表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

第五話:化け物の兄貴分





ついにヴァングールを出る日が来た。

馬車乗り場に付くと、王都行きの駅の前には長蛇の列が出来ていた。

旅行鞄を持った家族連れや体中傷だらけの傭兵くずれらしき男達。

流石にどんな大きな馬車でもこれだけの大人数を運ぶ事は不可能だ。

多分複数の馬車が一塊となって王都へと向かうのだろう。

というか、そうでないと困る。

あまりの客の多さに若干の不安を抱えて馬車を待っていると、遠くから見知った顔が近づいてきた。


「お~い、久しぶりだなカズヒト」


「お久しぶりですウォルターさん。後、僕の名前はカズヒコです」


随分意外な人物が見送りに来たものだ。

いや、王都へ行く事は誰にも言って無いのだから、これは偶然だろう。

尤も、あまり喜ばしくない偶然ではあるが。


「どうしたんですか? こんな所に」


「おいおい、ここへの用なんて馬車に乗る以外ないだろうが」


確かにそれもそうだ。

腕が治るまで旅行でもしようという事だろうか。


「いや、な。ちょっくら王都で一旗上げようと思ってデュランダルは抜けてきたのよ」


何も言っていないのに、勝手に自分から語り始めた。

そういえば、そんな名前のチームだったな。

しかし、一旗上げるも何も、確かこいつの腕は折れてた筈だが。


「嘘言ってもしゃあねぇな。実は、あん時のミスで戦力外通告されちまってよ。

 前回、これ以上勝手にしたらクビだって言われてたんだよな。

 いや、でも俺は良かれと思ってやったんだぜ?」


「…そうですか」


何やら勝手に言い訳までし始めた。

こいつは一体何がしたいんだろう。

こちらとしては、そんな身の上話は心底どうでもいいのだが。

てか、前にもやらかしてるのか。少しは成長しろよ。

良かれと思ってて、思ってなかったら最悪だろ。


「いやぁ、こんな所で知り合いに会えるとは思わなかったぜ」


「こちらもです」


こればっかしはこちらも同じだ。

まさか、ここで会うとは思わなかったし、

姿が見えても声をかけてくるとは思わなかった。


「まあ、向こうでも宜しく頼むぜ」


「はい、こちらこそ」


そう返事はした物の、本音としては勘弁願いたい。

荷物持ちの件から考えても、根はそれ程悪くはないんだろうが、

スタンドプレー以前に弱いし。腕折れてるし、何より鬱陶しい。

まあ、チームを組もうと言われたわけではないし、

引越しの挨拶みたいな物だと思っておこう。

そう考えている間に、どうやら結構な時間が経っていたようだ。

街の東門から馬車が続々と入ってくる様子が目に映る。

どうやらウォルターとのくだらないやり取りも良い暇潰しにはなったようだ。

馬車に関しての僕の予想は大当たり。

12台の馬車が縦列に並ぶ様は圧巻の一言。

バスや電車にはない独特の迫力がある。

順番に馬車に乗り込んでいった結果、最後尾の馬車でウォルターと相席する羽目になった。

僕が一体何をしたというんだ。





馬車に揺られる事8時間、やっと王国の直轄領に差し掛かった。

ここまで来ると、王都までも後一息だ。

この旅で得た物といえば、ウォルターの情報という不要過ぎる物だけだ。

ウォルターは田舎町フェンブリックの小麦農家の三男坊としてこの世に生を受ける。

受け継ぐ遺産があるわけでもなし、こんな村に居ると駄目になると村を出たのが15の時。

一か八かという覚悟で上京したはいいが、碌な経験のない彼が成功出来る筈もなく、

その日暮らしで食うにも困る有様だった。

その時街で偶然会った幼馴染のジードに、チームへの加入を打診され即答。そして今に至る。

まとめるとこんな感じだ。

見事に何の役にも立たないし、どうでも良い。

こう聞くと冷たい奴だと思うかもしれないが、

実際8時間延々と話されてみれば、僕の気持ちも分かって貰える筈だ。

一体どうやったら、こんなに長時間自分の事を喋り続けられるのだろうか。


「でな、そん時俺が言ってやったわけよ。おめぇの剣が泣いてるぜ、ってな」


「ほぉ~、格好良いですね~」


「だろ?それでな…」


まだまだ話は続きそうだ。

今になって気付いたが、下手に相槌打っている僕にも問題があるのではないだろうか。

実際は適当に聞き流しているだけだが、傍目には良い聞き役として映っているのかもしれない。

下手に親近感を持たれていると困るのだが、流石にもう手遅れな気がする。

ギルドが一つの街に二軒も三軒も建っている事はない。王都のギルドも当然一軒しかない。

別に禁止されているわけではなく、建てる意味がないので建ててないというだけの話だ。

つまり、狩人として仕事をする限りは、こいつと顔を合わせないという事はまずありえないのである。

今の状況を分析すると、こいつとの仲はかなり縮まっているようだ。

というか、こいつが一方的に近づいて来ている。

顔を合わせば声をかけてくるだろう。

そして、この奇妙な程に中身の無い長話を聞かされる羽目になりそうだ。

何より性質が悪いのが、そこに一切の悪意が無いという事だ。

流石の僕も、好意的に話しかけてくる人間に対して、鬱陶しいからという理由で無視する度胸は無い。

とにかく、今出来る事は一刻も早く馬車が王都に着くように願う事だけだ。





あれから1時間かけ、遂にアリードの王都ニールスリングに辿り着いた。

この1時間は今までの人生で最も長い1時間に違いない。

ここまで我慢した自分を褒めてやりたいくらいだ。

それにしても、流石王都といった所か。

門や石畳はヴァングールのそれに比べて新しい。

キチンと定期的に路面の整備がされているのだろう。

建物もヴァングールは多種多様な物が雑多に立ち並んでいるが、

王都の建物には統一感があり、賑やかでありながら上品さをも感じさせる。

僕としてはこちらの落ち着いた街の方が好みだ。

騒がしいのはあまり好きではない。


「どうしたどうした? 王都のでかさにビビッてんのか?

 いや、分かるぜ? その気持ち。俺も最初に来たときはそりゃあビックリしたもんさ」


当然、騒がしいこいつもあまり好きではない。

ふと思ったのだが、こいつはここまで喋り続けて、喉がかれたりはしないのだろうか。

馬車内でも水の一滴すら飲んで無かったような気がするのだが。

まあ、彼と一緒に居るのもここまでだ。

僕はこれから王都最大の墓地、グリム墓地に行く予定だ。

流石にそこまで着いて来ることはないだろう。


「じゃあ、俺は宿屋に行くとするか。お前も着いてくるか?」


「いえ、僕はちょっと先に用事があるので」


良かった。

食事時くらいは静かにしたいからね。

というか、流石に墓を1つずつ順にまわっていく様子は人に見せられない。

幾らなんでもそれは怪し過ぎるだろう。

ここは断固として拒否せねばならない。


「どこだよ、何なら付き合っても良いぜ?」


こんな所で世話焼きスキルを発動するのは止めて欲しい。

お前はそういキャラじゃなかっただろ。


「お構いなく。ちょっとグリム墓地へお参りにいこうと思っているだけです」


「何だよ、お前ここの出身だったのか。ここに親兄弟の墓でもあんのか?

 水臭ぇな。俺とお前の仲だろ? お前の兄貴分として挨拶くらいしとかねぇとな」


墓穴を掘った!

というか、僕がこいつの話を聞き流している間に、馬車の中で一体何があったんだ。

いつの間にか兄貴分にまでなっているとは流石に予想外だ。

ここまで冷たく返答してるのに何故伝わらない。

とにかく、どうにかして一人にならないと。


「いえいえ、ちょっと魔導学者エアヒムにあやかろうと…」


「何だ、お前学者になりたかったのか? 学者になるには大金が要るんだぞ?

 仮に学者になれてもそれじゃあ食っていけねぇしな。あんなもん所詮は貴族の道楽だぜ」


「まあ、彼も爵位持ちの貴族でしたしね」


勝手に誤解してくれているようだが、この誤解は有り難いので訂正しない。

この魔導学者エアヒムというのは、今ある魔導具全ての基礎を作ったと言われる人物である。

魔導具は今や生活に密着した、必要不可欠な存在であり、

その基礎を築いた彼は、この世界で最も知名度の高い魔法使いなのだ。

別に嘘は吐いてない。

このエアヒムの経験知識を食すのが、今回王都を選んだ最大の目的だ。

勿論、彼を食したからといって、学者となれる訳ではない。

知識や考え方を真似た所で、発想力といった知能面までは真似できないからだ。

とは言っても、魔道具の基礎を完璧に学べるという点は大きい。

魔導具職人ともなれば収入は他の職人達とは桁違いに増える。

狩人に拘りがあるわけでもなし、魔導具職人になれるなら直ぐにでもなるつもりだ。

そうなれは、この男の長話にも付き合わなくて済むしな。


「分かってるなら良いんだよ。俺等みたいな奴が下手に夢なんて見ても空しいだけさ。

 現実的にならないと、現実的にさ」


急に現実主義になるな。

じゃあ、馬車で延々と夢について語っていたのは何だったんだよ。


「そうですね。じゃあ、そろそろ行きますので。また今度」


一々反論してもキリが無いので、さっさと話を切り上げよう。

それにしても、何でこんなに世話を焼きたがるのだろうか。

チームじゃ一番下っ端だったから、兄貴風を吹かせたいとでも思っているのだろうか。

それにしては、僕がチームに参加した時には敵意丸出しだったようだが。


「おう、じゃあまたな」


やっと、別行動が出来る。

もう10時間近く一緒にいるのだ。

しばらくは顔も見たくないな。





ウォルターと別れてから半刻、今僕は念願のグリム墓地にいる。

この世界の墓地は、基本的に手入れが雑で荒れ果てている場合が多いらしいが、

ここは元の世界の墓地以上に手入れがされているらしく、清潔感すら感じられる。

とりあえず、死者は山ほど居るが、まずは目的のご馳走を拝みに行くとしようか。

初めて来た墓地ではあるが、死者の知識に頼らずともエアヒムの墓の場所は直ぐに分かった。

高さは5m程、長さにいたっては20mはありそうな石碑が立っている。

そこには長々と碑文が刻まれているが、そこには別に興味が無い。

問題はこの墓の規模、一人だけ別格と言って良い大きさだ。

このグリム墓地に埋葬される為には、かなり高額な埋葬料を払う必要がある。

つまり、ここに眠る人物は皆それなりの地位と財産を持っている人物だという事だ。

にもかからわらず、一目で分かるその規模の違いは、そのまま彼の功績の大きさを表している。

心臓の鼓動が倍近いスピードで脈打っているのが分かる。

大物を目の前にした時はいつもこうだ。

実際彼を喰らったからといってそこまで得る物はないだろう。

元の世界でいう所のエジソンの知識経験を得るような物だ。

大昔の電球や発電機の作り方を知った所で何の役にも立ちはしない。

僕は僕なのだ。エアヒムやエジソンにはなれないのだ。

それは分かっている。僕の興奮はそれとは別の所にある。

誰もが認める偉人の魂。それを誰もが意識すらしない小物が一方的に喰らい尽くす。

その許されざる行為への薄暗い背徳感。


「いただきます」


汚れた喜びを胸に抱えたまま、エアヒムの残照へと手を伸ばす。

そして、僕は今の幸せをしっかりと噛み締めながら、丁寧に一つずつ情報を取捨選択していった。

最高の気分だ。

ただの石の塊となった石碑を目に収め、僕は彼の墓を後にした。

他にも墓は数え切れない程あるのだ。

何時までも余韻に浸っている暇は無い。

一旦冷静になると、グラム墓地の端へと足を向け、歩き始めた。


「ん?何だこれ」


ズボンのポケットに違和感を感じた僕は、迷わずポケットに手を突っ込んだ。

そこにあったのは、四つ折にされた見るからに質の悪いA4サイズの紙。

余程興奮していたのだろう。

まさか、こんな大きな紙に今の今まで気が付かないとは。

得も言えぬ不気味さを感じながらも、僕はゆっくりとその紙を開いた。





『10時に白馬亭前に集合な。綺麗なねーちゃんが何人もいる俺のお勧めスポットを教えてやるよ』





………最悪だ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ