旧友
二人にとって、なかったことにするにはあまりに強烈なお泊りデートの結末に、その後も気まずい状態は続いた。毎日やり取りしていたLINEも、件数も減り、内容もお座なりになっていった。
どうにも納得がいかないあの日の彼女の態度について、きちんと会って説明を聞きたいという気持ちがある反面、迂闊に会って感情的になり、売り言葉に買い言葉で別れ話になってしまうことが怖かった。
そんな折、約半年ぶりに高校時代の悪友三人で食事をすることになった。
約束した神楽坂のイタリアンで、先に店についた小幡康彦と僕がグラスビールでアミューズをつついていると、長身の御堂省吾が「遅れてすまん」と店に入ってきた。三人そろったところで、前菜と白ワインをボトルでオーダーし、久々の再会に乾杯をした。
御堂と小幡とは、高校一、二年で一緒のクラスだった。
御堂は三人の中で一番の長身で、運動神経も良かったが、もったいないことに帰宅部だった。端正なルックスに加えコミュ力も高く、とにかく女性にはめっぽう強かった。
大学でもモテまくっていたようだったが、大学を卒業してコンサル会社に入社するや、意外にも三人の中で真っ先に年貢を納め、来年早々には第一子誕生予定である。
小幡はバレー部のチームメートで、都の西北の大学を卒業し、今はいっぱしの銀行員だ。
大学は別々で、仕事も三人ともバラバラの業界、それでも高校では一番に気の合う仲間で、今でもこのメンバーで、年に二、三回は、こうしてグラスを傾けている。
この三人で会うと必ず鉄板で話題になるのが大学二年の夏の伊豆旅行だ。
その旅行で僕は童貞を卒業したのだが、これが僕にとっては人生最大の屈辱、二人にとっては抱腹絶倒の一大事だった。昔のことなので、毎度酒の肴になっても笑い話と聞き流す余裕はあったが、この日は、あえておバカな思い出話を避け、気心の知れた二人に爽子とのことを相談してみる気になった。
お店のおすすめのパスタとメインを注文、白ワインを一本追加すると、僕は爽子とのことを切り出した。
「その爽子ちゃんっての、小学校の先生なんだろ。『センセイがこないよがってるとこ生徒がみたら、どう思うんやろな、え、センセイ』とか言いながら、エッチしてんのか?」
いつもの通り品のない御堂に、正直にまだ身体の関係はないことを告げると、案の定容赦ない反応があった。
「お前、まだしてないの!? 付き合い始めてもう一年だろ! どこか身体、悪くしたのか?」
僕が先日の伊豆旅行の顛末を打ち明けると、御堂も小幡もしばし絶句した。
「入れようとしたけど、穴が狭くて入らなかったのか?」と御堂。
隣のテーブルの女性三人組が眉をひそめているのに気が付いた僕は、唇に一本指をあてながら、小さな声で告げた。
「いや、いよいよ入れる直前になって、いきなり、急に拒絶されたんだ」
「信じられんな。ダメよ、ダメよもいいのうちのダメなんじゃないのか」と。再び御堂。
「俺にだって、それくらいの区別はつくよ」
「やるとばれてしまう、どうしても知られたくない秘密があるってことかな」と小幡。
「あそこが縦じゃなくて横に割れているとか?」
早々に話題に飽きた御堂が下品にまぜっかえしたところで、僕のスマホがなった。噂をすれば影、なんと爽子からの電話だった。
あの日からもう一か月以上爽子と会っていない。直接電話で話すのすら二週間ぶりくらいだ。
「どうしても会って話したいことがあるの。明日の土曜日、時間取れない?」
理由も言わずに会う約束だけをして電話は切れた。出会ったばかりの頃を思い出させる爽子の猪突で不自然な誘い、でも今回は良い話ではない可能性もかなりある。
気もそぞろになった僕は、その後御堂たちとどんな会話をしたのかほとんど記憶がない。
生返事を繰り返す僕を痛ましくて見ていられなくなったらしい二人の提案で、その日の飲み会は我々にしては珍しく早めのお開きとなった。