3 池袋
私はベッドに戻って眠りにつくと、同じ時間に起き、学校に行く準備をしている途中だった。
「はーい、ストップ。」
着替えている途中に入ってこられ、私は「ギャァアアアアアア!?」と何とも可愛げのない叫び声を上げ、未来を突き飛ばした。
「き、着替えているとこに入ってこないでよ!」
「でも、学校に行く準備なんかしてどうするんだよ?ここにいても未有の存在、干渉外範囲はこの家と俺くらいしかないんだぞ!?おまえは外出て遊んでみたいとかねーのかよ!?」
「外に……出て?」
「そうだよ!わかったら私服に着替えてこいよ!」
私はしぶしぶ着替えながら未来に聞いた。
「でも、そしたら学校は?欠席……?」
「おまえ、まだわかんねーの?学校なんていったって意味ねーんだよ。特に未有は同じ時間、同じ行動、同じ日、このたった一日しか存在していない歪んだ空間の住居人なんだよ!それ以外には存在すらしてねーの。学校に行っても行かなくても同じなんだよ。なら干渉範囲に入ってる未有が消滅しやすい場所にわざわざ出向くより干渉外範囲にいって自由気ままに遊んだほうが良いだろ?」
ドアごしに未来の呆れた声が聞こえ、着替えおわった私はムスッとしながら部屋のドアを開けた。
未来は私を上から下までじっと見ると、「へぇ意外……森ガール系なのか。」と呟いた。
「も、森ガール……?」
留まった時間と呼ばれる時間に存在している私にとって、未来が言うことはほとんど理解できなかった。
「ちょいつり目だからズボンとかかと思ったけどなぁ。で、なんて頭は変わらずツインドリルなんだよ?」
「つ、ツインドリル!?」
意味が分からなかったが、もしかしてツインテールの事だろうか?
未来は頭を指差して、「ほどいたら?」と言った。
「え……でもせっかくセットしたのに……。」
「いいから。」
私はむくれながら髪を解いて手櫛でととのえると、髪の毛がぐしゃぐしゃになった。
「あぁー!せっかくセットしたのにー!」
「いいじゃん?ゆるふわって奴でしょ?悪くねぇと思うけど?」
「……そういう時は似合うよって素直に言うの!……って誰かが言ってた。」
私は誰かが誰かと話していた会話の一部を思い出したと思ったら口にしていて驚いた。
「へー?言われたいの?」
未来に見られ、私は真っ赤になってうつむくと「恥ずかしいからいい。」と頭を横に振った。
何せ、こんな格好は初めてだ。
普段は制服とパジャマしか着ないので、タンスにこんな服があることすら知らなかった。
適当にあけたら入っていたのでコレにしたのだが、他にもまだあるのだろうか?
「よしよし、じゃあそこにあるサンダル履いて行くか。」
「え、待って……靴下……!」
「いらないでしょ。」
「いらないの?肌寒くない?」
「そーゆー時は温かい季節にいけばいーの。ほら早くしろよ。」
「……未来はいちいち態度がでかい……。」
そんなこんなしているうちにようやくサンダルがはけ、カバンを持ちなおすと、未来を見た。
初めて未来に会ったときと同じ格好をしていた。
まさかあの時はこんなことになるなんて思ってもみなかったわけだが、私は今、この時、一分一秒が新鮮だった。
未来は、「ん。」と言って左手を差し出してきた。
……ん?ん、なんだろうか?
この手をとれ……とか?
いや、外に出るだけなのに手はつながないよなぁ……とあれこれ考えているうちに痺れを切らした未来が怒った。
「別の世界に飛ぶんだから早く手をとれよっ!」
「に、握ればいいの!?」
とりあえず私は未来の手をしっかりと掴んだ。
その瞬間、ゴォッという音や感覚と共に体が浮いたのを感じた。
「ひぁっ!」
私はびっくりして未来の腕にしがみついたが、それでも恐怖心は拭えずに、かたく目を閉じていた。
トンッと蒸し暑い場所に降り立つと、未来がいつになく低い声で「……おいっ。」と呟いた。
「な、な、な、何が、何が起きたの!?」
私はわけがわからずに辺りを見渡したが、見渡してもわかるはずもなく、周りの景色は家の玄関から全く知らない場所に来ていた。
「飛んできたんだよ。時間を超えて。それよりさぁ……。」
未来はそこから何も言わなくなってしまった。
「へ……?何?」
「いや、何でもない。ほら、行くぞ!」
外は蒸し暑い。
こんな汗が滲むような日は初めてだ。
いつもは肌寒いくらいなのに……異常でも起きたのだろうか?
心なしか未来の顔も真っ赤だ。
そんなに暑いのだろうか?
「……歩きづれぇ……。」
ポソリと呟いた未来の声に、何がそんなに歩きづらいのかと考えてみたら、私が未来の腕一本掴んで引っ張ったままだということを思い出した。
「うわ!?うわわわわっ!その、ごめん!」
私は慌てて未来の腕を解放した。
「いや、別に……いいけどさ。」
道を歩く人は私たちなどちっとも目にもくれずに足早に去っていく。
人込みに酔いそうだ……。
「み、未来ぃ……ここは本当にどこ?この暑さは異常気象か何か?」
「あ?何言ってんの?まさかおまえ、池袋も知らねぇとか言わねぇよな?」
「し、失礼な!名前くらいなら……知ってる。」
「ははっ!そうだよな!切り取られた1日にいる奴が池袋なんか知るわけねぇか!こーゆーところのほうが情報はいんだよ。いろいろとな。ま、情報だけなら池袋じゃなくて秋葉原とかの方が入るんだけどな。」
「……あ、秋葉原?たしか……そうだ、パソコンにかじりついている人が言っていた気がする。」
「おいおい、秋葉原がそんなイメージ?一歩路地に入ればれっきとしたビジネス街だぜ?」
「そ、そんなもん、私は知らないんだよっ!」
慣れない人込みを尻目に、少しばかりムキになった。
「とりあえず、だ。東京でもいいかと考えたんだが、あっちはあっちであんまりおもしろくないんでね。ほら、行くぞ。」
「ま、ちょっと!」
人込みに押し流されそうになりながら未来を追い掛けると、未来は歩みを止めて振り向いた。
「なんだよ?」
「ふ、服の端、つかませて……!」
ちょんっと服を掴むと、未来はまたスタスタと人込みの流れに逆らって歩き始めた。
私は未来の服の端を掴んでいるにもかかわらずに、未来から引きちぎられそうに何度もなった。
未来は歩みを止めて、ようやく追い付いた私を見ると、私の手を未来の服から離した。
「あ……ごめん……遅くて、未来には迷惑……だよね。」
息を切らしながらようやくそれだけ言うと、未来は再び、「ん。」と言って手を差し出してきた。
「ん?」
私はなんとなくその手を取ると、再び未来はスタスタ歩きだした。
「ちょ、まっ!イタッ!」
ちょっと待って、そう言おうとした瞬間にスーツ姿のおじさんと肩がぶつかり、私は未来の方へ跳ねとばされ、未来の腕にしがみついた。
そのおじさんは「チッ!」と言うと、スーツ、いや、背広をなおして去っていった。
「私、もう池袋が嫌いになりそう……何で未来は誰にもぶつからずに歩けるの?」
「……とりあえず、そのまましがみついてていいから俺と同じ速度で歩け。」
そう言われたので未来の早足にあわせて歩き始めると、さっそくツカツカと高いヒールをはいた女性にぶつかりそうになったので、私は目を閉じて回避しようとした。
「馬鹿!目ぇつぶるな!ちゃんと見て避けるんだよ!」
「そ、そんな、無茶苦茶な!」
私はやっとの思いで女性にぶつからないようにすると、未来が「いいか?」と池袋の歩き方を伝授してきた。
「まずは人にぶつかりそうになる前に目をつぶるな。あと、歩き方は人込みの流れに逆らって歩くときは人と人の間を縫うようにして歩く。そうすると、みんなごっちゃになっててわかんねぇかもしれねぇけど、あっちには逆流しないで歩いていけるルートがある。そこは早足で歩けばいい。ついでに人にぶつかりそうになった時は体を捻らせるんだよ。これは慣れればできる。おまえ、さっきのいちから10歩も進んでねぇのに息切らしすぎなんだよ。」
「うぅ……うるさい!いいよ!私は池袋なんて嫌いだっ!」
なげやりになっていると、未来は、「池袋が嫌いなんじゃなくて人込みが嫌いなんだろ。ま、確かに都心は空気もきたねぇし、人の流れも早い。気晴らしや情報集め以外は俺もあんまこねーよ。」と言ってため息をついた。
「なんでそんなところに連れてきたんだよぉ。」
私が嘆くと、未来が少し悲しそうに笑ったのでドキリとしてしまった。
私は何か言ってはいけない事を言ってしまったのだろうか?
「とりあえず、あっちまでいって上に行こう。上に出ればここよりはきつくないはずだ。」
そう言って未来はたんたんと足を運び、人の流れにのると、よくわからない矢印が描いてあるほうから外に出た。
たい焼き屋さんと駐車場がすぐ近くにある公園で私は座り込んでいた。
「うぅ……疲れた。」
「まぁさ、ここらでちょっとした雑談だ。俺の知ってる情報によると、あそこのたい焼きは有名でおいしいらしい。ま、飲み食いしない俺にはあんまり関係のない話だけどな。お前はたい焼き好きか?」
「……食べたことないし、なんだか気持ち悪い……。」
「おいおい……人酔いかよ。はきそうか?」
私は頭を横に振ると、自分が消えそうなそんな感覚に陥り、ギュッと未来の手を握った。
未来の手を握っているという感覚があるかぎり、自分は存在しているのだと思えた。
でも、わけのわからなかったらしい未来はひどく驚いて私の手を振り払おうとした。
未来が振り払う力よりも私が未来の手を握っている力のほうが強かったらしく、振り払われる事は無かったけど。
「な、なんだよ?」
「未来の手、握ってたら、この感覚があるかぎり、私も存在してるって思えるような気がして……。」
すると、未来はただ、「ごめんな、未有……。」と言ってうつむいた。
私は頭を横に振ると、「いいの、未来と会えて、違う1日を知れて、存在まで確認できる。それだけで十分だよ。」と言った。
「……ごめん……やっぱり、俺……卑怯だよな。」未来は再び寂しそうに笑ったので私は返す言葉がなくなってしまった。
「み、未来!あのさ、思ったんだけど……出口に東口ってあったけど、あっちこっちに東口があったような気がするのは気のせいなのかな!?」
「あ?あぁ、気のせいじゃねーよ。俺たちが出てきたのが本物の東口。池袋の駅は待ち合わせには向かねぇんだ。出口が多すぎる。だから池袋名物『いけふくろう』前は年がら年中待ち合わせで人がたくさんたまってる。」
「へぇ……ねぇ未来!どこにつれてってくれるの?」
「……俺らはあんま人と関われねぇから、買い物とかはできねぇぞ?見ることしかできねぇけど、いいのか?」
「うんっ!どこでもいい!未来がいるなら、それでいい。」
私は、私の居場所と存在理由を作ってくれる未来がいれば、べつにそれでいいのだが、未来は何故こんな所に私をつれてきたのだろうか?
未来は片手で顔を覆うと、「おまえ、自分の言ってる意味わかってる?」と聞いてきた。
「……何が?」
「……おいおい、マジ?」
意味がわからないが、未来は私の手を引っ張ると、「行くぞ。」と言った。
私は「うん。」と言って、自分より一回りも二回りも大きい背中を見た。
何故かその背中に寄り掛かりたくなる衝動を堪えて置いていかれないように早足でついていった。
いろんな建物を見て、いろんな服、いろんな物を見た。
「楽しかったか?」
「うんっ!」
私は犬が飼い主に尻尾を激しくふるように、繋いでいた手をブンブンと振ってしまった。
「未有、未有に四季を体感させてやるよ。正式には日本には梅雨があるからな、五季とも言われてるけど、ゴキじゃ、ゴキブリみたいでよくねぇよな。ちなみに今は初夏。夏が始まるくらいの季節だ。」
「……異常気象じゃなかったのか……。」
「あ?ちげーよ。ほら、一回家に帰るぞ!しっかりつかまっとけ!」
そういわれたので私はしっかりと未来の腕にしがみついた。
家に帰ってきた瞬間、フラリとして、今まで以上に自分が消えるのではないかと思えた。
「……まずい。ついに1日が完璧に崩壊した。未有が保っていた世界は、未有を失って歪みを修正し、削除しつつある……そこに唐突に入ってきた俺も、前と同じ事を繰り返さなかった……この世界は……終わりだ……未有!急いでコートを取れ!別の場所……干渉外の世界に飛ぶぞ!!」
私はあわてて上着らしきものを取り出すと、未来の腕にしがみついた。
ついた先は、一面白い、とても寒い場所だった。
「コレが冬。雪といえば北海道な気がするのは何でだろうな。さ、さぶいさぶい、はやく秋にでも移動すっか。」
「いたい……。」
「は?」
「痛いよ……未来……胸が、痛い。私、このまま消えちゃうの……?ねぇ、未来、未来の言ってた存在しないものって何?存在しちゃいけないものって?」
「……未有は……消させない。そんな事よりもはやく飛ぶぞ。ここにいても凍死するのがおちだ。」
未来はガタガタと震えながら私に手を伸ばした。
私がぎゅっと未来の手を握ると、未来は、「約束したからな……絶対四季、感じさせてやるよ。」とつぶやいて他の場所にとんだ。




