都合のいい恋
「俺、飲み行くんだ。友達と。楽しみなんだよね。」
彼の嬉しそうな声が聞こえる。私は、ふーんと呟いて目をつぶった。今日も疲れた。単発バイトで10時間も働かせられてあっという間に1日が終わった。私はいつも通りレジ担当だった。客もそんないないのにずっと立っていないといけなかったから足が痛い。特にふくらはぎに痛みが走る。
「あ、良かったら亜紗も来る?1人分、席空いてるんだよね。」
「え?」
思わず言葉が詰まる。こいつ、何言い出したんだ?右手でふくらはぎを揉みながら私は小さく息を吐いた。
「あーでもダメだわ。なんか男が良いって言ってたし。」
男が良い?誰が?よく分からない。彼は何が言いたいんだろう。私はだんだんイライラしてきて、揉んでいる手の力が強くなる。でも別に、どういうこと?とは聞きたくなかった。ただただめんどくさかった。
「もしもし?亜紗?聞こえてる?」
「うん、もちろん。」
私は即答した。彼はまた話を続ける。うわーうぜえ。さっさとその話終わらせやがれよ。
「なんかね、ゼミ一緒の子がめっちゃ恋愛に悩んでてさ。ずっと相談されてて、先週行った合宿でも色々話したんだけどさ。次飲み行くときに進捗聞こうと思ってね。」
つい最近、彼は3泊4日の合宿に行っていた。それもずっと前から楽しみだ楽しみだと言い続けられ、正直うざかった。私はへえーと小さく呟く。ふくらはぎの痛みは少し良くなったような、そうでもないような、よく分からない感じ。
「亜紗のこと、その子知ってたんだよ。大学1年の時に一緒に海外演習行ったって話してた。亜紗も覚えてる?めっちゃ背高くて髪長い子。」
彼から名前を聞いて思い出した。あーそういえばいたな。大学の授業でアメリカ行った時にモデルみたいに背高くて小顔で髪の毛サラサラだった女。私は、分かるよと頷いた。
「その子が彼氏と別れるか別れないかで悩んでるから前から聞いててさ。いやー本当にね、難しそうだよ。」
まじで黙れ。私はふーんと言いながら自分のふくらはぎを強くつねった。
私が彼と出会ったのは1年前だった。同じ大学で同級生。ボランティアサークルで出会い、一緒に活動をする内に仲良くなった。
でも、別に恋愛対象ではなかった。彼からは私への好意が垣間見えたが、私にはその時付き合っている人がいた。だから正直困っていた。
『亜紗、大好きだよ。本当に可愛いよね。』
どうせ色んな女に言ってんだろうな。こうやってキープ女を増やしていく男なんだろう。軽い男なんだ。クズだ、クズ。
彼とはほぼ毎日LINEしてたけど、テキトーに話していただけだった。遠距離の彼氏と話せない淋しさを埋めるのには丁度いい存在だったし。
そうこうしているうちに、私は遠距離彼氏と別れた。その人とはいつも通り1年くらいは付き合ったし、そろそろ潮時だった。
私は淋しくなった。あーあ、またこの淋しさだ。また誰か探さないと。誰かいないかな~私にハマってくれる人…。
その時だった。彼からまたLINEが来たのは。
『亜紗、大好き。本当に可愛いね。』
私は微笑んだ。この男なら落とせるな。ていうか、もう沼られてそうだし。
ちょうどいい男、見つかっちゃった。私は彼にすぐに返信する。
『また今度大学で会おうよ。』
次の日も彼はその子の話を続けた。電話越しの彼が口角を上げて私に話している姿が目に浮かぶ。
「女の人ってさ、なんでみんな生まれ変わったら男になりたいって思うんだろうね。」
「みんな?」
私が首を傾げると、彼は男に生まれ変わりたいって言ってたんだよねと即答した。たぶん、いや絶対に恋愛相談女のことだ。あのモデルのような後ろ姿がふわっと頭に浮かぶ。
「亜紗もそう思うでしょ?」
「うーん、まあね。」
私はテキトーに返事した。それでも彼は話を止めようとしない。私は反射的に耳をふさいだ。うるさいうるさいうるさい。
「随分詳しいんだね、その子のこと。」
いつの間にか私の口が開いていた。彼は一瞬黙り込んだ。こいつ、ようやく静かになったわ。私は耳をふさいでいた両手をゆっくりと外した。
「私のことより、その子のことの方が知ってるんじゃない?」
私は笑っていた。笑いながら言っていた。意識していたわけじゃない。無意識にそうなっていたんだ。
「そんなわけないじゃん。亜紗のことの方が詳しいよ。」
「ううん。知らないよ。」
私は笑い続けた。彼の怪訝そうな表情が頭に浮かぶ。やっぱりこの男、面白いんだよな。
「私のこと、なーんにも知らないよ。」
大学で会った後、彼と2人きりで飲みに行った。お酒は好きだが強くない私はあっという間に酔っていた。彼はいつもより口数が増えるだけだった。
「やっぱり亜紗は可愛いよ。会うと余計に思うもん。」
どうせどの女にも言ってるくせに。それでも私はニコニコしながら、えー可愛いの?と高い声で尋ねる。男って、こういう反応すると喜ぶんだよな~。
「可愛いよ。俺、お世辞言わないもん。」
どうせどの女にも言ってるくせに。それでも私は、じゃあ信じちゃおう!と満面の笑顔を見せる。男って、こういう反応しても喜ぶんだよな~。
夜道歩きながら、彼と私の手が繋がれた。私からじゃなくて彼から握ってきた。私は腕をぶんぶん振りながら手を強く握り返す。
「亜紗。なんでそんな力入れてるの?」
「えー?だって、嬉しいんだもん。」
彼は私から慌てて目を放す。もう彼は私にゾッコン間違いなし。今の一言で男の心ってすぐに奪えちゃうんだよな~。ほんっとに楽勝なんだよね。
「俺、亜紗のこと好きだよ。」
よし来た。私の計画通り。まるで罠にかかったネズミみたいだ。
「え…そうなの?」
私はあたかも初めて気づいたようにキョトンとする。恋にうぶな女ってモテるんだよな。
「言ってたじゃん、俺。好きだって何回も。」
「だって…冗談だと思ってたから。」
彼は足を止めて私の目をしっかり見つめた。男の本気モードっていつもこんな感じなんだよ。この目。こいつ、ガチの顔してきてるじゃん。
「俺と付き合ってくれない?」
両手で口を押えて目を丸くする。こんなの言われるのなんて200%予想してたけど。
「もちろんだよ!私も…私も好きだったから。」
「え、そうだったの?いつから?」
彼は本当に驚いてるみたいだ。やっぱりね、面白い男。
「1年前に会って、それから話してたらいつの間にか好きになってたの。」
「俺は初めて出会った時から良いなって思ってたよ。」
うわー私にゾッコンだ、これ。それから彼氏持ちの私にずっとアプローチし続けてたわけだ。すげえな、この男の忍耐力。
「そんな前から!?やばい…めっちゃ嬉しい!」
私が恥ずかしそうに笑うと、彼は可愛いなと小さく呟いた。さらに照れてる素振りを追加しながら、私はこんなことを思ってた。
別にあなたに言われなくても分かってるんで。自分が可愛いなんて。
「サシで飲むわけじゃないのにやっぱり行っちゃダメ?」
諦めの悪い男だ。私が飲みに行くなと伝えても、彼はねちょねちょ不満を言いやがる。うぜえな、まじで。
「私は伝えたよ。いい気持ちはしないって。」
「なんで?」
こいつ、バカなの?理由まで聞かないと分からないんですか。呆れるね。
「私が嫌な気持ちになるから。」
「そうか…分かったよ。」
私はまた笑いが止まらなくなった。彼の残念そうな表情が頭に浮かんでくる。
「今、めんどくさいなって思ったでしょ?」
「うん…正直少し思ったよ。」
少し?少しじゃなくて、かなりだろ。バレバレだよ。バレバレ。
「ねえねえ。そんなに難しいこと言ってる?」
私が優しく尋ねると、彼は難しいよとボソッと呟いた。
「言えばいいんだよ。俺の彼女がめんどくさくて行っちゃだめって言ってきたって。それでいいじゃん。」
「そんなの言いたくないよ。亜紗を悪く言いたくないね。」
うわーめんどくさ。私のことをかばってるように見せかけてどうせ断りたくないくせに。まじでだるすぎる。
「悪く言われたっていいよ。だって私、他の人にどう思われたって別にいいもん。今までも噂流されたことだってあったし。」
「いや、良くないでしょ。」
うわーめんどくさ。何だこの男。私は小さくため息をついた。
「まあ、私は伝えたからね。」
「だよね。あとは俺次第だもんね。行くか行かないかは。」
どうせ行くんだろうな。私は心の中で笑った。だって人間、誰しも自分が1番可愛いんだから。人を優先して生きるなんて無理な話。おとぎ話だ。
「違う話しよう。このこと考えるの辞めるわ。」
彼は明るい声を出した。あーあ、逃げちゃったねこいつ。行かないって言えないからって逃げやがったぞ。私は思わず吹き出した。
「いいよ。じゃあ、何の話しようか。」
「亜紗と会う日、決めたいな。早く会いたい。」
すると私のスマホにメッセージが入った。男友達の1人からだった。
『亜紗、今週2人で飲み行かない?』
即既読を付けてOKスタンプを送る。よし、これで大丈夫。私はいたずらっぽく笑って、それから優しく囁いた。
「私も早く会いたいよ。」
完
ご一読ありがとうございました❀




