第四話:人との距離
予定のポイントが見える位置で気配を消すと、
急いで敵に気付かれず狙い打てる狙撃場所を探し始める。
その結果、木の上というスタンダードな位置に潜む事となったが、
所詮相手は魔物なので多分問題はないだろう。
今回の獲物グランドピッグは鈍重な魔物だ。
ただ、でかくて硬くて力強いだけの豚で、遠距離攻撃の出来る魔法使いにとってはただの的でしかない。
とはいっても、僕の魔法ではグランドピッグには大してダメージを与えられない。
本来であれば、仕留める為に多大な時間と労力を要する為、狩らずに無視する所だが、
今日はチームを組んでの狩りに参加しているので話は別だ。
別にチームを組まなければならない理由等は全く無い。
最近はアーマーシープを探して狩りるだけの作業にも飽きていたので、
ちょっとした気分転換にと、丁度誘いをかけてきたチームに参加してみる事にしたのだ。
人の事は言えないが、新人ばかりのチームなのであまり期待はしていない。
最近は多少蓄えに余裕も出て来た事だし、失敗してもそれ程問題は無いだろう。
僕の役目は至極簡単で、ここに獲物が追い込まれるのを待ち、最大威力の魔法を打ち込むという物だ。
遠くの方からグランドピッグの鳴き声が聞こえてくる。
今の所、追い込み班は上手くやっているようだ。
今のうちにイメージを明確にしておこう。
雷の矢を9本、斜め下予定ポイントに最短直線距離で飛ばす。
来たっ!
「リンド コーラル トゥルーフィルド!!」
やや興奮気味に呪文を唱える。
タイミングは完璧、魔法はイメージと寸分違わずグランドピッグに突き刺さった。
流石にグランドピッグの分厚い脂肪を貫き破るまでにはならないが、
深く刺さった雷の矢はその瞬間に電流となって獲物の体内を駆け巡る。
全身に雷の矢を浴びたグランドピッグはまだその場から動けないようだ。
別に死んでいる訳ではない。
そもそも、この魔法は獲物を仕留める為の魔法ではない。
体内に流れた電流によって獲物の筋肉を一時的に硬直させる為の魔法だ。
一時的な硬直ではあるが、止めを刺すには充分な時間だ。
といっても、獲物に引導を渡すのは僕では無い。
グランドピッグの真横の茂みから2人の戦士が大剣を振り上げ獲物に襲い掛かる。
幾ら硬い皮と分厚い脂肪を持つとはいえ、鉄板さながらの巨大な大剣を弾くには強度不足だ。
真上から勢いを付けて叩きつけられた二振りの大剣は、グランドピッグの首と頭に命中し、
そのままあっさりと肉を切り裂き骨を砕いた。
間違いなく即死だ。
獲物が動かなくなるのを確認し、木から下りて彼等の元へ向かう。
グランドピッグの換金部位はその巨大な肉体全て。
こんな醜悪な顔面にも関わらず高級食材だ。
500kg近くある肉の値段は合計約50万ゴルム程になりそうだ。
5人で分けても一人当たりの取り分は相当な額になる。
そんな獲物なら狩り尽くされている筈だと思うだろうが、それはない。
とても一人で持ち帰る事が出来る重さではないからだ。
単独でグランドピッグを狩れるような狩人は、同じ労力でもっと稼ぐ事が出来る。
あくまでも、新人チームが一攫千金を狙うための依頼なのだ。
他のメンバーを待つ間、獲物を仕留めた戦士に混じり解体作業に取り掛かる事にする。
メンバーが揃う時には獲物はもうすっかりそれぞれの取り分に合わせて切り刻まれていた。
チームでの仕事が一段落し、反省会という名の打ち上げ会が始まった。
何が嬉しいのか全く分からない。
これから持って帰る荷物の量を考えれば、とても喜んではいられないと分かる筈だが。
「お疲れ様、今日は助かったよ」
「いえ、僕はあくまで足止めをしただけですから」
「いやぁ、その援護がなければあそこまで簡単にはいかなかったよ」
労いの言葉をかけて来たのはチームリーダーのジード。
馴れ馴れしく肩に手を回して来るのは気に入らないが、
彼もリーダーとして何とかチームをまとめようと必死なだけなので、邪険にはしない。
性格は少し温厚すぎる所があるので、何かと苦労しているのだろう。
当然、リーダーを引き受けるだけあって、この中ではダントツで一番の使い手だ。
最後に止めを刺した二人の大剣使いの内の一人でもある。
顔も良く、狩人には不似合いな気品まであるので、女性にはよくモテているみたいだ。
「私だってあれくらいの事は出来たもん」
会話に割って入ってきたのはレイリアという名の少女だ。
見た目は亜麻色のショートヘアに碧眼の可愛い少女なのだが、中身は中々に嫉妬深い。
不機嫌さの理由は、魔法使いとしての活躍の場を取られた事に対する嫉妬だろう。
恋するリーダーに、僕の方が足止め役に相応しいと判断された事も原因の一つかもしれない。
「まあまあ、今日は新入りさんの力試しも兼ねてるんだからさ。
レイリアだって彼の力を知りたいって言ってたじゃん」
「それはそうだけど…」
チームでの仲裁役は大抵この飄々とした男、ファルタートが請け負っている。
中々に大規模な商会の生まれらしいが、狩人をやっている理由は誰も知らない。
彼が獲物に止めを刺したもう一人の大剣使いである。、
実力の方は僕と同程度だが、彼はこのチームのナンバー2だ。
自慢するわけじゃないが、これでも僕は新人としては破格の実力を持っている。
レベルは5程度だが、借り物とはいえ戦闘技術は何から何まで全て一流だ。
だが、このチームには僕以上の使い手が二人もいる。
レイリアにしても新人としてはかなり強い方だと言えるだろう。
結成して間もないチームではあるが、彼等は既に中堅クラスに迫る実力を持っているのだ。
将来性を見越して彼のチームに入りたがる中堅処までいるらしく、その人気は相当な物である。
まあ、僕には別に成り上がいたいという願望などないので、チームに入るつもりは全く無いのだが。
「チッ、どこぞの馬鹿が調子に乗ってくれたおかげで獲物の質がガタ落ちだぜ」
最後のメンバー、ウォルターが嫌味ったらしく愚痴りだした。
こいつは何故か、戦士であるにも関わらず明らかに痩せこけている。
ハッキリ言うと細長い。というか、弱い。
何故このチームにいるのかというと、どうやらジードの幼馴染らしい。
多分、雷の矢が刺さって焦げた部位について言っているのだろう。
「止めろ、ウォルター。それに付いては事前の取り決めどおりだろう。
より確実な討伐の為だとお前も納得した筈だ」
制止に入ったジードが言うように、僕は与えられた役割を果たしただけなので文句を言われても困る。
おそらく、自分の任務に失敗して片腕を折った事で、新顔の僕に八つ当たりしているだけだろう。
追い込み班でありながら勝手に突っ込んで勝手に怪我をしたのというのだから、呆れるばかりだ。
そもそも、お前は弱いんだから無理するなよ。
この馬鹿のせいで、ただでさえ多い荷物が更に増える。
息抜きの為に参加したチームではあるが、ハッキリいって全然息抜きは出来なかった。
正直に言うと、報酬なんていらないので、宴会も肉も放り出してさっさと街に帰りたい。
アホに絡まれた件はどうでもいいが、この巨大な肉の塊を持って帰る事を考えると憂鬱な気分になる。
人間一人で出来る事は限られているが、一人で出来る事は一人でやれという天からの啓示だろうか。
あの一日から一週間、あの日の教訓を生かし、今までずっと単独活動を続けている。
幸いな事に大剣使いの二人が怪力だった御蔭で、山を往復する最悪の事態は避ける事が出来たが、
100kg近い肉を担いで山を下る行為は拷問に近かった。
ウォルターも、流石に作戦の邪魔をした事に少しは責任を感じていたらしく、荷運びには協力していた。
だが、レイリアの方が女の子に力仕事を云々とごねまくり、結局手ぶらで下りやがった。
当然チームへの加入は断っておいたが、それに一番文句を付けてきたのもレイリアだった。くだばれ。
あれからレベルは1つも上がっていないが、あの森の魔物相手では仕方が無い。
尤もレベルを上げる事には拘ってないので問題はない。
それなりに美味い物を食べながらダラダラと暮らしていければそれでいい。
狩人という仕事を選んだのも、面倒事を極力避けて金を稼ぎたいという理由だ。
やろうと思えば鍛冶や裁縫だって出来るが、そんなチマチマした面倒な作業はやりたくない。
あの森程度なら危険は殆どないし、気分しだいで何時でも引き上げられる。
だが、元の世界に帰る方法を諦めたかというとそういうわけでもない。
魔法使いとしての生活はそれなりに楽しめている。
しかし、当然の話だが、中世レベルの文明しかないこの世界は元の世界に比べて娯楽が少ない。
魔導具という魔法を使って作られた道具もあるで、さほど不便ではないのだが、
ネットが使えない、ゲームも無い、漫画も無いとなると、僕としては少々不満が残る。
それなのに、僕が何かしら人に話を聞いたり書物を調べたりという事をしないのは、
そんな事するより死者を喰らってた方が効率がいい、というだけの単純な話である。
だが、この辺にはもう大した魂は残っていない。
僕が根こそぎ喰らい尽くしたからだ。
先日の件でもそうだが、ここでの知り合いも大分増えてきた。
勧誘される事も絡まれる事も増え、そろそろ煩わしく感じてきた所だ
これを機に、この王国の首都である王都ニールスリングにでも行くとするか。
人が沢山いる所には死者も沢山居るし、能力のある人間もまた然りだ。
そういった人の多い場所なら、おそらく個々人への関心も薄いだろう。
人は人との繋がり無しには生きられないというが、その繋がりが深いものである必要は全くないだろう。
話たり遊んだりするだけの友人ならともかく、僕には背中を預けあう仲間なんて必要ない。
寧ろ、僕はこの危険な世界でそこまで他人を信用出来る方が不思議だと思うね。