目覚めた魔女と
「さて、あなたも起きた事ですし、早くここから出なければいけませんね」
そう急かす天だったが、リアは何やら顎に手を当てて考え込んでいて、動く気配はなかった。
扉を気にしながらも待っていると、ふと顔を上げて天と目を合わせる。じっと見つめられて、天が思わず目を逸らしそうになると「目、逸らさないで」と止められる。
何がしたいのかはなんとなく分かっている。天の『魔法の瞳』の様子が気になるのだろう。仕方なく天もリアの瞳を見つめ返していると、暫くして「もういいよ」と声がかかった。
「やっぱ不思議だね。こんなの見たことない」
ふぅ、と息を吐いたリアは、ここで指輪が全て外されていることに気がついたのだろう。軽く手をブラブラとさせて、指の付け根を眺めている。
天が回収していた指輪を取り出すと、すぐに気付いて手を伸ばした。
「返して」
彼女の望み通りにじゃらじゃらと指輪をその手に返す。受け取ったリアは、無作為に指輪をはめていった。特に気にしている訳では無いらしい。
ただ、それぞれの手の薬指だけは、きちんとはめる指輪を決めているらしく、それだけはついている石や指輪の意匠で判断していた。
全ての指にはめ終わったリアがグーパーと手を動かしているのを見ているうちに、ふと先程の光景が頭に思い浮かんだ。
指輪の魔石の中に入っていく鎖の魔力、それを押し返すように放出される魔力。あれは指輪の効果なのだろうか。
「天、指輪取ってくれてありがとう。これがあったら、多分私もっと寝てたと思うよ」
「……その指輪、何なんですか?魔力を吸ったり吐いたりしていて」
てっきり、天はリアがこともなさげに教えてくれるのだろうと思っていた。これまでがそうだったから。
しかし、天の予想に反してリアはどこか言いにくそうに指先をいじっていた。口をモゴモゴとさせて、言いたいのか言いたくないのかわからない。いや、言いたいけど言っていいのか迷っている、という感じなのか。
「……あー、えっと。どうしよっかな……。あ、まあ、取り敢えずここから出よっか。でも外には出ないようにしたいな。そのラスパーっていう精霊の話も聞きたいし。なーんか怪しいんだよねぇ」
誤魔化すように別の話題を出し、おまけに少し早口に捲し立てるリアの様子を見て、今は指輪のことを知るのは諦めた。話したくないことを無理矢理話して貰うわけにもいかない。
そして、天としてはもうこの鐘塔から、更に言えばこの地下世界から抜け出したいと思っているが、リアがまだまだここに居座る気らしいので大人しく一緒にいることにした。
一人でいても、きっとここからは出られない。天はそこまで戦えるわけでも無いし、何よりここに来る前のあの魔物がまた現れたら、今度こそ死んでしまうかもしれない。
「よし、行こっ?」
大人しく彼女につられて扉をくぐる。リアが普通に出ていくので、頭をぶつけそうになった。そういえば、階段の下にいたんだった。
「うーん、割とあらゆるところが気になるけど、やっぱり最初はその精霊ちゃんに会いに行くべきかなあ。天、その子がどこにいるか知ってる?」
顎に手を当てて考えていたリアが天を振り返り、尋ねる。天も彼女が自分達を閉じ込めた後にどこへ行ったのかは知らないので、首を横に振った。
そっか、と特に何も無さげに返事をして、リアはさっさと走ってどこかへ行ってしまう。
天は慌てて追いかけようとしたが、彼女が急にピタッと止まって後ろを振り向いた。
振り向いたリアは、どこかばつの悪そうな顔で天のもとへ近付いた。
「ごめんね、置いてっちゃった。色々と気になるものがあって、つい」
今度は天の手を取って、比較的ゆっくり歩きだした。しかし、やはりリアは手を繋いだまますぐどこかへ行こうとする。
グイグイと引っ張られながら天は、最早この状況を楽しんですらいた。
リアが興味を示すものには一貫性が無い。何にでもふらふらと寄っていってその場から動かなくなったと思ったら、すぐにどこかへ行ってしまう。ひとりの方が絶対に気楽な筈だ。
そんな彼女が、自分の手を引いてくれている。天にとっては、なんとなくその事が嬉しいのだ。
「ねえ天、あっちかな?」
彼女が指差した方を見れば、そこには蜃気楼のように揺らめく階段があった。この間見た、見てはいけないものと似ていたので身構えたが、リアがそれに向かって歩いていくのでそこまで危険なものでもないと判断した。
「こんなところに階段なんてあったんですね」
そんな天の反応を見て、リアが僅かに眉をひそめる。何か言いたげに天を見つめるが、自分から口火を切るつもりは無いようだった。
「どうかしたんですか?」
「……いや、なんでもない。その様子じゃ、ここじゃなさそうだね」
ふい、とその階段から目を逸らして、リアは再び歩きだした。
階段、精霊……。なんて呟いているのが聞こえる。本当に大丈夫なやつなんだろうな、と疑問を持ちながらもリアが何も言わないので分からない。
彼自身の感覚では、あれは特に何の悪影響も及ぼさない物だ。見ても悪寒を感じない、そこが決め手だった。
「……階段なら、あちらにありましたけど」
ふと気がついて、天が来た道を指し示す。気が動転して忘れかけていたが、先程まで階段下のスペースに押し込められていたんだった。出る時に見えた筈なのに、なぜ今の今まで思い出せなかったのか不思議な位だ。
「え、そうなの!?早く言ってよ〜」
驚いて目を丸くしたあと、文句を言うように口を尖らせた。
そうと分かれば、と階段の方へ身を翻すリアだったが、すぐに脇に逸れてしまった。
(……あんなところに別の通路なんてあったか?いや、無かったよな)
不思議に思って、間違った道を行く彼女を止めずにそのままついて行く。
リアと旅をしてきて、分かったことがいくつかあった。魔法が得意で、戦闘能力が高いこと。面倒くさがりのくせに意外と面倒見が良いこと。人見知りで、初対面のひとと会話をすることが苦手だということ。そして……かなりの方向音痴だということ。
本人にもその自覚はあるらしく、地図も読めないから普段は行き当たりばったりの旅をしていると言っていた。
「リアさん、待って下さい!」
どんどん進んでいってしまうリアに後ろから声を掛ける。そうすると彼女は足を止め、こちらを振り返って急かさずに待ってくれるということも知っている。
今も、その通りの動きをしてくれた。
「……不思議な場所ですね」
あえて突然現れたこの通路には触れず、そう話しかけた。本来、鐘塔とはただ鐘が収められているだけの場所であるはずだ。なのに、この場所はまるでなにか大掛かりな施設のようだった。
「そうだね。結構変なところだと思う。私も地下の国なんて行ったこと無いから、これが普通なのかもわからないし」
リアは興味深そうにキョロキョロと辺りを見回しながら、そう答えた。
先程までとそう変わらない意匠の壁と床。何がそんなに気になるのか、あちこちペタペタと触ったりしている。
「リアさん、何かあったらいけませんから、そんなに触らないようにしなさい」
「……はぁい」
普通の場所ならいざ知らず、ここはもともと存在しないはずの通路だ。何か罠が仕掛けられているかもしれない。そう思って、天はリアに少し叱り口調で注意をした。これでは普段とまるで立場が逆のようだ。
リアは触るのは止め、その代わりにじっと細部まで覚えるようにに一つ一つの意匠を観察し始めた。
これでは進まない、と思った天がもう一度注意しようと口を開くと、リアが「あ!」と大きな声を上げた。
「どうしたんですか?」
思わず耳をピンと立ててリアに注目する。大声を上げた張本人は、壁の一点をひたすら見つめていた。
それにつられて天もそこを見る。一点を見つめていると、そこだけが段々とぼんやり明るくなってきたように見えた。
(魔力、ですかね。どうしてここだけ?)
「なんか変だよね。すっごく巧妙に隠されてる」
顎に手を当てて、うーんと悩むリアの横から、天がそっと明るくなった部分を隠すように手を置いた。
壁自体はひんやり、ザラザラとした石なのに、明るくなっていた部分だけがほんのりと温かい。
天は魔力に温度を感じた事がないため、別のものだと結論づけて、天の体温で温もってしまう前に壁から手を離した。
「ここだけ温かいです」
明るい部分を指さして、リアの反応を待つ。彼女もぺたりと壁に手をつけ、暫く動かなかった。
そういえば天さんの狐描写忘れがちだなって……




