第一話:僕という化け物
死人の記憶の残照を見つけ喰らう異能の力、
喰らった知識や経験を瞬時に己の物とする反則級の能力を持つ男、佐藤一彦。
人の努力を嘲笑うかの如き才能を持った彼が異世界でどう過ごすのか。
笑い未定、涙は多分無し、感動も多分無し。
決して善人とはいえない、小者で自堕落な主人公の一風変わった物語。
第一話:僕という化け物
化け物、怪物、モンスター。
呼び方は様々だが、人はその言葉を聞いて一体何を想像するだろうか?
おそらく、大概の人は漫画やゲームなどに出てくる不気味な風貌の生き物達を想像するだろう。
だが、もしこの世界に彼等が居たとしても、物の数日で駆除されてしまうのではないだろうか?
己の住む世界をも破壊しかねない程に人類が進化したこの世界において、
個人の脅威となる生き物はいても、人類の脅威となる生き物など存在し得ないのだ。
そう、それが例え岩を砕き地を裂く異形の化け物であってもだ。
人間の敵は所詮人間。
最も多くの人間を一番殺してきた生き物は、やはり同じ人間なのだ。
なら、人の姿をした化け物ならどうだろうか?
時に飛び抜けた能力を持つ人物も化け物と呼ばれる事がある。
尤も、その場合は大抵賞賛の意味もこめられて居るのだが。
だが、この世界にはそれとはまた別の化け物がいるのだ。
見た目も中身も人そのもの、どれだけ調べたところで判別不能。
それで居ながら不気味でこの上なくおぞましい特性を持っている。
"魂喰らい"
魂とはいっても、そこに意思や人格があるわけではない。
人の死後、その周辺に漂う残り滓を便宜上魂と呼んでいるに過ぎない。
そこから死人の記憶の残照を見つけ喰らう、異能の力を持つ化け物。
そして、他人の知識や経験を瞬時に己の物とする反則級の能力。
それが魂喰らいという人型をした化け物だ。
もし、そんな化け物が近くにいるとしたらどうだろう。
もしかしたら、会った事も無い自分の事を君以上に知っているかもしれない。
好きな物、嫌いな物、知られたくない過去も何もかも。
死んだ家族が喰われたりしたら、知られてしまうだろうねぇ。
そういう可能性も決して無いとは言えないだろう。
とはいっても、それを確認する術は無いんだが。
ただ、僕ならそれはとても恐ろしい事だと思うな。
まあ、僕以外にそんな化け物が居るとは思えないけどね。
「佐藤さん、佐藤一彦さん」
看護婦に名前を呼ばれて、僕の意識は急に現実へと引き戻された。
どうやら、少し自分の世界に入り込んでしまっていたようだ。
看護婦に返事をすると、急ぎ気味に医者の下へ歩いて行った。
中々返事をしなかった自分のせいだとはいえ、流石に睨まれ続けるのは居心地が悪い。
軽く会釈をして診察室に入ると、医者の席の横に据えられた椅子に無言で腰を下ろす。
「今日はどうしました?」
「熱は無いんですが、朝から少し頭痛が…」
医者の問診が始まった。
症状や発症時期の確認から始まり、視診、聴診、触診と続く。
勿論頭痛なんて無いし、身体も至って快調だ。
調べた所で異常個所なんてどこにも無いだろう。
今日僕が病院に来た理由、それは食事の為である。
ここは定期的に魂が補充される最高の餌場なのだ。
墓地や病院など、人が近づきたがらない場所程、狩場としては好ましい。
多くの人はこの行為を不謹慎だと思うだろう。
事実、人の死を期待するなんて不謹慎極まりない行為だし、
それ以前に人の記憶を覗き見る行い自体が人として恥ずべき事だ。
だが、今となってはもう罪悪感を感じる事も無い。
僕は能力こそ非凡であるものの、内面は凡人そのもの。
それ故に逆らえない。
どんな天才であろうとも避ける事の出来ない努力という壁。
それを易々と、それも一瞬で越えてしまうだけの力。
この魅力に逆らい、力を封印して生きていける奴がどれだけいるだろうか。
少なくとも僕には不可能だった。
麻薬と同じだ。
この魅力はいずれ僕を殺す。
いや、もう人としては死んでいるのかもしれない。
それでも、この能力を手放す事などとても考えられない。
人は人を殺せる生き物だ。
精々小者らしく、どこまでも堕ちてやるさ。
「それでは、お薬の方はこちらになります」
受付の看護婦に薬を受け取り病院を出る。
仮病であるにも関わらず、かなりの量の薬を貰ったが、プラシーボというヤツだろうか。
まあ、どうせ飲まないんだから関係ないのだが。
今日は出来るだけ人通りの少ない道から道へと、適当に回り道をして帰る事にした。
もしかしたら、そこに思わぬ餌が落ちてるかもしれないからだ。
予想は当たった。
路地裏の隅の方に、微かに生前の面影を残した半透明の中年男性が漂っている。
だが、今になって考えれば、今時道端で死ぬような人間なんて滅多に居ないのだから、
落ちてる小銭を探すかのようにそこ等を歩き回ってもそう見付かるはずがない筈だ。
現に、路上で遭遇したのは今回が初めてである。
何故こんな所にいるのだろうか、それも確認してみよう。
僕はツカツカと無遠慮に近づくと男性の頭に軽く手を翳した。
相手は何も反応しない。
うん、いつも通りだ。
「じゃあ、いただきますっと」
中年男性の姿がブレる。
断片的だったり明らかに不要な情報次々と廃棄し、記憶や経験を細かく分類する。
この作業がポイントで、ここで手を抜くと食事の手間や時間は100倍以上に跳ね上がる。
人としての食事はゆっくり味わって食べるタイプだが、
化け物としての食事は手早く済ませるに限る。
一般人には魂なんて見えないので、傍から見たら不審者そのものとしか映らないのだ。
まとまりのない情報を一々再構築していたらせっかくの食事の意味が無い。
それなら有用な情報を一から覚えた方がマシだという本末転倒な結果となるのだ。
その後は分類項目を流し読みして、必要箇所だけをピックアップ、調理完了というわけである。
その場にはもう何も残っていない。
「……ごちそうさま」
結果から言えば、ハズレだ。
そこそこ希少で有用な情報は持っていたが、既に取得済みだったという事だ。
所詮は運任せなので、当たりの出る可能性は決して高くないのだが、流石にこういう時は悔しい。
それに、死亡理由も「道を歩いたらいつのまにか死んでた」というよく分からない物だった。
死人の主観でしか分からない以上、こういう事は良くあるのだ。
結局、何とも言えないモヤモヤした気持ちを抱えたまま自宅のアパートの扉を開ける羽目になった。
アパートに戻ると、台所に直行し冷蔵庫の中身を確認する。
美味しい物を食べれば、今の陰鬱な気分も少しは和らぐだろう。
メニューを決めると、食材を取り出し慣れた手つきで手早く料理を始める。
勿論この能力も異能の力で得た代物であり、僕のお気に入りの能力の一つだ。
僕の体には死人から摂取した無数の知識や経験が詰まっている。
だが、ただ知っているだけではない。
己の身体能力の許す限り、それらの力を再現する事が出来るのだ。
確かに、優れた体力や知力がなければ再現できない能力なんて幾らでもある。
格闘技を修めたとしても、今の身体能力では格闘家になんてなれはしないし、
将棋の定石や棋譜をいくら覚えたところでプロ棋士になんてなれないのだ。
しかし、特別な身体能力が無くとも習得出来る能力はそれ以上に多い。
それに、格闘技にしても将棋にしても、あくまでも一流を目指した場合の話だ。
覚えないより覚えた方が良い、当然の事だ。
出来上がった料理を見てれば尚更そう思える。
「今日は散々な一日だったな」
作りたての料理を次々に口に運びながらも、つい愚痴がこぼれる。
今日は二人しか居ない大学での友人が二人とも休んだのだ。
そうなると、僕は一人で大学に行かねばならない。
流石に専門科目のテスト範囲を完璧に暗記した人物などそうそういないのだ。
ましてや、その幽霊なんてどれくらい居るというのだろうか。
僕にとって、ただ黙々と板書を取るなんて行為は最早拷問に近い。
その上、帰りに見つけ喰らった魂は全てハズレときてる。
流石にここまで重なると美味い飯くらいじゃどうにもならない。
まあ、所詮はスーパーの食材だしな。
こんな日はさっさと寝るに限る。
食器を洗い場に持っていくと、服も着替えず布団の中へと潜り込んだ。
どうやら思った以上に疲れていたようで、意識は急速に遠のいていく。
そして、そのまま僕という化け物はこの世から姿を消す事になった。
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