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勇者と民主主義

作者: デギリ

『革命百年万歳!

王政打倒万歳!』


『国王や貴族を二度と許すな!

国民は平等だ!』


外では革命記念祭が祝われ、民衆がスローガンを叫んでいる。


総理以下の公僕は民主主義を守ることを誓い、儀式を終える。


その後、総理官邸では極秘の報告が行われた。


「総理、魔力の急激な上昇が観測されました。

魔王復活の可能性が高くなっています」


「魔王復活の兆しがあるだと!

200年も出現しなかったのにか」


魔力観測局長の言葉に総理は驚く。


「ここ200年は出現しなかったですが、それ以前には10年内に数回出てきたこともあります。

魔王の出現は予測不可能ですが、これまでの経験を踏まえたマニュアルに従えば恐れることはありません」


「そうです。

早期に発見し、勇者を召喚、そして早期の鎮圧。

200年前にはわずか3ヶ月で被害は極小にして完全鎮圧に成功しています。

王政でもできたことが、より進んだ民主主義の今できないはずはありません」


200年前と言えば王政の時代であり、それから革命で王政を覆し、今は民主主義の世の中である。


局長と災害対策大臣の言葉に、総理は頷いた。


「確かにその通りだ。

時代遅れの王政にできたことができないはずはない。

ここで鮮やかに鎮圧すれば低支持率を回復して、次の選挙で勝つことができる。

すぐに対策に取り掛かってくれ」


災害対策省は直ちにマニュアルに従った対策を実施する。

それは、魔力の観測と魔王の復活を注視しつつ、魔法陣による勇者召喚を行うこと。


それから1ヶ月して、魔山の魔力が急激に高まり、魔王の復活が確認されるとともに、勇者召喚が行われた。


「勇者殿、よく来られました。

異世界からお呼びたてして申し訳ありませんが、お願いがあります」


正装した総理大臣が進み出て、丁重に頼み入る。


パシャパシャと多数のマスコミが浴びせるフラッシュを眩しそうに見ながら、勇者らしき逞しい若者は頷く。


「あなたが国王か。

私は歴代勇者と同じ村から呼ばれた。

用件はわかっている。

魔王の討伐であろう。

引き受けることはやぶさかでないが、報酬を約束いただきたい。


といっても過分なことを言うつもりはない。

これまで同様に王女との婚姻と高位貴族への取り立て、功績に見合った領地を貰いたい」


勇者召喚後のやり取りは王族の秘密として革命時に燃やされ、残されていない。

いきなり報酬を欲するその言葉は想定外であった。


「喜ばしいことに、勇者殿に魔王討伐はお引き受けいただきました。

詳細はこちらで打ち合わせいたしましょう」


戸惑う総理に代わり、切れ者の局長がすかさず助け舟を出す。


彼は、マスコミには勇者の登場と魔王討伐の受諾だけを見せて、勇者を総理官邸の奥に連れていき、簡単に現代社会の説明をする。


「あなたは国王ではないのか。

しかしこの国の最高権力者であろう。

ならばあなたの娘や孫娘でも構わない。


公爵が無理ならば、それに同様の名誉ある身分と豊かな領地をいただきたい。

そちらにも事情があるだろうが、僕も故郷に見せねばならないのだ。

歴代勇者よりも大幅に見劣りのする報酬では困る」


勇者に民主主義と総理大臣というものを説明するが、彼の故郷は王政であり、一向に理解しなかった。


王女も貴族も領主もいないというと、どうやら報酬を出し惜しむと思ったようで、代わりに何をくれるのかとディールを始める。


王女も貴族も領地も与えられず、代わりに勇者の満足する何を与えられるのか、総理と大臣と局長は相談する。


「名誉は国民栄誉賞と最高勲章を与えるしかないでしょう。

更に、魔王討伐官というポストを作り、それに高額の報酬を与えればどうでしょう」


「そうは言っても公務員であればそれほどは出さないぞ。

それにこだわっている彼の妻はどうする?

総理の娘さんと言ってますが、娘さんを妻にしても名誉がついてくるわけではないですからな。

人権のある時代に、誰であっても昔のように嫁に行けなどと言えません」


「困ったものだ。

王政とは違うということがどうしてもわからないのか」


すでに1ヶ月を過ぎ、観測では魔王は着実に成長しており、このままでは生息地を出て人家への被害も予想される。

過去の王政ではこの頃にはすでに勇者は出陣の準備を終えていたが、全く手についていない。


総理は、勇者の了解は後回しにして、議会に対して、勇者を召喚した報告をし、彼を魔王討伐官に任じて魔王の討伐に向かわせる法案を緊急に提出した。


「総理、何故、勇者召喚することを独断で行ったのか、これは重大な案件であり、議会の承認が必要だ!」


「そもそも事前に了解も取らずに勇者を召喚したことは誘拐ではないか。

彼への人権侵害である」


「魔王と交渉せずにいきなり討伐するとは野蛮である。話せばわかるのではないか。

何故政府はまず話し合いから行わないのか!」


「選挙も近いこの時期に魔王の出現や勇者召喚とは怪しい。

これは支持率を上げるための政府の自作自演ではないか」


少数与党の議会は紛糾し、勇者の存在と彼の出動の承認は否決された。


その間に魔王は成長して、眷属を作り出し、魔王軍として動き出していた。


「すでに3ヶ月を過ぎた。

魔王は暴れて、その地域では被害が出ているぞ。

議会の承認なしでも勇者を動かそう」


焦る総理に与党の幹事長が言う。


「待て。

この失態は勇者出動を否決した野党のせいだと宣伝して、野党の支持率は急落している。

もう少し被害を出して、この非難の声を大きくさせろ」


魔王による被害を目の当たりにしたマスコミと世論は、一斉に勇者出動を妨げた野党を非難していた。


狼狽した野党は、緊急に勇者出動を認める声明を出し、失笑を買う。


議会に再提出された法案は今度は満場一致で可決された。


すでに魔王出現から半年が過ぎていた。


その間、勇者は早く魔王を討伐しないとその戦力が巨大となると訴えていたが、誰も聞く耳を持たない。


彼はその間、勇者の世話係にされた魔力観測局長のアドバイスを聞き、軍隊と訓練を積み重ねるとともにテレビなどでこの世界のことを学んでいた。


ずっと待機させられていた勇者は、ようやくその国の軍隊とともに出動するが、強大となっていた魔王軍はすぐには倒せない。


戦う勇者に議会は様々な注文をつける。


曰く、早く倒せないのか。

曰く、自分の選挙区で戦うな。

曰く、戦費を抑えろ。

曰く、選挙に合わせて戦果を出せ。


十分な支援もなく、戦闘地域も期間も制限された勇者はまるで手枷足枷されて戦わされるように感じる。


苦情を言う勇者と注文をつける政府の間を魔力観測局長は奔走し、調整に努めた。


一年間の死闘後、甚大な被害を残しながらようやく魔王を倒した勇者は、首都に帰還すると罵声を浴びせられる。


「もっと早く、被害を出さずに勝てなかったのか!

200年前はほとんど被害はなかったぞ!」


「魔王や眷属を殺さずに保護できなかったの?

彼らは貴重な生命体なのに、どうして殺したの!」


「こんな下手な戦いをするなんて税金の無駄だ。

報酬なんて与えずに異世界に帰してしまえ!」


議会では、魔王戦の被害が議論となり、勇者は議会に呼ばれてもっとうまい戦いができなかったのか詰問された。


勇者への報酬は話題にも上がらず、勇者は魔王討伐官として役人の最高報酬を与えられるが大した額ではない。


もう魔王は来ない、勇者は用済みという雰囲気の元、勇者のポストや報酬は無駄という声があちこちで出ていた。


勇者は何も言わずに失踪するが、異世界に帰ったのかと誰も気にしなかった。


それから2年が経つ。

某国が相変わらずの政争に明け暮れる中、世界のスポーツ界では天才スポーツ選手の出現が話題となっていた。


ブレイブという名前の彼は、ボクシングでは中肉中背でありながらヘビー級に出場し、巨漢をことごとくノックアウトし、熱狂的な人気を誇っていた。


更に試合の合間にサッカーとバスケットボールでもプロとなって、はるかに遠方からシュートを決めまくる。


チャンピオンの名誉と数百億ゼニーの稼ぎを持ち、数多くの美女を侍らせているが、ブレイブの経歴は全く不明であった。


その男の話題で世界がもちきりの頃、魔力観測局長は再び魔王の出現を総理に報告した。


「すぐに勇者を召喚しろ!

この前の経験があるので今度は迅速に対応できるだろう」


「召喚した勇者が生きている限り、新たな勇者は呼べません」


それを聞いた総理の顔が歪む。

彼を使い捨てにしたという自覚はある。


「勇者はどこにいるのだ?」


「災害対策省では勇者の居場所を追っていました。

彼はここにいます」


局長が指さしたのは、テレビ画面。

そこではブレイブが華麗にノックアウトを決めているところが映っていた。


「なんと、今話題のブレイブが勇者なのか・・」


「巨額の金と名誉と美女、全てを持っている彼が魔王討伐に赴いてくれるか、甚だ難しそうですが、説得してみましょう」



多忙を極めるブレイブになんとか時間をとってもらい、局長は彼に会う。


「よく使い捨てにした僕に会いに来られたな。

世話になったアンタだから会うんだ。

用件はわかっている。


国を救ってもはした金しかくれず、人を殴ったり、球遊びをするだけで膨大な金をくれ、女もいくらでも寄ってくる。

民主主義というのは訳がわからないものだ。


それでも勇者であるからには魔王討伐は使命ではある。ただし、二度とタダ働きはしない。

僕からはアンタ達は何をくれるのかだけを聞きたい」


「それは・・」


局長は言葉に詰まる。

議会にかければ、以前と同じものしか出さないだろう。


しばらく考えた局長はあることを思いつき、

ニヤリとしながら勇者の耳に囁いた。


勇者が戻らないまま、魔王は成長する。


「政府は何をしている!

以前の教訓を活かして迅速に対応しろ!」


マスコミや野党は騒ぎ立て、その地域の民衆はパニックになる。


総理や与党はブレイブと連絡を取ろうとしたが、パイプ役の局長は、交渉を成立させる自信がないと辞職し、打つ手がなかった。


魔王の被害が出始め、その対策がないことがわかると国中がパニックになる。


「勇者様、助けてください!」


「勇者様、あなたを蔑ろにした我々が悪かった。

今度こそあなたを仰ぎ奉ります。

どうか戻ってきてください!」


神仏に祈る民衆に、呼びかける男達がいた。

その先頭には魔力観測局長がいた。


「我らは勇者党。魔王に勝てるのは勇者様だけだ。

勇者様に国王になっていただき、我らの全てをお任せするのだ!

そうすれば勇者様は魔王を倒してくださる」


「民主主義なんて何の役に立つ。

勇者様がいなけれはみんな死んでしまうぞ。

勇者様が国王になれば臣民を守ってくださる。

守ってほしい者は入党しろ!」


魔王軍が暴れ回るとともに、勇者党は一気に勢力を拡大し、選挙で多数を占め政権を握った。


それと同時に勇者は帰国し、魔王討伐に乗り出す。


勇者の指揮の元、軍隊や官僚はまとまり、魔王軍は一掃された。


戦乱後、勇者は国王として戴冠し、有能な軍人や官僚などを抜擢して貴族に任じ、国王による政治を行う。


しかし、一部の国民には根強く民主主義を求める声が残っていた。


宰相になった局長は、王政に反対する議員の集会に出席し、公開で議論する。


「人間は平等だ。

王政などおかしい。民主主義を守れ!」


議員の主張を局長は嘲笑う。


「国民が平等であり、それに基づき民主主義を行うなど偽善であることは魔王出現で明らかとなった。


逃げ惑うだけの民衆と魔王を倒せる勇者様が何故平等なのだ?

それとも優れた人間に負担だけを押し付けて、利益だけを分け合うのが民主主義なのか?


勇者様がいなければ人間は全滅していたのだぞ。

民主主義を口にするあなた達は何をしていた?


それほど大事な民主主義ならば勇者様に頼らずにみんなで魔王に向かっていき、殉死すればよかったではないか。


あなた達は戦うどころか、勇者様の出撃を妨げ、戦いの足を引っ張り、国民を救った対価も与えなかったではないか。


そんな恩知らずの国民をもう一度救われたのは勇者様の慈悲。

主人と仰ぐのが当然だろう」


なおも民主主義の重要を訴える議員に民衆から投石が飛ぶ。


「アンタ達が勇者様の邪魔をしなければ夫や子供は命を救われたかもしれないのに!」


「口だけで何の役に立たない議員はいらないぞ!

民主主義よりも俺たちの命を救ってくれる勇者様の方が頼りになる」


すごすごと逃げ出す議員とその一派を見て、局長は言う。


「奴らや魔王を保護しろなどと安全地帯で言っていた奴らは臣民にふさわしくない。

勇者様に仕える気がない者は国外追放とせよ」


部下への指示が終わると、一人で皮肉気に呟いた。


「民衆が民主主義を捨てて王政を選んだんだ。

これも民主主義だ。

俺は公僕としてちゃんと民主主義を守っているぞ。


しかし、移り気な民衆のことだ。100年も魔王が来なければまた平等を叫び、革命でも起こすことだろう。


勇者様、アンタは歴代勇者の伝統に縛られて国王を選んだが、それよりスポーツ選手をしている方が幸せじゃなかったかね。


まあ、勇者様を飾りに、議会に邪魔されずに権力を握れた俺は幸せだけどな」


これまで議会の為に自分の構想を実現できなかった局長は、密かに笑みを浮かべながら、有能な部下を使って大好きな仕事をこなす為に宰相室に向かった。


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勇者がベジータの声で局長がぶりぶりざえもんの声で再生された件
現代社会で民主主義が蔓延ってるのは銃と活版印刷のおかげだしなぁ~。 道具の力と集積された知識が人間の優劣を凌駕したからこそ数が正義の民主主義に落ち着いた訳で…… 自分たちの力で解決出来ずに勇者一人に頼…
まあ、民主主義の本質は誰か1人が暴走できないように邪魔できるシステムだからね。 国民主権は、政権の判断が遅くなることをデメリットと捉えるより、むしろそうなるように仕向けてるシステム。 だから緊急性…
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