5 夢?
「遥海ッ!いい加減起きなさいっ!」
「……へっ!?」
「へっ!?じゃない!学校に遅れるでしょ!?ボーッとしてないで早くご飯食べなさい!」
私は、長い、長い夢を見ていたようだ。
そこで凄く悲しいことがあったような気がするんだけど……なんだっけ?
まぁいいや、そんなことよりも……。
「学校に遅れるぅ~!」
「だから起こしたのになかなか起きないんだから!この子は全くもう!」
「うるさいよっ!ママもそんな愚痴ばっかりだと小皺増えてもっと増えちゃうんだからね!?」
「な、起こされておいてありがとうの一言もない上に母親を罵倒するなんて!そんな娘に育てた覚えはありません!」
パンを加えたままツインテールを完成させ、制服に着替えた。
「こんなの、罵倒のうちに入りませんっ!全く、そっちこそ小言増えたんじゃない!?オバサンだよ!オ・バ・サンッ!」
「まー!可愛くない子だこと!」
「あなたの娘だもの!いってきますっ!」
靴を履いて玄関を飛び出した。
パジャマの頭ボサボサから今までにかかった時間、役5分。
うん、なかなか上出来!
この調子ならいつもの電車に間に合うかもっ!
定期を見せながら改札口を走り抜けると、満員電車に体をねじりこませた。
全く……この時間帯は電車がキツすぎて嫌だよっ!
ようやくいつもの駅に降りて、改札口を出たとき、私は目の前の男の子と目が合って足を止めた。
彼は、間違いなく私をじっと見ていた。
でも、どこか普通の男子とは違う。
とても不確かで、今にも消えてしまいそう。
男子相手にこんな気持ちになるのははじめてだけど、なんだろう?吸い込まれそう……。
「あなたは……誰……?」
その人は寂しそうに笑ってから、「未有……。」と呟いた。
「……え?」
「おっはよ!遥海!なにつったってんのさ?」
後ろから知った声に肩を叩かれ、ビックリして振り向いた。
「ちーたん!おはよー!」
「何ボーッとしてんのさ?」
「今、知らない男子に話し掛けられてね、ほら、そこにいる……人……。」
私が指差した先にはもう彼の姿は無かった。
「なぁに!?ナンパ!どこよ?あたしのかぁいぃ遥海をナンパしたヤローは?」
「いな……い?」
「へ?」
確か、昔……ずっと昔にこんなことがあった……。
私はまだ幼稚園生で、大きなお兄さんが私を見下ろしながら微笑んでて……どこか淋しそうで、どこか痛そうな笑顔だったけど……。
『おにぃたん、だあれ?』
その人は何も答えず、ただ、寂しそうに笑っていた。
私は泥団子を作ってドロドロの手のままその人に向かって歩きだすと、『おにぃたん、お体透けてるよ?おにぃたんの後ろ、車が通ってるの、遥海ちゃんには見えるよ……。』と言った。
すると、その人はいきなり両膝をついて、私を抱きしめ、『待っててくれ……っ!未有……必ず、必ず会いに行くから……俺が生まれ変わって、大きくなるまで……待っててくれ……!』と今にも泣きそうな震えた声で言ってから消えてしまったのだ。
今まですっかり忘れていたけど、同じ人だった。
それに、さっき会った時よりも、昔会った時のほうが完璧に消えてしまいそうだった。
そう……それで、あの時もあの人は“未有”と言った。
私は遥海なのに。
でも、私もあの人を知っているかもしれない……あの人は……あの人の名前は……。
「……未来……。」
「なぁにぃ?なんか言った?ボーッとしてないで、ほら早く学校に行くよ!?」
「あ、うん!」
「今日は、なんせ転校生が来るって噂の日何だからさ!」
「え?何年?性別は?」
「あたしらと同じ!クラスは……確かあたしらとは違ったよ。というか、性別まで気にするなんて、ついに遥海も男に目覚めた!?」
「違うよ~そんなんじゃない。」
ただ……さっきの男子が来るのではないかと思っただけ。
「ふぅん?まあ、いっか。性別はね~、残念ながら女!名前が確か……心木 未有……?とかなんとか……名字も名前も変わってるよねぇ。」
「未有……?」
一瞬ドキリとした。
自分が呼ばれたわけではないのに、自分が呼ばれたような感覚に陥ったのと、あの男子が二回も私を未有と言ったことがあったからだ。
「何。知り合い?」
「……全く……?」
私は頭を横に振ると学校に向かった。
結局転校生は女の子で、私とは違うクラスにいき、内気そうで弱そうな、どこにでも1人はいそうなタイプの普通の女の子だった。
当然彼女は私を見ても何も反応しなかったし、私も彼女の名前以外には何も反応しなかった。
「……結局……勘違い……か。」
部活帰りで暗くなった空に手を伸ばしながら路地をとぼとぼと歩いて帰ると、家の玄関が騒がしい事に気付いた。
「ただいまぁ……っと、こんばんは。」
玄関には全く知らない女の人と、顔が見えない小さな男の子がいた。
多分子供だろうけど、「はじめまして、この間お隣に引っ越してきた田沼と申します。よろしくお願いしますね。」と笑顔で挨拶する社交的な母には似なかったのか、男の子は動こうともしなかった。
「あら、遥海、お帰り。今引っ越してきたっていう田沼さんからおかしいただいちゃって、すみませんねー、ありがとうございます。」
いきなり私から田沼さんに話題を降った母を無視して家に上がろうとしたとき、田沼さんが「こら、未来もちゃんとごあいさつなさい!……すみません、こんな子で……母親である私にもなかなか心を開こうとしないんですよ。」と言ったので私は慌てて男の子を見た。
そこには、今朝の彼を小さくしたような子が立っていた。
「……もう、近くに……いたんだね。」
男の子はただ、口をモゴモゴ動かしただけだった。
「何?知り合い?」
「何でもない!未来君?私、遥海。よろしくね。」
その子の前にしゃがみこみ、握手の手を差し出すと、彼は私より小さな手で私の手を握り返し、「……遥海……お姉ちゃん……。」と言った。
それが何故か凄く違和感を感じたのだけど、その違和感もすぐに消えた。
「いくつ?」
「6……。」
「じゃあ私とは11歳差だ!」
そんなこんなで私と未来君はすぐに打ち解けた。
「私ですらあまり心を開かないのに、若いお姉ちゃんなら開くんだから!」と笑われていたけど、私が私じゃなかったらきっとあの子は心を開いてはくれなかったと思う。
……何となく、あの子の目はずっと捜し物を捜して、見つからないような虚ろな目をしていたから。
今は全くそんな様子はないけど。
「遥海お姉ちゃん!ゲーム!」
「お、今度は何かな!?」
「すみません、いつも遥海お姉ちゃん、遥海お姉ちゃんって聞かなくて……遥海さんもごめんなさいね。」
「いえいえ。」
「それにしても、未来君、ずいぶん明るくなりましたね。」
「ええ、本当に遥海さんが好きみたいでいつも遥海お姉ちゃん、遥海お姉ちゃんって……私より好いてるみたいに思えて妬けてしまいますけど。」
「まぁ、それはそれは……うちの遥海の方も弟が出来たみたいな感覚なんでしょうね、きっと。」
……なんて私たちが遊んでいた後ろで言われたのを知ったのはずっと後のこと。




