結婚
奥武蔵の山々の紅葉が妍を競いあう頃、私の身辺は急に慌ただしくなった。
母親に付き添われて病院に行くと、やはり私は妊娠していた。
豪くんに報告すると、早速籍を入れようということになり、別居のまま豪くんの住む東京の区役所に婚姻届けを出した。
入籍と同時に私の職場に結婚の事後報告をした。結婚式と新婚旅行は彼の仕事の都合で今はしない、彼の仕事が落ち着いてからということにした。
同僚は一時の私の落ち込んだ様子から彼とは別れたと思っていたようで、みんなに仰天されてしまった。無理もない。私自身、この怒涛の展開に仰天しているのだから。
間をおいて職場に妊娠の報告もし、切りのいいところで新学期から産休をいただくことにした。どうせ分かってしまうかなとは思ったが、一応できちゃった婚だということは伏せておいた。受精したのはあのラブホか、はたまた私の自宅か、自宅であれば彼のプロポーズよりも後だからできちゃった婚じゃないよねと自分に言い訳をした。
私が産休に入る三月の終わりに引っ越しをした。新居は、私の実家の近くにマンションを借りることにした。豪くんは、通勤がかなり大変になってしまったけど、私の妊娠のことを考えて快諾してくれた。
いっそ自宅を改装して同居してはという意見も親から出て、豪くんはそれでもかまわないと言ってくれたのだけど、私は、気兼ねなく新婚気分を味わいたくて別居を選択した。弟の自慰のおかずになるのはまっぴらごめんだ。
父は仕事関係の友人も招待して昭和な披露宴をしたかったみたいだが、小学校の先生が大きなお腹で盛大な結婚式というのも体裁が悪い。父は豪くんにうまいこと言いくるめてもらった。
結婚式も披露パーティもしなかった私たちは、友人たちから結婚相手を紹介しろとせっつかれていた。
安定期に入り、私のおなかが目立ち始めた深緑の季節に、お互いの気の置けない友人だけ三十人くらいの結婚報告パーティを新宿のレストランのラウンジで開いた。
さて、そこで、あの九年前の伊豆の一夜のメンバーだ。豪くんの友達の御堂くんと小幡くん、私の友達の佐藤紗理奈と金子花梨、どちらも一番の親友を呼ばないわけにはいかない。
豪くんは、御堂さんと小幡さんに私の正体を説明していなかったようだ。
小幡さんは、私の顔を見るなり「あれ、以前どこかでお会いしていませんか」と聞いてきたので、返答に困ってしまった。
豪くんがようやく事の経緯を説明すると、二人とも泡を吹きかねんばかりに驚いていた。
紗理奈は、意外なことに友達の中ではいち早く結婚し、今や一児の母となって子育てに奮闘中、ねこちゃんは、まだ独身で幼稚園の先生をしている。
男女のことに関しては経験豊富で頼りになる紗理奈には、豪くんと付き合い始めた頃から経緯を話し、アドバイスも貰っていた。
紗理奈には二人の事情を一番よく知る友人としてスピーチをしてもらった。
「新婦の本陣爽子さんとは同期同窓で、中学校、高校を通じて仲良くさせていただきました」と無難な言葉で始まったスピーチだったが、「新郎の廣丸豪さんとは、新婦と一緒に仲良くさせていただいたこともある、新郎新婦共通の友人でございます」ととんでもないことを言い出した。
かなり胆を冷やしたが、幸い私たち以外は誰も変に思わなかったみたい。
それよりも人妻になってますます妖艶になった紗理奈に、豪くんがあの一夜を思い出したりしてはいないかとそっちの方も心配だったけど、さりげなく彼に確認してみたら、「何を馬鹿な心配を」と笑われてしまった。
ねこちゃんは、あの伊豆の一夜で同衾した御堂くんに興味津々で、私の二匹目のどじょうを狙っていたみたい。
後で彼が結婚していると知って、えらく残念がっていたっけ。




