愚者の冠
開け放たれた扉から覗くのは、幾本もの倒れた石柱、伸びた蔦、そしてランプの発する黄色い光。
「ねえ、私がここに置いといたのは愚者の『冠』のはずだったんだけど!?」
「知らん。我はここでこいつを抑えていただけだからな」
「うっそでしょ……」
呆然と建物の中を見渡すリアが、ぶつぶつと何かを呟きながら後ずさる。
「ごめん、一回閉める!」
バタンと力任せに閉められた扉は、あれだけ崩れそうだったのにも関わらず、全く形を変えなかった。
「何があったんですか?」
かなり焦って、取り乱しているリアを落ち着かせながら、天は尋ねた。
首元でイシスが尾をぺちぺちと打ち付ける。痛くはなかったが、くすぐったかった。
「いやー、本来ならね、私達は愚者の冠を回収するはずだったんだよ。でも見えたでしょ、明らかに冠じゃないのが浮いてた」
確かに、どう考えてもあれは冠ではなかった。黄色い光で辺りを照らしていたのは、黒いランプ。ロウソクが五本入った、片手で持てそうな大きさのもの。
「多分拗ねちゃって、どっかいっちゃったんだろうね。代わりに置いてったのがあれ……って訳だ」
「……古代遺物って意識あるんですか?」
「一部のやつはね。こないだみたいな神具系の古代遺物はないよ」
なんでそんなに古代遺物を持っているんだ、と尊敬を通り越して軽く呆れたような視線を向ける天に構わず、リアは地面に向けて何かをぶつぶつと呟き続けている。
考えが纏まったのか、リアは顔を上げて扉へ向かう。天がそれについていくと、扉の前でランプを渡された。先程チラッと見えたものと似ているが、少しだけ意匠が違っていた。
中の蝋燭が炎を灯して、風もないのに小さく揺れる。
「何ですか、これ」
「のんびりちゃんだよ。この子がいれば、お前はあの古代遺物の影響は受けないから」
行くよ、という言葉と共に開け放たれた扉の奥には、依然としてあのランプが浮かんでいた。リアに続いて中に一歩踏み入れれば、冷水を浴びせられたような寒気が襲ってきた。
「天、尻尾が面白いことになってる」
何も感じていないかのようにリアは天(の尻尾)を指差して小さく笑った。それに怒る気力もなく、天はただ立っているので精一杯だった。
「え、あれ、冠ちゃんあるじゃん……ん?え、あれも冠?」
ね、あそこ見て、と言われたところを注視していると、確かにランプの上部で金色の冠のようなものがキラリと光った、ような気がした。
「まあいいや、あったなら僥倖。両方回収しちゃおう」
彼女がどこからか取り出した、特殊な糸で作られたらしい網を二人共持って、じりじりとランプに近づく。
一定の距離近付いたところで、リアが立ち止まった。軽く顔をしかめて、一度ランプから距離を取る。
「天、何も感じない?」
「ええ、特に何か先程までと変わったことはありませんが」
「なら良いや。その網をあれに掛けてくれない?」
天が返事をする前に、宜しくねーなんて言い残して彼女は出ていってしまった。
愕然としていると、冠のついたランプがチカチカと点滅をしていることに気がついた。中に入った蝋燭が力なく揺らめいている。
「……このランプのお陰でしょうか」
もしかしたら、この『のんびりちゃん』とか言われたランプも古代遺物の一種かもしれない。
取り敢えず、この好機を逃さないようにしなくては。天は一気に距離を詰めて、網をランプに被せた。その途端に黄色い光は消えて、浮遊していたランプは落ちた。
地面につかないように慌てて掴み、そのまま外へ出た。
「早かったね。お疲れ様」
ポンと天の肩に手を置いて労ったあと、リアは網の中からランプを取り出して紙をペタリと張り付けた。ランプから取り外した愚者の冠にも同じように紙を張り付け、こちらには上から✕の字に指でなぞった。
紙には魔方陣が描いてあって、中心にインクのシミのようなものがベッタリとついている。
ちょっと見といて、と言ってリアはイシスと共にどこかへ行ってしまったため、おとなしくランプと冠を観察する。
ぼんやりと見ていると、紙に浮いていたシミが、文字に変わっていた。なんとか知っている文字で、冠のほうには《愚者の冠》と、ランプのほうには《愚者の提灯》と。どうやら、この古代遺物の名前らしい。
そのうち、魔方陣の方にも変化が現れてきた。円や線が一本、また一本と浮き上がってくる。そうして魔方陣が全て浮き上がったと同時に、それぞれの古代遺物に吸い込まれるようにして消えていった。
残ったのは白紙になった紙だけだと思いきや、紙も溶けて消えていく。何が起きているのかは良く分からなかったが、この詳細を知っている人は今はいない。待つしか無かった。
「いやー、ごめん!ほんっとうにごめんね、天!すっごい待たせちゃって」
結局、リアが戻ってきたのは日が傾き始めた頃だった。戻ってくるなり平身低頭で謝り倒すリアに怒る気も失せて、「もう少し早く戻ってきて下さい」と言うだけに留めておいた。
「こんな時間になるまで何をしていたんですか?」
「えーっと……。ノニエルとメリューに会ってきた」
少し言い淀んだのが気になったが、問い詰めても答えてはくれないだろうことは天だって分かっている。だからこそ、何も聞かずに黙って頷いた。
「それで、いっぱい話してたら遅くなっちゃったんだ。ごめんね」
しゅんとして頭を下げるリア。戻ってきてからずっとこの調子で、少し心配になってくる。大丈夫かと聞いても、大丈夫としか返ってこない。
「もう遅いし、今から帰るの面倒でしょう。だから、きょうはここで野宿!……じゃなくて、ちょっとした秘密の場所に案内するよ」
急にパッと顔を上げたリアが、そのまま空中の何かを掴む動作をした。その瞬間に重そうな木の扉が出現した。彼女が掴んでいた場所には真鍮のドアノブ。それを捻れば、極彩色の空間が顔を出した。
「入ってきて良いよー。安全だから」
先に入ったリアの声に背を押され、扉をくぐる。色を抜けたあと、天の目の前に広がったのは満天の星空だった。




