第一部①
「皆さん、旧校舎の噂、ご存じですか?」
教壇に立った間宮が突然そんなことを言ってきた。
肩にかかる程度の長さのポニーテイルは、間宮の活発そうな小顔と、胸辺りの残念なまな板によくフィットしている。
こいつの顔を見れば、百人中百人が「お前絶対陸上部だろ」と言うであろうこいつが現新聞部部長、間宮凜。
ちなみに、何でこいつが部長なのか、他の高二高三はどうしたのか、さらにはなんで俺がこの部活にはいっているのか。その辺りに関しては今話し始めるとかなり面倒臭いため、今は省かせて頂く。
「えっと、……………あれだよな。十数年前、そこに通っていたなんとかって女子高生の霊が、成仏仕切れず自縛霊となって、時々旧校舎に近付く生徒の魂を持ち去って食べちまうっていう………。」
突然言われた事に対し、さてなんと答えたらいいものかと考えあぐねていたい中でそう言ってくれたのは、スポーツ刈りの生徒の川崎だ。奴は俺らと違うクラスだが、俺と話が合い、かつこの部活で唯一のまともな部員であるため、俺はかなり重宝している。ただ少し、というかかなり恵まれない性質のため、この部活内でいつも損な役回りを担うことになってしまうかわいそうな少年でもあるが。こいつを入部させた経緯に関しては、また後日語らせて頂く。
そんな川崎の答えに俺の隣りの席の黒宮が補正する。
「正確に言うと十五年前に起こった猟奇的殺人事件の被害者となった赤坂美奈さんの霊だと言われているわ。
犯人は既に逮捕されているけど、当時赤坂さんの死体の状況は首を吊られた状態で腹を裂かれていたそうよ。」
写真あるけど、……………見る?とか言いつつ鞄からだそうとした黒宮に対して、間宮を含む四名は激しく首を横に振ったため、黒宮は「そう、なかなかゾクゾクするのだけど……」と一言残念そうに言って出そうとしていた腕を引っ込めた。
………今のだけでも十分に分かるだろうけど一応説明。
黒宮奈々子、あまり俺らと同学年の女生徒(あまりそれらしさを感じさせないが。) 背中の半分くらいまでかかるストレートな黒髪と、豊満な胸が特徴。
趣味は読書と、…………………グロテスクな画像を見て一日中ゾクゾクすること。
………ごめん、あんまりこの人のこと語りたくない。
こんな元オカ研のような女生徒をどうやって入部させたのか。それに関しては今はマジで勘弁して欲しい。
トラウマ掘り返されるって、皆嫌だよね?
「んで、今更それがどうかしたのかよ。」
俺は当然のように間宮に聞き返した。
旧校舎の噂に関しては、入学すれば誰でも耳にするような、この学校の常識の一種のようなものだ。実際、そういうのに興味のない俺ですら知ってるくらいだし、今更知ってるかもクソもない。
「まさかネタに困ってるからそれをもう一回調べ直そうとか思ってないだろうな?」
俺が冗談じゃないと言う感じで言うと、
「その通りです!」
と激しく指を指してきて肯定した。
「っていうか、マジでネタに困ってんのかよ………。」 「いや、まあネタ云々については置いといてですね。」
川崎が呆れながら言ったことに対し、鞄をゴソゴソと探りながら応えた。
そして鞄から一冊のノートを取り出し、バラバラーっとめくっていき、「ここですよ!」と言って、一枚の新聞紙の切り抜きが張られているページを俺たちに見せつけるように開いた。端の方に某新聞社の名前が記載されていた。
その新聞の見出しは、
『謎の連続失踪事件、失踪者はいまだ増えるばかり』
となっていた。
川崎はあれ?と軽く呟き、
「これ、最近ここいらで流行ってる誘拐事件じゃねぇか。」
と言った。
俺もこの事件については少ばかり知っている。最近学校や余所の生徒が、何人か突然失踪している。しかもそれは現在進行形で、一回二回だけじゃなく、報道されている分だけでも、既に五・六件発生しているのだ。
さすがにこりゃ自主的な失踪じゃないと思った警察は、周辺に注意を呼び掛け失踪者の捜査に当たっているが、いまだ成果は得られていないそうだ。
「噂じゃ謎の研究所に連れ去られて、胃や内臓を、ピシャ……ピシャ……と裂かれて…そのまま…………フ、フフフフ」
隣りから悍ましい(おぞましい)こと言ってくる黒宮に、背中で薄ら寒いものを感じつつも、俺は間宮に聞いた。
「んで、それがどうしたんだよ。それに関しては俺らが気をつける以外どうしようもねぇじゃねぇか。」
ま、気をつけても無駄だろうけどね、と心の中で呟きつつだが。
「そうですね……、私達も失踪しないよう気をつけなくては…………ってそんなことはどうでもよくててですね!」
間宮が一人訳のわからないノリ突っ込みをし、話が脱線しかけた所を修正する。
「もしかして、間宮ちゃんが言いたいのって………これの事かしら?」
黒宮がいつの間にか出した週刊誌のあるページを開いて指している。
俺や川崎が覗きこみ、間宮もそれを見つつ「そう、それですよそれ!」と叫んでいる。
そこには、
『謎の連続失踪事件、甲ノ宮学園の旧校舎の噂と関連あり!?』
と書いてあった。ちなみに、甲ノ宮学園とは今俺の通っている学校のことだ。
……………………………………いや、いくらなんでもこれは、
「ありえなく……ねぇか?」
俺がどう言ったもんかと言いあぐねていた所を、代わりに川崎が言ってくれた。サンキュ、川崎。
すると間宮はキッと川崎を睨み、
「見てもないのにどうしてそんなこと言えるんですか!」
そう、言われてしまっていた。ついでに黒宮にもかなりキツく睨まれているのだが、この位置だと俺が睨まれているみたいで、怖いったらありゃしない。
「いやだってよー、……」
反論しようとしていた川崎だが、二人の凄みに負けて何も言えなくなってしまい、視線で俺に助けを求め始めてきた。
俺は「やれやれ」と肩を竦めつつ、それに応じた。
「その記事だけじゃ信憑性薄いだろう。一体何を根拠にそんなことを、」
そう俺が言うと、黒宮がどこからか出した蛍光ペンである一行に線を引き、「ここよ。」という感じでその一行を指した。
『――最近我々の出版社に、夜遅くに甲ノ宮学園の旧校舎に少し大きめの袋を持った人物が出入りしているとの目撃情報が多数入っている。甲ノ宮学園の旧校舎には以前からいわく付きの噂が流れており、もしかしたら警察はあえてここを素通りしているのかも――。』
「そんで、この目撃情報ってのがですねー。」
間宮もいつの間にか蛍光ペンをだし、「ここなんですよ。」とある枠の所を丸つけた。
そこも読んで見ると、
『俺、たまたま忘れもん取りにいった時に偶然見掛けたんだ。暗くてよく見えなかったけど、袋を担いだ人影が旧校舎入っていたのを』(目撃者Aさん)
『あたしも見た。しかも一人じゃなくて複数人同時に』(目撃者Bさん)
『なんかキョロキョロして、周りの様子うかがってたわねー』(目撃者Cさん)
『結構重そうだった。』(目撃者Dさん)
等々、
そこの枠には優に五十件以上の目撃情報が記されていた。
「どうですか!これでもまだありえないだろって言えますか!?」
間宮が勝ち誇った様子で俺たち男性陣に言っていたが、それでもまだ信用仕切れなかった。
「いや、この目撃情報もヤラセだろ。」
「ま、まだ言いますか!」
自信ある情報を否定されて、さすがに間宮もイキりたったが、俺はいたって冷静に答えた。
「この目撃証言が事実であるとは限らないだろ。それに、」
「もし本当だとしても、何でこんなおいしい情報があるのに警察に通報しないのか、そうでしょう?」 俺が言おうとしていたことを、黒宮が横からとっていった。
「してるのよ、この人達。目撃した人達全員がね。けど、警察は聞き入れなかった。」
「なぜだ?」
「それは、同じ考えの土宮君なら分かるんじゃない?」
―いくらなんでも無理がある―
―デマじゃないのか?―
そんな普通の考えによって、彼等の真実はかき消されてしまったと。黒宮は暗にそう言っていた。
「そう、だからこそ私は考えました。もし事件との関連性を繋げる事ができたなら、そしてそれを写真に納めることができたなら、これはとんでもないスクープだと。」
そして間宮は教壇を両手でバンッと叩き、
「そしてそれが成功すれば、新聞部にとってまたとないほど知名度がアップすると!!」
間宮は嬉しそうな顔でそう叫んだ。
………この流れだとまさか………。
見れば川崎はもう既に諦めたような顔をし、黒宮はニコリとホラー的な笑みを浮かべて凄く嬉しそうな顔をしていらしゃる。
…………どうやら、今日の、正確には今夜のこれからの予定が、決まったようだ。
「今夜、その旧校舎を調べて周りたいと思います!!」 間宮は力一杯こめて、俺たちに向けてそう言い放った。