森を抜け
「おーい、天。交代の時間だよー」
ふたりが食事を終えて数時間後。
火のそばで見張りをしていたリアは、天が起き出したのを横目に、自分の天幕に引っ込んでいった。眠かったのか、足取りが少しおぼつかない。
リアと入れ替わりで見張りに出た天は、欠伸を噛み殺して火のそばに座った。
「本当に見張りなんているのか……?」
眠る前にリアが結界を張ったと言っていたし、結界魔法に詳しくは無い天には見張りの意味がわからない。
しかし、彼女が要ると言うのなら必要なのだろう。
そもそも先に寝かせて貰って、尚且つ若干見張りの時間を少なくして貰っているくせに、文句なんて言うものではない。
ゆらゆらと揺れる火を眺めつつ、辺りを警戒して耳を澄ましていると、動物達の動き出す音が聞こえた。
「……朝か」
そろそろリアを起こすべきだろうか。
少し悩んだのち、まだ彼女を眠らせておくことに決めた。
自分の天幕を片付けながら、時間を確認する術を考える。何も地下にいる訳ではないのだから、時計がなくともある程度の時間はわかるのだが。
森を出たら時計を買おうと決意した天だった。
「そろそろだね。もう少しで森抜けれるよ」
「漸くですか」
森に入って五日後、ふたりはやっと花の街に繋がる街道に出た。
この五日間で魔物の素材をかき集めたふたり(主にリア)だが、全てリアのマジックバックに収まっている。容量がどうなっているのか、天はずっと疑問に思っているが、リアに聞いても笑顔ではぐらかされるだけだった。
街道をまっすぐ進んでいくと、次第に人が増えてくる。
人間、獣人、精霊……。その他沢山の種族が大きな道いっぱいに歩いていた。
「随分人が多いね。何かあるのかな」
「花祭りじゃないですか。毎年、この時期にやるみたいですし」
「花祭りって、そんなに人集まる祭りだったかなぁ。変わったのかもしれないけど」
聞けば、リアが花祭りに行ったのはもう十何年も前らしい。
しばらく人の波に沿って歩いていると、いきなりガタイの良い男に話しかけられた。
「おう、そこの坊主たち。お前らも花の街に行くのか?」
リアは答える様子がない。
「はい、そうですが」
「俺らもそうなんだがよ。やっぱり、花祭りが目当てか」
そんなことを聞かれても、天はリアが花の街に行きたい理由など知らない。
困ってリアを見ると、仕方無さそうに話し出した。
「……もともと、知り合いに会いに行くついでに買い物でもしていこうかってとこだった。
でも、花祭りがあるんなら、ちょっと見ていってもいいかな。今回の『花乙女』役も楽しみだし」
「そこのちっこい坊主は随分頭が良さそうだな。見たところ歳は七、八ってところだが。
それに、『花乙女』ってのは昔の呼び方だぞ。今は『花の精霊』っつうんだ。今回の『花の精霊』はブランシュっつう坊主らしいぞ」
「え、ブランシュ!?確かに、似合うかも……」
『花の精霊』は、例年金の髪を持つ美しい少女が選ばれるが、今回はブランシュと言う少年が選ばれたそうだ。
どうやら話しに来ただけらしい男と別れて、再び花の街を目指して歩きだした。
「ブランシュさんとは、どんな方なんでしょうね」
「あいつは、可愛いもの好きの男だよ。会ったのは五年くらい前だけど、十一の割に背は高くてスタイルも良かった。実家が服屋だからか、いっつも綺麗な服着てたよ」
そんなことを話しているうちに、大きな門が見えてきた。色とりどりの花で飾られた豪華な門は、一目で花の街の入り口だと分かる。
門は開け放されていて、守衛も見当たらない。その様子に、リアは顔をしかめていた。
「祭りこそ、門の警備を強化すべきだと思うんだけど……」
天は門の前でぶつぶつと文句を言っているリアを引っ張って、ふたりは花の街へ足を踏み入れた。