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男装騎士となる

「えっ、私がですか」

 それは唐突な知らせだった。シャーロットは、青灰色の双眸を見開いて、父であるフィッツジェラルド伯爵を見つめた。

「ずっと騎士になりたがっていただろう。弟の代わりに、騎士団に入団せよ」

「いや、それは確かに剣を振るのは好きですが、なにも騎士になりたかったわけでは」

「違うと言うのか。我らは代々近衛騎士を輩出している。息子にも騎士になってもらわねば困るのだ。しかし、あの病ではすぐには回復しまい。あれでは入団できずに今年が終わってしまう」

「来年の入団式を待てばよろしいのでは」

「来年では遅い。我がフィッツジェラルド家の男子が一年遅れなど、恥さらしにもほどがある」

「はあ……しかし、私が騎士として入団しても、弟が他と差がつくのは一目瞭然では」

「病が治り次第、すぐに教師をつける。屋敷にいれば、私が直々に教え込むこともできるだろう。とりあえず、シャーロット。すぐにでもその長い髪を切り、半年後の入団式に備えなさい」

 長い白金色の髪はずっと邪魔だったが、「淑女はドレスを着るもの。それには美しく長い髪がなくては」と侍女に諭され、致し方なく伸ばしていたのでよかった。

 剣の稽古だって、剣聖ギャレット・アディンセル直々に教わったこともある。もとより女子より男子と遊ぶほうが楽しかったシャーロットにとって、この話は願ってもないことだった。

 しかし、だ。

「そう上手くいきますかね……」

「上手くいくかいかないかではない。やるのだ、シャーロット。我が伯爵家の名に懸けて、フィッツジェラルド家の嫡子として生き抜くのだ」

 幸いにもシャーロットとその弟は、髪の長さしか差異がないほどそっくりなのだった。白金色の髪も、青灰色の瞳も。四つは歳が違うのに、背丈だって同じくらいだった。

「息子の病が回復するまでだ。それまで、あの子に成り代わり、騎士としての務めを全うせよ」

「はい……父上」

 拒否権のなかったシャーロットは、来年十三歳になる弟、チャールズ・フィッツジェラルド三世の身代わりとして、騎士団に入団することになったのだった。


「来たな、妾の子!」

 チャールズの寝室を訪れると、彼はげほげほと咳込みながら、それでも嫌味の言葉を吐き連ねる。

「チャールズ、無理をしたら……」

「呼び捨てにするな! チャールズさまと呼べ!」

「はいはい、チャールズさま。あまりご無理をされますと病が長引きますよ」

「うるさい! 妾腹風情に指図される覚えはない!」

 声変わり前の甲高い声は、いつ聞いても耳を痛くさせる。異母妹のように姉上と慕ってくれたのなら、もう少し可愛げもあるというのに。

 小さな頃は微々たるものとはいえ、可愛げがあったのになあと懐古する。おばけの出る作り話をしたら、心底怖がっていたっけ。

 思わず笑ってしまうと、チャールズがぎろりと睨みつけた。

「なにがおかしい!」

「なんでもないよ。それより、この姿を見ても、なにも感想はないのかな」

 両手を広げて自身の姿を見せる。長い白金色の髪はばっさりと切られ、チャールズと同じ長さになっている。

「ふん、見てくれだけはさまになっているな。お前と同じ姿というだけで気味が悪いというのに、僕の代わりに騎士になるなどおこがましい。わかっているだろうが、いずれは僕が生活する場所だ。粗相はおろか、女だと知られたらただじゃおかないからな」

「もちろん、細心の注意を払うよ」

 チャールズがげほげほと激しく咳込んだので、手を添えようとすると振り払われる。

「チャールズ……」

「名前も、地位も、なに一つお前のものなんかじゃない。全部、全部僕のものだ。それを肝に銘じ、完璧に僕に成り代われ」

 こんな矜持の高い、高慢ちきな少年が騎士団に入団したら、先輩騎士にこっぴどく叱られるに決まってる。

 けれどそこには口を挟まず、シャーロットはただ弟の望んでいる言葉を紡いだのだった。

「もちろん、あなたがいつ戻られてもいいように最善を尽くします、『チャールズさま』」


「もう、悲しくって仕方がないですよ。お嬢さまの美しい髪を切ることになって……」

 鏡に向かって、侍女のセーラに短くなった髪を梳いてもらっていると、彼女の若葉色の双眸がうるうると潤んだ。

「そんなに泣かないでよ、セーラ。男装することになるんだから、長いままじゃ務まらないだろう?」

「それはそうですけど、お母さまのコーディリアさまだって、海のような深い色の髪を伸ばしていらっしゃいました。演舞の際は後ろで結んで、それはそれは美しかったんですよ」

 そう言って、セーラは力説しながら、またおいおいと泣き出した。

 伯爵の妾であった母は、妾という身分を考慮しても不釣り合いな、踊り子だった。二十四歳のセーラは母子で彼女の侍女を務めていたので、伯爵の妾となってからも気まぐれで踊る母を、何度も見ていたそうな。

 過去形なのは、すでに母が亡き人だからだ。深い海のような髪と、夜明けの星のような瞳を持つ、それは美しい人だったという。

「お嬢さまが少し男勝りなのも、コーディリアさまにそっくり。あの方も、気品の中に紳士さを感じるような、不思議な奥方でした」

「セーラが話してくれるから、お会いしたことはないけれど、目を閉じるとお母さまの姿がくっきり浮かび上がるんだ。髪も目も父上似だけれど、お母さまにも似ていてよかった」

 窓辺の麗らかな風が吹き込んできて、首元を撫でていく。ふわりと巻き上がる長い髪はすでになく、晒された首元はすーすーと肌寒さすら感じる。

「殿方の多い騎士団で、ご苦労も多々あることと存じます。どうか、どうかご無事で、シャーロットお嬢さま」

 後ろから優しく抱きすくめられると、セーラの長い栗毛が自分の髪のように舞い上がる。

 シャーロットは目を細めて、姉のようなセーラに感謝の言葉を述べた。

「休みを貰ったら帰ってくるから、それまで待っていて。――頑張ってくるよ」

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