対処の兆し
直ぐ目の前を化け物が通り過ぎた。幸い、気付かれてはいないようだったが、生きた心地がしない。
この化け物は、ずっと天の近くを徘徊している。居場所は分からなくても、気配だけは分かっているらしい。
近くで見るとあらゆるところがおかしくて、さらに恐怖心が煽られる。
変なところについた手足、崩れて位置がずれている顔のパーツ。それが身に纏っているものは、どう見たって服だが、その材質は考えたくない。少なくとも、天の見たことの無いものには違いなかった。
また化け物が天のすれすれを通っていた。通り過ぎる瞬間、そいつと目があったような気がした。
(気のせい、気のせい……。あいつは、こちらに気付いていないんですから)
化け物は、天が目があったと思った瞬間から動いていない。じっと天を見ている。
そんな気がするだけだと分かってはいるのだが、どうしても嫌な予感が脳裏をよぎる。
天も目を逸らすわけにもいかず、じっと化け物との見つめ合いは続いている。先に目を逸らしたのは、化け物の方だった。
ふい、と顔を逸らして体の向きを変えた化け物は、ゆっくりと這いずりながら天から離れて行った。
ズルズルと這いずる音に天が胸を撫で下ろした瞬間。
化け物が突然首を回転させて、こちらの方を向いた。
(っ、しまった!)
そう思っても後の祭り。目当ての者がここにいると気付いた化け物は、首を回したまま天のもとへ近付いてきた。
もうこうなっては逃げるしか無いだろう。覚悟を決めて天が走り出そうとしたその時、化け物の足元で不自然に水が跳ねた。
その跳ねた水は、あっという間に膨らんでいって、バンッと弾けた。
化け物が後ろを振り向く。
化け物の光に照らされたところに、ぼんやりと人影が見えた、ような気がする。その人影はどんどん近付いてきて、あ、と思った時には化け物の頭が飛んでいた。
「天、迎えに来たよ!」
「……リア、さん……?」
化け物の首を蹴り飛ばしたらしいリアが、天に向かって手を伸ばす。その後ろから、ぜぇぜぇと息を切らした探求者がやってきた。
『君、足、速すぎ……』
「あ、まってこれ駄目かも。再生しだしてる!しかも瘴気の方だわヤダー!」
その言葉にハッとして化け物を見ると、無くなったはずの頭が、黒い靄で形作られようとしていた。
それを見て舌打ちをするリアと、あーあ、という表情をしている探求者。
天はどうして良いか分からずに、取り敢えず化け物と距離を取った。
すると、化け物は距離を縮めようと近付いてくる。その光景に、リアは再び舌打ちをして氷の柱を立てて磔のようにしたが、すぐにへし折られてしまった。
「ほんっとに、なんでこいつは天にこんな執着してんの!?」
『……あー、ちょっと待って。天君、君何か持ってない?』
差し出した手をスルーされたのは別に気にしていないらしいリアが、誰に言うでもなく声を上げる。ああもう、とぼやきながら本体の足止めをするために駆けていった。
少しの間何か考え込んでいた探求者は、天を指さして小さく尋ねた。
「何か、とは?」
『いや、例えば……こいつが求めてるのか、瘴気が求めてるのか分からないからなんとも言えないけど、精霊の造物とか』
「そういった類のものは彼女の方が沢山持っていると思いますが」
本体の足止めをしているリアをチラリと見る。彼女は巨大な金色の鳥籠のような物で本体の周りを囲っていた。
『ほんとだ。あれ、神の遺物だね』
「はい?」
さらりととんでもないことが聞こえた気がする。なんでそんな物をリアは持っているのか。
本体は抜け出そうと暴れているが、鳥籠はびくともしていない。
「うん、これが効くってことは天を呼び寄せてたのは本体の方だね」
『あれ、君そんなことまで分かるの?』
「まあね、ちょっと本体が顔出したし。これ鍛冶神の遺作だもん。あの鍵もそうだよ」
天が大樹に返した鍵、あれもどうやら神の創造物らしい。しかし、なぜそれだけで本体の方が天を呼んだことまで分かるのだろうか。
天が不思議そうな顔をしたのが見えたのか、リアは本体に向き直りながら説明しだした。
「瘴気は、神とか天使みたいな聖なる存在を嫌うの。瘴気って賢いとこあるからね。嫌な物は遠ざけて置きたいんでしょうけど、まだ本体の意思が残ってる。天、月詠樹欄持ってるでしょ。あれ、お前の分は花の神が造ったやつでしょどうせ。それで助けて欲しかったんだろうね。……分かる?」
リアに言われて、はっとした。そうか、 あの美しい花は花の乙女が造り出した物なのだ。リアが目線で近くに来るよう促した。それに従い、彼女の隣まで歩いていく。
『天君、やっぱり持ってた。……いや、私が言うのもなんだけど、なんでそんなの持ってるの?』
「天、変なのに好かれやすい。私も含めて」
『なるほどね。それにしたって、神と謁見してんの凄すぎない?』
「会いに行った訳じゃないよ。偶然」
『ふーん……』
呑気な会話を聞きながら、天は樹欄を握りしめた。
「天、それを黒いところに押し当てて」
言われて天が頷いた途端、リアが鳥籠の扉を開けた。本体はそれに気付いていないらしく、まだガンガンと壁面を叩き、苦しそうに暴れている。
「早く」
そう急かされたが、足がすくんで動かない。ただ、隔てていた物が無くなるだけでこうも恐ろしいのか。
その様子を見た探求者が、天の手を引いた。
『一緒に行こう。私が迷惑をかけたね』
その瞬間、感じていた恐怖が一気に霧散したのが分かった。一歩踏み出し、鳥籠の中に入る。直ぐ側には、黒い靄が迫って来ていた。
意を決して、その靄に月詠樹欄を押し当てる。実体が無いはずなのに、どういう訳か何かに触れたような感覚があった。
樹欄が触れた場所から、靄が光に変わっていく。
顔を上げると、本体と目が合った。瘴気に絡み付かれたそれは苦痛などは感じていない様子で、ゆっくりと瞬きをしている。
一瞬、あの三精霊の面影が見えたような気がした。
本体の額に、金の花をそっと押し付けた。
《万理の揺篭》鍛冶の神・ヘルメの遺した神具。中身は、使用者しか取り出すことが出来ない。造られた当初は鍵があったが、紛失。他にも、時間操作や空間転移なども可能。




