水の洞窟
薄暗い洞窟のような場所をゆっくりと歩いていく。ゴツゴツとした岩肌に片手を滑らせながら、もう片方の手で持ったランプで地面を照らした。
どうしてこんなところに居るのか。目を覚まして防水布の色ではなく、暗い茶色が見えた時に頭を抱えそうになった。
日の光が見えないどころか雨音すら聞こえない。昨日見たあの穴の中にいるのだと無意識に悟った。
リアはまだ眠っている。そろそろ心配になってきて隣の小さな体を揺すったが、起きる気配がない。
もうここまで来たら彼女が自分から起きてくるのを待とう、と起こすのを諦めた。
「……さて、どうしましょうか」
周りを見回しながら、天が呟く。
二人がいるのは、ぽっかりと空いた空間だった。薄暗くて見えづらいが、細い通路がある。壁も天井もそう易々と崩れなさそうだ。
耳を澄ませば、ひゅうひゅうと風の音も聞こえてくる。
(取り敢えず、明かりを……)
取り出した小さな蝋燭に、ロープを固定するのにも使った魔石を近付ける。蝋燭に魔石が触れないように気を付けて位置を調整すると、二つの間でバチリと火花が散った。
それを合図に魔石から手を離すと、魔石は蝋燭を包み込むように形を変えた。
手燭のような形になったそれを持って、通路へ歩み出た。身の安全を確保するためにも、まずはここがどういった所なのかを確認しなければならない。
リアをどうするかは悩んだが、結局置いていくことにした。どうせそう遠くにはいかないだろうし、リアなら何かあったとしてもなんとかなるだろう。
入り口付近に障壁を生成する魔道具を置いて、暗い通路を歩き始める。
見たところ、近くに魔物等はいないようだ。
ナイフを取り出して刃を壁に当ててみたが、やはり岩には傷ひとつつけられなかった。
そう遠くにはいかないつもりだが、予想以上に入り組んでいた時に戻れなくなっては困る。
どうしようか、と少し悩む。手燭が目に入って、そういえば魔力が見えるようになっていたんだったか、と思い出した。
じっと手燭を見つめると、蝋燭の放つ白い光の他に、手燭全体を包み込むような赤い光が見えた。それは先ほどの空間の入り口から繋がっている。
これがどのくらいで消えるのかは分からなかったが、きっとしばらくの間は光っていてくれるだろう。
風切り音が聞こえる方向へ耳を向け、気を張りながら歩いていく。進んだところにはほとんど岩しか無かったが、時々崩れかけている場所もあった。落ちることは無かったが、なかなかヒヤリとした。
「随分と広いな……」
ゆっくりながらかなりの距離を進み、それでも全く行き止まりが見えないことに愕然とする。
ここにたどり着くまで、何本か道が分かれていた。天はまっすぐ進んできたが、どの道に行ってもここと同じような空間が広がっているのだろう。
そう考えると、かなり広い場所に入り込んでしまったようだった。
もう十分ここの近辺は把握できた。そろそろ戻ろうと反対方向に体を向けると、フッと蝋燭の火が消えた。
(……おかしい)
特に風は強くなかった筈だし、そもそもこの蝋燭は魔力の供給が途絶えない限り火が消えないものだ。
魔石の魔力はまだ残っている。火が消える筈はない。にも関わらず、蝋燭の先端からは白い煙が細く上るばかり。
少し薄暗いが、見えないわけではない。諦めて、明かりの無いまま引き返す。
結局、どこか曲がることもなくここまで来た。だから、脇に逸れることなく道なりに進んでいけば戻れる筈だ。
頼りの魔力の光はもう消えていたが、ここまでどう来たかという記憶はある。その記憶を頼りに、一歩一歩道を戻った。
引き返していくにつれ、だんだんと空気が重くなっていく。何もいないはずなのに、何かに追いたてられているかのような焦燥感。早く戻らなくては、そればかりが頭を占める。
それと比例するかのように、ぼんやりと視界が明るくなっていく。
魔力の光が辺りを埋め尽くしている。ボヤボヤと大量の蛍が舞っているような、霧がかかっているような視認性の悪さだ。
これではいくら道を覚えているとは言え、元の場所に辿り着けるかは分からない。
行きと同じように壁に手をついて歩く。あのぽっかり空いた空間の近くには障壁が起動しているはず。あれに触れられれば、その一心で足を動かした。
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「明らかに違いますよね、ここ」
それだけ徹底して歩いていたにも関わらず、重い魔力の霧を抜けて辿り着いた先は全く知らない場所だった。
暗い茶色の岩石でできていたはずの壁や地面は、いつの間にか薄汚れた白に変わっている。
一体どこで道を間違えた?それが分からない限り、このまま闇雲に歩き回っても無駄に体力を消耗するだけだ。
しかも運の悪いことに、風の音に混じって遠くから狼のような鳴き声が聞こえてくる。何かがはい回る音も聞こえてきた。
この辺りには魔物がいるのだろう。ひとつ舌打ちをして、ナイフを腰に下げた。
魔石は元の形に戻してしまう。魔石の中に入れ込んだ。
上を見ればまるで骸骨のように見える。真っ暗な天井に、垂れ下がるような白い岩石。骨のように張り巡らされている。
下を見れば、滑らかな白い石が敷き詰められている。本当に自然物なのか、と疑いたくなった。
壁はゴツゴツとしたまま、色だけ変わったような感じだ。
ここにリアがいれば良かったのに。もし彼女と共にここに来ていたら、きっとここまで不安にはならなかっただろう。
そう考えて、自分がずっとリアに頼りきりだったことに思い至った。
流石に彼女に負担をかけすぎていたのかもしれない。
(もうそろそろ、しっかりしないと)
もうそこまで「子供」として守られるわけにもいかないのだ。
決意を新たに、前を向いて歩き出す。まずはリアのもとまで辿り着かないと。こちらがなかなかおかしな状況になっている以上、彼女の眠っている場所もどうなっているか分からない。早く安否を確認したかった。
進んでいくほど、景色はどんどん変わっていく。まるで体内から骨を見ているようだった所から、今度は丸い穴がそこかしこに空いている場所に来た。
その穴の中には虹色に輝く水が溜まっている。穴の上には尖った鍾乳石のようなものが天井から下がっており、そこからポタポタと雫が落ちているのが見えた。
霧の中で感じたような重い空気が体を包む。目眩、耳鳴り、頭痛、吐き気。頭ではなく、体がここにいてはいけないと訴え掛けてくる。
無意識に、その原因が虹色の水だと理解した。きっとこの水は、外で降っている毒の雨と一緒なのだろう。
直に触れてもいない、唯この水が存在する空間に踏み入っただけなのにこんなことになるとは。
こんなものが降り注ぐ中を歩いてきて無事なんて、一体どんな結界を彼女は張っていたんだ。
ここから早く抜け出したいと足を早めるも、そろそろ体力も限界に近付いてきている上にこの不調。どこまでこの地獄が続いているかも分からないし、もうここで死ぬのかもしれないという弱気が心をもたげた。
首を振って、その馬鹿げた考えを振り払う。
まだ大丈夫な筈だ。このまま歩いていけば、いずれ別の場所へ出るはず。これまでがそうだったんだ、すぐに抜け出せることを願って歩くしかない。
どんどん呼吸が乱れていく。息を吸う度に肺がズキズキと痛む。それなのに、吸っても吸っても息苦しくてたまらない。
視界がチカチカと点滅している。いよいよ体が限界になってきているらしい。
(……最悪だ)
酷い耳鳴りの中でも、天の耳は魔物の吠え声をしっかり聞き取った。目の前に、体こそ小さいけれど狂暴そうな狼型の魔物が一体。
(戦わ、なくては)
震えて力の入らない手でナイフを握り込む。果たして、勝てるのだろうか。万全の状態でも挑んだことの無い相手に。
「やる、しか、無いです、よね」
魔物が鋭い牙を光らせながらこちらへ向かってくる。すんでのところでギリギリ躱し、ナイフを振り下ろした。
当たった感覚はあったが表面をかすっただけで、ほとんどダメージは無いに等しい。
一度避けても、魔物はすぐに体勢を立て直して攻撃を仕掛けてくる。なんとか躱しているが、こちらの攻撃も相手には全く当たらないか、当たってもたいしたダメージを与えられない。動きを止めるなんて不可能だろう。
意識が遠くなっていく。自分の意思と反して体から力が抜けて、地面に倒れ込んだ。まだ魔物が、と思っても、指先すらピクリとも動かせなかった。
このまま意識を投げ出せたらどれだけ楽なのだろうか。いけないとは思いつつも、瞼が下がるのを止めることは出来ない。
(……あれ、さっきから……)
魔物は一切の攻撃をやめ、天をじっと見つめている。本人はそれに気付くことなく、意識を手放した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あぁ、ようやく見つけました!こんなに深くまで潜れるなんて、たいしたものですね」
ひとつの穴から這い出てきた少女が、濡れた青い髪を揺らしながら天に近付く。少女は魔物を一瞥し、ペコリと頭を下げた。
「止まってくれたんですね。ありがとうございます」
フルリと尻尾を振って、魔物は水の中に消えていった。
少女は難なく天を抱えると、魔物と同じように水の中へ飛び込んだ。
書きたかった天メイン回です。長いお話がなかなか書けません。どうしてなんだろう。




