はじめてのデート
爽子さんが僕と一緒に行きたかったところは、秩父だった。
埼玉県秩父市は、爽子さんの家がある私鉄のターミナル駅からさらに電車で一時間ほど、僕も好きな町で、数回行ったことがある。
「私の地元のようなものなので、ご案内させてください」とのことだった。
二週間後の週末、僕は少し早起きをして、電車で爽子さんの地元駅に向かった。池袋から私鉄の通勤快速で乗り換えなしで五十分ほど、そこからは彼女のクルマで現地に向かった。
彼女は自分専用の軽自動車を持っている。通勤や買い物に、この辺りでクルマのない生活は考えられないそうだ。
幹線の国道をしばらく行くと人家が途切れ、山間の道となる。眼下を流れる清流や上方を走る鉄道の線路と交差しながら、一時間ほどで目的地に到着した。
秩父は自然豊かな観光地であるとともに、よくアニメの舞台になることでも知られている。僕も、水の事故で死んだ幼馴染が幽霊になって現れる高校生たちの群像劇のアニメが大好きで、その聖地巡礼でこの地を訪れたことがある。
河岸段丘の上の園の見晴らし台から、眼下の街並みを眺めた。ここは件のアニメのラストシーンの舞台なので訪れたことがある。
そのことを彼女に告げると、
「えー、偶然。私もあのアニメ、大好きだったんですよ」表情を輝かせた。
街の中心を貫いて流れているのは荒川だ。荒川というと東京の下町を流れる広くて人工的な河川を想像してしまうが、上流はこれほどまでに自然の川だ。
「良い眺めでしょう。秩父は、荒川が大地を削った河岸段丘にできた町なんですよ」
ピラミッドのような、妙にギザギザした、存在感たっぷりの山が仰ぎ見られる。
「あれは武甲山、石灰岩質なので、セメントの原料として採掘されてあんな形になってしまったのです。石灰岩はサンゴの死骸が堆積してできたもの、こんな山深いところにサンゴなんて、面白いでしょ」
爽子さんは理系で、大学では地学を専攻したそうだ。
「地学なんてマイナーな学問を選んでしまったのは、近くにこういう自然があった影響なのかな。結局小学校の理科の先生になってしまいました」
彼女は意を決したように僕を見つめ、ゆっくりと、ことばを切り出した。
「いきなりこんなことを言われて絶対びっくりされるというか、あきれられると思うのですけど、もし、よかったら、その、、私と、、」
彼女の言いたいことを察した僕は、彼女の言葉を遮り。機先を制した。
「爽子さん、僕と、お付き合いしてくれませんか」
彼女の表情がぱっと輝いた。僕までも幸せにさせられるような、そんな素敵な笑顔だった。
その後は、対岸の大きな公園に向かった。道のところどころに何番札所という標識が目につく。
「秩父三十四か所札所ですね。秩父の町中やこうした街はずれの自然の中のお寺が三十四か所、札所に指定されています。簡単には行けない四国の八十八か所の代わりに、江戸時代からお参りする人がたくさんいたんですよ」
「私も全部巡ったわけではないので、興味があればいつでもお付き合いしますよ。あ、もちろんクルマがあっても一日では絶対無理、二、三泊はしていただくことになりますけど」
「一緒に泊まってくれるの」
「そんなの、未だだめですよ」
「じゃ、いつになったら良いの」
彼女は黙って下を向いてしまった。いけない、いけない、お付き合いといっても、際どい冗談を言い合うほどには打ち解けていないってことか。どうしても付き合い始めは、相手との距離感を計るのが手探りとなってしまう。
対岸の大きな公園でランチをして、札所のお寺を二か所巡った。
市街地に戻って古い商店街をぶらつき歩き、夕食は彼女お勧めのお蕎麦屋さんで、映える名物だという大きなカツの乗ったた「わらじカツ丼」を、写真を撮りながら食した。
駅まで送ってもらった別れ際に、僕は爽子さんにおやすみのキスをした。二人の距離感を計りながら、もし嫌なら避けられるように、分かりやすく、ゆっくりと顔を寄せた。
彼女は避けなかった。そっと瞳を閉じて、僕の唇を受け止めてくれた。




