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第六話:リスクの許容量





今、僕は墓地での食事を消化しつつ、ウォルターに呼び出された白馬亭へと向かっている。

幸か不幸か、先程この街の住人を散々喰らった御蔭で、白馬亭の場所は手に取るように分かる。

気は重いが、ここに活動拠点を移した以上、無視をすると後々面倒な事になりそうだ。

馬車代の事を考えると、拠点の再移動は出来る限り避けたい。

それに、魔導具職人を目指すなら、顧客面でも材料面でも、ここ以上に適した街は考え難い。

良い材料に客の多さ、入り込める隙間は充分にある。

商売で成功する秘訣は単純だ。

基本的には他者が売ってない物を売るか他者より優れた物を売るかの二つしかない。

前者はまずアウト。僕の頭脳では理論段階での複雑な計算は不可能だ。

最早、公式を覚えたらどうこうというレベルでは無い。

せいぜい、記憶にある設計図をそのまま作り上げるくらいが限界だ。

では、それなら後者はクリアしてるかといえば、そうでもない。

品数、製造力、仕入先、販売ルート、顧客対応力、そして熱意。

何から何まで足りない物だらけだ。

商売という物は、品物さえ良ければどうにかなるという問題では無い。

まあ、店を開く訳でも無し。正面から勝負する必要もなければ、一番を目指す必要も無い。

好きな時に好きなだけ働いて、それなりに暮らしていく事が出来れば理想的だ。

とはいえ、そういった暮らしをするにもやはり金が要る。

魔導具の中心となる魔石。これは問題が無い。

魔力を溜め込んだ特殊な鉱石ではあるが、この世界では単なる一鉱石に過ぎないのだ。

質の低い物は砕いて魔硝粉という粉末にされ、主に魔導具のエネルギー源として使われている。

この世界の文明の根幹を支えている必需品だ。

質や大きさはピンキリだが、そこまで珍しい物ではないので今の段階でも充分手に入る。

問題は魔導具の製作に使う特殊な工具だ。

それ自体が非常に高価な魔導具であり、全て合わせると100万ゴルムを軽く超える。

一生狩人として生きられるわけでもなし、この出資は必要な出資だ。

とはいえ、その費用を稼ぐ為に必死になって働く様な甲斐性はない。

今しばらくはこのままの生活が続きそうだ。

これでは件の待ち人との縁もしばらくは切れそうに無いな。





ふと考え事を止め、顔を上げる。

視線の先に小さく見える白馬亭の看板の前に男が一人、彼だ。

まだ、約束の時間にはなっていない筈だが、

意外と律儀な性格なのか、それとも余程僕と話したい事があるのか。

出来るなら前者であって欲しいものだ。


「おう、カズヒコか。早いな」


「ウォルターさんこそ」


「誘った俺が後から来るわけには行かねぇだろ」


意外だ。

まさか、彼にそういう感性があったとは。


「じゃあ、早速行くか。ほれ、目の前のあの店だ」


そう言って彼は白馬亭の斜向かいにある酒場を指差した。

入り口の真上に掲げられた看板には「歌う百年花」と書いてある。

百年花とは、僕がここに来て最初に見た青緑ツートンカラーの多弁花の事である。

他にも数十種類の色や模様があるらしいが、この花の最大の特徴は枯れない事だ。

花こそ萎んで実を為すが、その葉や茎は枯れる事なく、次の年に同じ場所で花を咲かせる。

その特徴から百年草と呼ばれているわけだが、この花は主に葬式の献花として使われている筈。

確か、この花は輪廻転生の象徴とされているそうで、

より良い来世を送れる様にという意味を込めて供えられるらしい。

初っ端から何て縁起の悪い。

自分の中でどんどん不安感が増大していくのを感じながら、ウォルターに続いて店に入った。





店の中は意外と物静かな空気を醸し出している。

彼はもっと騒がしい場所が好きなのだろうと思っていたのだが。

ウォルターの意外な嗜好に驚きながらも、彼が話し出すを待つ。

一体何の話だろうか。

中に入って分かったが、ここはそこまで安い店ではないだろう。

とても、そう易々と奢れる値段では無い。

腕が折れ、収入の当てのない彼にとっては尚更だ。


「早速で悪いが、俺の最後の仕事に協力してくれねぇか?」


「最後の仕事…ですか?」


こいつは一体何を言ってるんだろう。

仕事と言うが、あんた腕折れてるだろ。

腕を再度見たが、やはりギブスを付けたままだ。

そんな腕では豚一匹狩れないだろう。

まあ、こいつは万全の状態で豚にやられた訳だが。

このままだと確実に最後の仕事が最期の仕事になるぞ。

狩人を辞めるという選択についての異論はない。

僕にとっても嬉しい限りだし、辞めるという事は次の職の当てでも見つかったんだろう。

流石にそこまで考えなしでは無い筈だ。


「いや、幾ら俺だってこんな腕で獲物を狩ろうなんて考えねぇよ」


「それも、そうですね。すいません」


その程度の思慮分別はあったらしい。

僕だってそんな無謀な仕事に付き合う気は無い。

間違いなく僕一人で戦う羽目になるだろうからね。


「魔鉱石の採掘作業らしいんだけどよ。報酬額が凄ぇんだよ」


「ラッセン山のですか?」


「何だよ、知ってんなら話は早ぇ。1ルイスにつき10万ゴルムだぜ?

 こんな仕事他にはねぇぜ。こりゃあ、やるっきゃねぇだろ」


どこまで考えなしなんだろうか。

ルイスは重さの単位で、1ルイスは大体1kg程、100ルイスで1レイドとなっている。

そして、基本的には3等級以上の品質の魔石を指して魔鉱石と呼ばれる。

ラッセン山はこの魔鉱石の最大産出地として有名だ。

1kg30万円程度と考えれば、確かに破格の報酬と言えるだろう。

だが、何故そんな破格の値段になっているか。

簡単な話だ。そんな仕事を引き受ける人間が殆どいないのだ。

ラッセン山の採掘場所はワイバーンのテリトリーのど真ん中にある。

豚にやられるお前にどうこう出来るわけないだろ。

確かにワイバーンを倒せる人間もいるが、そんな奴はこんな報酬額では動かない。

ワイバーンなんか倒しても大した金額にはならないしな。

豚の仕事と同じで、この仕事には旨みが殆どないのだ。

それでも報酬額がこの程度に収まっている事には理由がある。

黙っていてもこいつみたいに勘違いした馬鹿が何人も挑んでくれるからだ。

例え一握りでも運良く持って帰れる者が居る限り、この報酬額は変わらないだろう。

僕が先程喰らった奴等の中にもそれで死んだ人間は何人も居た。

殆どが骨も戻って来ないにも拘らずだ。

総じて得られる物が殆ど無かったせいでかなり印象に残っている。


「そこ、ワイバーンの縄張りですよ? 昨日も3人組の狩人グループが全滅してましたし」


一応忠告しておこう。

こいつ一人が死ぬ分には、単に後味が悪い程度で済むので放っておくが、

それに巻き込まれるのはご遠慮願いたい。

ここでスッパリ諦めてくれるならそれが最上の結果だしな。


「マジか? …まあ、大丈夫だろ。こっちはお前も入れて4人だしな」


駄目だ、想像以上の馬鹿だった。

3人なら全滅したけど4人なら大丈夫なんて、一体どういう理屈だ。

それにしても、他に2人も馬鹿がいたか。

王都に来た当日にいきなりチームを結成出来た点は評価するが、

残念ながら今回ばかりは馬鹿を何人集めても何ともならん。

報酬額や魔鉱石には興味があるが、流石に割りに合わない。丁重にお断りさせて貰おう。


「あの…」


「いや、俺もそう簡単だとは思ってねぇんだけどよ。

 これが上手くいけば俺があのフェルマー商会に入れるんだ。

 ここは俺を助けると思って、頼む」


ウォルターはこちらの発言を手で制すと、一気に自分の意見を言い切った。

フェルマー商会というと、この王都で最大の商会だ。

こいつを助ける気は更々無いが、商会には興味がある。

十中八九騙されてるとは思うが、御蔭で話を聞く気にはなった。


「フェルマー商会に? 魔鉱石の採掘と一体どんな関係が?」


ここが一番重要なポイントだ。

金を払えば入れて貰えるという類の話であれば、速攻で断らせて貰うが。


「いや、そこの跡継ぎが俺のダチでよ。魔鉱石が採取できなくて困ってるって手紙が来たわけよ。

 んでよ、俺が何とかしてやるっつったのは良いんだが。それにレイリアの奴が文句付けやがって」


「それでデュランダルを脱退したわけですか」


「脱退っつーか、追い出されちまってな。でもよ、ダチの頼みは断れねぇだろ?」


僕なら断ると思うが、とりあえず事情は分かった。

フェルマー商会の跡継ぎは顔も名前も十二分に知られている。

商会の跡継ぎという件は事実だろう。

確か、名はクレインだったか。商才はあるが、若干お人好しだという噂だ。

直接面会した人間も何人かいたが、その際の記憶を見る限りは概ね噂通りのようだ。

勿論、これは彼がそういった己を利する為の演技をしていなければの話だが。

流れとしては、友人の頼みだと言って、リーダーでもないのに無茶な依頼を受けたと。

そこでしつこく食い下がってチーム追い出されたという所だろう。

で、今更受けれないとは言えないから即席チームで挑もうという事か。

言葉通り友情が理由なのか、利に目が眩んだだけなのか。

どちらにしても、とてもまともな神経をしているとは思えないな。

というか、大商会の跡継ぎが友達なんて、一体こいつの人脈はどうなっているんだろうか。


「分け前はお前が2で他の奴が1。俺は0で良いからよ」


「いえ、分け前は他の人と一緒で良いですよ」


まあ、商会に入れるとすれば、分け前無しでも充分利はあるだろう。

ただ、僕としては分け前が半分ではとても割に合わない。

寧ろ、そんな事をしたら他の2人と揉めるだけだ。


「いいのか? そんな遠慮ばっかしてると人生損するぞ?」


お前よりはまともに人生考えてるから良いんだよ。

だが、それは言わない。

こいつは商会の人間になるかもしれないからな。

どちらかと言うと、そちらの方が僕にとっては利が大きい。

魔導具を売るにしても、質屋に入れるのと商会を通すのでは大違いだ。

商会としても、魔導具職人は一人でも多く確保しておきたい所だろう。

現に、この王都ではフリーの魔導具職人など殆どいない。


「ん? ちょっと待てよ? それって引き受けてくれるって事か?」


「ええ、構いませんよ」


今気付いたのか。

勿論、労働に見合うだけの対価があるなら依頼は受ける。

こいつ等ならいざ知らず、僕なら勝算は充分あるからだ。

別にワイバーンに勝てるとは言わないし、そもそもそんな事に意味はない。

ラッセン山のワイバーンは魔鉱石を餌にして人間という獲物を引き寄せて捕らえているのだろう。

奴等に遠方から人間の臭いを感知する程の嗅覚はない。

生還率の低さを考えれば、おそらく移動する魔鉱石の魔力を察知して追ってくるのだろう。

上位の魔物は必ずと言って良い程に魔力察知能力を持っているらしく、こいつもその例外ではない。

つまりは、魔力を漏らさなければいいだけの話だ。

そういう魔法もある。

とは言っても、本来魔力の漏れを抑える為の魔法ではなく、ただの対魔法シールドだ。

魔力を遮断する事で魔法を防ぐ為の魔法で、込められた放出魔力量によって強度が決まる。

だが、幾ら僕の錬度が低くても魔鉱石から漏れ出る魔力程度では破れたりはしない。

規格外の保持魔力量で無理矢理シールドを維持し続けるという力技で充分対応出来る。

後は、ワイバーンの視界に映らなければいい話だ。


「恩に着るぜ。流石は俺の弟分だ」


あんたの弟分になった覚えは無いが、まあ良い。

よくよく考えれば、今回の仕事はそう難しい事でもない。

ワイバーンの目に映る可能性を考えて慎重な対応をしていたが、そもそもこれはチーム戦なのだ。

僕だけが働く必要なんてない。他の2人にもそれ相応の働きをして貰う。

そう、例えばオトリとしてとかな。

なに、彼等にはリスクを分散するために二手に分かれようとでも言っておけば良い。

ここに呼ばないという事は単なる協力関係という所だろう。

それならそういった行動も不自然ではないし、こちらの評判が落ちる事もない筈だ。

僕には見ず知らずの他人まで助ける義理はないよ。

自分の事は自分で何とかして貰う。それが大人という物だ。

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