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魔女と狐の墓参り  作者: 長尾いのり
大樹と三つ葉のクローバー
26/43

 温かい。どこか落ち着くような、落ち着かないような、奇妙な心地良さを感じる。ずっとこのまま目を閉じていたい。

 こんな感情に相反するように、頭のどこかで警鐘が鳴る。ここにいてはいけない。


(……大樹に招かれた時みたいだ)


 あの時はただひたすらに惹かれていたが、今はきちんと自分の意思で動くことができる。さっきまでの誘惑を振り払って、目を開けた。


 そこに広がっていたのは、なにもない、透明な空間だった。

 下を見ると、どこまでも深い、底の見えない水。その上に、天は立っていた。

 それどころか、見渡す限り水が広がっている。息をする度に、気泡が浮かぶ。


 上を見れば、十メートル程先の水面が光に当たって輝くのが見えた。ということは、そこまで深くにいるわけでは無さそうだ。


 天はそう当たりをつけて、一度ジャンプをしてみた。水中にいるのなら、と少し期待したが、結果は地上にいる時と変わらなかった。

 水が纏わりつく感じもなく、ただ水の中に立っているだけのようだ。


 上へ出られないのなら、出口を探さなくては。

 天が一歩踏み出すと、足元で水飛沫が飛んだ。水中なのにも関わらず、だ。


(本当に不思議な場所ですね)


 代わり映えの無い景色をひたすら眺めながら歩き続ける。少しの変化も見逃さないように、と気を張ってはいるが、本当になにもないのでだんだん飽きてくる。


 ここにリアがいたら。思わずそう考えてしまった。もし彼女がここを見たら、何にもないね、なんて笑うだろうか。こんな場所を知っていて、出口までつれていってくれるかもしれない。一緒に悩んで、なんなら無理やりここから脱出するかも。


(……なんて、こんなことを考えていても無意味なんですがね)


 自嘲気味に笑って、また意識を景色に戻す。こんな下らない想像で、少しは気も晴れた。

 ただひたすらに透明。どこまでも見える筈なのに、ある程度まで行くと何も見えなくなる。


 時折、笑い声が聞こえることがある。奇妙に反響して耳に届くせいで、何処から聞こえているのかが分からない。


「誰か、居るんですか」


 問いかけても、それに言葉を返すものはなかった。その代わり、小さな貝殻が敷き詰められた道が天の目の前に現れた。


 真っ白の中、ところどころに桜色や緑色が混ざっている。先は見えなかったが、なぜだかこの道を行けば辿り着く、という確信があった。

 一体どこへ辿り着くというのか。何も分からなかったが、取り敢えずその道の上を歩いてみることにした。


 踏む度にキシキシと音が鳴る。幅一メートルもないほどの細い道から外れないように、慎重に足を進めた。


 真っ直ぐ延びているようで、少しずつ曲がりながら下へ繋がっている。

 真っ白な地面だけを見て歩いていた天が、ふと顔を上げた。


 いつの間にか、透明だった空間は真っ暗に変わっている。奥の方に、微かに景色が揺らめいた。

 知っているような、知らないような、知りたいような、知りたくないような。そんな奇妙な感覚に取りつかれ、天は足を止めていた。


 目が離せない。あちら側に行きたくて、思わず道を踏み外しそうになる。

 途端、足元で敷き詰められていた貝殻ががらりと崩れるのを見て、ぞっとした。

 すぐに踏み出しかけた足を引っ込める。


 頭を振って、前を向いて歩くのを再開した。

 なるべく周りを見ないようにするが、あの一瞬で焼き付いた景色はなかなか離れてくれなかった。


 そのうち、景色がどんどん近付いてくる。それに伴って、ぼんやりと見えたものがはっきり、鮮明になっていった。


 それは森であったり、花畑であったり、あるいは荒野であったりした。

 光の届かない深海、廃墟郡、明るい大都市……あらゆる景色が目に飛び込んできて、頭が痛くなる。


 見てはいけない、と思うのに視線が固定されてしまって、外せない。

 目に何かが入る度に頭痛が増す。だんだんと視界がチカチカしてきた。


 笑い声が聞こえた。直ぐ近くのような気もするし、遠い場所から聞こえるような気もする。

 頭痛のせいで何も考えられない。少しずつ笑い声が大きくなっていく。


 逃げなくては。そう思っていても、まるで縫い付けられたように体が動かない。

 焦っていると、ふと天の体が傾いた。直後に感じる浮遊感。


 その時に彼の目が捉えたのは、崩れゆく白い道と、強い光。


 落ちている、と気付いた時にはもう闇の中に沈んでいた。

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