水の都
「おーい、起きて下さい~、起きて下さいってば」
エメラルドのような色の石造りの建物の中で、ラスパーは途方に暮れていた。
彼女の暮らす水の都は、昔はその名の通り綺麗な、魔力が大量に含まれた水が溢れる豊かな地底都市だった。
しかしいつからか水が渇れはじめ、かつての栄えた都は見る影もなくなってしまった。美しい湖だった場所は乾いた大穴に、川だった場所は深い窪みに。
ここで暮らしていた者たちは別の所へ行ってしまうか、水と共に消えてしまった。ラスパーは、この地に留まることを選んだ住民の一人だ。
そんな彼女の目の前には、二人の旅人が転がっている。美しい銀の髪の子供と、狐の獣人の少年だ。
先程から、何度起こそうとしても全く起きないのだ。肩を掴んで揺り動かしても、頬をペチペチと叩いてみても、瞼を持ち上げる気配すらない。
いや、わたしが悪い訳じゃないですよね?と誰にとも言わず言い訳をしていると、少年がゆっくりと体を起こすのが見えた。
少年の濃い青の瞳を覗き込んで、ラスパーは薄っぺらい笑みを顔に張り付ける。
まだ状況を飲み込めずに困惑する少年のために、水の精霊の少女は口を開いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ああ良かった、目を覚ましたんですね。おはようございます」
ニコニコと笑う目の前の少女が、まるで用意された台詞を読むようにこちらへ声を掛ける。
がんがん痛む頭を押さえながら、天は辺りを見回した。またもや全く見覚えの無い場所にいる。
すわ天国かと思ったが、それを否定するように身体中が痛む。それに何より、置いてきてしまった筈のリアが同じ場所にいる。
「あの、魔物は……」
「あらら、まだ思考がはっきりしていない感じですか?それとも、結末を見届ける前に気絶してしまわれたのでしょうか」
はて、と首を傾げる少女。急に納得したように手を打って、天を助け起こした。
「自己紹介がまだでしたね。わたしはラスパー、旅人達の案内人です」
よろしくお願いしますね、と天の手を握ったまま微笑むラスパー。
青い髪に色の濃い肌、銀色の瞳。それに加えて大きく肌の空いた、なかなか見ない格好だったのでついじっと見てしまう。
彼女が言うには、この水の都ではこれが普通の格好らしい。
「ここは、いくら水で満ちていると言っても地底ですから。暑いのです」
「そうなんですね。……にしては、そこまで暑く無いですが」
「こちらの方で旅人達の快適な温度に調節していますので。……ところで、あちらのお嬢様が全く起きないのですが」
ラスパーが指す方向には、まだまだ眠っているリアがいた。
一体どれくらいすれば起きるのかは天にも分からない。それを説明すれば、変な顔をするラスパー。どうしたのか尋ねてみても、「何でもないです」と首を振るだけだった。
「さて、旅人。少しこの辺りを案内するので、着いてきていただけますか?」
言葉は一応疑問系ではあるが、断ることなどさせないとばかりにじっと見つめられる。リアをまた一人にさせるのは気が引けたが、もうラスパーに着いていくしか選択肢はなさそうだ。
心の中で謝罪をしつつ、彼女のあとを着いていった。
建物を出ると、そこには一面白と緑で構成された街並みが広がっていた。
地面は白く、滑らかな石で作られている。道の両脇にある建物は全てエメラルドグリーンの石材で建てられていた。
見る限り植物などは生えていない。地下世界だから仕方の無いことだが、なぜだか無性に寂しい景色に見えた。
ある程度人の往来があったが、それらは普通の人と少しずつ違っていた。
影が無かったり、一部分が溶けていたり。そこを見なければ普通の人間だと思っただろう。
「ラスパーさん。彼らは人間では無いのですね」
道行く人々を掌で指しながら、天はラスパーに話し掛けた。彼女はチラリとその指先を一瞥して、ひとつ頷いた。
「あまり地上では見かけないのでしょうか。あの者達は皆、水の民です」
影が無いのも、体が溶けているのも、本来は魔力の豊富な水中で暮らす種族だからなのだと言う。地上の、しかも魔力の濃度が低い土地にはあまり適応できず、あのようになってしまうらしい。
「水の中では、普通の人と変わらない姿なのでしょうか」
沸き上がってきた疑問をそのまま口に出すと、ラスパーは少し難しい顔をして顎に手を当てた。少し間が空いた後、ゆっくりと頷いた。
「ええ、まぁ、そうですね。そういうことになります」
変な間が気になったが、ここで聞いても何も求める答えは返って来ないだろうと「そうなんですね」とだけ返した。
「さて、そろそろお嬢様も目を覚ました頃でしょうか」
「分かるんですか?」
「ええ、それはもう」
どこか自慢げな彼女に戻りましょうと言われ、半信半疑ながらも元来た道を戻っていく。
どうして分かったのか聞いても、にっこり笑って誤魔化されるだけ。何も言う気は無いらしかった。




