第八話:節穴な観察眼
先刻てっきり死んだと思っていたウォルターだが、どうにか生きてはいるようだ。
採石場に置いていた荷物の下から助けを呼ぶ声が聞こえてくる。
正しくは、地面の下から発せられるているようだが。
もしかすると、向こう側の坑道がこちら側にまで伸びているという事だろうか。
確かに、向こうの採石場の方がこちらより幾分立派ではあったが、
そんな無計画に掘り進んだら、何時坑道が崩れるか分かったもんじゃない。
まあ、実際に崩した僕が言えた事ではないか。
それにしても、どうやったら良いのだろう。
幾ら薄い岩盤といえども僕の魔法では壊せないし、チマチマ掘り出すのも面倒だ。
となると、方法は一つしかないな。
まずは10cm程の穴をいくつか掘る必要がある。
荷物から作業用具を取り出すとコツコツと地面を掘り進める。
とは言っても、高々10cm程度なら時間もかからないだろう。
現に、もう既に一箇所掘り終わっている。
「おい!カズヒコか? ここだ、助けてくれ!!」
下からウォルターの声がするが、真下に居ると危ないぞ。
まあ、もう後は爆破するだけだ。
その時に注意を促しておけばいいだろう。
そう考えながら魔鉱石を取り出し穴に埋めていく。
かなり高価な爆弾だが、損をするのはこの鉱山の持ち主なので問題ない。
ワイバーンの討伐如きに金を惜しむからこんな羽目になるのだ。
さて、着火するとしよう。
先程分かった事だが、魔力溢れるこの場所では無詠唱でも大丈夫そうだ。
ただ、もしかすると坑道自体が崩れるかもしれないので、屋外から爆破させてもらう。
大丈夫だとは思うが、念には念を入れて行動した方が良い。
まあ、ウォルターがどうなるのかは分からないが、あの爆発で死ななかったのだから大丈夫だろう。
「じゃ、着火」
合図と共に先程使ったのと同じ爆破の魔法を放った。坑道内に轟音が響く。
流石は魔鉱石、比較的小さい物をたった5つ使っただけでこの威力。
中を覗いてみると地面にぽっかり穴が開いているのが分かる。
そう言えば、あいつに注意しておくのを忘れていたな。
「ふぅ、全く。酷い目に遭ったぜ」
穴から救出されたウォルターは、意外な事にかなり元気な様子だ。
尤も、両足がポッキリ折れいるようで、全く無事ではないのだが。
もう、まともに使える片腕だけだ。
そのせいで救出活動は非常に難航したが、
ウォルターの持ってきた荷物にロープがあったので何とか救助出来た。
「それにしても、どうしてあんな所にいたんですか? 」
よく考えると、さっきの爆発で僕が先の落盤事故の原因だとバレる可能性がある。
いや、普通はバレると思うのだが…まあ、こいつは馬鹿だからな。
とは言え、こんな凡ミスをしてしまう辺り、僕も頭はそれ程良くない。
なので、ボロを出す前にさっさと誤魔化しておこうという訳だ。
「お前はあいつらの悲鳴が聞こえなかったのか?」
「いいえ、作業に集中していたので分かりませんでした」
当然聞こえてはいたが、こいつと揉めた所で何のメリットも無いので否定する。
どうせ、弟分に助けを求められたら助けるのが男だろ、とでも言うのだろう。
「兄貴分として、俺にはあいつ等を助ける義務があるからな」
いや、そんな物は無い。
やっぱり、予想通りの答えだった。
「それにしてもよ。お前はもうちょっと周りに目を配った方が良いぜ?
危なっかしくて見てられねぇよ。」
「…今後、注意します」
お前にだけは言われたく無い。
良くここまで自分の事を棚に上げれるものだ。
その神経の図太さが羨ましいよ。
「ま、何かあったら俺が守ってやるからよ。安心しろ」
「それは有難いですが、肝心のその二人は?」
お前に守って貰う事はないだろう。
話が逸れたので一先ず元に戻す事にした。
まあ、聞くまでも無く死んでいるのだろうがな。
「いや、見てねぇな」
「どういう事ですか?」
意味が分からない。
逃げ出した後だったという事か?
「…いや、あいつら奥の方に逃げてったみたいでな。探しはしたんだけど、思った以上に広くってよ。
でな、突然でっけぇ音がなって天井が崩れて来たんだよ。それっきりだな」
なるほど、まあ経緯はどうでもいい。
別に、あいつらの末路なんて聞きたくもないしな。
こちらを疑ってないのなら何も問題ない。
用件は済んだ事だし、そろそろ撤収しますか。
「それは残念ですね。彼等の為にも魔鉱石はしっかり持ち帰りましょうね」
「おう! 台車も用意してあるしな」
それは諦めろよ。
どうせ僕が持ち運ぶ事になるのだろう。
言い合っても仕方無いので採掘作業を再開する羽目になった。
勿論作業人数も一人、結局働いてるのは僕だけじゃないか。
一時間後、台車いっぱいに詰まった魔鉱石は青白く輝いて居る。
今日は僕がこの世界に来てから二番目に頑張った。一番は豚の運搬だ。
「おいおい、もっと山積み出来るだろ?」
その場から動く事すらままならない自称兄貴分が呟いている。
山に上って足を折っただけの癖に偉そうだな。
当然それくらいは考えている。
僕は無言でウォルターに近づくと、その体を軽々と抱え上げた。
「お…おい、何すんだよ」
まあ、その意見は尤もだ。
だが、そもそも僕の体力では魔鉱石が詰まった台車と鞄だけでも結構な負担になる。
元の世界なら100m運んだだけで息切れをおこしていただろう。
その上に成人男性一人抱えて山を降りるなんて、流石にゴメンだ。
慌てるウォルターを台車の上に乗せると、先程使ったロープで固定する。
こうしておけば負担も多少は軽減できる筈だ。
「…お前、頭いいな」
お前が悪過ぎるだけだ。
応急手当くらいは施してあるが、山道を降りる振動は折れた骨には酷だろう。
医者の経験も持っているとはいえ、こんな所では大して役に立たない。
まあ、役立つとしてもこいつ相手に使う気はないが。
今日は心身共に大分と消耗した。さっさと帰ってぐっすり眠ろう。
商会の件もあるが、こいつが満身創痍な御蔭でその日程も延期だろうしな。
そう考えながら、僕は子連れ狼よろしくウォルターの乗った台車を押して山を下り始めた。
三日後、宿を出た僕の前にいたのは両足にギブスを嵌めたウォルターだった。
折れた腕も器用に使って松葉杖を付いて歩いてくる。
これは怖い。
「安静にしてなくて良いんですか?」
これは本心からの言葉だ。
本当に大人しくしておいて欲しい。
「いや、商会で働けるとなりゃ落ち着いてなんていられねぇよ」
お前を見たら客が逃げるぞ。
それが嫌がらせと取られなけりゃいいけどな。
「クレインの奴が今日魔導具屋の視察をした後、街を出るみたいでよ。
今日を逃すと随分先になっちまうんだよ」
「なるほど」
お前の怪我が治るのも随分先になると思うけどね。
「で、俺の体もこのザマだからな。ちょっと運んで貰えねぇか?」
僕は運送業者じゃないんだぞ。
不満はあるが、僕も商会へは用事がある。
せいぜい1,2km程度だ。
今の体力なら散歩程度の物だし、まあ良いだろう。
「ああ、ウォルターさんお久しぶりです。魔鉱石の件は本当に有難う御座いました」
人の良さそうな笑みを浮かべるクレイン。
胡散臭い事この上ない。
片手両足を骨折した異様な姿のこいつを見ての一言目がそれとはな。
死者共の見る目も大した事はない。
所詮人は自分の信じたい事だけを信じるという事か。
「おう! これからは一緒に店を盛り上げていく仲間だからな」
「…その話はこちらで」
クレインはウォルターを引き連れて奥の部屋に入っていく。
あいつは店の前で降ろしたので、僕が連れだとは誰も思っていないようだ。
幾ら馬鹿相手だからって、あそこまで露骨な態度を見せては駄目だろう。
誰がどこで見てるか分からないのだから。
ウォルターの末路には別に興味が無いが、おそらく口封じでもされるのだろう。
ただ、僕をぬか喜びさせた事は許せないな。
「うん、流石高級品だ」
魔導具の並んだショーウインドを眺めながら呟く。
商品自体はそれ程高価なものでは無い。
僕が高級品だと言ったのは、この左手に隠し持っている彫刻刀の様な魔導具に対してだ。
彫刻は彫刻でも魔導具の核となる魔鉱石の中心に魔力回路を刻み込む為の道具である。
名前は魔刻刀という安易な名前だが、これが無いと魔導具は作れない。魔導具製作の必需品だ。
魔力回路とは、魔鉱石のエネルギーを制御する機構の事である。
ここで失敗すると、魔鉱石の魔力が暴走して偉いことになるのだ。
具体的には、あの崖で起こったような事になる。
だからこそ、優れた魔導具職人は必ず優れた魔刻刀を使う。
魔導具職人の間では、弘法は筆を選ばずなんて理屈は通らない。
まあ、実際弘法大師はかなり筆には拘っていたみたいだけどな。
要するに、これだけ離れた位置からガリガリ魔力回路を削っていけるこの魔刻刀は、
かなりの高性能だという事だ。
20万ゴルム(60万円)近くかかっただけの事はある。
尤も、これは熟練した超一流職人の腕があって初めて出来る裏技なのだがな。
これで、商品の質は2ランクくらい下げられただろう。
商会に仕返しすると同時にライバルの評価も下げる、一石二鳥の作戦だ。
多少魔法を使える程度の狩人を疑う奴など誰もいないだろう。
僕を敵に回した事を後悔するんだな。
どうせ、僕がやった事すら気付けないだろうから、それも不可能だろうけどね。
「じゃあ、その怪我を治したらまた」
「おう!…じゃねぇや。ハイ支店長」
「止めて下さいよ。私とウォルターさんの仲じゃないですか」
二人が談笑しながらゆっくりと出てくる。
どうやら商会で働けるようになったらしい。
見る目が無いのは僕の方でしたってオチか。
まあ、ここは素直に祝福するとしようか。
おめでとう、ウォルター。フェルマー商会万歳。
ここはウォルターさん酷い目に遭うの巻だったんですが、
ウォルタールートが出来そうな位、兄弟分シナリオ多かったので
無理矢理プロット変更しました。シナリオ破棄です。
流石に、この人とのパーティーはもういいや。