彼と彼女の再開
健司が修行を始めてから、つまりキスティ・リンドブルムが学校へ通いだしてから、もう一週間になる。
それとなくクラスメイトや教師に健司のことを聞いてみても、まったく情報らしい情報が入ってこない。
そんな奴もいたな、というくらいの印象すら稀であり、殆どの人にとっては、一切の記憶に健司は残っていなかった。
キスティは考える。これは間違いなく、痕跡を消したのだ、と。
改めて健司に対する印象を修正する。優秀な悪魔使い。経験や技量のことではない。その慎重さ、思慮深さに対する警戒だ。
実際は健司の記憶が学内の皆に残っていないのは、ただ健司が異常に友達がいなかっただけなのだが、キスティはそのような考えを抱かない。
誰しも、物事は自分の常識で測るもの。
ここにきてキスティは、健司に対する警戒を最高ランクまで上げることにした。
すなわち、最も手強い敵、と。
学校にも慣れ始めたところだったが、もう寄り付かない方がいいだろう。ここにいること自体が危険を生む可能性がある。
そもそも相手にする必要などないのだ。だから、敵対行動を取られなければ放置すればいい。
そう判断して、学校を去ろうとした。
その時、目の前からやってくる人物に、目を疑った。
時刻は十六時三十分。すべての授業は終わり、あとは部活動や、教師が残るのみ。下校時間だ。
その時間に、ただひとり登校する男がいた。
キスティは、思わず、自分から声をかけてしまった。
「久しぶりですね。中島健司」
「うぉおいどうする悪魔!? あの女がまた僕の前にっていうかなんで学校に? しかも名前バレてる!」
「落ち着けマスター。とりあえず相手の話を聞いてみようじゃないか」
「どうも。私は、貴方に会いに来たのです。一週間前から、ずっと。けれど、貴方は一度も現れなかった。今日この日まで、私は無為に日々を過ごしましたわ」
「そ、それはどうも。なんか怒ってる?」
「いいえ、怒るだなんて、私はそんな幼稚な感情に支配される女じゃありませんわ。ただ、何故今頃、とは思いますが」
「じゃあ聞きたいんだけど、初めて出会った時、なんで僕なんかに会いに来たの?」
「それは……機密事項です。おいそれと悪魔使いに教えることはできません。仲間でもないのに」
「そうか。じゃあ、今から僕達は仲間ってのはどうかな」
「はい?」
「僕と、友達になってほしい。だから、仲間。協力しようよ」
言葉には、魔力が宿っていた。
悪魔の力だ。人を、特に女性を惑わす言葉の力が、悪魔には備わっていた。
その力の奔流に、キスティは目眩を覚えるほどの強制力を感じた。
キスティは、健司に最大限の警戒を向けていたために、抵抗に成功した。
「流石ですね。危うく、頷いてしまうところでした。ですが、初めから覚悟さえ持っていればなんとかレジストできなくもない」
「……おい、悪魔。どういうことだ」
「すまん。相手が悪い。むちゃくちゃだ。今の一言で、普通ならお前の友達になっていた。だがあの女は普通じゃない、どころじゃない。はっきり言って最高級だ」
「つまり?」
「関係悪化させちまったかもしれん。善意でやったのになあ。俺はいつもこうだよ」
「不吉なやつだなお前は!」
「そりゃそうだ、悪魔だからな」
「おしゃべりはそこまでです。あなたと、その悪魔は危険極まりない。見逃そうという意思も、完全に消えました。今回は、初めて会った時のようには行きません。排除対象として見ることに致します」
「か、考えなおしてくれないかな?」
「力尽くで人の意識を乗っ取ろうとした挙句、和平交渉ですか? それが通るとでも? ああ、なんでしょうか。もしかして私、馬鹿にされているんでしょうか?」
「誤解、誤解だよ! 僕は君と友達になって君に協力したいって言っただけじゃないか! なんでそれで敵対する流れなんだよ!」
「今は人目があるゆえに交戦は控えますが、貴方がたに宣告しておきます。私は貴方がたに明日の朝日を拝ませるつもりはありません」
「マジで!? ていうか僕は敵じゃないって! むしろ味方! 味方!」
「駄目だマスター。強固な精神防壁を使われている。あそこまでガチガチに守られちゃあ俺でも手が出せん。何を言っても無駄だ」
「じゃあどうしろっていうのさ!?」
「時間を稼げ。強い精神防壁を張ったまま日常生活は送れない。いずれ精神がやられて廃人になるからだ。つまり俺達は、あいつが話を聞いてくれる状態になるまで逃げ続けるなり拘束するなりして、再度協力を申し出る。戦闘力的には逃げる一択だが、とはいえそう簡単に逃がしてもらえるものかどうか」
「それでは、また今夜にでも会いましょう。そしてその時が、貴方がたの最後です。それでは、また」