悪魔使い
追われていた男は家に帰ると、まず汚れた服を脱ぎ、風呂に入ることにした。家族には道で転んだと言い訳をした。
そして風呂から上がり、食事を済ませ、自分の部屋に戻って溜息を吐いた。
中島健司。十六歳。高校二年生。
なりたての悪魔使いだ。
「おい悪魔。出てこい」
その言葉に応じて、悪魔が瞬時に現れる。見た目は健司と同年代の男子高校生といった風で、服装も現代のものである。
「ああ、なんか用か」
「さっきの女についてだ。ていうかなんだあれ。もしかして僕、お前と一緒だとあんなのに付け狙われ続けるのか?」
「さあな。それこそ俺に聞くなよ。俺が悪魔だからって、なんでも知ってるわけじゃあないんだぜ。今の俺の存在理由は、ただ、お前の望みを叶えるだけなんだからな」
「じゃあ、それはそれとして、今後どうなると思う?」
「なるようになるんじゃねーの。人生なんてのはなるようにしかならねーんだから。どうしようもないときもあるけどな」
「クソの役にも立たない助言をどうも」
「まあでも、とりあえず即殺されるってことはなさそうなんじゃねえの? キョーリョクをヨーセイだとか甘いこといってたからな。何やらされるかは知らないし、それに命の危険がないとは限らないけどな。なんにせよ、あの女に対してどうするかはお前が決めろ。俺じゃ役に立たねえ」
「そうか。僕としては答えは一つだから、まあ、それはそれでいいか」
「というと?」
「お友達になってもらうのさ。あんな美人とお友達、すごいね、ワクワクするね。友達に自慢できるね」
「まだお前友達いねえだろ!」
声を上げて笑う二人。
「で、実際どうするわけ? ほんと、マスターの力が足りなすぎて、俺の力なんて全然これっぽっちも役に立ちそうにないぜ。マスターの力が足りなすぎてな」
「二度繰り返されなくてもわかってるよ。そもそもまた彼女と出会うかすらわからないんだから、とりあえずはこの話はおしまい。それよりも、僕がお前を呼んだ理由についてだよ」
「ああ、友達が居なくて寂しい、だから作るの手伝えってやつな。一応聞くけど、どれくらいの人数が欲しいんだ?」
健司は少しだけ考える素振りを見せた。だが、答えはすぐに出た。
「そうだね。ざっと70億人くらい、かな」
「勿論それは本気で言ってるんだよな」
「心の底からさ!」
再び、声を上げて笑う二人。
特に悪魔の笑い方といったら、天地がひっくり返ったかのような大笑いだった。
「なんて傲慢さだ! さっすが俺サマを呼び出せたマスターだぜ! 絶対友達いねえだろ、お前!」
「だからそういってるだろう。これでも僕は真剣なんだぜ?」
「その真剣ってのが本当にマジだからお前は俺を呼べたんだろうな。生半可な覚悟だったら、低級霊でも呼び出して取り殺されてたところだぜ。いや、それともそもそも何も呼び出せなかったかな。あんな雑な魔方陣で、お前みたいなド素人がむにゃむにゃやっただけで悪魔召喚成功、なんてのはそうあるもんじゃない。しかもちゃんと俺がお前に従う契約が成立しているときた」
「僕は運がいいね。これなら友達もあっという間に出来るだろうね」
「数時間前に女に頭踏みつけられてよくそれだけポジティブシンキングできるもんだな。感動するぜ」
「それはどうも。ところで友達作るのってどうすればいいんだ。なんか魔法でパパラパーといったら友達ができるのか」
「なわけねえだろ。そんな力は今の俺にはない」
「じゃあどうやって友達を作ればいい? 僕、友達なんて生まれてから一度もできたことないんだけど」
「俺の力でちょいと魅力的に見えるようにはしてやれるが、まあ、普通に行くなら肝心なところはマスター次第だろうよ。趣味の話なり何なりして、気の合う奴と心の探り合いでもすればいい」
「えっ。じゃあ僕がお前と契約したのって無意味?」
「その通り――と言いたいところだが、そうでもない。今の俺にはできないってだけで、マスターが悪魔使いとして成長して、俺の力を十全に引き出せるようになれば、それこそパパラパーで友達いっぱい夢いっぱいさ」
「それじゃあ、どうやったら僕は悪魔使いとして成長できる?」
「人生の危機を乗り越え人間として成長するとか、心霊体験を迎えるとか、まあいろいろ手段はあるんだが、一番手っ取り早いのは悪魔を召喚しまくることだ。従えられる数が増えれば増えるだけ、地力は増えていく。ま、筋力トレーニングみたいなもんだな」
「じゃあ明日からは学校を休んでトレーニングに励むよ。コーチよろしくな」
「オーケイ。そんじゃ、俺はお前の家族に対して認識をずらす暗示でも仕掛けておいてやるよ」