破綻
完ぺきにうまくいっていると思っていた初めてのお泊りデートだったが、夜が更けるにつれて、爽子は不自然に饒舌になっていった。
「今日のお昼の海鮮丼に入っていた生シラスと生桜エビは絶品だったわね、普通は入ってないよね、さすが駿河湾だわ、駿河湾ってすごく深いのよ、フィリピン海・プレートがユーラシア・プレートの下に沈み込んでいるからだわ」
「今日見た二つ目の滝の岩はマグマが冷えて固まった玄武岩だけど、縦方向にひび割れが入っていたでしょ、あれ、柱状節理といって、マグマが急に冷やされたときにできるのよね」
いかにも理科の先生っぽく地学ネタを繰り返す彼女だが、そんな話より、当然僕は、今夜のこれからのことで頭がいっぱいだった。
「そろそろ、休まない?」
頃合いを見て、僕は彼女の話を遮り、寝室に誘った。
「…ご免なさい。今朝から急に生理になってしまったの」
「それ、嘘だろ」
彼女の様子がおかしいと思っていたからだろう。普段なら言わないことばが、オウム返しに口から出てしまっていた。特に根拠はなかったのだけど、哀しいことにそれは図星だったようで、爽子はうつむいて黙ってしまった。
爽子が嘘をついた? この僕に? この期に及んで?
そう来られたら、こっちだってあとには引けない。僕は問答無用で彼女の手を取り、寝室に連れて行った。
ようやく観念した様子の爽子は、寝室の灯りをすべて消して、部屋を真っ暗にした。
二人してベッドに入ると、僕は彼女に長いキスをした。息を弾ませ始めた彼女の、身に着けていた浴衣をゆっくりと脱がせながら、指と唇で彼女の身体の顕わになった部分を丁寧に慈しんだ。
だんだんと暗闇に慣れてきた僕の眼に、彼女の白い裸身がぼんやりと浮かんだ。
恥ずかしさからなのだろうか、枕に顔を埋めて声を上げるのを我慢している様子の彼女の、それでも身体の準備が十分にできているのを確認し、自分も浴衣を脱いで彼女とつながろうとした。
その時だった。
「ダメっ!」
僕は強く胸を突き飛ばされた。それが僕と身体の関係を結ぶことに対する完全な拒絶を意味していた。
いわれのない拒絶に怒りの感情が沸騰した。このまま押さえつけて無理にでも思いを遂げてしまえという気持ちを、残っていた理性がぎりぎりで押しとどめた。
彼女の中に入る直前だった僕の身体は熱く滾っていた。僕は裸のまま手探りで浴室に駆け込むと、猛り狂っているものを手で刺激し、自分で精を浴室に吐き出した。沸き起こる快感がとても惨めだった。
僕は頭から冷たいシャワーをかぶって、何とか怒りの感情を抑えた。ようやく冷静さを取り戻した僕は寝室へ戻った。
爽子はベッドで肩を震わせていた。泣いているようだ。突然の拒絶の理由を知りたくはあったが、今この状態で彼女を問い詰める気にもなれなかった。
僕は、浴衣を着るとベッドの反対側にもぐりこみ、そのまま寝てしまった。
翌日は散々な一日となった。
ほとんど無言で朝食を済ませ、チェックアウトすると、彼女の好きなジオパークや、イルカのショーのある水族館など、予定していた観光スポットをいくつか列挙はしてみたものの、爽子は明日仕事があるので早めに家に帰りたいという。
僕は、車をまっすぐ高速道路に向けて走らせ、高速道路のサービスエリアでランチを取り、午後二時頃に都内のターミナル駅で彼女と別れた。




