第十一話:交わらぬ道
朝一番、部屋から出て宿の一階へと降りる。
そこで宿の主人に挨拶し、一人静かに朝食をとる。
それが、僕の決まりきった一日の始まりなのだが、
今日はそんないつもの風景に僅かな異物混じっている。
「おはよう、カズヒコ」
「おお、起きてきたか。体はもう大丈夫か?」
笑顔で挨拶をしてくるジードとファルタート。
レイリアが居ないのは有り難い、まだ起きてないのだろうか。
「お早う御座います。体調は大分マシになりました」
まあ、元々少し疲労が溜まっていただけなのだが。
それにしても、昨日は気づかなかったが、
彼等と組んだ時に比べて装備が随分立派になっている。
僕やウォルターが魔鉱石の採掘で稼いだ額でも、ギリギリ買えるかどうかといった高品質の代物だ。
確かに、素質があり向上心にも溢れている彼等だが、たった一月で稼げる金額なんて高が知れている。
一体どうやって手に入れたのだろうか。
「それにしても、随分良い装備ですね」
「ああ、分かるか?こいつが安く値切ってくれてな」
そう言いながら、ジードはファルタートの肩を軽く叩いた。
間違いなく嘘だ。
このレベルの防具はウォルター達が任されているような寂れた武器屋には無い。
それなりに格式のある店でないと手に入れる事すら難しいだろう。
そういった、客を選ぶような店で値切り交渉など考えられない。
確かファルタートはどこかの商会のボンボンだったと聞いた記憶がある。
どうせ偽名だろうし、調べようは無いだろうが、その筋で手に入れた品だろう。
「へぇ~、買い物上手なんですね」
「俺は値切りの天才だからな。安く買いたきゃ俺に頼めよ」
相変わらず飄々とした物言いだが、こいつにもまた色々ありそうだ。
どっちにしろ、彼から自腹を切って装備をプレゼントして貰う事は無いだろう。
第一、彼にはそんな事をする理由が無い。
それに、商人の子というからには値切りも上手いのだろうが、それくらいで借りを作る気は無い。
値切りならウォルターだってそれなりに上手いので、物を安く買いたいならあいつに頼めば済む話だ。
尤も、あいつの場合は交渉術というよりは、貧乏人の知恵に近いのだが。
「そんなの何の自慢にもならないわよ」
面倒な奴が来た。
直接レイリアと話した事は殆ど無かったのだが、
彼女がその可憐な見た目に反して意外と執念深い性格だという事は良く分かった。
ちょっと活躍の場を奪われたくらいで、未だに不満げな視線を送ってくる。
「ちょっと、私に挨拶は無いの?」
「はぁ、お早う御座います」
挨拶して欲しいならそっちからすればいいのに。
こういった所が面倒なのだ。
「装備が良いのは私達の腕が良いからよ。私は自分に相応しい装備を付けてるだけなの。
まあ、あんたにはそれが似合ってるわ」
「…そうですか」
お前の装備はそれ程でもないがな。
まあ、そういう意味では実力相応ってのは確かだろうね。
とすれば、新入りらしき奴の実力はあまり期待できないな。
ウォルターにしてもそうだが、何でそんな足手まといを入れるのだろうか。
ジードの性格からすれば捨石とかそういうのは嫌いだろうしな。
後、僕が今着てる服はただの部屋着だ。
こんな布切れだけで狩りになんか行くわけ無いだろ。
「そういえば、ウォルターと二人で仲良くここに逃げて来たんだって?
あの馬鹿がうちのチームから抜けてくれて本当に良かったわ」
「おい、レイリア」
「あんた達みたいな向上心のない奴にいられると迷惑なの。
今度あいつに会ったらそう伝えといてくれる?」
「いい加減にしろ!!」
ジードが怒声を上げて叱責する。
チームには甘い性格だと思っていたので、少々ビックリした。
ジードに想いを寄せるレイリアにとってもそれは同じらしい。
完全に涙目になっている。
まあ、流石に幼馴染に悪口は聞き逃せないという事だろう。
「悪いね。でも、別にあいつも悪気があって言ってるわけじゃないからさ」
「いえ、気にしてませんよ」
ファルタートが手馴れた様子で仲裁に入る。
だが、本当に僕はどうとも思っていない。
向上心なんて更々無いし、欲しいとも思わない。
そもそも、この能力さえあれば努力なんてする必要なんて殆どないのだ。
そう、何とも思っていない。
所詮、努力なんて物は持たざる者の泣き言に過ぎない。
おそらく、あの時よりも互いの実力差は開いているだろう。
レイリア程度の才能では僕の能力には追いつけない。
大事なのは結果なんだよ。
ウォルターの事はそれ以上にどうでもいい。
あいつが馬鹿なのは疑いようの無い事実だからな。
あの後、本格的に泣き出したレイリアを置いて、今僕は一階で食事中だ。
二人は揃って彼女を宥めているらしいが、僕には全く関係が無いので無視して来た。
そもそも、彼女だって原因の一つである僕に宥められてもいい気はしないだろう。
だが、これで静かに落ち着いて食事を取れるかといえば、そうでもない。
名も知らぬチーム最後の一人が横で朝食を食べていて、僕としては少々居心地が悪い。
友人の友人と相席した時の様な気まずさだ。
おそらく向こうも同じような気持ちだろう。
面倒事が嫌いな僕としては、わざわざ食事をしに外へ出かけるのは避けたいのだが、
こんな日が続くようなら、それも考えないといけない。
「おいおい、お前ら何で先に二人で飯食ってるんだよ」
「だって、皆さん遅いんですもん。腹減り過ぎて我慢出来なかったんすよ」
ファルタートが一人で階段を降りてくる。
おそらく、レイリアの事はジードに任せたのだろう。
それと、僕はお前等と一緒に飯を食う約束をした覚えは無い。
さっきはさっきで気まずい思いをしたが、それ以上に気まずい雰囲気になる事は間違いない。
「ちょっと用事がありまして」
勿論嘘だ。
思えば、昨日からから言い訳ばかりしてるような気がする、
「それでは失礼します」
「おいおい、そんな急ぐ事ないだろ?」
空になった食器を主人に渡し出て行こうとするが、
そこにファルタートからの待ったがかかる。
まあ、確かに用事は無い。
だが、別に彼等とは世間話をする様な間柄でもない。
「ウォルターから聞いてるかもしれないけど、
フェルマー商会の依頼で一番に反対したのはレイリアなんだよ。
ウォルターがウチから出て行った後も、あいつになんか絶対無理だ~って言っててさ」
「まあ、そうでしょうね」
僕もワイバーンへの対応策が見つからなければ行こうとは思わなかった。
結局は使わずに無事帰ってこれたわけだが。
いや、ウォルターは満身創痍だったな。
「で、お前らが依頼達成しちゃったもんだから。ほら、な?」
その後もファルタートの話は延々と続く。
どうやら、レイリアの敵意の原因は、また例によってあの嫉妬癖らしい。
ウォルターの実力は充分分かっているメンバーは、依頼達成のキーが僕にあると踏んだそうだ。
実際は運が良かっただけなのだが、そんな事が彼等に分かる筈も無い。
僕への賞賛。きっとそれは彼等にとって何気ない世間話のネタだったのだろう。
だが、彼女にはそう映らなかったという事だ。
自分が無理だと思った依頼を成し遂げた。それも自分と同じ魔法使いがだ。
それも、きっと許せないのだろう。
まあ、言ってしまえば結局は唯の八つ当たりである。
全くフォローになっていない。
そもそも、別にジードとファルタートの二人なら真正面から戦ってもギリギリなんとかなる筈だ。
ただ、ウォルターは勿論として、レイリアもワイバーン相手だとハッキリ言って足手まといに過ぎない。
あくまでも、足手まといが二人も居るから「無理」だというだけの話なのだ。
彼女の言う「無理」とはまた意味合いが違う。
その点、僕はあいつが死んでも「あ~あ」で済ますからな。
「とまあ、こういう訳だ。おっ、来た来た」
ファルタートの視線を辿ると、ゆっくり階段を降りてくる二人の姿が見えた。
なるほど、長々と喋っていたのはこの為か。
「ほら、レイリア」
ジードが優しい声で促す。
何をさせたいのか丸分かりだ。
そういう誰の得にもならない気遣いは本当に止めて欲しい。
「さ…さっきは御免なさい」
「いえ、気にしてませんよ」
二階でファルタートに言った言葉をもう一度繰り返す。
こんな不満そうな謝罪を聞いたのは生まれて初めてだ。
何で僕が気を使わなければならないのだろう。
それにしても、何やら外が騒がしいな。
悲鳴か聞こえる。、どうせ殺人事件でも起こったのだろう。
僕の横をジードが走り抜け、宿の外へと飛び出した。
野次馬根性じゃあなさそうだ。
遅れてレイリアとファルタートもジードに続く。
新入りは普通に食べてる。こいつ、食べるの遅いな。
だが、本来ならこの新入りの反応が一番正しい。
この世界では人殺しなんてそんなに珍しいものでもない。
流石にこんな大通りでの殺人なんて事は滅多に無いが、
それでも月に一度や二度は起こる事件だ。
顔色を変えて飛び出すような事ではない。
それに、悲鳴が起こるという事はもう事件は半ば終わってる筈だ。
全く、世間知らずな奴等だな。
新入りをおいて三人の後を追いかける。
まあ、勿論僕は野次馬感覚での見物目的ですけどね。
人垣の隙間からチンピラ八人の死体が見える。
そりゃあ、騒がしくもなるわけだ。
ジードはと言うと、その内の一人を取り押さえているようだ。お見事。
人垣からは「いいぞ兄ちゃん」なんて声が聞こえてくる。
だが、所詮はチンピラ同士の揉め事に過ぎないのだから、褒賞等は全く無いだろう。
やれやれ、正義感溢れる若者は大変だね。
一歩引いた位置から様子を眺めていると、見知った顔と目が合う。
「カズヒコさんも見物ですか?」
サレフか、仕事はどうした。
まあ、どうせ仕事は大人に任せて子どもは外で遊んで来いだの何だの言われたのだろう。
今日は白いブラウスにチェックのスカートか。
まだ10代前半だろうに、相変わらずの堂に入った変態ぶりだ。
さっきの台詞を聞いてレイリアが睨んでくるが、
ここに居るのはお前等以外全員面白半分で見に来た野次馬連中だ。
「さあ、どうだろうね。そういうサレフはこんな時間にこんな所に居て大丈夫なのか?」
話を摩り替える。
なるべく騒動の種は作りたくない。
賢いこの子の事だ、それくらいの意図は汲み取ってくれるだろう。
「ええ、お店は順調なので大丈夫です」
「はい?」
流石にそれは無いだろう。
あの状態からたった一日で店を繁盛させる方法なんて存在しない筈だ。
「ああ、勿論武器が売れる原因は別にありますよ」
「戦争でも始まるのか?」
幾らここが大陸最大の国だといっても、敵対してる国はいくつもある。
例えば、西方のナウラ砂漠一帯を統べる大国シュナードや天然の要害に守られた北方の国サジなど。
王国の権勢が衰えれば、その牙をむき出しにして襲い掛かってくるだろう。
僕の能力では、国内外の情勢といったタイムリーな知識を得る事は中々難しい。
知らない内に活動拠点が戦争状態になっていた、なんて考えたくも無い。
「まさか、違いますよ。何かガラの悪い人達が色んな武器屋で武器を買い漁ってるみたいです。
まあ、理由は私にも分かりませんけどね」
流石にそれだけだと何も分からないな。
だが、武器という物は相手を傷つける為に持つ物だ。
物騒な事に変わりは無い。
知っておきたいが、知る為の手段が無い。
ガラの悪い奴等を片っ端から殺して回る訳にもいかないしな。
「ほら、あの人達も今日店に買いに来たんですよ。それがちょっと気になってたんですよ」
成る程、それは有り難い。
こんなベストタイミングで死んでくれるとは、僕も中々に運が良い。
どうせ衛兵が来れば、野次馬の数も減っていくだろう。
夕食後にでも食べにくるかな。
その時には衛兵も居なくなってる筈だからな。
全く、僕が来て一月程度しか経っていないのに、心が休まる暇が無いよ。
ちょっと更新速度が落ちると思います。