鐘塔内部にて
「騙し討ちのようになってしまいましたね」
鐘塔の階段を駆け上り、鐘の前に立って息を整えた。いくら彼の王の為とはいえ、少しやり過ぎのような気もしている。
はあ、と大きく息を吐いてその場に座り込む。さすがに上まで水は引っ張ってこれないので、多少息苦しいが仕方がない。
ラスパーは水の精霊だ。水の無いところでは生きてはいけない。それが、魔力を含んだ水ならばなおのことだ。
「……どうして、あのお嬢様は目を覚まさないんでしょう。魔法が失敗しているとも思えませんし」
その証拠に、もうひとりの旅人はすぐに目を覚ましてくれた。少女が特別魔法の効きにくい体質なのか、それともまた別の要因なのかは分からない。
そういえば、彼女が命令により少女を回収した時にはもう既に眠っていた。魔力に当てられた訳でもなさそうだったし、魔法が効きにくいだけなのかもしれない。
なぜ、王はあの少女に拘るのか。そこまで魔力を持っているようには見えないのに。
「本当に、雨を降らせてくれるんでしょうね」
宙を睨みながら、ポツリと零す。
彼女が王に呼び出された時、王は彼女にこう言った。
「これが成功したら、お前の為、水の民の為に外で魔力の雨を降らせてやろう」
と。それが溢れて川や湖が出来たら、きっと地上も住みやすい環境になる。生まれてこの方地上の光を浴びたことの無いラスパーは、その言葉がとても魅力的だと思った。
王に命じられたのは、『日没までに地下へ入り込んだ旅人を、鐘の魔力源にすること』。彼は一日だけでいいと言っていた。
彼らが目覚める前に、回収したと報告に行った。王はどこかへ行ったとかで会えなかったが、彼の信者がなにやら話しているのを聞くことは出来た。
「王は、『旅人』を生贄に捧げて雨を降らせるつもりらしい」
「地の悪魔がこの地に降りるのも時間の問題か」
生贄?悪魔?一体何の話をしているのだろう。彼の王は、そんなことをするお方では無いはずだ。
彼は、終わりかけたこの地を再生させた。枯れた水源も、彼の力で元通りになった。それどころか、新しい石材まで用意してくれている。
(まぁ、どうせただの噂話ですし……)
頭では理解できているはずなのに、なぜかその場から離れられなかった。ふたりの信者が話しているのを、こっそりと聞き続ける。
「外れの鐘塔があるだろう。あそこに生贄の魔力を捧げれば、王がそれを使って悪魔を呼び出すのだ」
「そもそも、鐘に魔力を捧げるとは?」
「そんなもの、鐘の真下の水源に沈めるに決まっているだろう。水こそ我らの源なのだから」
ここからはあまり聞き取れなかったが、悪魔がどうたらとか言っていたような気がする。
(いや、嘘、ですよね……)
王に確認したかったが、その王がここにはいない。彼はそんなことしない、するはずがない。鐘の魔力源に旅人のものを使うのも、きっと何かのお考えがあってのことなのだろうから。
噂は噂、信じるに値しないただの戯れ言。
一度、旅人たちのところへ戻ろう。そして、彼らを鐘のところまで連れて行けばわたしの仕事は終わるのだ。
ラスパーが身を翻して旅人を寝かせておいた空き家へ向かう途中、王の姿を見た。
水の民のように体が溶けかけ、その顔は不気味に歪んでいる。
王は、外からやって来た。水の民と同じような特性を持っているはずがない。
声をかけようと近くの水場に体を溶け込ませ、王の近くまで移動する。
王はぶつぶつと何かを呟きながら、周りの事など見えていないかのように、まるで幽鬼のように歩いている。
(大丈夫でしょうか、誰か呼んできた方が良いのでは……)
不意に、バッチリと目が合った。途端、背筋にゾワリとした感覚が走る。何か、見てはいけないものを見てしまったような。
「……あぁ、君か。どうだ、旅人は保護できたか?」
「は、はい。無事に」
「そうか、それなら良かった。あの銀の子供は逃がすなよ」
普段とはまるで違う王の様子に困惑している間に、王は去っていってしまった。
逃がすな、とは?きちんと事情を説明して、鐘に魔力を捧げて貰うのでは……。
ここまで考えて、ふと思った。どうして王は、旅人を鐘の魔力源にしようとしているのだろうか。魔力が足りなくなったのであれば、水の民や精霊を使えば良いのに。
それに、そもそもどうして鐘に魔力を集めなくてはいけないのだろうか。
こんな大事なことを知らずに、わたしは過ごしていたのか。……いや、考えないようにしていたのかもしれない。無意識に、知ってはいけないと思っていたのかも。どうして?わからない。
(鐘を見に行けば、何か分かるのでしょうか)
本当は、すぐに旅人を起こしにいこうとしていた。この時、旅人を起こす前に鐘を見に行って良かったかもしれない。
王が鐘塔の方に向かっていたのは知っていた。そのあとを追うように、ラスパーも鐘塔へ水の中を滑り出した。
(……何をしているのでしょう)
鐘塔へ辿り着いた王は、門を開けようとせずに翠の石道の上で跪いていた。王の跪く場所までは赤いものが点々と続いていた。微かな魔力が感じられる。
その赤の正体を考えるのは止めて、王に気付かれないように近付いた。
神に祈っているにしては血走った目をしている。必死の形相で、石に指で何かを書いていた。繰り返し、繰り返し、爪が剥がれ、血が出ても。
この道の下が水で良かった。王のすぐ下まで進み、耳を澄ませる。
信者が言っていた、悪魔だのは本当なのかもしれない。ここまできたら、確かめずにはいられなかった。
王は魔力にそう敏感なわけではないから、気付かれないはず。もし気付かれても、体を水に溶け込ませた状態ならばわたしだとはわからないだろう。
そして、聞いてしまった王の目的。おぞましい、鐘の魔力源の意味。こんなもの、どうして知ってしまったのだろうか。
後悔してももう遅い。とにかく旅人を起こして、王を止めなくては。
入り口近くで回収した銀の少女はともかく、もう一人の旅人はかなり深くまで進んでいた。彼だったら、王の思惑を止められるかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(全く思い浮かばない……!)
ここから出るための方法をいくら考えても、現実的な案は全く出てこない。
もういっそのこと、こちらも被害を被ること覚悟で魔法を使うしかないのだろうか。出来ればそれは最終手段にしたいところだ。
「リアさん、そろそろ起きても良いんじゃないですか」
未だ眠り続けるリアに話しかけ、その隣に座る。変わらず、まるで死んでいるかのように眠っている。
リアが起きてくれたら、全てどうにかなりそうなものなのに。リアに頼りきりではいけないと思いつつも、どうしても頼りにしてしまう。
(とにかく、何とかしてここから出なくては)
壁を押したり、また扉を叩いてみたりしてみても、手掛かりすら見つからない。
そもそも、ラスパーは鍵をかけていなかったはずなのに、どうして開かないのだろうか。何か別の要因で開かなくなっているのかもしれない。
こんなことならもっときちんと勉強していれば良かったと思いながら、扉の周りを調べた。扉が歪んでいる様子は無い。金具も、特段おかしなところはなかった。
どこをどう見ても普通の木製の扉で、鍵穴すらないこれがどうしても開けることが出来ない。劣化している様子も無く、なんならきちんと隙間も開いている。
あまりに開かないので、だんだん手つきも雑になっていく。ガチャガチャと扉を揺らし、全力で押してもびくともしない。
何をやっても開かない扉を睨み付け、もう一度周りを確認しようと壁に視線を向けようとしたところで、急に扉を光が覆った。
扉に焦点を合わせると、ぐるぐると光の鎖が巻き付いていた。チカチカと点滅しているそれは、まるで呼吸をしているようだ。
(これは、魔力の鎖ですかね?どうして急に現れたんでしょうか)
考えながらも、なんとなく予想はついていた。ヘルメで見つけた、天の体質。時々、魔力が光となって目に写る『魔法の瞳』によって写し出されたものだろう。いつ見えるのかもまだ掴めていないが、とりあえずこの鎖のせいでこの扉が開かないことは分かった。
とはいえ、この魔力の鎖をどうにかする方法は思いつかないのだが。
魔力をどうにかするには、魔力の少ない天のようなものにとっては魔石に魔力を吸わせるのが一番手っ取り早いだろう。魔石があればの話だが。
魔石自体は持っている。しかし、天の持つ魔石はあまり魔力を吸えるだけの隙間は無い。
「……それでも、やらないよりはましでしょう」
それによって少しでも鎖が脆くなれば、この扉を破れるかもしれない。魔石を取り出して、鎖に押し付けた。
少しだけ、魔石に魔力が流れていくのが見える。それと同時に、鎖はさらに激しく点滅しだした。そして、先程までは気付かなかったが、この鎖は魔力を放出している。その度に点滅しているのだ。
こういったものにあまり詳しくない天だが、何かを閉じ込めるための魔法が魔力を放出することがおかしいことはなんとなく分かる。
まるで、何かに吸い取られているような。
もしかしたら、魔力の流れも見ることが出来るかもしれない。じっと鎖の点滅を見ていると、なんとなく部屋全体を魔力が流れていっているのがわかる。
その終着点を辿れば、鎖ではなくリアに繋がっていた。
「リアさん?」
どうして彼女に魔力が集まっているんだろう?それに、魔力が抜けているだけなら鎖はあんなふうに点滅しないはず。
今度はリアをじっと見てみると、魔力は彼女の体全体を被った後に手や顔の辺りに集まっている。集まった後でもう一度部屋全体に広がっていった。
(手……。そういえば、確か指輪型の魔道具を着けていると言っていたような)
失礼します、と一言声をかけて彼女の手を覆い隠す長い袖を捲る。すると、ほとんど全ての指に着けられた指輪……というよりそれにはめられた魔石……が鎖と同じように微かに点滅していた。
魔力が吸われているのは、この指輪が原因なのかもしれない。勝手なことをするのは気が引けたが、そうも言っていられない。
そっと人差し指の指輪を抜き取ると、そこに集まっていた魔力がほかの指輪へ移った。しかし、魔石に吸い込まれることはなく、辺りを漂っているのみ。
他の指輪も全て外すことにして、ひとつずつリアの指から抜き取っていく。
(随分高価なものを使っているんだな。どうやってこんなものを手に入れたんでしょう)
抜き取った指輪をしげしげと眺める。ついている魔石は、ほとんど宝石と見紛うほどの美しさだ。知識の無いものが見れば、勘違いしてしまうだろう。
小さく加工されているとはいえ、この魔石は一つだけでも相当高価なものだ。そんなものを幾つも持っているなんて、かなりの金持ち、例えば貴族くらいしかあり得ない。
しかも、指輪自体も細かい装飾が入っている。一見するとシンプルな銀色の指輪だが、うっすらと花や蝶々などの模様が彫られている。こちらもかなり手がかかっているだろう。
一つずつ指輪に入っている模様は違う。これで区別しているのだろうか。
天が指輪に集中している間に、鎖の様子は変化していた。点滅を止め、どんどん薄くなっている。天がそれに気づいたのは、リアの様子を確認しようとした時だった。
「鎖が……!」
鎖が薄くなるのと同時に、リアの方へ魔力が流れている。彼女の指から離れた指輪は、もう魔力を吸収はしていなかった。
こうなればもう間違いない。リアが鎖の魔力を吸っている。人が魔法から魔力を吸収するなんて聞いたことがないが、実際に目の前で起こっているのだから信じる他ない。
ついに鎖が完全に消えた。そっと扉を押してみると、蝶番が軋んだ音を立てながらも簡単に開く。
「よしっ!」
これで外に出られる。ラスパーがなぜここに自分達を閉じ込めたのかわからないが、とにかく一刻も早く逃げなくては。
天がリアの方を向く前に、ずる、と何かを引き摺る音がした。外からではなく、中から。
耳だけそちらの方へ向け、それ以外の音がするのを息を殺して待つ。
パキリと骨の鳴る音がして、その後に小さな呻き声。
「……天?」
後ろから聞こえた寝ぼけた声に、どくどくと跳ねる心臓を押さえつけながら振り向く。
ぼんやりとした顔で、うっすら微笑むリアが、天に手を振っていた。
「……私、どんくらい寝てた……?」
「……っ、さあ、一日以上は確かですが」
「ありゃ。じゃ結構早めに起きたんだね」
うーん、と伸びをして弾かれるように立ち上がったリアは、周りをぐるりと見回して首を捻った。
「どこここ」
状況が分かっていないリアに説明をしながら、扉の方も気にかける。魔法というものは、術者と繋がっているものなのではないか。
その魔法が消えてしまっては、ラスパーがこちらの状況に気付いて逃げられなくなってしまうのではないか。
天の不安を聞いたリアは、さもどうでもよさそうに口を開いた。
「実物見てないからあれだけど、そういうやつは魔法かけた時点で独立してる。それに、気付いたとしても出れるよ」
何せ私がいるからね、と胸を張って見せるリアに、思わず笑ってしまう。
そうだ、このひとが起きたらもう大丈夫。何かあっても、一人ではない。
安心して、やっと力が抜けたような気がする。




