大蛇
もう一度ペタペタと天の額を触って何かを確認するリア。触っては首を傾げ、少し距離をとってはまた首を傾げる。
「え?うーん、でも……えー?」
「何なんですか、一体」
「いやぁ、でもなー。なんか……」
混乱したようにうろうろ歩き回りながら唸っている。そんなリアの様子に戸惑いながらも、天は昨日の夢の事を考えていた。
あの不思議な夢。結局、あの女性は誰だったのだろうか。
「あの、リアさ……」
「あーーっ!!」
リアなら何か知っているかもしれない、とリアに尋ねようとした瞬間、当の本人がそれを遮るように叫んだ。
思わず耳を伏せる天にお構い無く、ぶつぶつと何かを呟きながら小さなナイフを取り出した。
どこから出したんだと思ったが、それよりもその鋭利な切っ先を天の方に向けているのが気になる。
「……リアさん?」
「大丈夫、すぐに終わるし痛くないからね」
そういうことじゃない。天的には、一体何をしようとしているのかが知りたいのであって、大丈夫と言われても安心できなかった。
目の前に立ったリアがナイフを振り上げる。ぎゅっと目を瞑った天だったが、想像していたような衝撃が来ず、そろそろと目を開けた。
「終わったよ。あとで話聞かせて」
布でナイフを拭いながら、リアが声を掛けた。
特に何かが変わったような感覚はない。しかし、天の目には確かに変わったものを写していた。
植物が一本も生えていない、荒んだ一本道。これが、さっき彼女が言っていたものだろうか。見ていると、なんだかゾワゾワしてくる。寒気にも似た感覚がして、慌てて目を逸らした。逸らそうとした。けれど、縫い付けられたように視線が外れない。
「お、見えたー?」
「はい、多分」
天の視線を辿って同じ方向を見たリアが、こめかみに指を当てて首を振った。
「うーん、何が見えたのかはあんまり言わないでおくけど、多分それじゃない」
そう言ってリアが指を振ると、その道は見えなくなった。
「見なくていいの見せちゃったね。こっちだよ」
さっと天の手を取って歩き出す。さっき道が見えた方向の反対だ。歩きながら、ポツポツとリアが話し出す。
「天の目ね、制限かけられてた。しかも結構強いやつ」
「制限、ですか」
「そう。さっき切ったのがそれ。あれ無理やりやったから、切っちゃ駄目なところまで切っちゃったみたい」
しれっととんでもないことを言われたような気がするが、そこにいちいち引っ掛かってはリアとの会話はままならない。一回無視して、話の続きを聞くことにした。
「あの道の詳細は省くけど、ひとつだけ知っておいて。知るな、探るな、手を出すな。以上」
それでね、と続きを話そうとするリアだったが、流石にこれは聞き流せなかった。
「ち、ちょっと待って下さい。そんなに危険なんですか、あれ」
「うん。生きとし生けるものはあれに触れるべきではない。本来、目に写すことさえ禁忌となり得る存在だからね。……成程、だからあんなのを施したって訳?」
後半は小声だった為、よく聞き取れなかった。きっと本人も聞かせる気は無いのだろう。それをわざわざ拾う必要はない。
「さ、本題のヘルメの居場所だけど。あっちの方に蛇いるのが見える?」
リアが指差した方向には、崩れかけた建物が固まっている。よく目を凝らして見ると、小さな物が動くのが見えた。それが蛇かどうかは判断出来なかったが。
見えづらいかな、とリアがもう一度指を差すと、動いていた物が光出した。驚いて天がリアを見ると、マークアップだよ、と笑った。これで見えやすいでしょ、と満足気に。
あちらこちらに動く蛇を追って歩いていくうちに廃墟郡を抜け、段々と木が多くなってきた。
(最近、こういった場所を歩くことが多いですね)
蛇は木の上に登ったり、そのまま器用に別の木に移ったりするから、追いかけるのが少し大変だった。リアがマークアップしてくれたお陰で、見失わずに着いていける。
分厚く重なった枝葉に日の光が遮られ、薄暗い中をひたすら歩く。あと少し、なんて言っていた割にはかなり歩いている。
それでも、休憩をとったからかまだ体力的には余裕があった。あの時、「後ちょっと」の言葉を信じなくて良かった、と天は内心ほっとした。
「あっほら、見えてきた」
不意にリアが走り出した。木々の隙間を縫って、すぐに見えなくなってしまう。
あっという間に遠ざかる彼女の背中を見つめながら、天はおとなしく蛇についていった。まだ余裕があるとはいえ、あんなに走れるほどではない。
ほどなくして、木々の隙間に白い物が見えた。それはどうやら石造りの柱で、それが倒れて進路を塞いでいるようだった。
リアは柱の上に座っていた。ぼんやりと視線を宙に向け、小さく欠伸をした後に天が追い付いたことに気づいた。
「来たね。後はその蛇がこっち来てくれれば……。いい加減にほんとの姿を見せたらどう?」
白蛇がゆっくりと鎌首をもたげて、シャーと音を出す。まるで、リアに返事をするように。
「いいのかって?別にいいんじゃない。だってこいつ、もう何人か神とか会ってるし」
もう一度蛇がシャーと音を出すと、とぐろを巻いて動かなくなった。その隙に、リアが天を柱の上まで引っ張りあげる。
指を唇に当てて静かに、と合図をした後、遮光器を取り出してかざした。同じものを渡された天も、同じように遮光器をかざした。
蛇が動き出すと同時に、辺り一面を眩い光が覆い尽くした。遠くから、鳥獣の断末魔の叫びが聞こえてくる。きっと、光で目を焼かれたのだろう。
しばらくして光が収まる。リアが遮光器を離したのを確認して、天も直接光の跡を視界に入れた。
そこには小さな白蛇の姿はなく、いたのは人間の何倍もの大きさの緑色の大蛇だった。
大蛇はゆっくりと口を開く。赤い舌をチロチロと動かしながら、言葉を発した。
『久方ぶりの再開じゃの、銀の娘』
「久し振りだね、蛇の半神。プレゼント持ってきたよ」
そう言ってリアが取り出したのは、朝に作っていた輪。それを大蛇の頭に載せると、落ちないように固定した。
「これでよし、っと。あ、鏡いる?」
いそいそと鏡を準備するリア。イシスと呼ばれた大蛇がチラリと天に視線を投げたが、すぐにリアが寄越した『プレゼント』に意識を向けた。
『なんだ、これは』
「えーっとねー、愚者の冠のレプリカ」
『お前が我の寝床に放置している古代遺物か』
「そう、それー。取ってきてくれない?私入れないし」
ね?と笑うリアだったが、イシスは無視し、ふいっとそっぽを向いて動き出した。
「あーっ、ねえ待って、入れないことはないけど危ないじゃん!ほら、今私ひとりじゃ無いんだよぉ」
お願い、と全力でイシスを引き止めるリア。しかしイシスの力も強く、引きずられるような格好でどんどん進んでいく。
たまにチラリと大蛇が天の方を向くので、一応置いていかないように動いてはいるようだった。
イシスのあとを追って歩く。近くに見えた柱は、意外と離れた場所にあったらしい。
ほどなくして、イシスが「着いたぞ」と動きを止めた。
「え、連れてきてくれたの」
「我は中には入らんからな」
「えーっ!?なんでぇ!一緒にいてよ、あの子、ただでさえご機嫌取るのしんどいのに!しかも守らなきゃいけない子までいるのに」
「……あの、邪魔なら置いていって貰っても」
「それは駄目!」
天が最後まで言い切る前に、食い気味にリアが否定した。
行くよ、とリアは天の手をとって、崩れかけた石の建造物の入り口に立った。
「天、あいつは手伝ってくれないみたいだからうちらでやるよ。……先に説明しとこっか」
「そういえば、聞いてませんでしたね。神に会いに行くとか言ってましたが」
「そうそう!まあそれはさっき達成出来たから、もういいんだけど」
そう言ってチラッとイシスの方を見る。ヘルメは死んだはずでは、という天の疑問はすぐに解決した。
物言いたげな天の視線に気付いて、リアが解説を入れる。
「神ってね、死んでも形を変えて舞い戻るんだよ。ヘルメも、新しい蛇の体を以て、また戻ってきたの。もうそろそろ神に昇格する頃合いかなぁ」
話している間に、イシスが位置を変えて天の隣までやってきた。小さく縮むと、シュルリと天の首に巻き付いた。
「どうされたんですか?」
「あの娘はお前の事が気がかりなようだからな。我がついていてやろう」
ありがとうございます、と感謝を述べれば、ふんと照れるようにそっぽを向いた。
「それじゃあ、今から回収する子の紹介するよ」
ほとんど意味を成していないような扉に手を掛けながら、リアは話し出した。




