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魔女と狐の墓参り  作者: 長尾いのり
大樹と三つ葉のクローバー
35/43

大蛇

 もう一度ペタペタと天の額を触って何かを確認するリア。触っては首を傾げ、少し距離をとってはまた首を傾げる。


「え?うーん、でも……えー?」

「何なんですか、一体」

「いやぁ、でもなー。なんか……」


 混乱したようにうろうろ歩き回りながら唸っている。そんなリアの様子に戸惑いながらも、天は昨日の夢の事を考えていた。

 あの不思議な夢。結局、あの女性は誰だったのだろうか。


「あの、リアさ……」

「あーーっ!!」


 リアなら何か知っているかもしれない、とリアに尋ねようとした瞬間、当の本人がそれを遮るように叫んだ。


 思わず耳を伏せる天にお構い無く、ぶつぶつと何かを呟きながら小さなナイフを取り出した。

 どこから出したんだと思ったが、それよりもその鋭利な切っ先を天の方に向けているのが気になる。


「……リアさん?」

「大丈夫、すぐに終わるし痛くないからね」


 そういうことじゃない。天的には、一体何をしようとしているのかが知りたいのであって、大丈夫と言われても安心できなかった。


 目の前に立ったリアがナイフを振り上げる。ぎゅっと目を瞑った天だったが、想像していたような衝撃が来ず、そろそろと目を開けた。


「終わったよ。あとで話聞かせて」


 布でナイフを拭いながら、リアが声を掛けた。

 特に何かが変わったような感覚はない。しかし、天の目には確かに変わったものを写していた。


 植物が一本も生えていない、荒んだ一本道。これが、さっき彼女が言っていたものだろうか。見ていると、なんだかゾワゾワしてくる。寒気にも似た感覚がして、慌てて目を逸らした。逸らそうとした。けれど、縫い付けられたように視線が外れない。


「お、見えたー?」

「はい、多分」


 天の視線を辿って同じ方向を見たリアが、こめかみに指を当てて首を振った。


「うーん、何が見えたのかはあんまり言わないでおくけど、多分それじゃない」


 そう言ってリアが指を振ると、その道は見えなくなった。


「見なくていいの見せちゃったね。こっちだよ」


 さっと天の手を取って歩き出す。さっき道が見えた方向の反対だ。歩きながら、ポツポツとリアが話し出す。


「天の目ね、制限かけられてた。しかも結構強いやつ」

「制限、ですか」

「そう。さっき切ったのがそれ。あれ無理やりやったから、切っちゃ駄目なところまで切っちゃったみたい」


 しれっととんでもないことを言われたような気がするが、そこにいちいち引っ掛かってはリアとの会話はままならない。一回無視して、話の続きを聞くことにした。


「あの道の詳細は省くけど、ひとつだけ知っておいて。知るな、探るな、手を出すな。以上」


 それでね、と続きを話そうとするリアだったが、流石にこれは聞き流せなかった。


「ち、ちょっと待って下さい。そんなに危険なんですか、あれ」

「うん。生きとし生けるものはあれに触れるべきではない。本来、目に写すことさえ禁忌となり得る存在だからね。……成程、だからあんなのを施したって訳?」


 後半は小声だった為、よく聞き取れなかった。きっと本人も聞かせる気は無いのだろう。それをわざわざ拾う必要はない。


「さ、本題のヘルメの居場所だけど。あっちの方に蛇いるのが見える?」


 リアが指差した方向には、崩れかけた建物が固まっている。よく目を凝らして見ると、小さな物が動くのが見えた。それが蛇かどうかは判断出来なかったが。

 見えづらいかな、とリアがもう一度指を差すと、動いていた物が光出した。驚いて天がリアを見ると、マークアップだよ、と笑った。これで見えやすいでしょ、と満足気に。


 あちらこちらに動く蛇を追って歩いていくうちに廃墟郡を抜け、段々と木が多くなってきた。


(最近、こういった場所を歩くことが多いですね)


 蛇は木の上に登ったり、そのまま器用に別の木に移ったりするから、追いかけるのが少し大変だった。リアがマークアップしてくれたお陰で、見失わずに着いていける。


 分厚く重なった枝葉に日の光が遮られ、薄暗い中をひたすら歩く。あと少し、なんて言っていた割にはかなり歩いている。

 それでも、休憩をとったからかまだ体力的には余裕があった。あの時、「後ちょっと」の言葉を信じなくて良かった、と天は内心ほっとした。


「あっほら、見えてきた」


 不意にリアが走り出した。木々の隙間を縫って、すぐに見えなくなってしまう。

 あっという間に遠ざかる彼女の背中を見つめながら、天はおとなしく蛇についていった。まだ余裕があるとはいえ、あんなに走れるほどではない。


 ほどなくして、木々の隙間に白い物が見えた。それはどうやら石造りの柱で、それが倒れて進路を塞いでいるようだった。

 リアは柱の上に座っていた。ぼんやりと視線を宙に向け、小さく欠伸をした後に天が追い付いたことに気づいた。


「来たね。後はその蛇がこっち来てくれれば……。いい加減にほんとの姿を見せたらどう?」


 白蛇がゆっくりと鎌首をもたげて、シャーと音を出す。まるで、リアに返事をするように。


「いいのかって?別にいいんじゃない。だってこいつ、もう何人か神とか会ってるし」


 もう一度蛇がシャーと音を出すと、とぐろを巻いて動かなくなった。その隙に、リアが天を柱の上まで引っ張りあげる。

 指を唇に当てて静かに、と合図をした後、遮光器を取り出してかざした。同じものを渡された天も、同じように遮光器をかざした。


 蛇が動き出すと同時に、辺り一面を眩い光が覆い尽くした。遠くから、鳥獣の断末魔の叫びが聞こえてくる。きっと、光で目を焼かれたのだろう。

 しばらくして光が収まる。リアが遮光器を離したのを確認して、天も直接光の跡を視界に入れた。


 そこには小さな白蛇の姿はなく、いたのは人間の何倍もの大きさの緑色の大蛇だった。


 大蛇はゆっくりと口を開く。赤い舌をチロチロと動かしながら、言葉を発した。


『久方ぶりの再開じゃの、銀の娘』

「久し振りだね、蛇の半神(ハシス)。プレゼント持ってきたよ」


 そう言ってリアが取り出したのは、朝に作っていた輪。それを大蛇の頭に載せると、落ちないように固定した。


「これでよし、っと。あ、鏡いる?」


 いそいそと鏡を準備するリア。イシスと呼ばれた大蛇がチラリと天に視線を投げたが、すぐにリアが寄越した『プレゼント』に意識を向けた。


『なんだ、これは』

「えーっとねー、愚者の冠のレプリカ」

『お前が我の寝床に放置している古代遺物か』

「そう、それー。取ってきてくれない?私入れないし」


 ね?と笑うリアだったが、イシスは無視し、ふいっとそっぽを向いて動き出した。


「あーっ、ねえ待って、入れないことはないけど危ないじゃん!ほら、今私ひとりじゃ無いんだよぉ」


 お願い、と全力でイシスを引き止めるリア。しかしイシスの力も強く、引きずられるような格好でどんどん進んでいく。

 たまにチラリと大蛇が天の方を向くので、一応置いていかないように動いてはいるようだった。


 イシスのあとを追って歩く。近くに見えた柱は、意外と離れた場所にあったらしい。

 ほどなくして、イシスが「着いたぞ」と動きを止めた。


「え、連れてきてくれたの」

「我は中には入らんからな」

「えーっ!?なんでぇ!一緒にいてよ、あの子、ただでさえご機嫌取るのしんどいのに!しかも守らなきゃいけない子までいるのに」

「……あの、邪魔なら置いていって貰っても」

「それは駄目!」


 天が最後まで言い切る前に、食い気味にリアが否定した。

 行くよ、とリアは天の手をとって、崩れかけた石の建造物の入り口に立った。


「天、あいつは手伝ってくれないみたいだからうちらでやるよ。……先に説明しとこっか」

「そういえば、聞いてませんでしたね。神に会いに行くとか言ってましたが」

「そうそう!まあそれはさっき達成出来たから、もういいんだけど」


 そう言ってチラッとイシスの方を見る。ヘルメは死んだはずでは、という天の疑問はすぐに解決した。

 物言いたげな天の視線に気付いて、リアが解説を入れる。


「神ってね、死んでも形を変えて舞い戻るんだよ。ヘルメも、新しい蛇の体を以て、また戻ってきたの。もうそろそろ神に昇格する頃合いかなぁ」


 話している間に、イシスが位置を変えて天の隣までやってきた。小さく縮むと、シュルリと天の首に巻き付いた。


「どうされたんですか?」

「あの娘はお前の事が気がかりなようだからな。我がついていてやろう」


 ありがとうございます、と感謝を述べれば、ふんと照れるようにそっぽを向いた。


「それじゃあ、今から回収する子の紹介するよ」


 ほとんど意味を成していないような扉に手を掛けながら、リアは話し出した。

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