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4 消えることと消滅すること

私が知らないことは、たくさんあった。

春と呼ばれる生暖かい季節、梅雨と呼ばれるじめじめとした雨ばかりの季節、夏と呼ばれる暑苦しい季節、冬と呼ばれる凍えるような季節。

「未来……存在しちゃいけないものって何なの……私が、私達がそれなら、なんで存在しないはずなのに存在してるの?」

「……俺たちは空間の歪み。あることで亀裂が入ると俺みたいに一つの場所に留まる事を許されないようなあっちこっちに誰とも関わりを持たないで生きていかなきゃいけない奴が生まれる。またあるところではそれなりの関係は持つものの、同じ一日を繰り返すことで存在を保ち、おかしい空間を埋めるためにはめ込むようなかたちで生まれた未有みたいな歪みもある。俺は一ヶ所にとどまることも、人との関わりを持つことも許されないようなそんな存在(ゆがみ)だから。どれだけ毎日違うことをしようと未有に会おうと関係がなかった。でも未有は違う。俺が来たことで亀裂が入り、俺と話したことで同じ1日を繰り返せなくなった。丸々1日を繰り返すことで自分の存在を保っていた未有は、同じ一日を繰り返せなくなったことで自分の存在が保てなくなった。今はあの空間とは干渉外の範囲にいるからそんなに支障はないだろう。だけどあの空間が完璧に崩壊し、新たなゆがみを作るか、歪み自体を修正すると……未有の存在は消滅するだろう……。」

「消え……る……の?」

未来は私から顔をそらしただけで何も答えなかった。

多分、それが答えなのだ。

私は、いつかはわからなけど、いつか必ず消えてしまう。

このままではいられない。

ようやく自分の存在意味を得ても、自分の存在を確認しあえる相手に出会えても、私は……消える……?

「し、信じない……よ。そんな……馬鹿な……信じない……信じたくないっ!」

「未有!」

「だって、やっと未来に会えたんだよ!?名前呼んだり、呼ばれたり……ようやく自分の存在を確認しあえる相手に会えたんだよ!?まだ消えたくないよ!それとも……未来は、自分の存在は消えないから……わがままばかり言う私は……消えてもかまわないと思ってるの……?」

私が挑戦的な態度で未来を見ると、未来はあからさまに固まった。

私はそれを見て、言ってはいけないことを言ってしまったと後悔したが、もうすでに遅かった。

「……いいや、俺はただ未有に消えてほしくないと思ったよ。たとえ、それが無理だとわかってても。未有の世界が崩れたのも、変わったのも俺のせいだし。ははは・・・なんでかなぁ、それで消えればいいと思ってんのかって聞かれてもさぁ、消えろと願ったら放っておくよ。そうすればあんた消えてたんだから。それでもあんた、俺にそんな事聞くの?」

するりと私の手から未来の手が離れた。

「……ちが……ごめ……。」

うまく言葉が出てこない。

初めて失った時間は戻ってこないのだと痛感した。

「なら、戻ったら?あの世界に。あんたが何考えてんのかさ、よくわかんねーけどさ……俺だってきっといつかは歪みが修正されて消えていく。なのに、消えたくないとか言われてもさ、存在しないものの俺たちが消えないでずっと存在しつづけるなんて、無理なんだよ……。」

「みら……。」

伸ばした手を未来に触れたか触れないかのところで引っ込めた。

……どうして?

どうして存在しちゃいけない私達が存在しないものとして存在しなくちゃいけないの?

「わからないよ……わからないよ未来!だって怖いんだもん!まだ消えたくないんだもん!どうして私達は存在しちゃいけない存在しないものとして存在しなくちゃいけないの!?存在しなければ、こんなこと……起こらずに、未来も私も同じ事を繰り返さないで生きていけるのにっ!」

「さぁね……世界から切り離されてる存在しないものなのに世界から必要とされてる存在の意味は……俺にもわかんねぇよ。」

未来は振り向きざまにまた寂しそうな笑顔を浮かべて歩き始めた。

「ま……待って、未来!」

私が走りだそうとした目の前を小学生達が走り抜けていった。

元気に走り去っていくその姿は少し前の私を思い出させた。

……そうだ、私は未来を傷つけたかったんじゃない。

ただ、自分が不安になっていたのを未来に八つ当たりしただけに過ぎないのだろう。

未来はこちらを振り向き、走り去っていった小学生達の後ろ姿を眺めると、「……命っていうのはどっから始まるんだろうな。」とつぶやいた。

私は未来の前に立つと、「ごめん、未来。私、未来を傷つけたかったわけじゃないんだ。ただ、消えるって事実がこわかったんだ。」と謝った。

「……未有、未有は命っていうのはどっから始まるか知ってるか?俺は知らない。なんせ俺たちは空間の歪みによって生み出され、その歪みに当てはめられるちょうどいい年齢、性別で生み出される。お互い、歳を取らなければ変わることもない。あるのは、消えるか存在しないものとして存在するかの違いだけだ。」

何を言いだすのかと未来の顔を見ると、さっきの凍ったような表情はどこにもなく、穏やかな顔をしていた。

もう、恐らく怒ってはいないのだろう。

何より未有と呼ばれた名前が怒ってはいないことを告げていた。

「……私も知らない。人間は、みんなその歳、その格好のまま生きてるんじゃないの?何歳、何歳、ってわけられて、区切られて……で、消えたら新しい人を作ってって……。」

「行ってみよう。いろんな過去に行けばきっとわかる。」

差し出された手を今度こそしっかりと握ると、飛んだと思うと今度はどこにも着地せずにふわふわと浮いていた。

「……え?」

私がそうつぶやいた瞬間、地球や月の形成、全ての命の誕生日、死が頭の中に映像として流れ込んできた。

……それは、あまりにも長い、長い、一瞬だった。

「しら……なかった。人は、人でなくてもみんな、歳をとって成長、進化し、やがていなくなっていくってことを……繰り返してたんだね……。」

「うぉ……情報が膨大すぎて錯乱するっ!」

未来は頭を抱えていると、いきなり顔を上げた。

その瞬間、私達が浮いていた場所は、いつもワープするときにくる不思議な空間へと変わっていた。

驚くべき事はそれだけではない。

私と未来の前にある一枚の紙のような、ガラスのようなよくわからない画面は、明らかに私と同じ容姿の人間を映し出していた。

「……知り合いか?」

尋ねられ、私は頭を横に振った。

「だよな、存在しないものと同じ容姿の存在している人間……?」

その瞬間、また未来は痛む頭を押さえ付けるように頭を抱えると、「……うぁっ!?」と言った。

「未来!?未来!どうしたの!?」

「何でもない……そうか、こいつを元に未有は作られ、埋め込まれたのか……あの、永遠に終わらない1日の中に……。」

意味が分からないことを未来は一人でつぶやき、自分だけ理解したようにうなずいた。

「未来?」

「……切り取られた時間……少女……未有、お前は存在しない存在じゃなかった。行こう、何か分かるかもしれない。」

未来はそう言って、私の手を強く握るとワープし、その少女の過去から未来までを共に見た。

結局、どこで私が誕生日したかは分からないが、未来が言うには彼女が私の本体(モデル)らしいのだ。

でも彼女には野田(のだ) 遥海(はるみ)という別名があり、私とは違う生活をして、私とは違う性格だった。

「顔だけ似てる違う人物にしか思えないな……名前も違うし、私、あんなにコロコロ笑わないし……。」

「いや、笑ってる。そう思うのは未有が俺以外の人物とそんなに関わってこなかったからだ。」

未来はそう言うと、「やはり根本的なところはモデルと変わらないんだな。」と呟いて私を見た。

私には彼女は別人のようにしか見えないのに、未来には同一人物にしか見えないらしい。

でも、これで私は“消滅”するわけではないとわかった。

例え、消える事が事実でも、私は一人、野田という元々の一つの存在にもドルだけなのだ。

私の中に生まれた感情は彼女には全く関係ないかもしれない。

関係ないから私が消えて、彼女が一つになっても、覚えているはずもないだろう。

きっと、未来の事も、今の気持ちも、全部全部忘れてしまう。

でも、消えても本体が消えないかぎり、私は生きている。

そう考えたい。

「……よかった……私は、一人じゃなかったんだ……コレなら、私が消えても、私は彼女の中で、彼女の一部として生きていられる……。」

「……は?ちょ、何、自分は消えます、みたいな事言ってるんだよ?やめろよな……。」

「……完璧に消滅するんじゃないって思ったら、少し、安心したよ……でも何でだろう……未来を忘れるのも、この気持ちを忘れるのも……寂しいな。」

「だから……やめろって。」

未来は私の手を痛くなるほどきつく握った。

きっとこの感覚も忘れてしまう。

そう思うと無性に悲しかった。

「未来。」

私は未来に抱きついた。

自分が存在できるうちに未来の存在を体に刻んでおこうと思ったのだ。

例え忘れて、私が野田 遥海のただの一部になっても、ほんの少しでも未来の事を覚えていたかった。

サラサラの短髪も、私より大きい手も、足も、体も……私より高い背も、私より長い手足も、私よりずっと低い声も……少しでもいいから、少しでも多く、この体に刻み付けておこうと思った。

「ありがとう、未来。私、未来に会えたおかげでいろんな事知れたよ。自分の存在も、存在を確認しあえる喜びも。たくさんたくさん。」

そう言うと私は未来から離れて、未来の顔をなぞった。

私より直線的な輪郭は、すっとしていてきれいだった。

あちこちゴツゴツしているけど、人肌の暖かさを感じる事が出来る。

未来は泣きそうな、そんな表情をしていた。

私と同じような切れ長の目に、同じような瞳の色。

私とは違う綺麗な鼻筋、薄めの唇。

だんだん自分が消えていくのを感じた。

意識が遠くなっていくのにも似ているのかもしれない。

だんだん全てが不確かになってくるのだ。

「そんな顔しないで、未来……私は消えても消滅するわけじゃない。きっと、またどこかで会えるよ。」

ついに自分の手間で透けてきた。

足にいたってはもうほとんど見えない。

思い切って未来にキスすると、「またね。」と微笑んだ。

「行くな、行くなよ……未有ッ!」

それが未有(わたし)が最後に聞いた未来の声だった。


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