第一部③
「ただいまー。」
俺は古びたアパートのドアノブを回して開けた。
「おう、おかえり!」
中から二十代位の若い女性の声が響いてきた。俺の姉貴だ。俺は入って一番手前の横開きの障子を開けた。
正面を見ると少し小さめの勉強机があり、大小様々な参考書が綺麗に横並びになっている。
右側を見ると、俺と同じくらいの本棚が設置されていて、上半分には漫画や小説などが、下半分は歴史関連の本が置かれている。
また床には、6畳程の畳が縦横パズルのパーツのようにはめ込まれている。これが俺の部屋だ。
俺は机の左脇にくくりつけられた鉄製のフックに学校指定の簡素な鞄を掛け、フックタイプのベージュ色の制服を脱ぎ捨てながら姉貴に聞いた。
「姉貴ー!懐中電灯ってどこにあるかわかるかー?」
「懐中電灯?そんなもん何に使うんだー?」
かなりだるそうな声で聞き返してきたが、まあ質問は間違っちゃいない。普通だったら誰でも感じることだ。
「今夜学校で部活するって言われてなー。それで夜の学校探索するのに使うんだとよー。」
姉貴は「ふぅーん」と返し、「まあ、先公や警備員には捕まるなよー。」と言ってくれた。
―保護者ならもっと言うことあるだろうに………。―
とは思ったが、口には出さないでおいた。
そうこう話している間に、俺は机よりちょっと左側のプラスチックの棚から黒色の上着とズボンを出し、まずズボンから履き始めていた。
「んー、確かキッチンに置いていたはずたぞー。」
俺がズボンを履き終え、上着を被り始めていた所で姉貴はやっと答えてくれた。
「おう、ありがとう。」
俺は袖に通しかけていた片腕を通し、もう片方の腕も通した。そして裾を引っ張り、頭をだした。
厚過ぎず、かと言って薄過ぎない、まさに春にはピッタリな上着だ。
俺は机の左脇にくくりつけられた鉄製のフックからウェストポーチを取り、後ろへ振り返って進み、また障子を開けた。
廊下に出てから右を向き、数歩進んでドアを押し開けリビングに出た。
リビングと言っても食事を取るテーブルと二十五インチ程度しかないテレビだけが置かれているだけの、非常に簡素なものだ。
そこに入って右を向くとすぐにキッチンがある。俺はそこに向かった。
そしてそこでしゃがみこみ、フライパンなどの調理器具がしまわれている棚を探し始めた。
「姉貴ー、キッチンって言うと、いつもののとこでいいのか?」
「ああ、そのはずだぞー。」
そう姉貴から聞くと、俺はその棚を閉めて、そのまま右へ向いて探し始めた。
そこには大きめの皿が綺麗に整頓されて左脇の棚に置かれている。「カナー!メシはどうするんだー?」
そう姉貴が聞いてきた。今の呼び方をするのは、うちの姉貴と、俺の知っている限りでは一人くらいだ。
「一応、7時半くらいに集合ってことになっているから、少し早めに作ってから行くよ。」
「んん、わかったー。アタシの分も頼むわー。」
それに対して俺は「オッケー」と言って答えておいた。
そんな会話をしている間も、探す手を止めることはない。
「ところで姉貴ー。」
俺は少し話題を変えてみた。
「んー、なんだー?」
「姉貴って甲ノ宮学園出身だったよなー?」
「ああー、それがどうかしたのかー?」
「いや、大した事じゃないんだけどさー。旧校舎の噂って知ってる?」
「旧校舎ー?あの壊れかけのか?」
「そうそれ、なんか知ってるー?」
姉貴は「ウーン」と唸り記憶を引っ張りだそうとしていたが、
「済まんな、何かいるって言うのを聞いた程度だー。」 「んー、そっかー。そりゃ残念だ。」
「ただ行こうとか思ってるんなら止めとけー。あそこ危ないからなー。」
「わかってるって、と、あったあった。」
俺は見つけた懐中電灯を持って自分の部屋へと戻る。
そしてそれをウェストポーチの中にいれて、それを机に投捨てた。
―まあ準備はこんなもんか。―
俺はまたキッチンへ向かい、今度は冷蔵庫を開け中身の物を漁り始める。
「姉貴ー、飯なにがいいー?」
「んー、精がつくもの頼むわー。」
「OK、わかった。」
じゃあカツ丼でいいかな。
俺はそう思いを馳せ料理に取り掛かかった。