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騎士団の噂

 先輩騎士たちの馬上訓練を見守った新入りの盾持ちたちは、その後もなにかとやれあれをしろこれをしろだのと雑用を頼まれて、一日が終わる頃にはへとへとになっていた。

 お貴族の生活をしていた頃とは比べ物にならない運動量なのだ。それに加えて、仕えることに慣れていない貴族の子弟たちは、いくら先輩といえども家格が下だとわかると露骨に態度に表す者もいて、呆れざるを得ない。

 ここでは家格などお飾りのようなもの。そして騎士とは主に仕える者。ゆえに主である先輩騎士に対する態度でないとわかれば、彼らは強制的に家に戻されるのだ。

 フローレンス王国の由緒正しい歴史あるライオネル騎士団を追い出されたとなれば、家名に泥を塗る行為だ。家に戻された者は、悲惨な末路を辿るだろう。

 シャーロットは青灰色の目を閉じて、深く深呼吸した。

(なればこそ、女だとばれて、追い出されるわけにはいかないんだ)

 イーシャーの部屋を掃除しながら、そう固く決意していると、隣で黙々と作業するヨーランが目に入る。白銀の髪を女中のように結い上げて、息を荒げることもなく掃除をしている。

(やり慣れてるわけではなさそうだけど、貴族ってのは掃除をしないものだし、あっちこっち動かされているわりには、ヨーランって体力があるなあ)

 背格好も変わらないどころか、自分よりも少し低いくらいのヨーランは、気を抜いて視界に入れると姫君のようにしか見えない。

(気にしてるし、怒られるから、絶対に口が裂けても言えないけど)

「ねえ、ヨーラン」

 名を呼んでも、ヨーランはそんな声など聞こえなかったかのように作業を続けている。

「ヨーランってば、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」

「無駄口を叩くなと命じられているだろう。黙って手を動かせ」

 なかなか、この少年とは仲良くなれない。けれど、厩舎の件があってから、どことなくシャーロットに対する態度が柔らかいような気がするのだ。

(人に慣れない獣みたいなものだから、ゆっくり慣れていってもらおう)

 バケツや掃除用具を手にイーシャーの部屋を後にすると、同じく先輩たちの部屋を掃除していた盾持ちたちが、廊下でたむろしていた。

「どうかしたの?」

 声をかけると、こちらに気づいた盾持ちのパトリックが手招いてきた。

 輪の中に入ると、声を落とすように言われる。

「なあ、チャールズ、お前は見たか?」

「見たってなにを?」

「だから、『あれ』をだよ」

「『あれ』ってなにさ?」

 首を傾げると、少年たちは呆れたように溜息をついた。

「お前、あの噂を知らないのか? ……寝てるときに、出るらしいぞ」

 要領を得ない会話に、「なにが出るのか教えてくれたら助かるんだけど」と、ジト目で見つめると、パトリックが若干頬を赤らめながら話してくれた。

「だから、夢魔だよ、夢魔……!」

「……夢魔あ?」

「くだらない」

 輪から外れて様子を窺っていたヨーランが、ばっさりと切り捨てるものだから、パトリックがむっと反駁した。

「でも、今日アランが見たんだよ! 他にも、たくさんの奴らが見てる」

 うんうん、と周りの盾持ちたちも頷いている。

 なんでも、騎士団は男が多いから、夢魔の格好の的なのだという。特にこの入団式辺りは、可愛い少年たちを骨抜きにするために、夢魔が集まりやすいのだとか。

「パトリック、君も見たの?」

 問うと、パトリックは、ぼっと顔を赤らめた。

「見……てない!」

「嘘つけ。その態度、絶対見てるだろ」

 反応が可愛くて、にやけながら追い打ちをかけると、パトリックは顔を赤らめたまま俯いてしまった。

 その瞬間、はあ、と溜息をついてヨーランが離れていったので、慌てて後を追いかける。

「ごめん、そろそろ行くよ」

「チャールズ、その……夢魔には気をつけろよ!」

「気をつけるよ、ありがとう!」

 彼らから離れ、ヨーランの顔を覗き込んでみると、至っていつもの仏頂面だったので、ふと気になって問いかける。

「ヨーランは興味ないの?」

「くだらない」

 そう言うと思ってましたとも……と、思わず苦笑を浮かべた。

 

 その夜、「おやすみ」と声をかける前にさっさと眠りに就いてしまったヨーランに瞠目してから、洗面室へと向かう。洗面室で着替えることを、体に古傷があるためと言いわけを考えていたのに、使う機会がなくて肩透かしを食らう。

 着替えを済ませ寝台に横になると、一日の疲れからすぐに眠りに誘われていく。

「今日も一日、お疲れさまです」

 聞き覚えのある声に、目を開ける。栗色の長い髪に、若葉色の双眸、星のように散らばるそばかす。

「えっ、セーラ?」

「はい、セーラです。心配になったので、会いに来ちゃいました」

「会いに来ちゃったって……ここは騎士団だよ。どうやって入ったのさ」

「だって、早くお会いしたかったんだもの……」

 そう、身をくねらすので、ごくりと唾を飲み込む。

「なんかセーラ、いつもより艶っぽくない……?」

 セーラはぺろりと唇を舐め、覆い被さってくる。そこで初めて、セーラが寝台に、しかも自分の上に馬乗りになっているのだと知った。

「ちょっと、セーラ……」

「それとも、こっちのほうが好みか?」

 途端に、セーラの声が少年らしい掠れた声に変わって、瞠目する。セーラの姿が、ドレスを着たヨーランの姿になったのだ。白銀の髪をさらりと下ろすと、どこからどう見ても女の子にしか見えない。

 案外似合っているなあ、と呑気に考えていると、徐々にヨーランの顔が迫ってくる。

 わああ、と内心焦って、思わず目を瞑ってしまうと、目と鼻の先にヨーランの息遣いを感じる。だが、そこでヨーランの動きが止まった。

「ヨーラン……?」

「なんだ、お前、女じゃないか」

 瞬間、ばっちりと目が開いた。

 目を瞬いても、自分の上にはヨーランはいなくて、だんだんと夢を見ていたのだとわかってくる。わかってから、なんという夢を見ているんだ、と眉間を揉む。以前から、ヨーランはドレス姿でも違和感がなさそうだなあと思ってはいたが。

「……噂の夢魔に化かされたかな」

 女だと知って、夢魔も退散したようである。

(けれども、夢魔も私が男に見えてたってこと?)

 それはそれでなんだか悲しいような。

 変な時間に起こされてしまったので、うーんと伸びをして、一度水を飲もうと起き上がると、隣の寝台から呻き声が聞こえた。

「……ヨーラン?」

 どうしたのかと近づいていくと、毛布を体に巻きつけて、蓑虫のように丸くなっている。

 朝のヨーランとなんら変わらないように見えたが、息遣いがどうも荒い。

「やめて……ください……」

 苦しそうな声に、まさか、とヨーランの肩を叩いて、起こしにかかる。朝はこれでまったく起きないヨーランだが、しばらく呼びかけると、がばっと飛び上がった。

「ヨーラン、大丈夫——」

 手を伸ばして確認しようとすると、ヨーランの体がびくりと震えて、手をはたかれた。

 瞠目していると、我に返ったヨーランが、しまったというように視線を逸らした。

「あー……ヨーラン、お前も見たのか?」

 この言葉に顔を上げたヨーランの頬は、さっきから赤く染まっている。息遣いもまだ荒く、完全には夢から覚めていないようだった。

「どうやら、噂は本当だったみたいだね」

 はは、と苦笑を浮かべると、月明かりに照らされるように、ヨーランの姿が浮かび上がった。ヨーランが苦虫を噛み潰したような顔をしたので、その視線の先を追う。

(おっ、と……)

 気まずくて視線を逸らしたが、十三歳という多感な時期。夢魔に変なことをされて、反応しないはずがないか、と納得する。

「……お前は平気なのか」

「えっ、なにが?」

「お前も、見たんだろう」

「あ、ああ、そうそう。いや、僕は全然平気……じゃなくて、そう、あの、実はヨーランを起こす前に自分で、えっと、処理してさ。だから、ヨーランも、その、苦しいんだったら、洗面室に行っておいでよ」

 これが男子同士の会話でおかしくはないか、とはらはらしながら口にする。

 ヨーランはその提案にしばらく黙り込んで、やがて毛布を被り直すと、再び壁のほうを向いて横になった。

「大丈夫なの……?」

 問いかけるが、無愛想な返事が返ってくるだけで、これ以上なにか言っても、ヨーランは言うことを聞かないだろうな、とこちらも渋々寝台に戻る。

 それからしばらくして、後ろの寝台から物音がし始め、こちらを起こさないようにと歩く足音は洗面室のほうへと消えていった。

 いや、これは想像しては駄目だと、無理やり目を閉じる。

 ——やめて……ください……。

 ヨーランの苦しそうな声が脳裏によぎる。振り払われた手といい、なにか、心に引っかかる。

 けれど、彼のことをなにも知らないシャーロットは、心をもやもやさせながら眠りに就くしかないのだった。

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