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第三話:他人への躊躇等なく





「ギィ!!」


硬い鱗に覆われた羊、アーマーシープが悲鳴を上げながら倒れる。

その隙を見逃さずに、落ち着いてニ撃目三撃目を与えていく。

立つ暇もなく氷の矢に貫かれ続けたアーマーシープは八撃目でとうとう動かなくなった。

ゆっくりと死体に近づくた僕はアーマーシープの角の付け根に氷の矢を打ち込んでいく。

別に死体を嬲る趣味など無い。

この角が薬師に高く売れるらしく、是非とも手に入れておきたいのだ。

だが、当然刃物など持っていないので、仕方なく魔法で切断しようと試みているというわけだ。

幸いな事に、保持魔力量だけは無尽蔵といって良い程にあるので問題はない。

角を木に擦り付け、角に付いた肉をそぎ落とす。

これで、角は3対6本手に入った。

アーマーシープの生息数からいえば、この成果は出来すぎなくらいだ。

これで通行料の問題は何とかなるかもしれない。

やはり、人間社会でしか使えない貨幣を街の外で手に入れる方法等ないわけで、

ここは物々交換という原始の手段を行う事にしたのだ。

勿論、通行税は現金で払うしかないのだが、そもそも料金自体はそう大した額ではないのだ。

3倍以上の価値のあるこの角を渡せば、余程足元を見られでもしない限り、

通行料程度であれば喜んで建て替えてくれるだろう。

それが無理でも、街に入る商人を待って交渉すれば良いだけの話だ。

ここまで倒した魔物の数は8体。

アーマーシープ3体に角の生えた巨大なネズミ、ホーンマウスが5体。

いずれも弱い魔物しか現れないこの森においても最底辺の部類だ。

ハッキリ言って、アーマーシープ以外は余程の大量発生での無い限り、

討伐依頼すら出る事はなく、換金出来るような部位も無いので誰も狩らないそうだ。

それ故に、レベル0時点の僕でも危なげなく狩る事が出来た。

尤も、それは借り物とはいえ一流の戦闘技術を持っているからこそ出来る芸当なのだが。

レベルの2に上がり、微量ではあるがそれぞれの能力値も動きで実感できる程上がっている。

そろそろ切り上げ時だ、街に向かうとしよう。





交渉は思いのほか簡単に進んだ。

というか、交渉にすらならなかった。


「いいのかい? これ、悪いね」


という一言ですんなり街に入る事が出来た。

見慣れない服で怪しまれる事もなく、素通り状態だ。

これでは衛兵を置く意味がないと思うのだが、僕にとっては悪い事ではないので良しとしよう。

ただ、やはりいきなり街に向かわなかった事は正解だった。

話している言葉はこの大陸の共通言語らしく、何の知識もなく近づいていたら、

不審者扱いされた上に、最悪あの衛兵に槍でブスリなんて事にもなりかねない。

ともかく、街に入れた事で不安の大部分は解消した。

後は、ギルドに登録してアーマーシープの角を換金するくらいしかやる事は無い。

余裕も出て来た事だし、街の様子でも眺めて楽しんでみるか。

街の中は外の閑散さにからは想像も出来ないくらい活気に満ち溢れている。

街の入り口から直ぐの場所から延々と露天がひしめき合い、

売り手と買い手の値切り交渉などで非常に賑やかだ。

こういうのを見てると自分も参加してみたくなるな。

墓地では目利きの能力も手に入れた事だし、試してみたいのは山々だが、

やはり、それをするにも換金を行う必要があるのだ。


「確か、狩人ギルドはここだよな?」


赤い屋根をした5階建ての建物、間違いなくここが狩人ギルドだ。

石壁にかかった看板にも何種類かの文字で狩人ギルドと書かれている。

狩人ギルド、それは魔物の討伐や捕獲を生業とする者達の組織。

そのネットワークはこの国に限らず、大陸全土に張り巡らされている。

ギルドの登録証はどの国でも使える身分証明であり、同時に能力証明でもある。

勿論、ギルドは狩人ギルドだけではない。

傭兵ギルドに鍛冶ギルド、服飾ギルドや木工ギルド等、様々な組織がある。

表沙汰にはなってないが、裏には盗賊ギルドという傍迷惑な組織もあるらしい。

扉を開けると直ぐに受付が見える。

右側の受付が依頼の受注や報酬の受け渡しを行う為の受付で、

ギルド登録は左側の受付で行う事になっている。


「すみません、ギルドへの登録を頼みたいのですが」


受付の女性に声を掛ける。

流石、ギルドの顔である受付嬢、かなりの美人だ。

北欧系の顔立ちにブロンドの長髪を後ろでシンプルに束ねている。


「はい、ではこちらの申込用紙に必要事項をご記入の上、こちらに提出してください」


渡された申込用紙を持って記入用に用意された机に座る。

だが、書ける事はあまり多くなく、結果住所は未定で経歴は詐称というとんでもない代物になった。

家名は貴族の特権らしく、特に苗字に対する拘りも無いので登録名はカズヒコで済ます。


「これでお願いします」


「はい、かしこまりました。では、登録証の発行を行いますので少々お待ちください」


事前の情報通り、登録の際に一々細かい事までチェックする事はないようだ。

ここで貰える登録証には、依頼の達成の際に依頼の難易度によって適宜加算されるポイントの合計に、

今まで達成した中で最大難易度の依頼の情報とその際に加算されたポイントが記載されている。

そして、そのポイント合計と最高難易度が一定以上の基準に達すると登録証のランクが上がる。

ランクは紙、鉄、銀、金の3種類。

世間では金属板の登録証を貰えるようになれば一人前とみなされる。

銀板にまでなると、向こうから名指しでの依頼が来る程だ。


「はい、登録が完了いたしました。こちらが登録証になります」


「あっ、有難う御座います」


紙で出来た登録証を受け取る。

とりあえずは、これで身分証明は問題なく出来る。

次は角の換金だ。幾つかの依頼の中から一番報酬が高い物を選ぶ。

本数問わず、一本1000ゴルム。

大体、1ゴルムは日本円に直せば3円程度。

衛兵に渡した分を除けば合計5000ゴルム。

節約して過ごせば一週間は暮らせる額だ。


「この依頼をお願いします」


依頼と角をセットで受付に並べる。


「はい、では依頼の確認をさせて頂きます。アーマーシープの角、制限無し。

 角の個数は、ええっと…5本、奇数ですか?」


「ええ、お願いします」


衛兵に支払う通行料は現金での支払いが原則である以上、真実をいう事は憚られる。

だが、ここで嘘を付く事も得策ではない。

薬の材料といったある程度流通が限られてる品である以上、バレる可能性は十二分にある。

そうなった際に、ギルド側から不審がられるのは極力避けたい。

確かに、一体に二本ある筈の角が奇数個しかないのは妙な話だろうが、別にありえない話ではない。

角は薬の材料になるだけあって、結構脆く、

誤って攻撃を当ててしまうと簡単に砕けちってしまうのだ。

向こうで勝手に勘違いするのは向こうの責任なので、問題はないだろう。

さて、新しく用事も出来たことだし今日はもうギルドに用はない。

受付嬢から報酬と更新済みの登録証を受け取り、若干急ぎながらギルドを後にした。





ギルドを出た後は、一直線に路地裏に向かう。

勿論、それは新しい用事の為だ。


「ちょっと、いいですか~?」


小太りの中年コンビがニヤニヤと笑みを浮かべながら近づいてくる。

ギルドに入る前からこそこそと後を付けて来ていた奴等だ。

そう、こいつらを処分する事がその用事だ。

向こうはこちらを殺そうとしている。借り物の感覚がそう告げている。

当然恐怖はあるが、宿屋にまで付いて来られるよりはマシだ。

寝込みを襲われたら一巻の終わりだからだ。

この世界に元の世界と同じだけのモラルを要求するだけ酷というものだろう。

元の世界にもこういうチンピラは何人も居たが、殺し合いとまでなると、流石に初めてだ。

だからこそ幸いだとも思う。

この世界で暮らすという事はいずれ殺し合いも経験するだろう。

自分が人殺しくらいでくよくよと悔やむような性格をしているとは思っていないが、

理論と実践は往々にして食い違いをみせる物だ。

初戦の相手がチンピラだという事は寧ろ好都合だと思うべきだろう。


「おじさん見てたよ~。君今お金沢山持ってるよね~。

 ちょっとおじさん達に恵んでくれないかな~?」


腰のナイフを抜き、こちらの顔の前でチラつかせてくる。

きっと、こちらに人を殺せないだろうとでも思っているのだろう。

人を殺せる自分は特別なんだと思っている類の人間だ。

良かった、本当に良かった。隙だらけだ。


「イッ!!てめぇ!!!!」


ナイフを持った右手の手首を掴むと、強引に体を寄せて肩を極めた。

同時に手首を捻り上げてナイフを奪い取る。


「止めっ…」


そして、一瞬の躊躇もなくそのナイフをクビに突き立てた。

返り血が飛ばないように注意したのだが、手首の辺りが血で真っ赤に染まっている。

もう一人の相手は驚愕に顔を歪ませ硬直している。

何を驚いているのかは分かるが、そこまで驚く事ではないだろう。

相手を殺そうとすれば相手に殺される事も当然ある。

碌な勝算も無いのに戦う方が悪いのだ。

可哀相ではあるが、もう一人の方にも死んで貰う必要がある。

下手に逃げして報復されてもやっかいだし、そこまで余裕があるわけでも無い。

硬直状態から回復したのかショートソードを抜いてこちらに向ける。

が、遅い。

奪ったナイフで手首を切りつけ、そのままクビを掻き切った。

クビから大量の血が吹き出る。

正面から切ったせいで結構な量の血を浴びてしまった。


「もう、この上着は使えないな」


上着を地面に投げ捨て、炎の矢の魔法を数発当てて燃やし尽くす。

死体には必要ないだろうと、二人の上着から財布を抜き取った。

ナイフとショートソードを装備し、周りを警戒しながらゆっくりと路地裏から通りに出た。


「こんな物か」


小声で呟く。

どうという事は無い、魔物を狩るのと同じ事だ。

声にならない悲鳴を聞いても、恐怖に歪んだ顔を見ても、何とも思わなかった。

心のそこから思っていたのだろう。

チンピラ如きがどうなろうと構わないと。

罪悪感を感じることもなければ気分が高揚する事もない。

ただ、一仕事終えた事への微かな達成感があるだけだ。

僕は人を過大評価しないし、過小評価もしない。

人は人を殺せるし、同時に慈しむ事も出来る。

僕のやった事はとても褒められる事ではないだろう。

しかし、特別狂った行動を取っているわけでも無い。


グギュ~グルググゥ…


唐突に腹の音が鳴り出した。

慌てて周りを見回すが、誰も気にしていない様で安堵する。

確かに、あいつ等の末路なんてどうでもいい事だ。

別に深く考える必要などありはしない。

少なくとも僕の体は今日の夕食の方が大事だと主張している。

すっかり日も暮れたようだし、さっさと飯でも食って宿屋を探そうか。

さて、異世界最初の食事は何にしようか。

魔物の肉を使った料理なんていいかもしれないな。

今は美味しい物を食べてぐっすり眠れればそれで良い。

きっと明日も僕にとって良い一日になるだろう。

4/19 第三話投稿

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