困ったお客
買い物の為に商店街に繰り出したリアと天。
「本当に、至る所に花がありますね」
「ね。花粉症のひとには辛いだろうな」
気にする事はそれなのか、と出かけたツッコミを飲み込んで、天はリアの頭を撫でた。
実際、花の街で咲いている花はそのほとんどが魔法植物なので、花粉は出ない。
それを知ってか知らずか、花粉症の心配をしたリアの事が愛おしく思った。
「さて、買い物の前に素材の換金をしたい所だけど。冒険者ギルドってどこにあったっけ?てか、天ってどっかのギルドに登録してる?」
「一応、商業ギルドに」
「なら良いや」
道行くひとに冒険者ギルドの場所を聞き、山の方にあったそこにふたりが辿り着くと、ギルドの扉の前に『現在臨時休業中』の看板が掛けてあった。
「臨時休業……?何があったんでしょうか」
「知らないけど、中に人はいるみたい。なんか変なもの持ってきた客が居るみたいだよ」
そう言ったリアがドアノブを捻ると、鍵はかかっていなかったようで、扉はあっさりと開いた。
「ちょっ、リアさん!」
「いーのいーの。困った客、私の知り合いだから。それに、私、今お金が欲しいの。早くしないとお店、閉まっちゃうしさ」
天の手を引っ張って、リアはギルドに入っていく。それを咎める者はおらず、今の冒険者ギルドの事情を知っている者は感謝を込めて、知らない者は呆れたように見送った。
ギルド内にいたのは、数名のギルド職員と、問題になっているであろうひとりの人物。
そのひとと話しているのが、恐らくギルド長だ。
リアの知り合いだという困った客は、どこかで見たような容姿をしていた。
緩くウェーブした金の長い髪、小さな花が入っているかのように輝く大きな桃色の瞳、真っ白な肌。
ピンクのドレスを身に纏い、すらりと背筋を伸ばした彼女は、目の色や髪の長さが違えど、顔の造形がブランシュによく似ていた。
「だから、こんなものはうちでは買い取れません!」
「ええ、どうして?きちんと魔物よぉ。わたしが倒したのよ?」
「いえ、誰が倒したかは問題では無く、倒した魔物が問題なんです!」
「フローラ、どうしたの?」
言い争っているふたりの間に、リアが入っていった。フローラというのは、困った客の名前だろう。
「あら、リア!聞いて頂戴よぉ。わたし、ここで魔物をお金に変えてくれるって聞いたから来たのに、無理だって言われたのよ!ひどい、ひどいわ!」
「あー、アレだ。取り敢えず、何持ってきたか見せてくれない?」
「えぇ、良いわよ。そちらの坊っちゃんも一緒にどうぞ」
彼女が身体をずらすと、例の魔物が見えた。
そこにあったのは、十メートルはあるであろうドラゴンだった。なぜ今まで見えなかったのだろうと思うほどの存在感。美しい桃色の鱗を煌めかせ、ギルドの床に静かに横たわっていた。
「あれ、この子って、フローラの眷属じゃなかったっけ?」
「えぇ、そうだけど。でも、この子はもう年だもの。花竜なんて、わたしの名前を冠したドラゴンの『わたしの花で命を散らしたい』なんていうお願いを聞いてあげたくなったのよ。長く仕えてくれたしね」
「……そっか。そんじゃ、ギルドで無理なんだったら、私が買い取るよ。恐れ多くも神の眷属を買い取るなんて、金が足りるか分からないけど」
「……そうね。心配なら、買わない方が良いんじゃない?」
「ほんとは手放したく無いんでしょ、フローラ。お金なら、私がつけといてあげるから」
「それじゃだめ!自分のお金でなんとかするの!」
そう言って首を振るフローラは、なんだか子供のようだ。
落ち着かせようと頭を撫でるリアは、さながら母親のよう。
「……ところで。さっき、神とか何とか聞こえたような気がするのですが」
「あー、フローラ、花神だからね。ほら、花乙女の物語の元ネタって言うのはあれだけど」
当たり前のように言われたそれに、周りが唖然としたのは言うまでもない。