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魔女と狐の墓参り  作者: 長尾いのり
大樹と三つ葉のクローバー
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世界樹の分木

 先程までの心地のいい暖かさからは打って変わって、生ぬるい温度が体を包む。温度どころか、空気まで変わってしまったかのようだ。呼吸する度に体内に張り付くような感覚に鳥肌が立つ。


 視界は真っ暗。目を閉じているのか開けているのか、よく分からない。パチパチと目を瞬かせる。結局、開けていても閉じていても景色は変わらなかった。


 横たえていた体を起こして立ち上がる。ずっと何かに見られている感じがして、早くここから離れたかった。急いで足を進める。床も、動くのを阻むように絡み付く。


『どこに行くの?』


 奇妙に反響した声が聞こえた。きっと、さっきまで上で聞いていたあの笑い声の主だろう。

 その声は、もう一度天に問いかけた。


『どこに行くの?』

「さあ、どこでしょう。取り敢えずは、共に旅をしている人のところへ帰りますよ」


 そう答えた途端、見えない何かにぶつかった。鼻の頭がじんじんと痛む。

 手で触ってみると、ツルツルの壁だった。


『ねえ、もう少し居て。お喋りしましょう?』

「……なら、私の前に現れてはくれませんか?」

『しょうがない。見つけられないのね』


 急に反響がピタリと止み、クリアに声が聞こえるようになった。どこかで聞いたことのある声。しかし、どこで聞いたかは思い出せなかった。


『ほら、来たよ。お喋りしよう?』


 相変わらず姿は見えないが、どうせ直ぐそばの自分の掌さえも見えないのだから、と声の主の見た目を把握するのを諦めた。


「お喋りと言っても。何を喋れば良いのか」

『何でもいいよ。思い付かないんだったら、私に色々聞いて良いよ。答えてあげる』


 声を聞く限り、どうやら女性のようだ。遠くなったり近くなったり、移動しながら話しているらしい。


  色々聞いて良いと言われているのだから、疑問を全て聞いてみよう。こんなところで話し掛けて来るような人が、ここの事を知らない筈がない。


「貴方は誰ですか?」


 まず、天は一番の疑問を解決することにした。姿が見えないから、相手の表情や動きで何かを察することすらままならない。相手の素性を知ることが一番安全に繋がりそうな気がした。


『うーん、私か。特に何者か、なんて無いんだよね。強いて言えば……でも、うーん……。まあ、何か無いと不便だから、便宜上探求者とでも名乗らせてもらおうかな』


 探求者と言った女性は、ポンと天の肩に手を置いた。驚いてその手から逃れようとしたが、すぐ前が壁だった事を思い出して踏みとどまった。


「では、ここは何処なんですか?」


 二つ目の問い。訳の分からないまま飛ばされた空間について。


『ここは、世界樹の分木の泉の中。三精霊の管理してる所だね。君がなんでここにいるのかは大体予想はつくけど、知らない方が幸せな事ってあるよね』


 先程から、何かはぐらかされているような気がする。しかし、そこを追及しても彼女はきっとのらりくらりと躱すだろう。そこは諦めて、あの幻のような景色について尋ねる事にした。


「ここに来るまで、おかしな景色が見えました。あれは一体なんだったのでしょうか」

『え、おかしな景色?何それ、詳しく教えて』


 詳細をねだる彼女に、貝殻の道や透明な空間が暗闇に変わったこと、そこに様々な景色が浮かんだ事、そして、笑い声の事を説明した。

 それを聞いて、天の肩に乗せられた探求者の手にどんどん力が籠ってくる。

 話し終えたとき、骨が折れるかと思う程の力が込められていた。


『……君、大変なことになってるよ。なんで生きてるの?』


 さっきまでの朗らかな声とは打って変わって、真剣な声の探求者にドキリとする。彼女は天の体の向きをくるりと変えると、鼻がくっつきそうなほど顔を近付けた。


 ここまで来て、天はようやく彼女の顔を見ることが出来た。

 黒い髪に金の瞳。灰色のローブを身に纏っている。また、どこかで見たような顔立ちだった。


『よく聞いて。君は今、分木の()()に随分気に入られてる。そりゃもう、私の想像してたより、遥かに。どういうわけか今は無事だけど、こんなに深いところまで誘導されちゃってるから、自力で帰ることなんか不可能だよ』

「……病気?」

『そう。病気。これも便宜上そう呼ばせてもらってるだけだけど。ねえ、君、何かそんなに気に入られてる原因に心当たりはある?』


 心当たりと言われても。天には何も分からなかった。いくら考えても原因なんて思い浮かばない。なぜ自分が、と思うばかりだった。


 天が首を横に振ると、探求者はだよね、と言わんばかりの表情をした。


『分かるわけ無いか。君、分木の中には一人で来たの?』

「最初は一人でした。後で、旅の友人が入ってきていましたが……」

『成る程ね。その友人が気になる所だけど、一旦置いておく。入るとき、どんな感じだった?まさか、何かに引っ張られるような感じに抗えなくて、とか、何かに惚れ込んだような感じとか言わないよね』

「……そのまさかなんですが」


 天が答えた途端、探求者は空を仰いだ。その顔には、最悪の事態が起こったとありありと書いてあった。


『……ごめん。それで、その友人ってのの話を聞こうか。世界樹の中に自力で入れるなんて、人間じゃないでしょ』

「いや、……分かりません」


 そういえば、リアの事についてあまりにも知らない。彼女の年齢や種族、生まれや顔さえも。天は、何も知らなかった。ただ知っていることがあるならば、彼女は各地に知り合いがいて、今は墓参りの為に天と旅をしている、という事だけだ。


『じゃあ、その子の見た目は?まだ三妖精の空間にいてくれてるなら、泉の中に引きずり込む』


 そんなことをしようとしても無駄な気がした。リアは散々抵抗して、振り払ってしまいそうだったから。

 それでも、彼女に頼らない訳にはいかないだろう。僅かな可能性に賭けて、探求者にリアの特徴を伝えた。


『分かった。それじゃあ、連れてくる。君のことをきちんと伝えておくから。待ってて。その子なら、なんとか出来るかもしれない。あと……君は、何があっても動かないこと』


 探求者は手を離し、そのまま走り去っていった。どうやって引きずり込むのか、見せてくれる気は無いらしい。


(それか、ここでする事は出来ないのか……。どちらにしても、リアさんはここに来ることが出来るのでしょうか)


 探求者はすぐに見えなくなった。彼女の背中が視界から消えた瞬間、あの笑い声が聞こえてきた。

 反響はしていない。つまり、近くにいるということ。

 思わず逃げ出しそうになったが、探求者に動いてはいけないと言われている。


 遠くから、ぼんやりとした光が近付いてくる。その光に照らされた空間を見て、愕然とした。


 白い液体で満たされた床。あちこちに張り巡らされた糸。それにくっついている()()


 そして、その上を這いずり回る異形の化け物。

 頭にランプをぶら下げて、けたましい笑い声を上げながら彼方へ此方へ移動している。


 こいつは、自分を探している。束の間、息を止めて、目を閉じようとした。

 しかし、出来なかった。『動いてはならない』この定義が何処までなのかが分からなかったからだ。


 結局、呼吸も瞬きも最小限にして、リアと共に探求者が戻ってくるのを待つしかなかった。

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