第九話:目まぐるしい毎日
一見煌びやかな王都にも影はある。
いや、光が強いからこそ、その影もまた色濃く残るのかもしれない。
ここ、貧民街は王都中の闇が集まる場所だ。
街にはチンピラや娼婦が溢れ、それ等を統括する盗賊ギルドがこの貧民街を仕切っている。
王都の民からしても、彼等が疎ましい存在である事は間違いないが、
ならず者が貧民街から溢れ出てくるよりマシだという理由で、国も半ば黙認している有様だ。
臭い物には蓋という事だろう。
それに、国に雇われている衛兵はあまり優秀ではない。
盗賊ギルドが無くなれば治安の悪化は免れないだろう。
「おい、そこの坊主」
そんな貧民街を歩いていれば当然こうなる。
チンピラにしては随分と筋肉質な男だ。
だが、嫌らしい笑みを浮かべながら無遠慮に近づいてくる点は、そこ等のチンピラと何も変わらない。
尤も、見た目にしても実際の戦力にしても、僕なんかを警戒する方がおかしいだろう。
ここは人通りが少ない廃墟通り。周りには住居も無く、助けを呼んでも誰も来ない。
さらに、例え誰かが見ていたとしても、ここに人助けをするような奴はいないだろう。
それが、あのチンピラの笑みの理由であり、僕のこの余裕の理由でもある。
「ここはな、お前みたいな…」
相手が口を開いた瞬間、そこに右手に握りこんでいた石を放り込んだ。
その瞬間に爆破、炸裂音と共にチンピラの頭が弾ける。
そう、投げた石は小さな魔石。
わざとエラーを起こすように回路を彫り込む事で、小型の爆弾として使っているのだ。
大した威力は無いが、人間の頭を内から破壊する程度の効果はある。
人を殺すのにミサイルはいらない、ナイフ一本あれば事足りるのだ。
魔刻刀一本ではこの程度の物しか作れないが、一応は僕のオリジナル魔導具だ。
尤も、これを魔導具と呼べるかどうかは微妙な所だが。
「はぁ…こりゃカツアゲもしたくなるわな」
頭が大破したチンピラの死体から失敬した財布を漁りながら呟く。
健康そうな体をしてるので、それなりに持ってるんだろうと思っていたが、
所詮はその日暮らしの貧乏人だったようだ。
これで本日8度目、最早頭の中身を飛び散らせた死体を見ても何の感慨も沸いてこない。
既にこの作業もルーチンワークに近い。
死体の上に魂の残骸が湧き上がるが、こいつを喰う気は全く無い。
どうせ大した能力はないだろう。
別に美食家を気取る訳ではないが、食事にも時間がかかるのだ。
今僕はそんな事をしている暇はない。
幾ら僕だって魔石爆弾の実験程度でこんな所に来たりはしない。
盗賊ギルドの中の一勢力が俺を殺そうとしているらしく、
かといって僕も黙って殺されてやるわけにもいかないので、
殺される前にこちらから不意を打ってぶっ殺しに来てやったというわけだ。
どうやら、数日前に僕を狙ってたアホが死体となって川に浮いていたらしい。
まあ、単独行動な上にコツコツ貯め込んでいたわけだし、狙われてもおかしくはないかもしれない。
で、僕を狙ってた奴が死んだんだから僕が殺したに違いないという滅茶苦茶な事をほざいているらしい。
ギルド中に知れ渡る前にその馬鹿勢力を潰さないと、一組織丸々敵に回す羽目になる。
この世界では元の世界とは比べ物にならない位に命が軽いという事は分かっていたが、
流石にそんな理由で殺されては堪らない。
いや、確かにその下っ端を殺して川に流したのは僕なんだけどね。
奴等の溜まり場のドアに対し、独特なリズムのノックを行う。
これが合言葉代わりらしいが、随分と安易な合図だ。
「入れ」
許可も出た事だし、早速中に入るとしよう。
短剣を抜くと同時にドアを開く。人数はたったの3人。
所詮はヤクザ者という事か、警戒態勢を取っている者は誰一人としていない。
悠然とした足取りで部屋に踏み込むと、
ドアの鍵を開けた目の前の若い男の喉に刃を当て、横一文字に滑らせる。
まだ、誰も気付いていないようだ。有り難い。
「え?…」
リーダーらしき男の横に侍っている、額から短剣の柄を生やした女がそう零す。
この世で最期の言葉としては、随分と間抜けな台詞だ。
「俺が盗賊ギルド…」
の一員と分かっての狼藉か、とでも言いたかったのだろうか。
いずれにしても、頭が無くては言葉を話す事など出来はしない。
どうやら、魔石爆弾は至近距離で投げ込んだ為に喉の奥まで入ってしまったようだ。
男のクビが千切れポロリと床に落ちる。
「…面倒臭ぇ」
そう吐き捨てずには居られない。
今回、どう足掻いても事態を安全域にまでは戻せないからだ。
こいつの記憶を喰らい、メンバー全員を把握した所で、それは変わらない。
例え僕への害意が無かったとしても、この件を知っている人間は全員死んでもらう。
そこは譲れない。譲らないが、それではとても安心出来ない。
今回、魔法を使わず剣を使ったとか、カツラを被ってるとか、その程度ではどうにもならない壁がある。
人の口に戸は立てられないという言葉通り、噂なんて物は伝染病のように無秩序に広がっていく物だ。
殺して喰って、探し出してまた殺す。
そんな方法ではいつまでやってもキリがない。
勿論今回の行動は無意味とも言えない。
というか、無意味ならそもそもやらない。
今回の件がバレたとしても、やられたらやり返すという意思表示にはなる。
安全圏からどうこう出来ると思うなよ、という脅しをかけるわけだ。
確かに、ヤクザ者にとって面子は大事だが、組織を左右する事柄に対しては
ある程度ドライにならざるを得ない面もある。
こちらに手を出すリスクを示しておけば、そういう面でそれなりの効果を示してくれる。
後は、この金庫の中身だね。
一勢力の長だけあって、それなりに持ってるな。
迷惑料としてありがたく貰っておこう。
貧民街を後にした僕は、魔導具の店に寄りたい気持ちを抑えながら、いつもの宿へと直行した。
魔導具製作用の工具なんて特殊な物を買ったりすれば、直ぐに足が付いてしまう。
そうポンポンと高価な魔導具を買うのは、流石に怪し過ぎる。
露天商は問題外。
あそこは既に盗賊ギルドの収入源の一つとなっている。いわゆる守り代というヤツだ。
お互利権でズブズブの間柄なので、通常の店以上に危険といえる。
幾ら、バレてもそれ程問題が無いとはいえ、自分からバラす気は全くない。
「あっ、カズヒコさんですよね?」
宿へと入ろうとした時、焦げ茶色の長髪に切れ長の目をした少年が声をかけてきた。
一見少女のようにも見えるが、骨格や声から判断するに、おそらくは男の子だろう。
当然面識はない。
ジードやレイリアにしてもそうだが、幾ら僕でもここまで整った顔立ちの人間を見忘れる事は無い筈だ。
それとは逆に、僕の顔立ちは覚え難い部類に入るだろう。
この世界では様々な人種が入り混じっており、アジア系の人種もそれ程珍しくはない。
中肉中背で髪はただ短く切っただけ、顔にも目立った特徴は無く、美しくも醜くも無い。
服だって、今はここで流通してる代物だ。
「そうですが、そちらはどういう…」
「私、サレフと言います。宜しくお願いしますね」
そんな事は聞いていない。
僕はそちらの用件を聞いているのだが。
サレフはニコニコと無邪気な笑みを浮かべながら手を差し伸べてくる。
焦りのせいか、つい乗せられて握手を交わしてしまった。
これが演技なら大したものだ。
ただ、少なくとも戦士としての能力は持っていないようだ。
この子の手は剣を振るう者のそれでは無い。
おそらく、金持ちの家の坊ちゃんって所だろう。
なら、声をかけてきたのは魔法関連だろうか。
それ程大した魔法が使えるわけでもなし、それもまた違うだろう。
いずれにしても、僕への用件を聞かないことには始まらない。
「カズヒコさんも魔法使いなんですよね? どこで魔法を習ったんですか?
私は去年までニールスリング高等理学院に通ってたんですよ」
「親に直接…」
「へぇ~、英才教育ってヤツですか? うらやましいです」
何だコイツ、馴れ馴れしい。
駄目だ、喋りっぱなしで話を聞く隙が全然ない。
とりあえず、金持ちの家の子供だという事と魔法使いという事は分かった。
確か、理学院は魔法を理論から正しく学ぶ為の場だとか何とかで、
当然そんな所に通えるのは金持ちの商人の子か貴族くらいだろう。
少なくとも狩人になるような人間で無い事だけは明らかだ。
ますます、声をかけてきた理由が分からない。
出身地だの好物だの好き放題喋ってはいるが、肝心の本題の方が一向に出てこない。
キリの良い所でなんて言っていると、日が暮れるまで終わらない可能性がある。
「ちょっと良いですか?」
「それでですね、ファンレーデルのパフェが…どうしました?」
やや強引に話を止める。
本当に何処まで話を脱線させるつもりだよ。
今日は心身共に疲れているので、早く休みたいのだ。
どれくらい疲れてるかというと、子供相手に敬語で喋るくらいには疲れている。
「結局、君は何を言いに来たんですか?」
ようやく言えた。
ここまで言えば伝わるだろう。
全く、こういう強引なタイプは苦手だよ。
嫌でも誰かさんを思い出す。
「ええと、何だっけ? ああ、そうだ。私先月からフェルマー商会で秘書の方をやる事になりまして」
成る程、嫌な予感しかしない。
出来ればクレインからの依頼か何かであって欲しいのだが。
「今はウォルターさんの秘書をやってるんですよ。」
予想外だ。
まさかそこまで偉くなってるとはね。
幾らなんでもその待遇はおかしいだろ。
やれやれ、一体どんな無理難題を押し付けられるのやら。
まあ、あいつ相手なら自由に断れるし、逆に良かったかもしれん。
「ああ、ウォルターさんのね。それで?」
「これを聞いたら直ぐ俺の所に来るように、って言ってました」
…あぁ、全然良くないわ。
用があるならお前が来いよ。
イベントをカットした弊害で登場人物までカットしてしまってました。
プロットが既に半分役に立たなくなってます。