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招待状

 艶やかな長い黒髪、褐色の肌に闇色の瞳。着ている服までもが暗黒で、思わず目を奪われる。

 レイモンドと向き合った男は、地面に突き刺さった大剣を軽々と持ち上げると、重量を感じさせない動きで吸血鬼へと駆け出していく。

 剣を振るうと、砂塵とともに突風が巻き上がる。動きに合わせて回避したレイモンドだったが、とうてい大剣とは思えぬ動きで二撃目が叩きつけられる。

 あまりの衝撃に、地面がひび割れていた。レイモンドが驚くように瞠目していた。

「そうか、君もだったか」

「あの方は返していただく」

 有無を言わせぬ男の攻撃に、レイモンドは避けることしかできない。

「それは残念だな。せっかく僕の毒を流し込んだのに」

 男の動きが止まった。信じられないというように吸血鬼のことを見やって、それから背後にいるディアーヌに目をやった。

「嘘じゃない。そこに証人がいる。彼女はもう、こちら側の人間だよ」

 ディアーヌが目を伏せると、男の闇色の双眸が揺れる。形のいい唇から白い犬歯がむきだしになって、ぎりと歯がみする。

「よくも」

 男の殺気を感じたレイモンドが両手を上げた。

「あきらめたまえ。彼女は血を飲まないと生きていけない体になったのだから」

 言い終える前に、男の大剣が吸血鬼めがけて飛んできて、間一髪避ける。重低音が響いて、砂ぼこりが舞った。

 視界が覆われて現状がつかめない。しんと静まり返ったかと思うと、レイモンドの腹になにかがめりこんで、血を吐き出す。同時に吹き飛ばされて、屋敷の壁に叩きつけられる。

 漆黒の男の気配が、ものすごい速さで近づいてくるのを感じたレイモンドは、とっさに壁を蹴った。男から距離をとろうと動いたのだが、横から白銀の気配が近づいて受け身をとる。

 気づけば闖入者の男と、女の格好をしたイェオリの少年、男装の少女という戦力に囲まれていた。

 ここから離れなければ、と方向転換した先から、馬の足音と周囲を焼く火の気配が漂ってくる。森の奥から、馬にまたがった褐色の騎士が駆けてきていた。

 騎士が放った火の魔法が、身を焦がそうとしていた。とっさに両腕で顔面を守るようにすると、細剣が眼前に突きつけられていて、あわてて身をよじる。

「イーシャー先輩!」

 馬にまたがった騎士が敷地内に入ってくると、男装の少女が嬉しそうな声を上げる。

「チャールズ、ヨーラン、無事か!」

 はい、と声が揃う。ああ、これが少年たちの主か、と悟る。レイモンドの影を追っているはずだったが、途中で気づいたか、少女の魔法で目標を変えたようである。

 なんにしても、非常にまずい。戦力が増え、それが少年たちとは比べ物にならない戦闘力となると、遁走することすら難しくなる。

「あれが吸血鬼のレイモンドです」と、シャーロットが軽く現況を報告する。一連の少女たちの病は、目の前の吸血鬼が原因だということも、彼がディアーヌという少女を捕らえ、吸血鬼へと変貌させてしまったことも。

「ディアーヌ……」

 呟いたイーシャーの視点が、亜麻色の少女を捉える。一瞬、身を固くしたように見えたが、ひとつまばたくといつものイーシャーだった。

「レイモンド、彼女を人間に戻す方法はないか」

 イーシャーの言に、目をみはる。

 ふっ、とレイモンドは笑った。

「そんな方法があるとでも?」

「ないのなら、お前を生かしておく必要はない」と、淡々と告げる。

「文献には、吸血鬼だった男が人間になって戻ってきたという記述がある。めったにある話ではないが、ない話でもないのだろう?」

 試すようにこちらを見ていたレイモンドが、ため息をついた。

「まあ、ないこともない」

 ただし、とレイモンドが付け加える。

「僕には毒を癒やせない。毒を癒やせるのは始祖だけ。吸血鬼の始祖であるエミールという男なら、彼女の毒を癒やせるだろう」

「エミールならば人間に戻せると?」

「彼に気に入られれば」

「エミールなる人物とはどうやって接触すればいい?」

 レイモンドが、尻ポケットからくしゃくしゃの紙を取り出した。

「ロシュフォールの古都グランシェ、その六区にあるサン・ルイーズ墓地の墓守にこの招待状を見せるといい。馬車が手配されて、エミールの元まで連れていってくれる」

 ひらっ、と紙が舞う。くしゃくしゃの招待状から羽が生えて、こちらに飛んでくる。イーシャーの手に収まると同時に、ヨーランが「待て」と声を上げる。

 見ると、目の前にいたはずのレイモンドの姿がかき消えていた。周囲を見渡すが、風が葉を揺らす音しかしなかった。

「逃がしたか」

 さして残念そうでもなく、イーシャーが淡々と言った。必要な情報は手に入ったから、とでも言いたげに。

「その招待状、信用できるんでしょうか」

 白い封筒の真ん中は赤い蝋で封印されている。封筒はくしゃくしゃだったのに、封蝋は砕けずにいるのは魔法でできているからだろうか。

 宛名も差出人も書かれていないが、城と薔薇を模した印璽は存在感がある。

「どうかな。封蝋は魔法でできているから、印璽は紋章院に登録されている可能性は高いが。少なくとも招待者の元へは導いてくれるだろう」

 そこでイーシャーが向き直って、するどい眼差しでこちらを見た。

「二人とも、怪我はないか」

 安心感からか、体中がずきずきと痛んだ。ぼろぼろの格好をしていたから、大丈夫だと言っても嘘っぱちに聞こえるかもしれないけれど。

「お前たちが連れ去られたとわかったときは血の気が引いた。チャールズ、お前が魔法を打ち上げてくれたから居場所がわかったんだ」

「それはよかったです」

「お前、属性は光だったか?」と、イーシャーがいぶかしげに問いかけてくる。

「いえ、火です。空に打ち上げたのも火ですよ。あわてていたから、火力がすごいことになっちゃいましたけど」

 あはは、と苦笑を浮かべる。イーシャーは「俺の見間違いだったか」とぶつぶつ呟いていたが、シャーロットは気が気ではなかった。

(他の魔法が使えると知られたら面倒なことになるし、なんとか誤魔化せたかな……)

「ヨーランも、怪我は」

「そうだ、ヨーランってば二階から飛び降りたんですよ」と言って、「……どこか怪我してるんじゃないのか」とヨーランに向き直る。

 当の本人はけろっとしており、怪我をしていないか触ろうとするとあとずさって嫌がる。

「……大丈夫だ」

「ほんと?」

 そんなやり取りをしていると、イーシャーが視線を遠くにやった。視線の先にはディアーヌと、褐色の男がいて、なにやら話し込んでいる。

 一息ついたときに、「ディアーヌ」と声をかける。

「大丈夫? 怪我してない?」

「まあ、大丈夫ですわ。あなたのほうこそ怪我をしているんじゃなくて……?」

「僕は大丈夫。ディアーヌが軽かったから、たいした怪我はしてないよ」と力こぶを作って笑ってみせる。

 ディアーヌのそばで佇む男が静かな眼差しでこちらを見つめるので、軽く頭を下げる。気づいたように、ディアーヌが「ああ」と声を上げる。

「紹介がまだでしたわね」と隣の男を見やる。

「こちら、わたくしをずっと守ってくださったチャールズ卿とヨーラン卿。それから、そちらは……」

「イーシャーです。彼らは俺の盾持ちなので」

 こくん、とディアーヌはうなずく。

「あなたの盾持ちたちのおかげで助かりました。深く感謝いたしますわ」

「いえ、礼には及びません。ところで、あなたは」

「わたくしはディアーヌ。そして、こちらはわたくしの近衛騎士です」

 近衛、とイーシャーが呟いた。

「では、やはりあなたはロシュフォールの……」

 ディアーヌが小首を上下させて肯定するのと同時に、近衛騎士が叱責するような声を上げた。

「隠していても仕方がないですもの」

 はあ、と騎士がため息をついた。

 もしや、と思いながら、訊かずにはおれなかった。

「……先輩、ディアーヌを知っているんですか」

 太ももまで届く亜麻色の髪、太陽のような琥珀の瞳。あどけなさと凛々しさをあわせもった、可憐で玲瓏な少女。

 ああ、とイーシャーは首肯した。

「この方は、ロシュフォール王国の末姫、ディアーヌ・ド・ロシュフォールさまだ」

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