第十話:望む再会、望まざる再会
サレフに腕を引かれやってきたのは、寂れた一軒の武器屋。
薄暗い店内に客の姿は見えない。
だが、それも仕方が無いだろう。
王都には武器屋なんて雑貨屋と同じくらい乱立しているのだ。
王都で一旗上げようと田舎から上京してくる人間は幾らでもいるが、
まともな職につける者など極一部。
大部分の者が毎日命をベットしてその日の糧を得ているのだ。
狩人もその一部だ。望んでこの世界に入ってくる人間なんて殆ど居ない。
運良く職人の下に弟子入り出来たとしても、この世界の弟子というのは後継者でも教え子でも無い。
職人にとって、所詮は弟子などただの雑用に過ぎず、
弟子側は師匠の技を盗もうとするが、当然師匠側はそれを阻止しようとする。
技術一つ身に付けるにしても生半可なことではないのだ。
勿論、技術を身につけたとしても、資金や流通等、課題は幾らでもある。
この王都の安全は分不相応な夢を抱いた落伍者の犠牲によって成り立っているのだ。
「遅いぞ、カズヒコ!」
店の奥から聞き覚えのある声が聞こえる。
が、そもそもお前と待ち合わせをした覚えは無い。
声に反してウォルターは笑顔で駆け寄ってくる。
何だこの反応は、気味が悪い。
何か嫌な仕事を任されそうな予感がする。
「店長、私もいるんですよぉ」
「おう、サンキューな。奥で菓子でも食ってて良いぞ」
不貞腐れた様子で抗議するサレフからは、先程よりも更に子供っぽい印象を感じさせる。
どうやら、ウォルターは子供にも好かれる性格をしているようだ。
だが、武器屋の店長とやらに秘書なんていらないと思うのだが。
ましてや、こんな客一人いない店なら尚更だ。
まあ、お偉いさんの子供という事で色々あるのだろう。
僕さえ巻き込まないなら問題はない。
よって、この現状には大いに問題がある。
「子供扱いしないでください!」
「ガキほどそういう事を言うんだよ」
わざわざ人を呼び出しておいて、こいつ等は一体何をやってるんだ。
まあ、確かに僕も、頬を膨らませながら子供扱いするなは無いと思うが。
それにしても、店を見回してみて分かったが、客がいないのも納得だ。
フェルマー商会の品なのだから質自体はいいのだろうが、とにかく値段が高い。
質の良さを考慮しても相場の倍近い値段だ。
「カズヒコさんはどう思います?」
「お前は俺の味方だよな?」
こっちに話を振るな。
どう思うも何も、話自体全く聞いていなかったしな。
「さあ、どうでしょう」
適当に話を流す。
どっちにしろ、僕には関係ない話題である事に変わりはないのだから。
というか、早く用件を言ってくれ。
今日は帰ってグッスリ眠りたいんだよ。
「もう、ちゃんと話を聞いてるんですか?」
「ったく。しょうがねぇ奴だな」
何で僕が悪い事になってるんだろうか。
だが、これはチャンスだ。
話が途切れた今の内に用件を聞き出そう。
「そういえば、今日は一体何の用なんですか?」
さも今考えたかのように聞く。
武器屋の依頼内容なんて想像も出来ない。
そもそも、僕もナイフやショートソードを使う事はあるが、
それ等は全てそこ等のゴロツキから失敬した物なので、武器屋自体には全く縁がない。
当然興味もない。
「何だよ。用がなきゃ呼んじゃいけねぇってのか?」
当然だ。
まさか、用も無いのに呼びやがったのか。
自慢したかったのか、それとも祝って欲しかったのかは分からないが、
呼ばれる側としてはいい迷惑だ。
もう、体調が悪いとか何とか言って帰ってしまおうかな。
「おいおい、黙り込むなよ。ただの冗談だっての。
いや、今日はちょっとお前に相談したい事があってよ」
「相談ですか」
武器屋の悩みなんて相談されても困るのだが。
「いや、入って直ぐに店一軒まかされたのは嬉いんだけどよ。
見ての通り、全然客が来ねぇんだわ。…どうしたら良いんだ?これ」
知るか。
何でそれを僕に相談するのか、さっぱり分からない。
「さあ、値段が高過ぎるんじゃないですか?」
それが全てだよな。
幾ら質が良いといっても、別に最高の品質だというわけではない。
この値段を出せばもっと良い剣が買えるのだから、ここで買う必要なんて全く無い。
「いや、でもよ。客が来ねぇんだから、一本あたりの値段を上げねぇと儲けが出ねぇだろ?」
「で、値段を上げたらもっと客が減ったと」
「まあな…」
救いようがない。
秘書さんは忠告してくれなかったのかよ。
あぁ、菓子食ってるわ…この店潰れるな。
「で、結局どうすれば良いんだよ」
値段を下げろと言った筈だが。
何も聞いちゃいないようだ。
仕方が無い、最終手段に出るとするか。
「いいですか? そもそも商売というのは~」
答えに困った時の薀蓄攻めだ。
経営カテゴリーを中心として、データベース中の知識を総動員して早口で捲くし立てる。
こいつに理解出来るはずも無いだろうが、正直僕も完全には理解していない。
というか、理解していても使えない。
とは言っても、相手を煙に巻こうとしてるだけなので、別に正しい知識である必要は無い。
要するに、尤もらしい事を適当に言っておいても問題はないという事である。
何よりも大事なのは、相手に考える時間を与えない事だ。
「~という事です。あの、ちょっと体調が優れないようなので、今日はもう帰っていいですか?」
「あ…ああ」
許可も出た事だし、こいつの脳が回復するまでに帰らないとな。
これ以上、何のメリットない会話を続けるつもりはない。
ウォルターが店を繁盛させようが潰そうが僕には関係ない。
下手に対応策を授けて必要も無い責任を背負わされる事は避けたい。
確かにこいつには荷が重いかもしれないが、武器は簡単に壊れはしないし、
放っておいても腐ったりはしない。
いきなり店を任せる事には驚いたが、それが一種の試験とも考えれば辻褄はあう。
こいつ相手にわざわざ試験をする必要があるのかどうかはまた別の話だがな。
店の入り口を潜り通りに出ると、外はもう真っ暗だった。
来た時はまだ夕暮れ時だった筈だが、随分と長話をしてしまったようだ。
認めたくは無いが、若干盗賊ギルドとのゴタゴタで沈んだ気持ちも、今は大分落ち着いている。
得る物が殆ど無いからこそ、こういった利害抜きの貴重な関係が築けているのかもしれない。
ここは、彼の無能に感謝って所かな。
「今日は有難う御座いました」
僕に続いてサレフが店から出てくる。
何がおかしいのか、悪戯っ子のような笑みを浮かべている。
「私が何言っても聞いてくれないのに。ちょっと嫉妬しちゃいます」
もしかすると、そっちの趣味の子なのかな。
他人の性癖に対しては結構寛容な方だが、僕にそういう特殊な性癖はないので嫉妬されても困る。
尤も、寛容で居られるのは、一見可愛い女の子にしか見えない彼の容姿の御蔭かもしれないが。
これが、筋肉質な中年男性なら、流石にちょっとは引くだろうな。
ともかく、おそらくこの子は頻繁に注意してるのだが、
ウォルターが子ども扱いして取り合わないという事だろう。
ひょっとすると、彼がウォルターのお目付け役なのかもしれない。
まあ、だとしても役目は果たせてないのだが。
「ウォルターさん、お酒を飲むとよくカズヒコは自慢の弟分だって言うんですよ?」
「それは有り難いですね」
正直言って、それ程有り難くはない。
彼と知り合ってまだ一ヶ月も経ってない筈だが、余程碌でも無い奴しか周りにいないのだろうか。
まあ、魔鉱石採掘の時に組んだ二人組みもアレだったしな。
「私も早く気に入られるように頑張ります」
その部分だけ聞くと、誠実な台詞の筈なのだが、
気に入られるの意味が分かってるせいか、かなり微妙な気分になった。
「ええ、頑張ってください。それでは」
このままホモの惚気話に付き合っていても仕方が無い。
軽く会釈をして去ろうとしたが、上着の裾を引っ張られ阻止される。
当然それが出来る者等一人しか居ない。
「どうしました?」
内心のイラつきを感じさせないよう優しく問いかける。
用件があるなら先に言って欲しい。
「カズヒコさんって凄く商売に詳しいんですね。勉強になりました」
成る程、確かに疑問に思うのも当然だろう。
とは言っても、知ってる事と使える事は別問題だ。
能力を使って、それっぽい知識を溜め込んではいるが、実際問題とても使いこなせはし無い。
経済は生き物だ、とはよく言った物で、結局の所はケースバイケースで臨機応変な対応が求められる。
僕が取得した知識経験の中には、こういったコレクター感覚で集めた物もかなり多い。
それにしても、本当にあの話を理解出来たのだとすれば、それは驚異的なまでの才能だと言える。
僕なんて、ありとあらゆる知識や経験を喰らって尚完全には理解出来ないというのに、
まさかお菓子を食べながら口語で一発理解とはね。
何故ウォルターの介護なんかを任じられたのか分からない。
ウォルター要らないだろ。
「それは秘密ですよ」
成人男子の台詞としては若干気持ち悪いが、これで良い。
下手に誤魔化してボロを出すよりも、一貫して秘密主義を貫く方が僕には向いている。
僕は本来交渉事や騙し合いなど得意ではないのだ。
ましてや、この子のような天才相手なら尚更だ。
「えぇ~。それはズルイですよ」
相変わらず、見た目同様子供らしい言い方だが、
もしかすると、それは周りを油断させる為の演技かもしれない。
そう考えると、自然とサレフが子供の姿をした化け物のようにも見えてくる。
まあ、所詮は僕の妄想に過ぎないわけだが。
僕の観察眼が当てにならない事など、先日の事でよく分かった筈だ。
無駄な考察は止めにしよう。
「秘密は秘密ですよ」
如何なる天才でも無から答えを出す事は出来ない。
特に、僕にはこの世界での経歴なんて殆ど存在しないからね。
勝てない勝負はしないに限る。
これが大人って物だ…なんてね。
理由は分からないが、気分が高揚しているのが分かる。
不安要素は多々ある筈だが、不思議と宿へと向かう足取りは軽い。
白馬亭。この街に来た日、ウォルターと待ち合わせた場所だ。
今も僕はここに泊まっている。
何気に値段も手ごろでサービスも中々良い。何より食事が上手い。
白馬亭一階にはロビー兼バーがあり、酒こそ飲まないが、毎日三食大体ここで食べている。
ウォルターにとってはちょっと高めの宿らしく、一人でゆっくり休めるのも有り難い。
今日は部屋に直行してぐっすりと眠ろう。
「おや、もしかしてカズヒコかい?」
この無駄に爽やかな声には聞き覚えがある。
というか、意図的に考えないようにしていたのだが、何故かここにジードたちが居る。
メンバーが一人増えているようだが、間違いなく彼のチームだ。
確かチーム名はデュランダルとかいったかな。
まあ、精力的に活動している彼等の事だ。
ウォルターと違って、正しい意味で一旗上げに来たのだろう。
「ああ、本当だ。こっちに来なよ」
ファルタートが誘ってくる。
善意でやってるんだろうが、今日に限ってはありがた迷惑だ。
僕はもう寝たいので、放っておいて欲しい。
レイリアが鬱陶し気に睨んでくるが、関わりたくないのはこちらも同じだ。
「いえ、少し体調が思わしくないので…」
「そうか、俺達もここに泊まってるから、何かあったら言ってくれよ」
キラキラと笑顔を輝かせながら言われても困るのだが。
そうか、ここに泊まるのか。
まあ、彼等との繋がりを保っておくのも大事な仕事だ。
ウォルターと違って、メリットはかなり大きい。
ただ、今日は色々と働き過ぎた。
楽をする為に苦労していたのでは本末転倒も甚だしい。
さて、急に賑やかになった僕の周り。きっと明日も大忙しだろうな。
このペースはちょっと厳しいと気づいた今日この頃