられ」
ガキッ!
突然ディアナが立ち上がりサタンの顎にアッパーカットを決める
舌を噛み、血を吹き出す
「ガッ!!!?」
白目をむいて地面に倒れるサタン
ディアナは無傷で立っていた
血も出ておらず、いたって健康
「私は!胸がちょーーーーっっと控えめな分!筋肉があるのよ!!」
そう叫んで胸を張るディアナ
なぜ彼女が無傷で立っているのか
答えは単純。
筋肉の鎧
ディアナの細い体には恐ろしい程強靭な筋肉がついている
弾丸を通さない程の…
「胸なんかただの脂肪よ!それより筋肉があった方がいいわ!例えまな板だって……」
威勢よく叫んでいたディアナも段々と尻すぼみになり、涙目になる
見てて可哀想な自虐だ
「はっ!そんなことより!いや、そんなことじゃないけど…。高橋!アヌビス!」
高橋は気絶したまま首まで沈んでいる
アヌビスは首こそ沈んだが、腕を出してふるふると振っている
「ガハッ…。本当にやってくれる…」
口から血を流しつつ、ディアナを睨む
「手を貸そうか?」
レヴィアタンが声をかける
レヴィアタンとインドラは後ろでいままでの様子をただ傍観していた
「ふざけたことを抜かすな。ワシがカタをつけると言っておいただろう」
そう言って腕を上げる
また影の中に沈めるつもりだ
「くっ!とりあえず!」
今な距離じゃアヌビスの方が近い
ディアナはアヌビスの所に駆け寄り、アヌビスを引き上げる
ガン、
引き上げられたアヌビスはアンクで叩かれる
「痛い!ちょっと!女の子に何するのよ!」
「今回はお前が悪いし、お前の胸の大きさじゃ女の子とは思えな」
言い終わる前に首を掴まれる
「何か言ったかしら?」
「……何にも」
だるそうに頭を掻きながら答えるアヌビス
ズブ…
再び影の中に沈み出す
アヌビスをちらりと見るが完全に臨戦態勢に入っていた(また沈められないように、対ディアナとして)
(困ったわね)
高橋は既に沈み終わっていた
だが、おかしい…
高橋は消えた筈なのに、彼の影は頭から足まで床にしっかり残っている
(これもサタンの能力なの…?)
高橋の影が突然プクリと膨らみ始めた
床から剥がれ、プクプクと膨らみ、色が付いていく
「何よあれ…」
不思議と膨らむ影に言葉を失う
最悪な状況が頭に浮かぶ
形作られていく姿は完全に高橋である
もしかしたらサタンはあれを操ることが出来るのかもしれない
そうなれば勝ち目はないだろう
最悪の事態
が、その可能性は否定された
サタンは膨らむ影を見て目を見開いていた
(驚いている…?)
「お前は表裏一体という言葉を使っていたな」
脹らむ影が喋り出す
「表があるなら裏もあるだろう」
影が完全に形作られ、その影はニヤリと笑う
「裏・紫焔衝天とでも呼んでもらおうか」
ドヤ顔を決める高橋に対して、唖然とするサタン
「今の俺は無敵だ。いくぞ、ディアナ、アヌビス」
不敵に笑ったまま高橋は虚栄の魔槍を握り締める
それに続いてディアナとアヌビスも構える
「反撃開始だ」
影が膨らんだのは
高橋の虚栄の魔槍の能力です
彼が裏の自分という設定を瞬時に思いつき
信じたからです




