岩の陰
さてと、と口に出してリアが歩き出す。うっすらと霧がかってきた空気の中を切り裂くように前へ進んでいく。
体に纏わりつくような冷気を払いながら、天もリアの横に並んだ。
いつも以上に静かだった。足音ひとつ聞こえない。まるで世界から音が消えたような。
パキリ、と乾いた枝が折れる音がした。ほっと息を吐いて、天は無意識に息を詰めていたことに気がついた。
そんな天の様子は気にも留めず、リアは前を向いて歩き続けている。
そんなリアにどこか違和感を覚えながらも、天は黙って彼女に着いていった。こういう時だってあるだろう、と自分を納得させながら。
歩き進めていくうちに、リアの体がふらふらと左右に揺れ出した。流石に黙っていられず、天は声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「……」
答える声は無い。心配になって顔を覗き込むと、起きているのか眠っているのか分からないくらいぼうっとしているように見える。今にも目を閉じて眠ってしまいそうだ。
起こそうとしてリアに手を伸ばす。彼女の肩に触れた途端、鋭い痛みが走って反射的に手を引っ込めた。
一瞬だけだったから、何が起こったのか分からなかった。
リアを見ると、相変わらずふらふらしながら肩を払っている。
「リアさん、起きてたなら……」
ちゃんと歩いて下さい、と言おうとした天だったが、彼女の体が一際大きく右に傾いてそのまま倒れ込みそうに為に言うのをやめ、地面に着く前にリアを支えた。
「おっと。しんどいんですか?」
もうすっかり目を閉じているリアに、無意味だと思いながらも声をかける天。
先程までと同じようにリアを背負って、段々と霧が濃くなる中を突っ切る。
見えにくいが、だいぶ空も曇っている。この辺りに毒の雨を降らせる元凶がいるのなら、降り出す前に雨を凌げる場所に行った方が良いだろう。
霧で視界が完全に覆われる前に来た道を戻っていく。あの岩のところまで行けば、きっと大丈夫だろう。あそこで防水布でも広げておけば、そんなに強い雨でもない限りは平気なはずだ。
しばらく歩いたところではた、と足が止まる。かなりの距離を歩いたはずなのに、あの岩が一向に見えてこない。
通り過ぎたのかと思って行ったり来たりしてみたが、どこにもなかった。
霧のせいではない。寧ろ、引き返して来たときからだんだん霧は薄くなっていった。
(……いっそ、あの岩までの道が分かれば良いのに)
天がそう思った瞬間、一本の光が目の前に走った。
「は?」
リアがやったように、真っ直ぐ目的地まで続く光が道を照らしている。
どうして、と混乱する頭とは裏腹に、足は勝手にその光を辿っていた。
気付けば大岩の前で光は途切れ、霧はまるでもとから無かったかのように晴れていた。
しかし、空は今にも雨が振りそうなほど真っ黒の雲で覆われている。
風の向きを考えて岩の裏へ回り、地面にリアを下ろす。
丁度近くにそこまで背の高くない木があったので、そこに防水布を張ろうと木の幹に紐を結びつける。もう片方の紐の端は、岩に押し当てて魔石で軽く擦り固定する。そうすることで紐の先端が溶けて、どこにでもくっつくようになる。
地面に防水布を広げた後、張った紐にも防水布をかけた。
しっかりと防水布を張ったあと、その下に腰を下ろす。どっと疲れが押し寄せてきて、岩にもたれかかった。
ここまできても、リアは目を覚まさなかった。息をしているかすら怪しいほどピクリとも動かない。
無理やり体を動かして、リアの口の前に手をかざす。息があるのを確認して、今度は地面に倒れ込むように体を伏せた。
ポツ、と防水布に雨の当たる音がする。ああ、間に合って良かったと天は胸を撫で下ろした。
この雨に毒素が含まれているのかは分からないが、それにしたって雨で体を冷やすよりかはこちらの方が良いだろう。
(……寝ていた?)
天が目を開けると、まだギリギリ日が落ちる前のようだ。暗いが、近くのものならば見ることができる。
雨がひっきりなしに防水布を打つ音が聞こえる。体を起こして伸びをした時に、バキバキとあまり良くない音が鳴ったような気がするが気にしてはいけない。
「なんですかね、あそこ」
ぼうっと雨に濡れる景色を眺めていると、ここから程近いところに色の違う地面があった。
端が少しだけ防水布にかかっている。天がそこに近付くと、その近辺だけが地面が柔らかくなっていた。
「うわっ!?」
急に体が沈み込む。慌ててそこから離れ、防水布の端を捲ると、ぽっかりと穴が開いているのが見えた。
人一人は余裕で通り抜けられそうな穴を覗き込むと、かなり広い空間が広がっているのが分かる。
丁度岩の真裏、普通にしていたら見つからないだろう。
中が気になったが、リアを置いていくことは出来ないだろうしと諦めて、天はリアの方へ戻った。




